真人類派の真実
こんな時はとりあえず報連相の徹底だ、ナッシュさんにもらった鳥に変身して伝言する魔道具でギルドマスターのコムさんに連絡を入れよう。
忍び足で基地の外に出て少し離れた場所で魔道具に録音する。
「こちらダイチです、人族至上主義両派閥を裏で操る謎の組織の拠点を発見しました。なお、謎の組織は近々大規模な作戦行動を取る模様、安全な位置で待機しているので指示をお願いします。俺はこの場に留まり、引き続き拠点の監視を続けます」
魔道具が鳥になって飛んで行ったのを確認して基地周辺の調査をする。広範囲に森と洞窟の周りを調べると、少し離れた所に大きめの家を見つけた。
そういえば魔法使いというか研究員2人が「狂人達にゴブリンの確保と操作のやり方を教えないと」って言ってたな。
真人類派の拠点なのかもしれない、俺は気配を消して近付き窓から中の様子を見ると十数人の若い男達が集まっていてリーダー格が演説していた。
「諸君! 遂に我々の憎っくき敵である亜人共の温床であるロクジョウの町と亜人と結託し、我々を不遇に追い込んだ悪の権化ギャバンを討ち取る時が来た!」
聞き捨てならないが領土を統治するには綺麗事だけではやっていけない、ギャバン卿は良い領主だが改革の過程で不遇を受けた者もいるだろう。
「俺たちに仕事が無いのは亜人が安い賃金で雇われているせいだ!」
「長男の俺じゃなく弟が家督を受けたのも亜人が悪い!」
「ギャバンが亜人を優遇するからとばっちりで俺たちに富が回って来ないんだ!」
「そうだ! 亜人に特権を与えて繁栄するロクジョウの町があるから他の地域が貧しくなるんだ!」
「それを認めるオーミ王国は亜人を使って俺たちから富と権利と女を奪い肥え太る豚共の集まりだ!」
…………あまりのアホらしさに俺は絶句した。そのあとも亜人やギャバン卿とオーミ王国さえ無ければ自分たちは幸福だったはずだ! とか、亜人さえ根絶やしにすれば世界が平和になるとか、気が狂ったように叫び続けて大いに盛り上がっていた。
研究者がこいつらのことを狂人って言うのも納得だな、地球だったら間違いなくSNSに心無い誹謗中傷を書きまくってるだろう。
「今日も聖杯を飲み干し英気を養おうではないか!」
「カンパーイ!!」
男達が銀の盃を上に掲げて乾杯すると一気に飲み干していったが、その後の表情や言動が明らかにおかしい。 呆けたようになる者や奇声を上げる者、白目を向いてブツブツ言ったり、泣き出す者もいる。
「聖杯は凄いや、痛みも苦しみも吹っ飛んいく」
「嫌なことも消えていく…………」
「なんでも出来そうな気がする!」
…………これって間違いなく麻薬の類のだよな、今日もって言っているということは常習的にやってるってことだな。地球でもアサシンやテロリストは麻薬漬けになっている者が多いと聞くけど目の当たりにすると怒りが湧いてくるな。
確かにこいつらは思い通りにならない事を自分だけが不遇を受けていると思い込み、何でも人のせいにする心の弱いダメ人間だと思う。
だが弱い心に付け込み麻薬漬けにして魔道具の実験台やテロ行為に使うことに対しては怒りを感じている。
白い鳥の魔道具が帰って来たので基地と家から離れた場所に移動する。白い鳥はギルドマスターのコムさんからの伝言を持って来ていた。
「こちらから私とナッシュ、ザシャムが向かっている。魔道具の波動で位置が分かるから敵に気付かれない安全な場所で待機していてほしい」
しばらくすると馬に乗ってコムさんとナッシュさん、ザシャムさんがやって来た。コムさん以外はいつものメンバーみたいな感じだ。3人とも装備を整えて臨戦態勢を取っている。
「ギャバン卿とBクラス冒険者「粉砕のガザ」も来たがってたんだけどね、今回は隠密行動を取りたいから断っておいたよ。じゃあさっそく詳しい話を聞こうか」
俺は3人が来るまでに手に入れた情報を全て話した、ゴブリンの様子がおかしいと思い後を追ったら秘密基地兼研究所にたどり着いたこと、この研究所では知能の低い亜人族を意のままにコントロールする技術が開発されていること、人族至上主義両派閥は謎の組織の操り人形に過ぎないこと。
「とりあえずそんなところです、続きはありますがこの施設の制圧を優先しましょう」
「話は後で聞かせてもらうけど珍しく怒っているな」
「ええ、何者か分かりませんが胸糞悪い連中であることは間違いありませんよ」
ザシャムさんにそう答えると3人で秘密基地に向かう、特に変わった様子は無いので俺たちの侵入には全く気付いていないようだ。
大規模な施設の割にはセキュリティーは甘々だなと思っていたらナッシュさんが俺達の周囲に隠密の魔法をかけているらしい。
「いいかい、極力施設に損害を出さずに研究者は生け捕りにするんだ。自決や証拠隠滅をする隙を与えずに速攻で決めるよ」
「了解!上の穴から俺が飛び込んで意表を突くので、コムさんとナッシュさんが遠距離攻撃を仕掛けて下さい、ザシャムさんは敵の無力化をお願いします」
「じゃあナッシュは詠唱をしてギルドマスターは弓の用意をしといてくれ、俺はダイチが飛び込んだタイミングで扉を開いて呪文と弓を追いかけていく」
「後は極力設備には損害を出さず研究員は殺さない、その事を原則にして後は各自の判断で。じゃあダイチ君よろしくね」
コムさんの軽い作戦決行の号令で、俺は換気用の穴に登り部屋の様子を見る。2人とも研究と作業で忙しそうだ、ここから少し距離があるので気付かれずに背後に回るのは無理そうだな。
俺はザシャムさんに合図をしたら5秒後に扉を扉を開けること、そのタイミングで遠距離攻撃を仕掛けることをコムさんとナッシュさんにお願いした。合図は俺が銅貨を落とすことになった。
集中力を高めると背後にコインを投げ、同時に穴から研究者に向かってジャンプする。奇襲に驚いた2人は慌てて迎撃体勢をとるが、着地と同時右方向にダッシュして注意を引きつける。
扉が開きナッシュさんの雷撃とコムさんの矢が飛んでくる、ナッシュさんの魔法は敵が障壁を張って搔き消したが、その間にザシャムさんが間合いを詰めて裸絞め、俗に言うチョークスリーパーで締め落とす。
もう1人はコムさんの弓矢によって気絶していた。鏃が丸い木製のものだが一撃で相手の眉間を撃ち抜いている、閃光の魔弓の2つ名は伊達じゃないな。矢の軌道が全然見えなかった。
「よし!ここの制圧は完了っと。それにしてもダイチ君は誰とでも連携が取れるよね」
「みんなが合わせてくれたんじゃないんですか?」
「合わせ易いんだよ、本人に自覚が無いところが余計に凄いんだよね」
ナッシュさんはそう言うけど本当に自覚ないんだよな。
「とりあえず後はゴブリンの殲滅と、真人類派の連中をどうするかですね」
「ゴブリンは殲滅するけど真人類派については聞いてないんだけど」
あ、そうか! ここの制圧が最優先だと思って後回しにしていたらすっかり忘れてた。俺は3人に真人類派について話をした。コムさんは少し考えてナッシュさんに指示を出す。
「僕らじゃ判断付かないからギャバン卿に町の幹部と神殿関係者を連れて来るように連絡しといて、その間にゴブリンでも片付けておこうか」
俺たちの手にかかればゴブリンは瞬殺だろう、ゴブリンがいる部屋に入り戦闘体勢をとったが何かおかしい。
ゴブリンは特に何もせずただ部屋の掃除や食事の支度をしたり武器の手入れをしていた。ナッシュさんがバッグから水晶玉を取り出し呪文を唱えながら覗く。
「どうやらゴブリンやコボルトを支配する術ってヤツを施されているみたいだね。えっと、この杖で操るのかな?」
ナッシュさんが壁に掛けてある杖を手に取り魔力を込めるとゴブリンが全員こっちを見た、何かをじっと待っているようだ。
「よし、全員右手を上げろ」
ゴブリン達は右手を一斉に上げた。その後も簡単な命令をしたが、ゴブリン達はなんの抵抗も無く素直に従う。
「ゴブリンに魔導紋がほどこされているね、なるほどね確かにこれならゴブリンとコボルトくらいなら完全支配が可能だよ。改良すればオークくらいならいけるかな」
「研究者も同じこと言ってたな、もっと大きな亜人は施術が難しくて知能が高い亜人や人間だと精神が壊れるって」
「まあそうなるよね、術の調整や魔導紋に技術が必要だけど魔力自体はそんなに要らないから魔法使いじゃなくても杖があれば操れるよ」
ゴブリンには絶対に部屋から出ないように指示を出してギャバン卿達の到着を待つ。
しばらくするとギャバン卿が騎士団と役人を引き連れてやって来た、今までにない仰々しい登場だ。全員制圧した基地の一室に集まり状況説明をする。
「うむ、つまり人族至上主義者共は此奴らの組織の操り人形だということか。今まで人族至上主義者の技術や資金の出所は謎であったが裏で糸を引く者がおったのだな」
俺たちがギャバン卿に報告している間に役人達は施設内の書類や資料を調べて謎の組織の事を調べている。騎士団は人族至上主義者の制圧だ。一通りの説明を終えると1人の若い騎士が報告にやってきた。
「ギャバン卿、人族至上主義者の制圧が完了しました。ですが、ほとんど全員がまともな話ができません、気が触れているような者ばかりです」
「それは黒幕によって麻薬漬けにされているからです。利権と差別意識で成り立っているけど、真人類派は何の理念も目的も無い自分の不遇を人のせいにする心の弱い連中です、それを薬漬けにしてテロ行為に利用するのが奴らの手口です」
ギャバン卿は難しい顔をして考えを巡らせていた。
「どうりで真人類派の目的や行動が分からぬわけだ、ただの捨て駒だったとはな、資料の押収が終わったらロクジョウに戻り研究者と真人類派の尋問を行い敵の正体を調査する。コム、ナッシュ、ザシャム、ダイチ大義であった」
俺たちはロクジョウの町に帰ることにした、後片付けと調査は役人の仕事だ。気分の悪い出来事だったがあとはギャバン卿達に任せて町で気分を直そう。




