ダイチ、迷宮を発見する
朝起きて井戸から冷たい水を汲んで顔を洗う。水道の無い世界では顔を洗うのが難しいかと思ってたが飲用可能な井戸水が自由に使えるので、不便さはあまり感じない。
ロクジョウの町周辺は水が豊富で遠慮なく水が使えるので、銭湯はあるし農産物も豊富で様々な産業も発展している。交易、国防においても要所であり、色々な地域の様々な種族が集まるので文化も発展している。
驚いたことにロクジョウの町の人口はヤース伯爵領の領都を凌ぎ、オーミ王国王都に次ぐ第2の都市だという。その発展は水資源や立地も関係しているがギャバン卿と前代官のムタミさんの尽力によるものだという。
そんなロクジョウの町は朝から活気がありムタミの館の住人も日が昇る前から起きている。共同の台所ではタバサさんとエマさんが談笑しながら朝食の支度をしている。
俺はランニングした後、せっかく広い庭があるので剣の素振りや空手の型をラジオ体操代わりにしていると、井戸で水汲みをしている子供達が興味深そうにこっちを見ていた。
「おはよう! 水汲みの手伝いか?」
「おはよう、ダイチは戦いの練習?」
「軽い体操みたいなもんだよ、いつでも体が動くように慣らしているんだ」
「父さんが一流の職人は指が鈍らないように注文がなくても仕立てをするって言ってたけど、そんな感じ?」
「ああ、どんなことでも怠けると体が忘れちゃうからね。疲れた時は休まないといけないけど、どんな事も一流になるには反復練習が必要だよ」
「聞いたエド? アンタも面倒くさがり屋を直さないと職人になれないわよ」
「うるせえな姉ちゃん! 俺は冒険者になるんだよ」
他愛もないやり取りをしているとタバサさんの「リン! エド! お水は!? いつまでたってもスープ出来ないわよ!」の声に慌てて水瓶を持って行く。やり取りを見ていたサボイさんの子供達も井戸水を水瓶に入れて持って行った。
ベイマンさん一家は今日の屋台の仕込みをしている。ベイマンさんが麺を打ち、奥さんがスープを仕込んで、子供達が手伝いをしている。長女のモヤンが昨日のスープの残りに野菜、クズ肉、サモを入れて味付けをして朝食っていうか賄いを作っている。
「ダイチ! 朝飯食って行くか!」
ベイマンさんのお言葉に甘えて賄いを一緒にいただく。いつも余るから住人にも分けるのだが豚骨スープが苦手な住人も多いらしく完食はしないらしい。
朝から豚骨雑炊って重たい気もするが食べてみると意外とアッサリしている。栄養バランスもよく、いくらでも食べられそうだ。
「ありがとう、ごちそうさま」
ベイマンさん一家に礼を言って冒険者ギルドに行くと、前に案内してくれたホビットのナラと出会った。今日はオッテと一緒ではないみたいだ、いつも同じ相手と組むんじゃなく依頼や目的によってパーティーはその都度決めるらしい。
「私たちみたいに体の小さい種族は戦闘で役に立たないので狩猟か採取、探索がほとんどですね」
「誰だって得手不得手はあるさ、小さくないと出来ない事もあるし戦う意外にも仕事はあるだろう? 狩猟用の弓矢だって充分武器になるさ」
依頼が貼ってあるコルクボードを見ていると色々な物があるな、選んでいるとナラが難しい顔をしていた。聞いてみるとイワツツキの卵の採取依頼で悩んでるらしい。
イワツツキは大きなクチバシで岩に穴を空けて巣を作る鳥で、滋養のある卵は高額で取り引きされるそうだ。岩を切り拓いて作られた巣は狭く入り組んでいて、身体の小さなホビット族にはピッタリな依頼だと言う。
「問題は岩場の場所がリザードマンの巣がある湿地帯の真ん中なんですよね。リザードマンは結構強いし素早いから岩場にたどり着くのは難しいんです」
あれ? 今見ている依頼の中にリザードマンの討伐があるじゃないか。詳しく見てみるとイワツツキの巣と同じ場所だ、ちょうど良くないか。
「ナラ、今日は俺と組まないか? 俺がリザードマンの討伐をするから、その間に卵の採取をすればいい」
「いいんですか?リザードマンは・・・ダイチさんの腕なら問題無いか、じゃあよろしくお願いします」
という訳でハヤテを走らせてリザードマンのいる湿地帯にむかう。鞍の前にナラを乗せる。彼女は体型も顔つきも小学生くらいだが成人女性なので密着するのはどうかと思ったけど本人は気にしてないみたいだ。
あれ? そういえば俺は女性が苦手だったはずなのにこの世界に来てから割と平気だな、何でだろう? ナラは子供に見えるから別だけど、誰とでも割と普通に話せるし変に構えたりもしない。
そんなことを考えながらハヤテを走らせていると、あっと言う間に目的地にたどり着いた。広い湿原に大小の沼が無数にあり葦のような草がたくさん生えていて所々に大きな岩山がある。
ハヤテを安全な位置に待機させて、俺とナラは近くの岩山に向かう。岩山に近づくと岩に直径50センチくらいの穴が空いている、それがイワツツキの巣だ。
イワツツキは硬いくちばしで岩を削り巣を作って卵を産む、大きさは鶏くらいでクチバシがデカくて硬そうだ。朝、巣から飛び立って縄張りの巡回と餌を探して昼に帰って来るので、その間に卵を採取する。
俺たちの接近に気づき、二足歩行のトカゲ4匹が武器を構えて襲ってきた。こいつらがリザードマンのようだ、彼らの中にも知的で友好な種族がいるらしいがここのリザードマンは知性が低く野蛮なので討伐依頼が出ている。
ナラがイワツツキの巣に潜り込んで、俺はリザードマンの討伐を開始する。動きが素早く力が強いというが大振りで隙だらけだ、軽く躱して刀を振るう。全身の硬い鱗が天然の鎧だって言ってたけど俺の剣技と名刀タイガーピアスの斬れ味の前では裸に等しい。あっさりと首を斬りとばし、残りの3人も1人につき一太刀で斬り捨てる。
リザードマン4人を軽く討伐すると、岩穴からナラが大きめの卵を3つ持って来た、調子を上げてどんどん行こう。
ナラが巣穴に入り俺がリザードマンを切り捨てていく。気が付けば討伐したリザードマンは3ダース、卵は籠にいっぱいになった。
そろそろ帰ろうかとおもったら岩山の1つが何だかおかしいとナラが言う。
調べてみると明らかに他の岩山と質感が違う、まるで人工的に加工されたみたいだ。あからさまに怪しい、実際に近づいて見ないと気付かないレベルだが周囲を注意深く調べると岩の窪みに偽装した足場が作ってある。
ナラと2人で登っていく、手と足をかけやすいようになっていて身体の小さいナラでも楽に登る事が出来た。上に上がると螺旋状に降りて行く穴があり、かなり地下の方に続いている。
「これって迷宮だわ、多分まだ未発見ですよ!」
迷宮ってDランク以上でパーティー組まないと入ってはいけない規則だったよな。とりあえずギルドに戻って報告したほうがよさそうだな。
「新しい迷宮の発見報告は実績になるし報奨金が出ます、結構高額ですよ」
リザードマンの討伐部位である眉間の鱗をナラに持たせて、イワツツキの卵がはいった籠を背負いハヤテを走らせる。イワツツキの卵は頑丈なので枯れ草を間に挟めば馬に揺られたくらいでは割れないらしい。
ギルドに着きナラと一緒に討伐報告とイワツツキの卵の引き渡し、迷宮の発見報告をする。結構高額で討伐で報酬は大銀貨3枚、ダンジョンの報告で大銀貨5枚だった。迷宮の分はナラに3枚渡して俺は合計大銀貨5枚だ。イワツツキの卵は小銀貨7枚だった、Eランクの冒険者だと破格の稼ぎらしい。
そういえば冒険者のランクってどうなっているんだろう? ギルドの食堂でクラブハウスサンドウィッチみたいなやつを食べながらナラに聞いてみた。
「ほとんどの冒険者はFかGからスタートしますね。Gは単独行動禁止でE以上の同行が無ければ依頼を受けることも出来ません、Fになると登録している町の範囲内であれば依頼を受けることができますが同級以上のパーティーが必須です」
つまりFとGは見習いってところだな。Eランクになると制限はあるが単独で仕事が受けられて登録している領内の出入りは自由になるという。
Dは今の俺だな登録されている国ではどの町でも出入り自由で、ほとんどの依頼が単独で受けられるしパーティーを組めば迷宮の挑戦も可能だ。
「Cになると全ての依頼、迷宮の挑戦が単独で受けれますし依頼によっては他国の入国許可証も発行されます。ギルドで役職につく人もいますしCランクになると一流ですね」
「Cランクで一流だったらBから上ってどうなるんだ?」
「正直言って人外です、だいたいが2つ名を持つ有名人ですね。1人で正規兵1個小隊を倒すことが出来るレベルです、AやSになると私にはもう理解出来ません」
俺の場合は後1つ上がればかなり自由に活動出来るわけだ。とりあえず昼から生活雑貨と普段着をそろえて明日から気合入れていこう。
それから3日間、午前と午後で依頼をこなした。ナラやオッテを始め戦闘の苦手な冒険者達と組んで討伐と採取の協力で複数依頼をこなしていたら、ギルドマスターのコムさんからCランクに昇格を告げられた。
「とりあえずCランクに昇格だよ、かなり自由に行動できるからこれからも頑張ってね。ダイチ君は面倒見がいいし、若手に慕われているからこれからも頼むよ」
更新されたギルドカードを受け取ると若手冒険者達から拍手をうけた、その内の1グループから声をかけられる。長剣と盾を装備した若い男と、弓矢と短剣を装備した少年、ローブを着て杖を持った魔女のパーティーだ。
「俺たち、これからダイチさんが発見した迷宮に挑戦するんだ。結果を出してすぐにダイチさんに追いつくぜ」
長剣と盾を持った男とは何度か模擬戦をした事があるが堅実な攻防でなかなか強いほうだと思う。少年は身のこなしはNAPでもやっていけるレベルだし、魔女はナパーム弾みたいな魔法を使う。3人揃うと結構な戦力だと思う。
若手冒険者達が手を振って、意気揚々と出かけて行く3人を見送る。その他にも中堅とベテランのパーティーの合計3パーティーが俺とナラが見つけた迷宮に挑戦するため湿地帯に向かって行った。
そして挑戦者達は誰一人迷宮から帰って来なかった。




