ダイチ、ロクジョウの町の住人となる
ハマーに案内されたのは白虎亭だった、昼飯には少し早い時間だが結構客が入っている。ランチメニューは一品、日替わりのキーロウっていう料理だけだが大人気だった。
「ダイチさん一応聞いとくが辛いものや香草とかは大丈夫だよな? たまにファカサゼン料理苦手な人いるから。シナバが美味いならいけると思うが」
「たぶん口に合うと思うよ、この香りだけで充分に美味そうだからな」
そう! 店に入るなり楽しみでたまらないんだ、この匂いは間違いなくカレーだからだ。それもかなりスパイシーなアジアンカレーの香りだ。
「いらっしゃいませ、お二人ですか?今日の日替わりはチキンキーロウになって……ってダイチさんじゃないですか!もしかして私に会いに来てくれたんですか?」
「いや、普通に昼飯なんだけど」
「え〜そんな水臭いこと言わないで下さいよぉ〜良かったらランチタイムが終わっ……」
「ターニャ !とっとと注文取りなさい! 忙しいんだからテキパキ働くのよ!」
ジュリーさんのお叱りに、ターニャは背筋をピーンっと伸ばして注文を取ってテキパキ働きだした。仕事自体は真面目にこなしているみたいだな。
「姉ちゃんダイチさんに一目惚れしちゃたからなぁ。仕事中はちゃんと集中してほしいよ本当にもう」
テーブルの片付けをしているジロが溜め息混じりにボヤく、2人ともちゃんと働けているようで何よりだ。
「ダイチさんあの姉弟と知り合いだったのか?まだ来たばかりたけど愛想いいし可愛いから早くも看板娘になってるぜ」
「ここに来る途中、盗賊に襲われてるのを助けたんだけど、ターニャがあんな感じだからちょっと困ってる」
ハマーと話しているとターニャが注文の品を運んで来た。
「おまちどうさまです、本日の日替わりメニューチキンキーロウ2人前になります」
運ばれてきたのは大きめの鶏肉がゴロゴロ入ったチキンカレーだご飯はターメリックかサフランなのか黄色い。ナムルみたいなサラダが付いて銅貨6枚だ。
口に入れるとまろやかな味わいが広がった後、時間差でスパイスの辛味がピリピリと来る。ご飯はインディカ種とジャポニカ種の中間みたいな感じでカレーに良く合っている。白米として食べるとあんまり美味しくないと思うがカレーやチャーハンとかの米料理だと美味しく食べられそうだ。香辛料とルーに溶け込んだ野菜の風味、鶏肉の旨味が最高だ。
ナムルのようなサラダも美味かった。
「この店って夜のメニューとかは沢山あるのか? やっぱり香辛料が効いてるやつが多いのか?」
「香草の効いた爽やかな料理も多いわよ。サモを使った物や麺が5種類ずつ、炒め物や揚げ物、蒸し料理、肉料理、サラダ、スープ合わせて50品くらいかしら。量は控えめで一皿銅貨2枚から7枚だから色んな種類が食べれるわ。お酒もこの地域、ファカサゼン各地の銘柄沢山揃えてるわよ」
夜はチェーンの居酒屋みたいなシステムだな。客はファカサゼン出身者が多いがこの町にもファンが多いらしく昼も夜も繁盛しているそうだ。
「気に入ったから結構来ると思うよ、とりあえず今日の夜に来てみようかな」
白虎亭を後にして商店街のような通りに出た。生鮮食料品はほとんど朝市で取り扱っているらしく入り口付近は加工肉、乳製品、乾物、油や調味料、麦やサモなどの穀物を扱う店が並んでいる。酒屋やお菓子屋、お茶屋さんもある。
その奥に服飾関係や日用雑貨を扱う店があり、冒険者や職人の使う服や靴を扱う店もそこにあるみたいだ。生活に必要な物はそのエリアで大体揃うそうだ、日用品の購入も考えないとな。
とりあえず冒険者の服を売ってる店に行こう。鎧や盾、兜は別に防具屋があるらしいが俺の戦闘スタイルだと邪魔になるのでいらない。
とりあえず機能性重視でいきたいと思うので俺と同じ技とスピードで勝負するタイプのハマーを参考にするのがいいだろう。薄手の皮の防具の上に肩当てと肘当ての付いたジャケット、動きやすそうなパンツに膝当てとスネ当て、厚手の皮ブーツだ。
「大体俺と似たような物でいいと思うがブーツはダイチさんの場合は岩登りや軽業、素早い動きが得意だから薄手で足首までの靴がいいと思う」
なるほどな、足首までの薄手の靴を見ているとバスケットシューズの様な形状で底の薄い靴を見つけた。薄い皮の様な素材で軽くて弾力があり丈夫そうだ。底地も薄いがクッション性が良く足場の悪い場所でも大丈夫そうだ。
「その靴はエルフ族に伝わる素材と製法で作られていて、軽くて丈夫なうえに履く者の足に合わせてサイズを調整してくれる優れ物ですが希少な物なので金貨1枚と銀貨5枚になります」
俺が靴を見ていると店主が出て来て説明してくれた。日本円で15万円かぁ結構高いかもしれないが気に入ったし、足で勝負する俺にって靴は大事だから投資していいだろう。
パンツは伸縮性と通気性が高く外側は汚れにくくて撥水加工までされた優れものを洗い替えもいるので2枚。インナーはトレーナーの様な感じの長袖と半袖の物を、通気性の良い物と保温性の高い物をそれぞれ1枚ずつで計4枚。
ジャケットは軽くて頑丈でポケットが大きくちょっとした物なら楽にはいるし内側に投げナイフが入る収納があって実用的で気に入った。撥水機能もあって機能性が高い物だ。
あとは採取した物を入れるために大きめのリュックサックと悪天候時に使う防水加工のフード付きマントを買う事にする。
「一括でお買い上げですので少し勉強させていただき全部で金貨3枚になりますがよろしいですか?」
代金を即金で支払い服と靴はその場で身につけて後はリュックに詰め込んだ。普段着や雑貨を見ようかと思ったが、荷物が増えると拠点が必要だな。いつまでも宿屋ぐらしをしているのも不便だからハマーに聞いてみよう。
「なあ一般的な冒険者って何処に住んでるんだ? バランさんに紹介してもらった宿にずっと泊まるわけにもいかないし、この町を拠点にするつもりだから長期滞在するにはどうするのがいいかな?」
「そうだな駆け出しはギルドの大部屋に1月小銀貨5枚で過ごすやつが多いな。Dランク以上になると1つの町を拠点にするなら借家か集合住宅を借りる奴が多いな、町を転々とする奴は安宿かな」
貴重品はギルドに預けられるし大きな荷物も貸し倉庫があるようだ、代金は量やセキュリティーによってピンキリらしい。
「ダイチさんは、結構金あるみたいだし、稼ぎのいい仕事も楽にこなせるから借家か部屋を借りるのがいいと思うよ」
そうだなこの町は他の場所に行くにも便利がいいし町の雰囲気や人も馴染めそうだ、神殿にも時々行くこともあるから拠点を構えるには最適な場所だと思う。
「そうだなとりあえず役所に行くのがいいかな、Dランクの冒険者だったら簡単に審査通ると思うし借家の紹介もしてもらえる。」
ハマーは商店街近くの集合住宅に住んでいて家賃は月に大銀貨4枚らしい。Dランクになった時に故郷から母親と妹を呼んでいるので寝室3つとリビング、台所とトイレは共同の結構大きめの物件だ。集合住宅は台所とトイレは共同で風呂なしが標準的みたいだ。
商店街エリアと飲食店エリアと下町の間に役所はあった。住民課の窓口に行くとハマーの知り合いらしく気さくに声をかけて来た。
「ハマーさん久しぶり、住民課に来るなんて妹さんの結婚でも決まったのかい」
「決まってたまるか! 新しくDランクになった冒険者がこの町を拠点に活動したいって言うんで届出を教えに来たんだ」
「相変わらず面倒見がいいな、ハマーさんの婚姻届けもまだまだ先みたいだし冒険者カードをだしてくれないか」
職員にカードを渡すと机に置かれたカードリーダーの様な物に差し込んだ。すると机の上に置かれた書類に俺の個人情報が自動で記入されていく、魔法の道具だろうか?
「名前はダイチで出身地は不明、孤児なのかな? 冒険者じゃべつに珍しくないけど……って保証人! 何だこれ!? あんた何もんだ!?」
「Dランク冒険者のダイチだ。それ以上でもそれ以下でも無い。冒険者の素性を探るのはマナー違反なんだろ」
「それはそんなんだが、あまりにもビッグネームなもんで……はい、住民許可証。これを不動産屋に持って行けば借家の紹介をしてもらえるよ。下町に2軒と商工地区に1軒ある、商工地区のは店舗付きが多いから下町がオススメかな。Cランクに上がると土地の購入や中流地区に住むことも出来るよ」
「ありがとう、早速行ってみるよ」
下町の不動産屋に案内してもらった後ハマーと別れた、ギルドに用事があるみたいでそろそろ時間らしい。不動産屋に入ると愛想の良い眼鏡をかけた白髪混じりの男性が迎えてくれた。
「いらっしゃいませワザナハ不動産にようこそ。どんな物件をお探しですか?」
俺は住民許可証を渡して、ギルドや飲食店街や銭湯に近くてなるべく人が多い賑やかな物件を希望した。
「身なりを見ると、大変な依頼をこなすか迷宮で財宝を見つけたかで相当羽振りが良さそうですね。Dランク冒険者の家賃の相場はだいたい月に大銀貨2枚から4枚といったところですがもう少し出せますか?」
あ! そういえば俺の服装って総額30万円の高級品でしかも新品じゃないか! 金持ってますって言ってるようなもんだ。
「ああ、デカイ仕事をして余裕があるから月に大銀貨7枚までなら大丈夫だな。でも庶民的で温かみのある地域がいいな」
「それなら5つほど候補がありますね、近くにあるので案内しましょうか?」
店主のワザナハさんの案内でまず借家を案内されたが一人で住むには広過ぎだったので、昼間は出掛けることが多いし1人なので部屋数は少なくていいから集合住宅のほうがいいと希望した。
「それなら管理人付きの物件が2軒ありますが管理費が入るので、部屋の規模からすると少々高くなりますがよろしいですか?」
「あ、管理人さんがいるなら安心ですねそれでお願いします」
1つは煉瓦造の建物で賄いと洗濯のサービスがある寮みたいな集合住宅だ。独身の兵士や役人に人気で10畳くらいの家具付きの部屋が1月大銀貨6枚。
もう一つは大通りから見えていた石造りの円形の塀に囲まれた建物だ、形が独特なので印象に残っていた。アーチ状の入り口を入ると中はテニスコート2面くらいの庭になっていてその周りを石造りの建物が塀のように囲んでいる作りだ。
「この建造物はこの町が大きくなる前の商工会館だったんです。庭の部分は市が開かれていて、周囲の建物は工房と商店が入っていました。この町をギャバン卿と共に発展さた前代官が取り壊すのは勿体無いと買い取って賃貸物件にしたんです」
何でも前代官が向上心のあるものに支援をしたいと、何に使っても良いと面接をして気に入った者に貸しているらしい。住民の仲は良く職人を目指す者や一旗揚げようと思う者、妻帯者、独身者等様々だ。今は3家族と独身者5人が暮らしているらしい。
何となくこっちのほうが性に合いそうな気がするから面接を受けたいとワザナハさんに言うと、すぐに受けさせてもらえるらしいので大家兼管理人の部屋に向かう。
庭には小屋や色々な道具が置いてある、倉庫みたいな所からリアカーを引いて出て来たのは昨日のシナバ屋台の熊獣人家族だ。
「ワザナハさん新しい住民ですか?」
「これから面接なんですよ、今から屋台ですね。いつも繁盛してますねえ店を構える日も遠く無いんじゃないですか?」
「まだまだですし、屋台も楽しくてね。兄ちゃん冒険者か? 何となくムタミ様に気に入られそうな感じだな、面接に受かったらよろしくな」
「お兄ちゃん頑張ってねー!!」
子熊の3姉弟が手を振って激励いしてくれてホッコリしていると、いきなり後ろから声をかけられた。
「ダイチではないか! こんな所で何をしておるのだ?」
いきなりギャバン卿に言われてビックリしたが前代官と知り合いなのはよく考えたら当たり前だよな。
「この町を拠点に活動をしようと思って部屋を探しているんですよ、ここが気に入ったので面接に来たんです」
するとギャバン卿の後ろから小柄な老人が現れ柔和な笑顔でこう言った。
「合格だから入居する用意をしなさい、寝具はあるから生活用品を買ってくるといい。たしか馬を持っているだろう? 連れて来なさい儂が世話をしてやろう、家賃は月に大銀貨3枚でいい困った事があればなんでも言いなさい」
「え! 何で? こんなあっさり?」
「あんたの事はこの町に来た時から見ていたさ、こう見えても人を見る目には自信があってね。ここで好きな事をやりなさい」
何だか分かんないけど住む所が決まってしまった。




