冒険者のお仕事。ダイチ依頼を達成する
冒険者ギルドの食堂でギルドマスターのコムさんと向かい合って席に付く。コムさんはと細身の若い男性で尖った耳が特徴的だ。失礼だがあまりギルドマスターって感じじゃないな。
「ハーフエルフは初めてかい? 若く見えるけど長命種なんでこれでも56歳だし、閃光の魔弓って二つ名もあるそこそこ名の知れた冒険者だったんだよ。まあ一騎打ちだと君には敵わないと思うけどね」
ハーフって事は混血なのかな? どう見ても同じ年くらいに見えるから倍くらいの寿命なんだろうか。二つ名からいうと弓が得意とみて間違いないだろう。
受け付け嬢が書類とか用意している間、ギルドマスターのコムさんと昼食をとりながら雑談をしている。鶏肉のトマト煮込みとフランスパンみたいなパンだ。
「いやあ、ギャバン卿とダイチ君の模擬戦の話題でギルドは盛り上がってるよ。ギャバン卿が本気出すなんて10何年振りだろうな、ソニックソードの威力も衰えてなかったしね」
よく考えたらギャバン殿って身体能力と感覚が強化された俺と互角なんだよな。あの必殺技、後で見たら20メートル位離れた頑丈な柵を粉砕してた。躱したけど当たったらどうするんだよ。
「あのソニックソードって何ですか? 躱したけど剣圧ってレベルじゃ無いですよ! 当たったら大怪我するところでしたよ」
「アレは全闘気を剣に込めて飛ばすギャバン卿のとっておきだよ、もう一つ剣に闘気を込めたまま切るロックスラッシュもあるけど2つ共、隙の大きい技だから近接のロックスラッシュだと繰り出すまえにダイチ君に斬られちゃうね」
何かとんでもない化け物と闘ってた気がしてきた。背後でヒソヒソと俺に関する噂話が聞こえてくるし。
本気のギャバン卿と互角だったとか、目にも止まらぬスピードだったとか、運動能力も凄くてギルドの訓練施設を楽々クリアしてたとか。
「何か凄く注目されてるんですけど、大丈夫ですかね」
「ああ、嫉妬とか嫌がらせの心配ならいらないと思うよ、ウチは実力主義だからね。強い者や特技がある人間の足を引っ張ろうなんて奴はいないし、君をパーティーに誘おうと狙ってる人が大勢いるくらいだよ」
食事が終わった頃、受付嬢から用意が出来たと声をかけたので事務所のカウンターの席に付く。いくつかの書類が出されコムさんが説明をしてくれる。
「本来なら面接と簡単な身元調査をするんだけど、神殿と王族の後ろ盾があるし余計な詮索はしないように言われているから省略したよ、適性検査の結果ダイチ君はランクDからのスタートになるから最初から受けれる依頼は多いな」
それからランクについて説明を受ける。ランクは一番上がSで後はA〜G迄あるランクによって受けれる依頼と待遇が違う。俺のDランクだとオーミ王国内であればどの町でも身分証明書として使えるらしい。討伐依頼もこのランクから受ける事が出来、パーティを組むなら迷宮挑戦も可能だ。
「最初はFかGから始めるのが普通なんだけどダイチ君の場合規格外だからね、実力的にはもっと上だけど単独行動と討伐が出来る一番下のランクにしておいた。いきなり高いランクよりこのくらいから慣れた方がいいと思ったからね」
後は依頼の受け方や規則、罰則等についての説明をうけて冒険者の指輪と証明書兼成績表であるギルドカードをもらう。そういえば神殿でもらった身分証と言われたペンダントについてコムさんに聞いてみる。
「それは高位の神官か団長クラスの神官騎士が身につける物だよ。それを身分証代わりに渡されるって本当に何者なんだい?詮索するなって言われてるから聞かないけど」
うん、このペンダントは今後、使わないようにしよう。身分証明書はギルドの会員証があるから問題無いし。必要な書類を記入していくと身元保証人がエンリーク神殿長フランチェスコ、アリエイル=ソム=オーミの連名になっている。
「俺の身元保証人ってもしかして超大物だったりします?」
「まあ、エンリーク神殿のトップと継承権第2位の王族の保証だからね、下手な扱いは出来ないよ」
「俺のことはあくまでも平民の一冒険者として扱ってもらいたいんで、特別扱いは無しでお願いします」
「もちろん保証人からの要請もあるからそうするけど、ダイチ君は目立つから注目されることは諦めてね。なんせ生きる伝説であるギャバン卿と互角にやり合えるってだけで普通じゃないから」
姿を見ないと思ったら適性検査の後、すぐにギャバン卿はバランさんを引き連れて傭兵ギルドに行ったようだ。いいところで模擬戦を止められて不完全燃焼だったらしく、傭兵達に「稽古をつけてやる!」と言って大暴れしているらしい……なんかゴメンナサイ。
「ギャバン卿って凄い人なんですね。あちこちに強い影響力を持ってるみたいだし」
「ダイチ君は前人未到の地か遠い外国の出身なのかな? この国と周辺諸国でギャバン卿の名を知らない人間はいないよ」
ギャバン卿は戦果を上げた褒美に領地を与えられるとまず領内で奴隷制を禁止し、種族や出身による差別を重罪とした。さらに各産業やギルド等の組織をシステム化し自領の力を増して行った。救国の英雄であるだけでなく為政者としても有能であり誰からも尊敬される人物だと言う。
「この国、特にヤース伯爵領って亜人や獣人が多いだろう、他国から逃げて来た者達をギャバン様が受け入れてきたからだよ。他国やオーミ王国内でも差別のキツイところは少なくないからね」
手続きと雑談を終えると、とりあえず依頼書が貼り付けられたコルクボードを見ることにした。昼食が終わると人が少なくなったのでゆっくりと見る事が出来る。そんなに数は多くないかな。
「今の時間になると簡単な依頼や稼ぎのいいモノは残ってないですよ」
「依頼は夕方以降や早朝に貼り付けられるからそれを狙った方がいいよ」
声をかけられて振り返ると誰もいない、と思ったら視線を下げると身長が1メートルくらいの女性と二足歩行のビーグル犬がいた。
「ありがとう、今貼ってあるのはあまり良くないのか? 結構、報酬がいいヤツもあるみたいだけど。このガケップチスズランの採取とかロックエイプの討伐とか掛け持ちで出来そうだし」
「ガケップチスズランは色々な薬の原料になるから重宝されるんだけど、反り返るような崖の上の方にあるから取るのが非常に難しいんです」
「ロックエイプは農作物や家畜を襲う害獣なんだけど足場の悪い険しい岩山にいるし、素早い上に連携もとるから難しいよ」
女性はホビット族のナラ、犬獣人はオッテという名前で、2人で組んで採取や狩猟、捜索の仕事を主にしているらしい。感覚が鋭いのでそれらの仕事は得意だが、身体が小さいので戦闘は苦手なようだ。珍しいキノコの採取を終えて、納品と報酬の受け取りに来たらしい。2人ともEランクだそうだ。
「俺はダイチ、今日適性検査を受けたところでまだ勝手が分からないんだ」
「!? でもDランクですよね。まさかいきなり?」
「多分戦闘か体術が得意なんじゃないかな、でも最初からDは凄いね。その2つを受けるんだったら案内くらいするよ。キノコとりは楽勝だったし、ひまだからね」
場所は両方とも町から歩いて2時間ほどの岩山にあるらしい。馬ならすぐだろう、2人とも軽いからハヤテに三人乗り出来そうだ。
ハヤテに乗って道中2人と世間話をしながら岩山に向かう。体の小さい亜人は出来る仕事が少なく農家の跡取りや生業がある者以外は冒険者か商人もしくは職人になるしかないらしい。
岩山の麓に来ると頭上に反り返った崖がある。俺の目では見えないが崖の裏側の地面とほとんど水平になっているところにガケップチスズランは群生してるらしい。
岩肌は頑丈だし結構ゴツゴツしている高さは15メートル位か、今の俺なら落ちても受け身取れそうだな。
「ガケップチスズランって上から落としても問題ないのか?」
「強風や嵐の後で落ちたヤツを採取するから問題ないよ。品質は根から抜いたヤツには負けるけどね」
「軽いから落としても品質には問題無いですね……ってまさか登るんですか!?」
驚いているナラを横目に俺は靴を脱いで崖に取り付く。フリークライミングの難易度としては手足をかけて踏ん張れる場所が多いのでそれほど高くない。あっと言う間に崖の裏側にたどり着くと小さい鈴のような花が地面に向かっていっぱい咲いている。スズランと言うより小さな逆チューリップと言った方がしっくり来る形だ。
「落とすから拾っていってくれ!」
俺は崖下の2人に声をかけると両足で岩の窪みを掴み、片っ端から根から抜いては落としてゆく。逆に生えてるから抜けにくいかと思ったが、根の方向さえ分かれば簡単にぬける。
小一時間くらい崖下を移動しながら取って行くと「もう袋にいっぱいだよー!」と2人から声がかかる。持久力も上がってるみたいだな、まだまだ余裕がある。
「ロックエイプの住処は遠いのか?」
「この崖の裏側ですよ。少し歩けば威嚇されると思います」
「じゃあサクッと討伐するか、確か1つの群れで20匹程度だよな」
「え!? 今、崖登ったばかりなのに? ロックエイプは素早いし結構強いよ」
自分の力を過信しているわけじゃないがデータ的に大丈夫そうだし、いっちょ行くか。
剣を抜いて歩いて行くと結構デカい灰色の猿が威嚇してきた。ナラは弓矢、オッテは短剣を構える。
俺は威嚇している猿に無雑作に近づくと四方から一斉に6匹が飛びかかって来る。
剣を一閃すると6匹は鮮血を散らして絶命する。威嚇していた奴が逃げ出すので追うと足場の悪い岩場を跳び回って逃げるが俺には関係ない。
岩場を跳ぶ俺の着地点や跳躍中を狙って襲い来る猿を片っ端から切り捨てるとやがて迎撃が来なくなったので最後に威嚇していた猿を切り捨てる。討伐証明は尻尾だったよな、やっつけた猿の尻尾を切り落とすと21本になった。
「ダイチさんもう討伐したんですか? 物凄い動きと剣技に全くついて行けませんでした」
「あれ? むこうの岩陰の方に臭いと気配があるよ」
オッテが指差す方に行くと生まれて間も無い子猿が二匹怯えていた。流石にこれを殺すのは心が痛む。
「このくらいの子猿なら生け捕りにしたら高く売れますよ」
子猿のうちから調教すると、害虫退治や素材採集や高い所の果実の収穫に使えるので結構重宝されるらしい。
採取したガケップチスズランと討伐した猿の尻尾、2匹の子猿が増えてもハヤテは難無く町まで走っていった。流石に着いたらもう夕方だったのでギルドに急ぐ。
受け付けで達成報告をすると受付嬢がビックリしていた。
「半日で2つも達成したんですか!? しかも結構難易度高くて残っていた依頼ですよ!」
割と楽勝だったんだけどな、取り敢えずガケップチスズランと猿の尻尾、子猿2匹を渡してギルドカードを提出する。
「あ! 2人もギルドカード出しなよ」
「え!? いいの? 僕ら案内しかしてないよ」
「ええ、あれだけで実績を付けてもらえるって申し訳ないです」
「色々教えてもらったし俺1人じゃ半日で達成出来なかったからな。報酬も山分けだ」
受け付け嬢がギルドカードに実績を記録して報酬を支払ってくれた全部で大銀貨5枚と小銀貨7枚だった。
だいたい銅貨が百円、銀貨が小千円、大一万円、金貨が十万円て感じだ。日本円で5万7千円だから半日の仕事だと考えたら大儲けだ。2人と均等に分けるつもりだったが1人大銀貨1枚でいいらしい。
今日の仕事は終わりとして、宿チェックインしてからどうしようかな?




