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第一話 彼女は宝石の原石

雛川詩織からの手紙には消印が押されていない。恐らく私の家のポストに直接投函したのだろう。

彼女の手紙にはCDが同封されていた。


Veruca Salt 「American Thighs」


知らないバンドのアルバムだった。

私はそもそも邦楽、洋楽を含め今時の音楽を聴かない。私が聴くのはクラシック音楽だけ。

それでも何故か、雛川詩織が送り付けたCDに私は心を奪われた。普段付き合いのない彼女からの突然の手紙。そして唐突な内容。それが原因だったのかもしれない。


 ――――――――――――――――――――――――――――

  笹山 美智子 様

   二人だけで、お泊りの女子会をしませんか。

   私の連絡先は病院の名刺に書いておきました。


  追伸 

   プレゼントを入れておきます。

   私のお気に入りです♡

               雛川 詩織 より 

 ――――――――――――――――――――――――――――


手紙の内容は、たったそれだけだった。

私は悪い予感、いいや、面倒な予感しかしなかった。

雛川詩織は私と同い年で家が比較的に近所だった。小学生の低学年頃まではよく一緒に遊んだ覚えがある。しかし高学年になると私はピアノの練習、彼女は部活が忙しくなり付き合いは自然と疎遠になってしまった。中学時代の私はピアノに命を懸けていて、彼女も部活に命を懸けている様に見えた。彼女は足が速く陸上の選手だったのだ。グランドを走る彼女を見て、私は宝石の原石を発見したように心を煌かせたことを覚えている。

しかし別々の高校に進学をすると、彼女の存在は私の生活から忘れ去られてしまう。


そんなある日、あれは高一の冬休みだったと思う。私は街で彼女を見かけた。

彼女は私の知っている雛川詩織ではなかった。派手な化粧をして女友達や男友達と一緒だった。男の一人が詩織の腰にいやらしく手を回し、それを笑って許している雛川詩織。私はその時に思った。

なんだ、彼女も「ただの石ころ」だったのかと。

その後もたまに街で彼女を見かけた。私も楽譜を購入したりレッスンを受けたりするために街へでかける用事が度々あったからだ。しかし彼女とは一度も喋ったりはしなかった。お互いに目と目が合っても、気まずく俯くだけだったのだ。


そして、高三の夏、彼女からの手紙が届く。


地下鉄とバスを乗り継ぎ、私は指定された場所に向かった。

移動中、私はスマホでVeruca Saltのアルバムを聴き続けていた。英文の歌詞を自分なりに訳してみたが、意味はいま一つ解らない。英文の詩を理解するのは受験英語では無理らしい。Veruca Saltは女の子二人のツインボーカルのバンドだ。女の子二人がボーカルとギターを担当し、他にベースとドラムの四人編成。ロックなのにまるでクラシックの室内楽みたいだと思った。キュートな歌声、ノイズの様なギター、小気味好いベース、そして乾いたドラム。彼女たちの音楽を聴いていると、バスの窓から見える景色がまるで別の街の様に見える。それらに彩られる風景は映画のワンシーンを彷彿とさせる。実際、彼女との待ち合わせの病院に着いた時、私は映画の中に飛び込んでしまった様な錯覚に陥っていた。

バス停は森の入り口にあり、そこから森の中へと石畳の道が続く。少し歩くと洋館風のお洒落な建物が見える。建物の門には『レディースクリニック フェアリー・オブ・フォンテーヌ』と記されてある。

「産婦人科医院 泉の妖精」

私はそれを声に出してみた。

確かに、ここなら妖精の子供でも産めそうな気がする。

私はイヤホンを外しながら、一人で苦笑いをした。

私はこんなところまで何をしに来たのか。

病院に入るとロビーのソファーに雛川詩織が座っていた。バスは定刻通り着いたのだから、彼女を待たしたつもりは少しも無い。しかし彼女はとても待ちくたびれた様に私を出迎えた。ノーメイクで髪をポニーテールにした彼女が私に優しく微笑みかける。それは私の記憶の中の雛川詩織と同じだった。

中学校のグランドで、光り輝きながら走り続けていた頃の雛川詩織。


私は再び、宝石の原石を発見してしまった。



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