ダイチ、ロクジョウの住民とふれあう
今日も昨日と同じ宿にチェックインした。一泊素泊まり小銀貨4枚だから日本円で4千円と格安ビジネスホテルくらいの料金だが、駆け出しの冒険者や行商人には高過ぎるらしい。
今日知り合った冒険者のナラとオッテの話だと庶民の月収は大銀貨5枚から7枚くらいらしい。俺、1日で庶民の1ヶ月分稼いだんだ。大量のガケップチスズランとロックエイプの討伐に加えて子猿が結構高く売れたのが理由らしい。
食事と風呂に出かける、外は日が落ちているがロクジョウの町は街灯が灯っていて結構明るい。電球じゃないよな魔法の道具だろうか、人通りは結構多く朝市をしていた広場と門を繋ぐ大通りに沢山の屋台が出ている。
簡単な椅子と台を置いた屋台が多く、昭和の日本のラーメン屋やおでん屋や焼き鳥の屋台みたいな感じだ。酒や料理が一品、銅貨1枚から3枚のリーズナブルな料金で提供されていて、銅貨5枚で腹一杯食べることも可能だ。ちゃんとした飲食店だと1食銅貨5枚から小銀貨1枚以上かかるので庶民の味方といってもいいだろう。
領兵と町の兵士が見回りしているので治安も衛生面も問題ないらしい。下町の労働者や行商人等で凄い賑わいだ。色々見ながら歩いていると今日知り合ったホビットのナラがいた、男女合わせて7人で歩いている全員ホビット族だ。
「ダイチさん、今日は大変お世話になりました。おかげさまで家族でお店に食事に行く事が出来ます」
ナラの家族は下町で靴職人をしていて両親と5人姉弟でナラは長女だから冒険者をして家計を助けているらしい。1番上の弟が職人見習いをはじめたばかりで他の弟妹はまだ小さく食べ盛りだ。今日は思いもよらぬ臨時収入があったのでそこそこの店に家族で食事に行くそうだ。
オッテは出稼ぎにロクジョウの町にやって来たが職が見つからないので冒険者になったらしい。採取や探し物が得意だが戦闘が苦手なのでナラと組んで依頼を受けることが多いようだ。故郷の家族に仕送りするために無駄遣いはしないらしい。
ブラブラしていると朝と同じく匂いに足を止める。熊みたいに大柄な女性が寸胴鍋でなにか煮込んでいる、熊っぽい耳をしていて腕にモフ毛が生えてるので熊の半獣人だろう。隣で何か茹でてるのは旦那さんかな? 同じ熊の半獣人だが熊成分が多めだ。
旦那さんが奥さんに合図すると、鍋に肢の付いた平ザルを入れ茹で上がった麺を上げる、湯切りをしてる間に奥さんが大きな木の器にスープを入れて、そこに湯切りした麺をいれると、子熊の半獣人の女の子がチャーシューや野菜をのせてお客さんの前にかわいい声とともに器を出す。
「シナバ大盛り麺固め一丁おまち!」
気が付けば、その流れ作業が繰り返されているのを見ながら俺は結構長い行列を並んでいた。シナバというのはどう見ても豚骨ラーメンだ、濃厚なスープの香りで完全にヤラれてしまった。並んでるうちに注文の仕方を覚えた。小さな子熊の男の子と女の子が食べ終わった器を下げては洗って持って来ている、家族5人で切り盛りしているようだ。
「シナバ大盛りチキニ乗せ」
「あいよ!」
順番が来たので注文すると奥さんが威勢良く答える。チキニというのは高菜のような漬物だ、チャーシュー、モヤシ、キクラゲ、ネギ、メンマ(いずれも似たもの)が具でチキニと煮卵、チャーシュー増量がトッピングで選べる。ベースが銅貨3枚で大盛りやトッピングが各銅貨1枚追加だから結構リーズナブルだ。
「シナバ大盛りチキニ乗せ一丁おまち!」
かわいい声とともにシナバが置かれる、ありがたいことに食器はフォークとレンゲと箸がある。俺はもちろん箸とレンゲだ、中国の箸みたいに真っ直ぐで長めのヤツだが問題ない。レンゲでスープをすくって啜ると豚骨と鶏ガラ、そして揚げニンニクの風味が口の中に拡がる、濃厚だがしつこくない。麺は中太のストレート麺で標でやや硬めだ。具沢山で食べ応えがあるので銅貨5枚でこれはお得だ、熊本ラーメンに似た感じだな。
食事を終えて銭湯に行く。裸の付き合いと言うだけあって誰とでも気兼ね無く話せるのは楽しいもんだ。色々な噂や情報も入ってくるから役に立つし。
「おい! 聞いたか? 今日冒険者ギルドに登録したヤツ、あのギャバン様と互角に戦ったらしいぞ。しかもギャバン様がソニックソードまで放ったが躱したみたいだぜ」
「その話な、俺は傭兵ギルドにいたんだがソニックソードを躱した時にギルドマスターが模擬戦を止めたのが消化不良だったらしくて「者共! これより稽古をつけてやろう全員、表に出るがよい!」って夕方までギャバン様との模擬戦だよ。バランさんなんかボロ雑巾みたいになってたぜ」
バランさん並びに傭兵ギルドのみなさん、本当になんかゴメンナサイ。
「ジュリーさんの店に新入りのウエイトレスが入ったんだが、なかなか可愛い黒猫の半獣人だったぜ」
「ロックエイプの子猿が冒険者ギルドで明日セリに出されるらしいぜ」
なんか噂話のほとんどに俺が関係している気がする。
「ちょっと怪しい噂なんだが人属至上主義者の組織がこの国に入り込んだらしいぜ」
「え? オーミ王国は全種族の権利が認められてる国だし、ギャバン様や王族が黙ってないだろう。何しようとしてんだ?」
「この国、亜人が多いから奴隷狩りって話もあるし、継承権がある王族に取り入ろうとしてるとか、全部噂だけどな」
噂話に耳を傾けていると突然、髭面の男に話しかけられた。
「あんた、俺の見間違いじゃ無かったら今日ギャバン卿と模擬戦していたダイチさんじゃないのか?」
男の言葉に湯船に浸かっていた全員が一斉に俺の方を見る。どうやらギャラリーの1人だったようだ、思わぬところで注目されてしまった。一応うなづいて肯定する。
「やっぱりそうか! あんた凄かったな、動きが全然目で追えないしギャバン卿の本気の斬撃を軽々避けるなんて人間技じゃねえよ」
「よく見りゃ細身だが引き締まった身体してんな。騎士崩れでも無さそうだし、ロクジョウに来るまで何やってたんだ?」
「こらこら! 冒険者や傭兵に過去を聞くのはマナー違反だぜ。訳ありのやつも多いんだからな」
「違いねえ! デリカシーの無い野郎だ」
笑いが巻き起こり賑やかだがそろそろのぼせそうだから帰ろう。着替えているとさっきの髭面が声をかけて来た。
「ダイチさんは職人の服着てるけど冒険者の着る機能性の高い服持ってないのかい?」
「そういえばみんな野外活動に適してそうな服や防具を身に付けていたな」
「剣はいい物持ってるのに本当に何にも知らないんだな、今までどこで何してたんだ?」
えっと俺この世界じゃ何にもないよな。とりあえず冒険者登録はしたけど知り合いも少ないし住む所も仮住まいだしな。ちょっと人間関係やこの世界での地盤固めたほうがいいよなって考えていると。
「ああ、すまんすまん冒険者は訳ありが多いから詮索しないのがマナーだったな。あんたの実力が桁違いな割に常識に疎いからついつい気になってな」
「訳あって素性は明かせないけど、この地域の事は文化、風習、地理とかよく分からないんだ。バランさんに案内してもらってたけどギルド内で関係築いていかないとな」
「まあ、ここのギルドは新人狩りする奴や闇組織に関係してる奴は少ないな。流石にギャバン様のお膝元で変な事は出来ないからな」
ギャバン卿は家督を譲って領主を退いてもオーミ王国の重鎮である事には変わりはないようだ、特に各ギルド関係に絶大な影響力を持っている。終の住処に選んだロクジョウの町のギルドに影響力を持つのは必然のことらしい。
「そうだ名乗るの忘れてたな俺の名はハマーだCランクの冒険者で双剣使いだ、新人の教育係りもしている。よかったら明日、冒険者用の服や防具、小物を扱っている店を紹介してやろうか?」
「助かるよ出来たら他にも色々教えてほしいんだけどいいかな?」
「いいさ、その代わりと言っちゃなんだが明日の朝、討伐依頼一緒にしてもらえないか? 正直それが目当てなのが本音なんだ。報酬は山分けにするからよ」
「ああ、利害関係があったほうが気を使わなくていいからな」
俺は宿に帰り早く寝た。いつまでも宿住まいも良く無さそうだから明日ハマーだけでなく色々な人に聞いてみよう。
朝起きて軽く体を動かし、朝市で朝食をとって冒険者ギルドに向かう。今日の朝食は、目玉焼きとベーコンとトマトとレタスをたっぷり挟んだサンドイッチだ、フレンチドレッシングみたいなソースが合っいて美味い。
ギルドに着いて待っているとハマーがやって来た。手伝ってほしい討伐対象は時計塔に住み着いたグレムリンという魔物だという。
「時計塔が動かなくて不便なんだがグレムリンが厄介でな、動きが素早くずる賢い上に姿を消す事が出来るんだ」
だから動きが素早くて技で勝負するタイプを探していたそうだ。ギャバン卿との戦いを見て俺が最適任だと判断したらしい。
朝市をやっている広場の奥に大時計の付いた塔があるけど壊れてるなあと思っていたら魔物の仕業だったのか。有名な映画監督の作品のタイトルにあったけど。あんな感じの化け物なんだろうか?
時計塔に近づくと周りにロープが張られていて兵士が人を近づけ無いようにしている、ハマーがギルドカードと依頼書を見せると中に入れてくれた。
「いいか、あいつらはずる賢いから不意打ちや騙し討ちをしてくる。中に入ったら絶対に油断するなよ」
「分かった、変身能力や声真似、遠距離攻撃は無いのか?」
「姿を消す以外は素早くて跳躍力がある以外に特殊能力は無いな、遠距離は投げナイフや弓矢くらいだな」
俺は剣を抜き、無造作に時計塔に近づくと左右からナイフが飛んで来たので、軽く躱すと右の気配に向かって剣を振るう。緑色の血を吹き出して小さな醜い生き物が絶命した、映画のヤツによく似た姿だ。
姿は消せるが気配を消す事は出来ないみたいで、動作をすれば薄っすらと見えるし物音を立てない事も出来ていない。ステレス機能に胡座をかいて訓練していないな。こっちは万場さんに研修や合宿の名目で自衛隊のレンジャー部隊の訓練に参加させらてたんだ、付け焼き刃だが素人よりマシだ。
左のヤツはハマーが仕留めた。俺はスタスタと塔に向かって歩みを進める、上から石や鈍器を落として来るが問題なく避ける。扉の前に来たが罠が仕掛けられている可能性もあるな。
神経を研ぎ澄ませ気配を探ると扉の向こう側、上下左右、正面に10匹ほど待ち伏せている。扉を開けた刹那、奴らが飛びかかる前に切り捨てた。殺気むき出しで待ち伏せしてても無意味だ、追い討ちをかける為に控えていた奴らもビビって姿を消す。
しかしヤッパリ気配を消すのは下手だ大して時間をかけずに2人であっさりと討伐する事が出来た。グレムリンの討伐が確認されると掃除夫と時計職人達が塔に入って行く。
俺たちは報酬を受け取ると、ハマーに冒険者の装備品や防具を扱う店と普段着が欲しいので服屋を案内してもらう事にした。
「ダイチさん、昨日シナバ食っただろ、風呂のとき匂いでわかったよ、美味かったか?」
「うん美味かったよ、屋台が出てるならまた食べると思う」
「熊獣人一家の屋台ならほぼ毎日出てるよ。あれが美味いならいけるかな? 俺はファカサゼンの出身なんだが昼飯によく行く店があるんだサモが苦手じゃなかったらそこで飯にしてから行かないか?」
サモって米のことだったな、ぜひ食べたいので案内してもらうとそこは白虎亭だった、世の中狭いなあ。




