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おばあちゃんが自分の命と引き換えに残してくれた命。それを引き継いだ母、そして私はその母から命を分けてもらった。おじいちゃんが言っていたように、写真のおばあちゃんは私そっくりだった。母が私をおじいちゃんの家に遊びに行かせていた理由は、そんなところにもあったのかも知れない。
おじいちゃんの話では、母にはおばあちゃんのことをほとんど話したことはないという。しかし、おばあちゃんが亡くなった後、しばらくおばあちゃんの実家で育てられた母だから、実家の誰かから聞いていてもおかしくはない。
昨夜私に写真を見せてくれたおじいちゃんは言った。
「こんな話をすることは一生無いと思っていたよ。自分の胸の中にしまって墓まで持っていくつもりだった」
「それじゃあ、おばあちゃんが可哀そうだよ。誰かが覚えていてあげなきゃ」
私がそう言うと、おじいちゃんは「そうだな」と微笑んだ。
「由佳里に訊かれたから、つい話してしまったけど、今まで誰に訊かれても話す気にはなれなかったよ。でも、これで彼女も満足だろう」
「おばあちゃんの名前なんていうの?」
「知らなかったか? ヨシコ、由佳里のカに子供の子だ」
「佳子かあ」私は直ぐにわかった。「それで、お母さんが美佳で、私が由佳里なわけね」
そういえば、私の名前はおじいちゃんが命名したと聞いたことがある。命だけでなく、私達は名前でもつながっていたわけだ。
バス停までの道を歩きながら、おじいちゃんが段々寂しそうな表情になっていくのがわかった。これまでもバスを見送る時のおじいちゃんは笑顔で手を振っていたが、とっても寂しそうだった。昨夜の話を聞いて、私はそれが単に孫が帰ってしまうということだけではないことがわかった。バスに一緒に乗れずに別れてしまうことは、おじいちゃんには古傷に触れることなのかもしれない。私はなにも言わずに歩きながら、おじいちゃんの手を握った。
「おじいちゃん、今度は夏休みに来るからね」
「そうか」
「今度はしばらく泊まっても良いでしょう?」
私がそう言えば、少しは元気になってくれる気がした。
「お母さんが良いと言えばな」
「大丈夫だよ。今度はお料理作ってあげるからね」
「そりゃあ楽しみだな」
野菜の入った袋を手に持ったおじいちゃんは、私の知っている本当に嬉しそうな顔をした。
「おばあちゃんの得意だったパイもいつか作れるように、お母さんに教えてもらうね」
母は直接おばあちゃんから教えてもらったはずはないから、曾おばあちゃんに習ったに違いない。私が母からそれを受け継いで、おじいちゃんに食べさせてあげる。ちょっと不思議な感じもするが、なんだかわくわくしてしまう。
バス停には私達ふたりしか居なかった。今日の空は雲に覆われ、午後には雨になりそうだった。バスが田んぼ道の彼方に見えてきて、私は肩掛けのポシェットからバス・カードを取り出した。おじいちゃんは自分が育てた野菜の入った袋を手渡してくれた。
「じゃあ、これはお母さんに。気をつけて帰るんだよ」
「うん、おじいちゃんも元気でね」
バスのステップを上り、窓からおじいちゃんにもう一度手を振った。バスが動き出した振動で、よろけそうになった。
「これ、落ちたよ」
バス停に佇むおじいちゃんを目で追っていた私は、突然声を掛けられて振り返った。
「根岸君!」
私のバス・カードを拾ってくれた男の子が一瞬バスケ部の根岸君に見えたが、全く違う人だった。
「あ、すみません」
お礼を言ってカードを受け取った。今日は珍しく混んでいる。奥の方のふたり掛けの席に半分だけ空いている席はあったが、知らない人と並びたくなかったので、カードを拾ってくれた男の子の後ろに座った。
ポシェットにカードを戻すと、男の子が振り返った。
「君、時々このバスに乗るよね。あのバス停のところに住んでるの?」
突然話しかけられて、私は答えるより彼の顔をまじまじと見てしまった。以前にも私がこのバスに乗っているのを見ていたような口ぶりだった。
「ううん、おじいちゃんがあそこに住んでいるから、遊びに来ているの」
「そうなんだ、僕はね・・・」
初めて会った人と話すのは得意ではなかったけど、なぜか彼とは普通に話せた。それは彼がおじいちゃんと同じ目をしていたからかもしれない。




