冒険者ダイチの1日とコーガ王国の悲劇
人族至上主義霊長派と支援する貴族や商会の大規模粛正が終わり事件の後始末もひと段落したみたいだ。
事が大規模な無差別テロ未遂だっただけに町や国の上層部、関係者以外には情報は開示されていない。
俺は怪我も無かったので事件の翌日から普通に冒険者として以来を受ける日常に戻っている。
最近はハマーから頼まれて空いた時間は、未熟な冒険者に戦闘訓練と障害物や悪路の移動方法、崖登りの仕方、受け身の取り方の指導をしている。
俺も冒険者としては新人なんだが能力的にはAランクと言っても支障が無いらしい。
この間ナッシュさん達とはぐれたのは落下中に横穴を見つけて飛び込んだ事で納得してもらえた。
そしてアイアンゴーレムと魔法生物に囲まれたところをソルテラスに助けられた事にしたらアッサリと信じてくれた。
神殿の危機を救い、人族至上主義霊長派の野望を打ち砕いたソルテラスの存在は、王国とヤース領、エンリーク神殿の極秘事項とされ関係者には箝口令が出されている。
正体がバレる可能性が下がるので俺としては凄く有り難い。ヒーリングライトで冒険者たちにかけられた呪いを解き、魔法生物をバリアーごとぶった斬り、鉄より硬いミスリルゴーレムを真っ二つにしたりと人間を超えた力を見せつけ過ぎた。
神殿の皆さんやバランさんに神の使いかその化身と思われてるから、これ以上神格化されるのは御免被りたい。
今日は「ムササビのザシャム」とギルドのアスレチック施設で訓練と模擬戦をしている。アスレチックでは競争する事になった。
様々な障害物をクリアしていくがほとんど横並びだ、身体強化された俺と大して変わらない、Bランク冒険者が人外だって話も納得だな。
しかし時間が経つとだんだんと差が広がっていく、スタミナと集中力が俺の方が優れているみたいだ。
ザシャムさんは一撃の威力が低いがフェイントを多用した攻撃と優れた回避、体術と索敵、罠や仕掛けの解除などを得意とする、敏捷性と器用さが武器の冒険者だ。身体、感覚の強化が無ければ俺では太刀打ち出来ないないだろう。
「かぁぁぁ! ダイチはもうAランクに昇格でいいんじゃないか、体術と敏捷性ではAランクにも負けてない自信があったけどダイチには敵わねえや」
休憩を挟んで模擬戦をする、ザシャムさんは素早い動きでフェイントを多用して二刀流で斬りかかってくる。トリッキーな動きだが感覚を研ぎ澄ませれば対応可能だ。上下左右から繰り出される剣撃を足捌きで巧みに躱していく、バク転やオーバーアクションをする余裕は無いが刀で受けなくても体捌きだけで躱せる。集中して相手の剣の柄の部分を、左右共に峰打ちで強打して剣を二本共弾き飛ばす、勝負ありだ。
「ザシャムの変幻自在の攻撃に全く動じる事なく対処した上に、二本の剣を同時に弾き飛ばすなんてもう人間技じゃないよね。ギャバン卿と同じSランクでもいいと思うよ」
ナッシュさんが笑いながら言う、ギャバン卿って冒険者登録してるんだ、しかもSランクって名誉ランクとかじゃなくて実力だよな。SとかAランクってあんな化け物みたいな人間がこの世界にはゴロゴロいるんだろうか?
「この国ではBランクは20人くらいだったかな、Aは3人でSランクはギャバン卿だけだよ」
俺の疑問にナッシュさんが答えてくれた、やっぱりBランク以上は狭き門なんだな。ナラが言ってたBランク以上は人外だってのはよく分かる。ザシャムさんの動きは正直人間離れしてるし、ナッシュさんの魔法もCランク以下の魔法使いが使うものと比べたら、間違いなくレベルが違う。
ちなみに3人のAランクのうちの1人はギルドマスターのコムさんだ。この国にはギャバン卿という規格外のSランクがいるせいで冒険者の評価は相対的にかなり辛いらしい。そのためオーミ王国の冒険者はよその国に行くとすぐに昇格するようだ
ザシャムさんとの訓練が終わりギルドの食堂で昼飯を食っていると、若い冒険者達に受け身の取り方を教えて欲しいと頼まれたので快く引き受ける事にした。
昼食を終えて訓練所に行くと思ったよりも多くの冒険者が集まっている、その中にはCランク冒険者のハマーの姿があった。
「あれ?ハマーは結構体術得意だったよな、若手に教えたりもしてたし何で今更新人に混じって訓練するんだ?」
「ダイチに比べたら話にならないレベルだよ、俺の師匠「ムササビのザシャム」を圧倒する体術を勉強させてもらおうと思ってな、これだけの人数が集まったんだし助手でもさせてもらおうかな」
「俺としても助かるよ、実技と解説をしてもらえるとありがたい」
なんかスタイルが似てると思ったらハマーってザシャムさんの弟子だったのか。Cランク以上の冒険者はギルドの役職を持ったり若手の指導をするのが暗黙の了解になっていて中には弟子を取る者もいるようだ。
訓練所に若手冒険者18人を引き連れてハマーをアシスタントに、まずは高所から落下した場合と敵や罠に吹っ飛ばされた場合の受け身の取り方を教える。頭部、頚椎を守る事と身体を丸くして回転による衝撃の分散等、スタントの基本を教えてハマーに実演させる。
「スゲーな、言われた通りにやったら落下した時の身体のダメージがかなり軽減される、こんな理論的な受け身の取り方どこで身につけたんだ?」
やり方と理論を聞いただけですぐに実行出来るハマーも十分凄いと思うけどな。まあ俺の出自については検索禁止となってるから秘密って事でいいだろう。
ハマーの見本をもとに若手達が練習を始める、屁っ放り腰の奴が多いのでまずは低い所や軽く突き飛ばして基本動作を覚えさせる。
全員に指導が行き渡る頃には日が暮れかけていた。帰り際にギルドマスターのコムさんに呼び止められギルドカードと指輪を更新させられた。
今日からBランク冒険者だ。なんだか分からないうちに俺も人外の仲間入りをする事になってしまった。
帰りにハマーと銭湯で汗を流して白虎亭で一杯やる、きょうは泡盛によく似た口当たりの酒だ。
ツマミに生春巻きとサテみたいな串焼きを注文する、相変わらずターニャは盛っていてジロは冷めている。
ジュリーさんはマッチョでオネエだけど人当たりが良く親しみ易い、元は傭兵で凄腕だったらしく店で揉め事が起きることはほとんど無く、おかしな客は一瞬で伸されて摘まみ出すか警備隊に引き渡される。
「ダイチってコーガ王国の出身とかじゃないわよね?」
「そもそもコーガ王国自体を知らないから違うんだけど、なんでそんなこと聞くんだ?」
ジュリーさんの質問に俺は首を傾げる。
「ただの噂話よ、あなた体術を多用した剣術を使うし武器は片刃の長剣でしょう、15年前に滅んだコーガ王国の王家に伝わる剣術や武術に似てるってファカサゼン出身の人が言うのよね」
ギルドの訓練や討伐の依頼で俺の戦い方を見てる人は冒険者ギルド以外にも結構多いからな、コーガ王国の武術って剣舞や殺陣に見た目が似てるのかも知れないな。
「それと、あなた読み書き算術、礼儀作法とか出来るわりに一般常識に疎いでしょ、サモを使ったファカサゼン料理が好きだし、後ろ盾がビッグネームだからコーガ王国の王族の生き残りなんじゃないかって噂が流れてるのよね」
唐突に俺に関する凄い噂話を聞かされて思わず吹出してしまった。酒が鼻に入って痛い、咽せる俺にハマーがさらに追い打ちをかける。
「噂って言うけど、結構信じているやつ多いぜ。ダイチほど腕の立つヤツが今まで無名だったのは人族に擬態するための魔法か魔道具を見つけるのに時間がかかったせいだって言うやつもいるくらいだからな」
「コーガ王国の王子って人族じゃないのか?」
何とか回復した俺にジュリーさんが教えてくれる。
「金狼族って言う黄金の毛色と瞳を持つ狼の半獣人よ。コーガ王国は人族より獣人、半獣人、ホビットの比率が多い国だったの。この街に住むそれらの種族の半分くらいは元コーガ王国からの難民よ」
「コーガ王国ってどんな国で何で滅んだんだ?」
「コーガ王国はすべての種族が平等な国で不思議な力を持つ黄金の毛色と瞳の5大氏族と呼ばれる半獣人が中心となって治めていたの。ファカサゼン連邦でも強国だったんだけど、隣国のツゲ王国が戦線布告無しに突然戦争を仕掛けてきたのよ」
小国のツゲ王国が戦争を仕掛けたのは誰もが無謀だと思ったがツゲ王国の王族、貴族は人族至上主義真人類派のクーデターによって全てバンパイアとなっていた。
住民も全て僕となりコーガ王国に総攻撃を仕掛けたがコーガ王国の王族、氏族は黄金の獣人の不思議な力を駆使してバンパイアやアンデットモンスターを撃退していた。
しかしバンパイアと真人類派の全てを犠牲にした禁呪によりコーガ、ツゲの両国の領土はほとんどは焦土と化し、ツゲの全住人、コーガの半数近くの住民の命が失われた。
難民たちはファカサゼン連邦の種族差別の少ない国やコーガ王族と親交の深かったギャバン卿の治めるヤース領に受け入れられて無事に生活しているらしい。
「真人類派って何をしようとしているんだ?無闇矢鱈に人殺しをしてるようにしか見えないんだが」
「それが誰にも分かんないのよね。亜人に肩入れしたり亜人が治める地域を無差別に攻撃して滅ぼすのが目的っポイけど実行犯は漏れ無く死んじゃうし、禁呪や危ない薬を多用するけどどうやって入手しているのかは謎なのよね」
その後もジュリーさん、ハマー、白虎亭の常連たちと話していたら、すっかり遅くなったのでムタミの館の自室に帰る。部屋の前にはキースが待っていた。
「どうしたんだキースこんな夜中に、お前が訪ねて来るなんて珍しいな」
「ダイチこの前の事件の時、力を使った。もの凄い波動が感じられて俺の感覚すごくて研ぎ澄まされた」
カムリとキースはエージェントみたいな仕事をしているからある程度の情報は持っているだろう。
キースは不思議な勘を持っていて色々なこと知る事が出来るから俺の事もある程度分かっているかもしれない。
「ダイチ、この町の中と外に良く無いものがいる、何か悪いことをしようと企んでいる」
何か良くない事が起きる予感がするみたいだけど、普通はパートナーのカムリや所属組織に報告するのが筋ではないだろうか。
「なんで俺に言うんだ? 他にも報告する所があるだろう」
「それはカムリ達がやっている、あちこちの偉い人のところに走り回っている。ダイチに話すのは俺の独断、この嫌な感じはコーガ王国が滅ぶ前の空気によく似ている」
それは聞き捨てならないな、人族至上主義真人類派が暗躍してる? それとも他にもこのロクジョウの町に災いをもたらす存在がいるのか?
「根拠は無いけど町とみんなを守れるのはダイチだけだと思う」
平和な日々は長く続きそうにないな。




