不穏な影と手掛かり
昨日キースの言っていた事が気になるが、いつものように朝のトレーニングをして冷たい井戸水で汗を流す。
今日はベイマンさん一家の豚骨雑炊じゃなくて朝市でベトナムフォーに似た野菜たっぷりの麺を食べることにした。
ベイマンさん毎朝朝食をすすめてくれるんだけど毎日豚骨雑炊は正直胃にキツイ。
この世界に来て1カ月ほど経つけど日本はもうすぐクリスマスと年末年始で忙しいんだろうな。
そう言えばこの世界の暦ってどうなってるんだろう?今度聞いたほうが良さそうだな15年前にコーガ王国が滅んだという記録があるから暦はあるはずだ。
ギルドでコムさんに聞いてみると驚いたことに地球と全く同じだった。平民は新年にお祝いのご馳走を食べる以外はこれといった行事は無いようだ。
王家や貴族、神殿は毎年何かの行事をするらしいけど、平民には縁が無いのでよく分からないらしい。
いつも通りにギルドで依頼を貼り付けたコルクボードを見ているとカムリが入ってきた。一応Cランク冒険者として登録はしているらしいがギルドで見かけるのは初めてだ。
最近は忙しいらしくムタミの館でも見かけていないから久しぶりに顔を見る。
「カムリ、最近はムタミの館でも見かけないけど忙しいのか?」
「景気が良さそうだなダイチ、キースからある程度の話しは聞いているんだろう。今日はギルドで情報取集なんだ、ギャバン卿との情報交換もしているけど人の集まる所で噂を集めるのも重要な仕事だからな」
あれ?なんか最初は誰とも話したがらない雰囲気があったけど、なんか親しげというか砕けたというか。もしかして情報収集のための営業用なのかな?
「ああ、何が言いたいかは大体分かった、ダイチはキースが心を開いてる数少ない人間だし俺たちと敵対する可能性が無いからな。仕事柄それなりに調べたけど俺達の組織と友好的な人物からの身元保証もあるし、今では友達だと思っているよ」
「友達だと思われているのは正直言ってうれしいよ」
「まあダイチの事は調べても神殿と王族の後ろ盾で止まるからな、あとは有力者に気に入られているくらいか。色々な噂はあるがまあ、どれも根拠は無いしな」
「なんか俺が逃げ延びたコーガ王国の王族だって噂、信じてる奴が多いって聞いたんだけど」
「あの噂はこちらとしては都合がいいんだ……おっと! 口が滑った。聞かなかったことにしてくれ」
ニヤリと笑いながらカムリが言う。本当にくだけた感じになったな。
先日Dランクになったばかりの槍使いと魔法使いが討伐依頼の前で悩んでいる。ゴブリンか、頭が悪いしそんなに強く無いから、あの二人の実力なら大丈夫だと思うけど初めてだと不安なんだろうな。
「良かったら一緒に行こうか? 危なくなら無い限りは手を出さないようにするから」
「ダイチさん、助かりますがいいんですか? 自分の仕事に差し支えなければお願いします」
俺もBランク冒険者だから若手の面倒を見るのも大事な仕事だ、最近は自分の仕事をするよりも採取や討伐の付き添いや、戦闘と体術の訓練のインストラクターみたいな事をする事が多くなった。
正直、金には困ってないし俺の場合討伐依頼は今のところ楽勝なので体術や戦闘の指導をするのも結構楽しいし、やり甲斐もある。
町から歩いて3時間ほどの森の中にゴブリンが巣食っていて、農家や商人に被害が出ているので討伐依頼が冒険者ギルドに来ている。
Dランクに上がりたての二人にはちょうどいい相手だと思うので極力手を出さないようにして見守っていればいいだろう。
ゴブリンが住み着いた森に到着した。槍使いのダオが長槍を構えてゆっくりと森を進む、後に魔法使いのミコが続く。
俺は少し離れたところから気配を殺してついていく、何かあればすぐに飛び出せる距離を保つことは忘れない。
前方に気配を感じるな、左右に散開しているから取り囲むつもりだろうな2人はどう対処するのか見させてもらおうかな。
ゆっくり後退しながら呪文を唱えるミコをダオが護衛するように一緒に退がっていく。さっき地形を調べながら歩いていたミコが竹が生い茂っている人が1人通れるくらいの細い一本道にバックで入っていく、なるほど挟み撃ちを避けるのと長槍の特性を活かすわけだな。そして呪文が完成するが見た目には何も起こらない。
ゴブリンが一本道に踏み込むと足元が崩れて膝くらいまで地面にめり込む。ダオがすかさず槍を突きゴブリンを貫く、それを繰り返して6体倒した所でゴブリン達が撤退を始めるが一連の流れに少し違和感を感じる。
ゴブリンは身長150センチ位の小鬼のような亜人で知能は低く、身体能力も高くないが数で攻めてくる。
少人数のパーティーなら手こずる事もあるが、無闇矢鱈に武器を振り回し防御も回避も下手くそなのでミコの立てた作戦とダオの槍術で簡単に圧倒できる。この数だったら俺なら群れの真ん中に突っ込んで刀を振るえば瞬殺だ。
違和感を感じるのは統制が取れ過ぎていることだ。何度か討伐しているがギィギィ叫びながら無秩序になぐりかかり、不利になると背中を見せて逃げ出す奴らだ。
左右に散開して敵を取り囲んだり、相手の策略に掛かったと見るや速やかに撤収するなどゴブリンの行動としては考えられない事だ。比較的知能の高いゴブリンリーダーやゴブリンメイジがいたとしても、あれだけ統制の取れた集団行動は出来ないはずだ。
ダオとミコは追撃し、槍術と石弾の魔法で合計13体のゴブリンを討伐した。2人とも無傷だし初めての討伐としては上出来きだろう、証明部位の角を取った後安全な場所まで2人を連れて行く。
俺はギルドに討伐報告に行った2人を見送ると、さっきゴブリンが連携を取って襲って来た場所にもどって来た。先ほど撤退したばかりだからすぐに襲って来ることは無いと思うが、統制が取れていた事と比較的キレイで手入れされた武具を使っていた事が気になる。
流石に撤退する時に足跡や痕跡を消すことまでは頭が働かないようで、足跡や草を踏み散らした跡がはっきりと残っていた。
俺はゴブリン達の足跡を追って森の奥へと進んで行くとやがて洞窟の入り口にたどり着いた。洞窟と言うよりもトンネルに近いかな、自然に出来た穴では無く明らかに人工物だ。
さて、単独で調査するかギルドに戻って報告するか悩むところだが、この間の秘密基地の件もある事だし一人で探索したほうが良さそうだ。
俺は単身謎の施設に足を踏み入れた。ゴブリンの住処は汚くて酷く散らかっているものだが、ここは掃除が行き届いていて変な匂いもしていない。
石造り壁面に木製の扉がいくつもある、やはり何かの秘密基地と見て間違いないだろう。
ソルコマンダーを使って周辺の地図と敵の位置を確認するとなんか性能アップしているな、赤と青による敵味方識別だけでなくゴブリン、魔法使い、戦士等、詳細が分かるようになっている。ケーコさんからのメッセージが来ているが後回しだ。
ゴブリンが35匹、人族の魔法使いが3人で戦士2人いる、相手の技量にもよるが何とかなりそうな数だけど取り敢えず情報がほしいな。取り敢えずゴブリンが密集している部屋は避けて魔法使いが2人いる所に忍び足で向かうとしよう。
目的の場所にたどり着くと木の扉があり、上の方に換気の為の穴が空いている。大人の男性1人くらいなら余裕で入れそうだ。周りに人の気配は無い、この世界に来て磨きがかかった俺のフリークライミングの腕なら楽勝で登る事が出来る。
結構高い所にあるし奥行きもあるので、ここから見聞きするなら気付かれる事は無いだろう。2人の魔法使いは文献を調べたり何かの器具を操作したりして忙しそうだ。
様子を見ていると部屋に残りのメンバーである、もう1人の魔法使いと2人の戦士が入って来た。魔法使いがリーダーで戦士は護衛のようだ。
リーダーらしき男が来たことに気付くと2人の魔法使いは胸の前で両手を十字に重ねた、リーダーは右の拳と左の掌を合わせて返礼する。どうやらコイツらの敬礼のようだが、施設といい組織運営といい相当大規模な組織なのは間違い無さそうだ。
「実験の結果を報告せよ」
リーダーが言うと魔法使いの1人が資料を手渡す。護衛の2人は扉の前で警戒態勢だ。
「精神支配の魔導紋ですが、ゴブリンに対するコントロールは問題ありません。ただ知能が高いモンスターに対しての効果については疑問が残ります、オークあたりなら使用可能だと思いますが人族やそれに準ずる知能を持った亜人になると精神が崩壊する危険性があります」
リーダーが報告書に目を通して頷く。
「完全支配による統制の取れた行動と恐怖心と欲望の抑制により速やかな作戦の実行が可能か。効果は申し分ないが速やかな施術が可能なのはゴブリンかコボルトだな数に物を言わせた人海戦術で戦略的価値有りだな」
「欲を言えばオークやギガントに使えれば良いのですが、知能的には可能ですが身体が大きいので埋め込みが困難です。オークであればもう少し研究を進めれば出来ると思いますが」
「いや、作戦の決行は近い。他のグループとの連携を考え我らはゴブリン、コボルトによる陽動作戦を行う」
リーダーの一声でミーティングは終了したようだ、資料を片付けリーダーと護衛は豪華な馬車に乗って入った場所とは違う出口から出ていった。
「狂人達にゴブリンとコボルトの確保と操作のやり方の指導しないとな」
「狂人って言うなよ、アブナイ奴らだけど俺たちの手駒だぜ。人族至上主義って言いながら自分以外はゴミだと思ってる奴や上手くいかない事を人や世の中のせいにして、おかしくなった奴らの集まりだからな」
「まともだった霊長派の奴らは根絶やしになっちまったしな。ヤッパリちゃんと生活基盤もっていると簡単に足がついちゃうな」
なんと! コイツらは人族至上主義両派閥の裏で糸を引いている組織の一員のようだ。他にもグループがあって近日中に大規模な作戦を決行するようだ。この基地を潰すのは簡単だがそれだと、黒幕につながる手掛かりが途切れてしまうな、どうするべきか…………




