事件の後始末と冒険者ダイチの噂
閉ざされていた迷宮の扉が開き、行方不明者10名と捜索隊3名が無事に戻ってきた。胸をなでおろすギャバン卿と冒険者ギルド一同だったがナッシュからの報告を聞いて驚愕する。
ここは人属至上主義霊長派の拠点であり、数10体の金属製ゴーレムと魔法生物の培養カプセルが設置されていた。施設と稼動状態にあったゴーレム及び魔法生物はソルテラスと名乗る全身鎧の戦士によって破壊され、構成員は全て拘束されているという。
とりあえず脱出した13人の冒険者を馬車に乗せロクジョウの町で休憩と治療を受けさせる事にして、現地に残った人員で拠点の調査を行う。
待機していたCランク冒険者達とギャバン卿、ギルドマスターのコムが拠点の内部を調査すると驚愕の光景が広がる。
ブロンズゴーレム45体、アイアンゴーレム35体が全て破壊されているのだ。しかも強固な金属製ゴーレムが物によっては粉々に粉砕されている。
研究施設も完全に破壊されている。培養されていた魔法生物はいずれも麻痺、猛毒、石化等の危険な特殊能力を持つモノばかりが揃えられていた。
構成員にら上級の魔法使いが多く、切り札に魔法使いが搭乗することの出来る大型のミスリルゴーレムと物理、魔法共に強い効果を持つ防御結界を張り、強力な攻撃及び状態異常魔法を操る魔法生物バグベアードまでが用意されていた。
Aランクのパーティーでも全滅しかねない組み合わせだが、両方共一刀で切り捨てられている。ナッシュ達に詳細を聞かないと判断できないが、ソルテラスと名乗る戦士はSランク冒険者を遥かに超える力を持つ事になる。
研究施設と戦力となるモンスターは全て破壊されていたが研究資料はそのままで、構成員は全員拘束されている。激しく抵抗したようで、ほとんどの者が骨折などの怪我をしていて何人か重傷の者もいた。
施設内の資料を全て回収して魔法生物の死骸を処分した後、構成員は全てロクジョウの町の警備隊詰所にある収容施設に連行された。施設内には魔法を無効にする結界が張られており、魔法使い中心の構成員は無力化されている。
調べによるとロクジョウの町は、人属至上主義霊長派と真人類派の両方から狙われており霊長派のほうがゴーレム兵と魔法生物の軍勢で攻め込み、真人類派が内部で破壊工作をする手はずだったらしい。
両派は対立しているがロクジョウの町の制圧とギャバン卿の抹殺に関しては共闘しているという。
これだけ大規模な施設を維持する為の資金の出所だが、捕らえられた構成員のリーダー格がヤマーシ子爵の嫡男とアトーク商会の跡取り息子である事から、霊長派とヤマーシ子爵とアトーク商会が利害関係で癒着していることが明らかになった。
ヤマーシ子爵は鉱山を運営しており、以前は獣人や生活困窮者を奴隷として劣悪な環境の中、ほぼ無賃金で働かせていた。当時、奴隷商と高利貸しをメインとしていたアトーク紹介を贔屓にし、共に莫大な富を築いていた。
当時のヤース伯爵であるギャバン卿と現国王である第1王子が奴隷制を禁止し、労働者の最低賃金の設定、重大な違反者は貴族であっても領地、財産の没収、悪質な場合は関係者の処刑と 極めて厳しい法律を作った。
この法律は、前国王とエンリーク神殿の全面的なバックアップがあり、主要な領主や有力な貴族が賛同し、ほぼ1年で王国に浸透したが労働力を奴隷に頼っていた領主や商人には不評だった。
王国全体としては新しい産業と雇用形態の確立、無償で働かされていた奴隷が賃金を得る事による経済の活性化等、国と地域の発展と活性化に一役買ったのだが、旧来のやり方で富を得ていた貴族や商人は収益を落としたり違反者の処罰により没落していった。
ヤマーシ子爵領は鉱山があるのだが、鉱夫を雇う金が必要となり経費が掛かるだけで無く労働者の揉め事の仲裁をしなければならなくなった。
アトーク商会も労働者相手のビジネスと高利貸しで利益を確保していたが、客とのトラブルが多い上に借金のカタに奴隷として売り飛ばすことが出来なくなった。
利益が減ってトラブルが増えた事により子爵家と商会は現国王とギャバン卿に恨みを募らせてゆく。
全種族平等をいち早く達成したロクジョウの町を破壊して、全ての元凶である前ヤース伯爵ギャバンを亡き者にさえすれば、他の貴族も奴隷制復活に動くと思い賛同する貴族や商会を取り込んで計画を立てていたという。
証言と調査の結果、協力していた貴族と商会のトップは全員捕らえられ、隠されていた拠点も全て解体された。拘束したヤマーシ子爵を尋問した結果、彼がヤース王国内に於ける霊長派の首魁である事が判明する。
ダイチが見つけた大規模な研究所のような施設は1つだけだったがロクジョウの町を囲むように6箇所の基地があり、それぞれにゴーレムと魔法生物が数10体配備されおり作戦決行の日は間近に迫っていたようだ。
とにかく、ダイチがロクジョウの町を攻略する為の拠点を偶然発見したことによりヤマーシ子爵と人属至上主義霊長派の野望は阻止された。
空白になった領地と爵位は王国が、解体された商会の商品や従業員は商業ギルドが其々管理、処分することになる。
ロクジョウの町の代官の館の執務室では現代官のミクニと前代官のムタミ、そしてギャバン卿が今回の件について話し合いをしている。目の前の脅威は回避したが、まだ真人類派の動向がつかめていない。
霊長派は、人属は全ての種族の長であり他の種族を隷属すべしと主張する派閥であり人属至上主義の主流である。国家や商会など組織立って支持している団体も多く、国の中枢に入り込んでいることも少なくない。
対して真人類派は人属のみが唯一無二の知的生命体であり亜人は存在自体が悪であり抹殺すべしという集団だ。亜人の集落の水源に毒を入れたり、平等主義の小国を滅ぼしたりと活動は派手だが存在が謎であり支持する組織、資金源等不明な部分が多すぎる。
「奴らの狙いは、この町と吾輩の命である事は明白であるな。霊長派の活動はこれでしばらくは大人しくなるだろうが、真人類派は全く姿を見せぬ故に不気味である」
「ギャバン様、敵が動きを見せぬ以上は対策を立て、即応体制をとり続けるのが最善であります。警戒しつつ日常を崩さない事が良いかと思います」
ミクニの提案に父親であり前代官でもあるムタミも賛成する。
「その通りです、下手に厳戒体制等をとると民が不安がります日常を維持しつつ、各ギルド、警備兵の連携を強化して不測の事態に備えるのが良いでしょうな」
「よし! 民にに不安を与えぬよう人属至上主義者の暗躍は公表せず各ギルドと警備兵で対処する。アレクセイ陛下とフランチェスコ卿に連絡を取り民に不安を与えぬようお願いしよう」
「それがよろしいかと……ところで父上の館に最近入居したダイチという冒険者ですがいったい何者ですか?」
「非常に見込みのある若者だから入居させたんだが、ウチの住民ともすぐ打ち解けたし下町の人達とも仲良くやっているようだから全く問題無いぞ。2週間ですっかり町の人気者になっておる」
「全力の我が輩と互角に戦える戦闘力に加えて、軽い身のこなしと鋭い勘でエンリーク神殿と今回の事件の収束に貢献した優秀な冒険者である。人当たりも良く、若手や伸び悩んでいる冒険者の手助けもする面倒見のよさも併せ持つロクジョウの冒険者ギルド期待のホープである」
「そうではなくて、あれほどの力を持った人間が今まで無名だった事が不思議でならないのです。継承権上位の王族と神殿長が身元保証人ですし、彼が関わった事件はいずれも国家が転覆し兼ねない重大なものです。住民たちの間では彼に関する様々な噂が飛び交っています」
「まあ、彼奴は何処で何をしても目立つからのう、噂になるのも無理はない」
「彼は何と言えば良いかは分からんが、周りに良い影響を与える力をもっている。身元に関しては有力者の後押しもあるし検索する必要はない」
「まあ、御二方がそう言うのなら構いませんが、保証人からも釘をさされてますしね」
悪の秘密基地を叩き潰してから2週間、特に負傷の無かったダイチは事件の翌日か様々な依頼をこなしていた、訓練所で体術の指導や模擬戦などで若手の育成にも関わり、今ではロクジョウの町のギルドで最も信頼されている冒険者の1人だ。
ロクジョウの町の下町や商工地区でも評判が良く誰とでも気さくに話し、明るく親切で気前もいい。
だが、どこから来たのか? 今まで何をしていたのか? 彼の出自には謎が多く様々な噂が飛び交っていて、特に有力なものがこの2つである。
まず1つ目だが初めてこの町に入った時に身分証としてエンリーク神殿の高位の神官が持つエンブレムを出したことが門番の間で話題になり、人属至上主義の動向を調査に来た神官騎士ではないだろうかと言うもの達がいる。
そしてもう1だが亜人に対する差別意識が皆無で、文字の読み書きや算術が得意なわりに一般常識が欠けていることから、15年前に人属至上主義真人類派に滅ぼされたファカサゼン連邦のコーガ王国の王族の生き残りでは無いかという噂もあり、ある程度のそれらしい裏付けもある。
この国の人間がわりと苦手とするファカサゼン料理を好んで食べること。
全ての亜人に対しての差別意識が皆無であること。
体術を多用した独特の剣術を使うこと。
他にも様々な噂がありるが、不思議なことに否定的なものや悪い噂は全く無い。ギルドでも町でも慕われている。
もう1つ噂になっている神の戦士ソルテラスとダイチが同一人物である事を知るのは、この町では傭兵のバランだけである……いまのところは。




