平和な町に迫る影
冒険者はあくまでもこの世界で生きるための手段であって本来の自分は正義のヒーローだと自覚したが、今までとやる事は変わらない。
胸に痞えたものが取れてスッキリした気持ちでいつもの生活が出来るというだけだ。
俺がソルテラスの主役に選ばれた時の顔合わせで柿本プロデューサーと脚本家の小浜さんと一緒に新しいヒーロー番組(その時はまだタイトル未定だった)について論議していた、その内容は今でも俺の心に響いている。
「正義のヒーローってのは本当に割に合わらない仕事だと思うんだよ、報酬が出ない場合も多いからほとんどがボランティアだしね」
小浜さんがタバコをふかしながら柿本プロデューサーと俺に軽く話しかけた。
「確かに軍や警察、民間団体に所属しているヒーローもいるけど個人が多いですよね、しかも正体を隠すからスポンサーも付かないし」
そういえばアメリカのヒーローはジャーナリストや実業家が多いよな、日本のヒーローはバラバラだな。よく分からない組織に所属してるのもいるけど、最近は学生やフリーターも多い気がする。
「ところで柿P、毎回意表を突くジャンルの脚本以来してくるけど特撮ヒーローってまた意外なところ持ってきたねえ。柿Pのことだから何か意味やテーマがあるんだろうけど、それを聞くか聞かないかで脚本の質と内容がガラッと変わっちゃうよ」
「僕が考えるこの作品のテーマは小浜さんがさっき言っていた「割に合わない」っていう事なんだよ」
「柿本さん、割に合わなくても正義のために戦うヒーローって事ですか?」
俺の質問に対して柿本プロデューサーは少し笑い顔を見せながら首を横に振る。
「それも含まれるけどね、僕は人生って基本的に割に合わないように出来てると思うんだ。そもそも理にかなった人生って何なんだろうね」
「え?ちょっと難しくて良く分かりません」
「ああ、何となく分かったよ。さっき俺、ヒーローが割に合わないって言ってたけど悪者だって割に合わないんだよなあ、被害者だって割に合わない。理にかなった人生なんて無いってことがテーマかな」
「ヒーローって希望を与える物じゃないんですか?なんかそれじゃ人生暗くならないですか?」
柿本さんと小浜さんは通じ合ったようだ。柿本さんはコーヒーを飲みながら、小浜さんはタバコを咥えて暫く考えてから俺に説明してくれた。
「今の世の中ってさあ何でも簡単に手に入るし、気軽に出来ちゃう事が多過ぎるんだよなあ。情報も買い物も手続きだって、テレビや映画、読書、ゲームだってスマホやPCで出来ちゃうしなあ」
「あとはコンビニと大型ショッピングセンターがあれば事足りるんだよね。正規、非正規関係なく毎日仕事をして、収入さえあれば理にかなった合理的な人生が送れるように思ってしまうんだよ」
「「そんな事は全く無いんだけどね」」
最後は示し合わせたようにハモっていた、流石は業界だけでなく一般でも知らない人がいない名コンビ、息がピッタリだ。
「世の中のシステムは合理化されているよね、電車は時間通りに来るしIT化が進んでみんな便利で規則正しい生活が普通に出来るのが当たり前だと思っている」
「今の子は音楽を聴くにもスマホで検索するだけでいいしなあ、映画や本やゲームだって同じだ」
「僕らが若い頃は店を探して、無かったら取り寄せてもらったよね。そんで買ってからメディアに録音して聞いていたもんだよ」
「メディアって……柿P、見栄を張らずにカセットテープって言いなよ、でもアナログは味あったよなあ」
「あ!要するに社会のシステムは合理化したけど人間は非合理な生き物って事が言いたいんだ」
なんか脱線して、世代的について行けなくなって来たんですけど・・・俺が話しについて行けて無いことに気付いて話を元に戻してくれる。
「システムに無駄が無くても人間は無駄だらけ」
「それでも理にかなった生き方を求めちゃうんだよね、特に自分じゃなくて人に対してね」
あ、なんとなく分かりそうだ。自分の思い通りにならない事は当たり前だけど人はそれを認めずに他人のせいにしがちだって事だな。
「割に合わないってことは何となく分かりましたけど、それと正義のヒーローのテーマがどう繋がるんですか?」
柿本プロデューサーがニヤリと笑い小浜さんとアイコンタクトを取る。小浜さん、今さっき柿本さんの意図に気付いたばかりなのに息がピッタリだなあ、この阿吽の呼吸が数々のヒット作を生み出したんだろうな。
「「良いことも、悪いことも自分の意思と信念で事を成すってことだよ」」
「悪者だって世界征服や犯罪行為なんてハイリスクハイリターンな事をやるんだよ、色々な理由や目的があるんだろうけど栄光か死しか結果は出ないと覚悟を決めてやってるんだ」
「正義のヒーローだって護りたいモノの為に命張ってるんだよ、組織の一員だったら給料だけだし個人ならボランティアだ、それでも体を張って悪に立ち向かう」
「「どっちも割に合わないけど人生賭けてやっている何故だと思う?」」
なんか禅問答みたいになって来たな、正解は分からないし存在しないのかも知れない。それなら自分が思うように答えるのが正解だよな。
「自分がやりたいからやるって事ですね、そして最後までやり切る。理由なんて人それぞれですよね」
「そうだよ、なんでもシステムがやってくれる世の中だから自分の意思が薄くても生きていける。間違ったり気に入らなかったりしても自分が責任を取る意識がほとんど無い」
「だからこそ損得じゃなく自分の考えで動いて事を成す事を描きたいんだ、システムに守られシステムに責任を押し付ける事に慣れた今の子達には割に合わない事だと思うけど」
「「その中に生きている実感があるんだ!」」
「悪者もヒーローもやりたい事を自分の責任で全うするって事ですよね、じゃあ俺は役者としてスタントマンとして正義のヒーローを演じ切ります!」
「主役にヤル気が満ち溢れてるから、シナリオにも気合が入るねえ」
「加賀美君を主役に選んで正解だよ、その気合いでスタッフやキャストを引っ張ってね」
もう1年も前になるのかあ懐かしいな、俺は最終回の収録まで日向 明「陽神装甲ソルテラス」を演じ切った。まだ放送は終わって無い時期だけどみんなプロだからキッチリと編集して上手に仕上げてくれているだろう。
今の俺のやりたい事は正体不明の敵からこの町を、この世界を護ることだ。理由はこの町の人達が好きだから、ソルテ様の力になりたいから、地球に帰ることは副賞くらいに思っている。
俺の名は冒険者ダイチ、冒険者としてこの世界に生きる男だ。そしてこの世界の人々の危機にはソルテラスとして立ち向かう。今までの巻き込まれて戦うのでは無く、自分の意思でヒーローとしての戦いを役者、スタントマンとして演じ切るんだ!
決意を固めたら凄くよく眠れた。事が起きない限りは冒険者ダイチとして生活する、ある意味オフタイムだ。正体を隠す事もヒーローとしてのお約束だからな。
日課の朝トレをして朝市に出かけると、ターニャと彼女と同年代くらいの三毛猫とトラ猫の半獣人が、仲良く中華ちまきを選んでいた。
「ダイチ! こんなところで会えるなんて、開店まで2人で過ごせと太陽神様の導きに違いないわ!」
朝飯に来ただけなんだけど、ターニャはいつも住み込みで働いているジュリーさんの店で三食食べてるはずなんだけど給料が出て友達も出来たんだな。
「ターニャ、この人がいつ話しているダイチさん?」
「……ターニャ、押しが強過ぎてこの人完全に引いちゃってるよ」
確かにターニャのアプローチにはドン引きしてるけど助けた縁もあるし、行きつけの店の店員だからこの町でうまくやっていけているのは正直嬉しい。
話してみるとあとの2人は同じ出稼ぎの猫の半獣人で同年代どうし仲良くなったらしい。
「ターニャ、どう見ても脈なしだよ」
「迫れば迫るほど引かれる感じ」
「そ、そんなことないよワタシの魅力にかかれば……」
姦しいが仲の良いことはいいことだな、ターニャ達は置いといてキノコと鶏肉と生姜の中華ちまきを食べた後、傭兵ギルドのバランさんに会いに行く。
「ダイチ!アレから音沙汰なしじゃないか。ギャバン様の欲求不満を気にしていたのか?たしかにボロボロにされたがお前のせいじゃないぞ」
「やっぱり俺にも責任あるよ本当にゴメン、でも顔を見せなかったのは冒険者として忙しくて」
俺がそこまで言うとバランさんは真剣な表情になりギルドの奥の部屋に来るように言った。頑丈そうな扉と他の部分とは明らかに違う壁の材質、秘密の話をするための部屋で間違い無いだろう。
「ダイチが関わった事件だがこの町だけでなく国全体を揺るがす事になっている。まだ調査中だが真人類派の薬物中毒者の中に有力貴族の子弟が多く含まれている」
「後で糸を引いている組織についてはまだ何も分からないのか?」
「分かっている事は禁呪や未知の魔術の研究をしている事くらいだ目的に関しては謎だがギャバン卿はコーガ王国の滅亡に深く関わっていると睨んでいる」
やっぱり後手後手にまわるしかないのか、ヒーローが割に合わないって話の時に「正義の味方は専守防衛が基本だからね常に後手だから不利な状況で戦わないといけない」って小浜さんが言ってたな。
その後で柿本さんがさらりと返した「それをひっくり返すのがヒーローの醍醐味じゃないか」と言う言葉には同感した。
「奴らが何をしようとしているかは知らないが、この世界に仇なすなら叩き潰すだけだ」
「ソルテラス様として?」
「ああ、俺は冒険者ダイチだが世界の危機や弱きを害する者があればソルテラスとして戦う」
「俺の権限ではそれほど多くないけど、できる限りの情報は提供させてもらうよ。もしかしたらエンリーク神殿の事件にも関与してるかもしれないからな」
有り得るな、全てが謎だがソルテラスの敵だということは間違い無いだろう。とりあえず組織については王国の重鎮クラスが、責任者となって調査しているらしい。もちろんギャバン卿が先頭に立っている。
傭兵ギルドを後にして冒険者ギルドに行く、いつも通りに若手の訓練を手伝って依頼を探す。町の様子もギルドも何も変わらない、水面下で謎の組織が暗躍している事を誰も知らずに1日が過ぎて行く。
今日はジュリーさんの店でハマーと一杯やっている。常連達もいつも通り仕事を終えスパイシーな料理と酒を楽しんでいる。酒の締めに頼んだピリ辛の雑炊を運んできたターニャがいつもと違うテンションで俺に聞いてきた。
「ねえダイチ、ここに来る途中でラッキ見なかった、お使いに出てから帰ってないらしいの」
ラッキっていうのは朝市で出会ったターニャの友達のトラ猫獣人のことみたいだ、香辛料を扱う商店に住み込みで働いていて、昼過ぎに配達に出かけてから行方不明になっているらしい。
「開店前うちにスパイスを届けに来たのを最後に誰も見てないのよね、愛想がよくて働き者だしサボるような子じゃないから心配だわ」
ジュリーさんも心配そうにしている、若い女の子だから余計に心配だな。
翌朝、町外れの水路でラッキの無惨な変死体が発見されたのがロクジョウの町を揺るがす事件の始まりとなった。




