桜は冬には咲かない
「冬に桜が咲くわけがないだろ?」
そう俺は目の前にいるダチにそう言ってやった。
「本当なんだって!結構前にあそこの工場の近くの川のほとりで咲いてたんだって!」
「あそこの桜の木なんてもう何年も咲いてない寿命だって聞いたぜ?新手のホラーの話かよwww」
狼少年のような構図になってるが普通に考えていたら冬に桜が咲くっていうのはなんかおかしいと思う。
必死で弁明しているあいつに怪訝な顔を向けてしまうのは仕方ないだろう?
だが、そんなやり取りが面白くなかったのか息が白くなる12月の寒空の下、一人の女性が後ろから口を挟んできた。
「イイエ?桜にはいろんな種類があるのデスヨ?」
おい、どうしよう…明らかに外国人的雰囲気だ。
「おお、日本語ペラペラなんですねー」的な感じでいわれるタイプの。
きっと「日本が好きになって何年も住み着いちゃった」な感じのおせっかいおばさんなんだろうな。
そう思いながら振り返ってみた時、そこにいたのは冬のニューヨークにいそうな感じのロングなコートを羽織ったモード系ウーマンだった。
そんな彼女はぱっと身はキャリアッとしている空気を纏っていて、一定の容姿以下の人間は視界に入る事すら許さんっと威嚇しているようにすら見えるのに…
…急に向こうから話し掛けられてしまっていろんな意味でドキッとした。
「私も、こっち来てから知りましたガ、冬に咲く冬桜トイウものもあるそうデスヨ?」
俺たちは完全に面食らって誰もその発言に返事をすることができなかった。
しばしの静寂が下校中の通学路を支配する。
というか目のさえる美人、とはよく言われているがあそこまで整っていると俺達とは別の世界の住人なのでは?とすら思ってしまう。
…ん?急にオロオロしだしたぞ?
「アレ?私のニホンゴ、間違ってまシた?」とか聞き始めてきたぞ?
なんか、可愛いな!?おい。
「あー…えっと、日本語はまったく問題ないですよ?冬桜というのが聞きなれないものでしたので皆、驚いたんですよ」
テンパリまくって「やヴぇぇ、アメリカ語わかんねぇよ!?」とか「ニホンゴ片言かたくりこ」とかダチが言い始めて誰も返事をする気配が一向にないので、とりあえず俺が返事をしておいた。
いや、流石に馬鹿正直に「急にブッ飛んだ美人が来たので、何もしゃべれませんでした」とは言えなかった。
「サクラはニホンジンの魂ですよネ?チャント勉強しまショー」
そういって、フフンとお手本のようなドヤ顔を彼女は披露してくれた。
そして今日、俺はニューヨーカーな美しすぎるブロンド・キャリアウーマンがドヤ顔をすると途轍もなく可愛いということを勉強した。
ちなみに、後から気になって調べたが件の桜は枝垂桜だったのでやっぱり冬には咲かない。
「…そうですね、勉強しときます。教えてくださってありがとうございます…通りすがりのお方?」
「ニコラと呼んでください」
「わかりました、ニコラさん。それと名乗られたら名乗り返すのが礼儀ですよね?犬飼 灰斗と申します」
よろしくとニコラさんに簡単に挨拶をしたところ、いきなり目を輝かせ始めた。
びっくりした俺をよそに彼女が教えてくれたのだが、以前日本に来たことのある友人が「日本の男性たちは皆、礼儀正しくて紳士」という事を言ってたそうだ。
そしてどうやらそれが事実だと実感できたので感動したとの事らしい様だ。
俺も彼女の言っている通り、日本人男性は紳士であることは認めるべき事実だと確信している。
ただし、その先頭に圧倒的存在感を放つ単語である「変態」の二文字を付け加えればの話だが。
それと、この短時間でわかったことなのだが、どう見ても聖人ことニコラさんは正直、なかなか表情豊かな人でとても興味深い。
こんな美人とまた会えたらいいなぁ…と思いつつも俺達との会話を切り上げ用事へと向かう彼女を見送った。
◇◆◇◆◇◆
こんな美人と…以下略、な俺の発言をよそに彼女との再開は案外早かった。
と言うか三日後だ。
遠目で見ると彼女はどうやら家の窓とかそういうのを見ている感じの様だ。
閑静な住宅街、双眼鏡片手に一軒一軒、くまなく間取り探っているトンでもない美人のバリッバリキャリアウーマンな彼女は喋ったことのある知り合い補正をかけたウルトラ控え目表現をもってしてでも不審なガイジンだった。
流石に一度あっただけだし、あれに話しかけるのは…と躊躇していたところ、やはりと言うか向こうから声を掛けてきた。
「アッ、カイトさんだ!おーい!」
カメラのフラッシュ位の明るさの笑顔で大きく手を振りながらこっちにトテテと掛けてきた。
ワンちゃんかな?
彼女の幻の尻尾が左右に揺れているのが見えた気がした。
まぁ、声を掛けられてしまったらしゃべるしかあるまい。
俺は声の主へ向かった。
「…こんにちは?ニコラさん。というか僕の名前、覚えてくれてたんですね、光栄です」
「トーゼンですヨ!」
そういって胸を張るニコラさん。
なんで当然なんだろうか?俺なんか印象に残らない人はクラスメイトでも忘れるぞ?
流石にそれは冗談としても…まぁ、美人に顔を覚えてもらえるのはちょっと嬉しい。
「それで、どうしてこんなところに?この辺は住宅しかないし…あ、知り合いの家に向かう途中かなんかですか?」
いきなり、面と向かって「ニコラさん、あなた今めっちゃ不審者に見えますよ?」とかブッコンでいける勇気は俺にはなかった。
とりあえず、遠まわしに質問。
これを奥ゆかしいというか回りくどいというかは人によると思う。
ニコラさんは、「むむむ…言うべきか…」とか呟きながら考え込むようにこちらを見てきた。
とりあえず、
「いいづらいのでしたら詳しくは聞きませんが、よかったら教えていただけますか?僕のほうでも何か手伝えることがあるかもしれませんし」
となるたけ丁寧に聞きなおしてみたら彼女もちょっとだけ低くなった(可愛い)口調で俺に話してくれる気になった。
「いいデスか?カイトさん…絶対、っぜぇェェったいニ内緒にシてくださいネ?」
「はい?…わかりました、内緒にします」
…まさかとは思うが、本当に泥棒かなんかだったんだろうか?
柄にもなく真剣な顔になってニコラさんの言葉を待った。
「…実ハ私、フィンランド生まれの、サンタさんの見習いなんデス…」
「そうなんですか…―――…んん!!???」
二度目に会ったニコラさんは俺に予期しない事には心構えがあっても対応できない事を教えてくれた。
◇◆◇◆◇◆
よし、状況を簡単に整理しよう。
俺が初対面でニューヨーカーで桜の知識とか持っちゃってる教養あるバリキャリウーマンだと思ってた人が実はフィンランドからやってきた雪の妖精、サンタガールこと大天使ニコラちゃんでした。
現在、彼女はプレゼントを配る家の下見中で不審者なう。
というか、不法侵入未遂じゃないですかぁぁぁ!?
そりゃ、怪しい人に見えるわ。
だってやろうとしてることがアウトだもん。
「というか、ニコラさんはフィンランドの人だったんですね。てっきりアメリカのニューヨーク辺りに住んでる人だと思ってましたよ…」
「といってモ、デンマークで師匠と一緒に協会を作った後はグリーンランドの方にに移住していマスけど…」
ん?デンマークの協会ってもしかして…
「…へ、へぇ…お師匠さんと仲がいいんですね…」
「初めて会っタ時に助けてもらっテからはずっと一緒デスね、ニコラウス師匠とは」
聖ニコラウスってリアルサンタクロースじゃねぇかよ!?
まだ、生きてたのかよ!?
っというかニコラちゃん、何歳だよ!?
…やばいやばい、熱くなりすぎたな。
「そうなんですか…ということはフィンランドのサンタの村にはもういらっしゃたないっていうことですか?」
「い、イエそんなことはナイですよ?あそこはジェドおじさんがいたり、たまに里帰りモします」
ジェドおじさんって誰だ?別の国のサンタの元ネタの人か?
なんか滅茶苦茶強そうなファーストネームだな。
…まぁ、世界中に配るしな。
突っ込みどころはあるけどなんかいろいろ納得したわ。
…とりあえず、遠路はるばるやってきた比喩でもなんでもなく妖精な彼女が社会的に誤解を受けるのは余りにも忍びないので、少しフォローしようかと思う。
「それで話は戻るんですけど、ニコラさんはここでなにをされてたんです?」
まさか、煙突でも探していたわけじゃあるまいし。
「煙突を探していたんデス」
そのまさかだった。
「煙突はこの辺には…ないんじゃないかな…?」
「ええ!?そうなんデスか!?そしたらかまど神サマはドコにいらっしゃるんデスか!?」
「ええっと…かまど神様?」
いい加減、俺のいろんなキャパが耐えられなくなってきたので彼女に事情を詳しく聞くことにした。
彼女の話によると、何年かに一回はクリスマス前にお師匠さん達、サンタ・ファミリーが世界中を担当に分けて回ってプレゼントを配りつつ妖精なり精霊なり神様なりに挨拶にまわるのだとか。
いつもは彼女はお師匠に付いていったりしたそうなのだが、今年はそのお師匠に「そろそろ一人で回ってみるのもいいのでは?」と背中を押されたらしい。
巷の公認サンタクロースの世界は知らないが、少なくとも彼女の周りのサンタ・ファミリーはこうして一人で回ることによって一人前のお墨付きをもらうものなのだそうだ。
「…と、言うワケで、期限内に一通りあいさつをスルのが私のお師匠から貰った課題なんデスよ」
「なるほどなぁ…ところで、さっき言ってたかまど神さまはどうやったら会えるの?」
「それは、煙突の付いたカマドのあるお家で火を炊いてお祈りすレバ向こうカラ来てくれるトお師匠は言ってマシた」
「…っていうと、…確かじいちゃん家にそこそこ大きいのがあったな…」
「本トデスか!?」
俺は食い気味に聞いてくる彼女をなだめながら、ここから近い父方のじいちゃんの家まで向かう事を提案した。
彼女は快く提案してくれたので、母親にじいちゃんの家に向かう事を連絡し、じいちゃん家へと足を運び始めた。
◇◆◇◆◇◆
道中、彼女としていた会話はなんというか、ものすごく異文化交流だった。
そもそもどう考えても北欧の人たちですらザ・異文化であるのに、ましてや人間ですらなく、過ごした歳月も違う彼女は生活における根本的なところから違うのだ。
ただ、それが苦痛だったかというとそんなことはなく、ご飯の食べ方一つとっても彼女と交流して理解するのはとても楽しかった。
自動ドアや電子レンジは知らないくせに、日本語はインターネットの通信教育で覚え、京都の老舗の花札屋の出すゲームに詳しく、最近のマイブームはクールジャパンという文化の理解がちぐはぐな彼女がたまらなく可愛い。
そんな彼女が困っているなら支えてあげなきゃな、と俺は改めて決意を固めた。
お互いの会話はまったく尽きなかったのだが、そろそろ目的地も近いのでカマドの神様達のあいさつ回りの話に戻ることにした。
「そういえば、かまど神さま以外にも回らないといけないんだよね?」
「そうデスね、これがリストなんデスけど…」
そういいながら彼女はそのリストを俺に見せてくれた。
わーお、ファンタジー。
なかなかに数が多いので、軽く提案することにした。
「よかったら俺も少しは手伝おうと思っているんだけど…」
「本当に!?カイト、ありがトう!!!」
そういって彼女は思いっきり俺に抱きついてきた。
すっごく柔らかかった。
あ、コートの生地の話だよ?
俺はハグの文化って素晴らしい!と思いつつ、彼女をなだめてからじいちゃんの家の門の内側へと手を引いていった
◇◆◇◆◇◆
じいちゃんと顔を合わせるとすぐ、ニコラさんはアクセントの少しおかしい日本語で挨拶をし始めた。
「始めマシて、私はニコラと申すものデス。今日はカイトさんノお爺サンの家に、大きなカマドがあると聞いタので来まシタ」
そういえば、ニコラさんは見た目まんま外国人だったよ…忘れていた。
じいちゃんは少し驚いた目で俺とニコラさんを交互に見た。
しかし、少し考えるそぶりをして、すぐに納得したような顔を浮かべた後はまるで何事も無かったかのように対応してくれた。
じいちゃん適応力パネェ。
「…まぁ、何も無いところじゃがゆっくりしていきんさい。なにに使うかはわからんが、かまども自由につかっていいからのう」
「アりがとうゴざいマス!!!」
「ありがとね?じいちゃん。んじゃぁニコラさん、案内するよ」
「よろしくデス、カイトさん」
ぶっちぎりの理解力を誇るじいちゃんとの挨拶を終え、俺と彼女は敷地の外れにある離れのかまどにやって来た。
ここは物心つくまえ、俺や妹がじいちゃん家に遊びに来るとき、よく入り浸ってた場所らしく、ここに来るとあまり会う機会のない親戚と遊べたので今でも時々、手入れをしに訪れる事がある場所だ。
このカマドは家庭で使うものより少し大きく、どうやら昔は祭事で使うこともあった由緒正しいものらしい。
そんなわけで、実は最初にかまどの神様、と言われて、すぐにじいちゃん家を思い浮かべる程度には期待してるし、実はかなり嬉しかったりもしている。
「少し時間がかかりマスけど、大丈夫デスか?」
「よくわからんけど、神様を呼ぶための儀式なんですよね?時間が掛かるのは仕方ないと思ってますよ?」
そう、素直に答えると、ニコラさんははにかみながら「ありがとうございます」と一言俺に伝えててきぱきとなにやら準備をし始めた。
おれは、そもそもなにを手伝えばよいのかわからないので指示があるまで彼女の後ろを眺めることにした。
――そういえば、彼女と二度目にあってから今まで、彼女が超常の存在であることを疑っていない自分に気がついた。
しかし、そんなわずなか違和感さえ目の前の出来事を見てしまえば手に掬った灰のように一息で消し飛んでしまうほど強烈な出来事だった。
彼女はどこからともなく用意したローリエやら榊の枝やらをかまどにくべ始めた。
やはり、淀みなく、さもそうすることが当然と振舞っているところがつい、受け入れてしまう事の要因なのかもしれない。
彼女は手際よく火をつけ俺を横に招き、一緒に祈ること数分、「時間が掛かるとは?」と聞きたくなるほどあっという間にかまどに目に見えた変化がおきた。
揺らめく炎が一気にかまどの隙間から漏れだしたかと思うと、それがすぐ目の前で形をなし始める。
青、赤、黄と能動的に色が変わり、形は有機的に、そして生物的にと形を変えて、ついには受肉され始めた。
手の先足の先から徐々に人が形作られ、すべてが終わった時、目の前に顕現したのは怪しくも美しい黒髪をなびかせた少女だった。
◇◆◇◆◇◆
「彼女が…かまどの神様…?」
彼女は辺りを軽く見回してまず、祈りを捧げていたニコラさん続いて先程の神秘的な顕現を見て驚いていた俺を見つけた。
「ワシを呼んだのは…ああ、ニコラウスの。
…それに、犬飼の倅じゃないか!?息災にしておったか!?」
いきなり抱きついてきたかまど神様。
俺は当然だが横にいた彼女も驚きを隠せないように目を丸くして「な、なゼ…?」と呟いていた。
そんなニコラさんを無視するようにかまど神様は俺に親しげに話しかけてくれる。
な、なぜ…?
「…あ、お主、さてはワシの事を忘れたな?このこの~」
「い、いえ…こんな綺麗な神様、一度お会いしたら忘れるわけは無いんですが…」
「なんじゃ見ぬうちに「ぷれいぼおい」になってしまったのか?
…ふむ…そういえばお主に会うときはもう少し姿が違ったかもしれんのう…」
そういいながら、かまど神様は手を顔に持っていき、姿を再び変えていった。
身長も少しだけ伸びていき、変化が終わるころ、先ほどの美少女は美女へと変貌を遂げていた。
「…というかこの姿にその口調…まさか、かみ姉ちゃん!?」
「やぁーっと気づきおったか。
ワシは灰斗に気づいてもらえんくて寂しかったぞえ?」
「わわっ…ごめんよ、ねぇちゃん」
かみ姉ちゃんとは先ほど行っていた親戚のことである。
いかにも大人の女性って言うかんじで憧れの女性だったのだが、まさか神様だったっとは思っても見なかった。
と言うか、神様だから「かみ姉」ってこと!?
「…と、そうだ姉ちゃん。確かに久しぶりに会えたのは嬉しいんだけど、今日は別件なんだよ」
そういって俺はニコラさんのいる方を指し示した。
「ん?ニコラウスのところの娘がどうかしたのかの?」
俺はかみ姉ちゃんにニコラさんを連れてきた経緯を彼女と一緒に説明した。
「…フムフムそういうことじゃったか…
ワシはてっきり嫁でも連れてきたのかと思ったんじゃが…」
「「よ、嫁!?」」
唐突な不意討ち発言に驚きを隠せないニコラさんと俺。
彼女は「年齢差が…」とか「種族の差が…」とかぶつぶつと色々言っていた。
「あと…エーと、…
っと言うカ!?かまど神様とドウシテそんな二仲が良イんデスか!?」
「ああ、それはじゃな…こいつがーー」
と、かみ姉ちゃんはここで喋るのを止めて少し考え込んだ。
何秒かの後、「フッフッフー」と悪そうな笑みを浮かべた。
神様の事は分からないが、今の姉ちゃんの表情なら良わかる。
これは彼女に悪戯を敢行するつもりなんだろう。
多分黙っていた方が面白いサムシングなんかなんだろう。
「…まぁ、最近は昔ながらのカマドを使ったりするものもおらんからのう。
ここにはよく入り浸っておったのじゃ。
それに、ニコラウスはワシらのテリトリーに勝手に進入し始めるふぁんきーな不届きものじゃからのう。
むしろ、カイトと仲がいいというよりはお前さんところと仲が余りよくないと言うのが正解なんじゃが…まあよい。
そういえば、あいさつ回りと言っておったかのう?誰のところを回るか、どれ見せてもらえんか?」
かみ姉ちゃんを質問をうけ、おずおずとリストを手渡しする。
ニコラさん、そんなに畏まってしまって…あれ、もしかしてかみ姉ちゃんって結構位の高い人なの?
俺、礼を失している系男子か!?
「ふむ…こやつとこやつらはワシが集められるの…
宴と言う形で呼んでおいてやるから、準備やらは主らでやるんじゃな」
「ほ、ホントですか!?アりがとうゴざいマス!!!」
「お、俺からもありがとうね?かみ姉えちゃん…いや、かまど神様…と、御呼びした方が?いい…ですか?」
いまさらながらかみ姉ちゃん…かまど神様は俺の発言に少し目を丸くしてからそのあとぷふっと軽く吹き出した。
「灰斗よ、なにをいまさら言っておる。ワシとお主の仲じゃないか?
今までどおり「かみ姉ちゃん」と呼んでおくれまし。
それより、ワシのことが嫌いになったのかの?」
「わ、わかったよかみ姉ちゃん…」
俺はは少し気恥ずかしくなりながらいままで通り呼ぶことにした。
この後、ニコラさんの事とかかまど神様とお話した、とか宴はここでやるから、とかじいちゃんに色々報告した。
じいちゃんは「なんと。それはおどろいたのう。それに神々の宴をしてもらえることは光栄なことじゃ。なにか手伝いが必要だったらいいなさい?」と何時もどおりな落ち着いた口調で返事をしてくれた。
日が完全に暮れきったころ、彼女を最寄の駅まで送っていくことにした。
じいちゃんが、「彼女を送った後、また家まできてご飯でも食べにおいで。お父さんとお母さんには話を通しておくから」
そういわれたとき、きっとかみ姉ちゃんのことで話があるんだろうと察した俺はじいちゃんに一言、お礼を言ってその提案に乗ることにした。
さて、どんな話が待っているのやら。
◇◆◇◆◇◆
あれから何日かが過ぎた。
俺はニコラさんと放課後に毎日待ち合わせをして飛び回っている。
じいちゃん家に集まって、きたる宴に向けて準備を進めたり、
宴でお会いしない人々(神々?)に先に挨拶しに行ったり…
クリスマスプレゼントの準備をしているときは、サンタクロースとは大変な仕事なんだなぁ…と思ったりもした。
しかしニコラさんはそんな余り手伝っていないのにヒイヒイ言っている俺に対して
「普段なら、もっと時間ギリギリまで挨拶ヲしてるんですヨ?」
と可愛らしくおどけて見せた。
もう一度言おう、可愛い。
彼女はなぜか俺の事をすこぶる評価してくれているけど、正直買いかぶりすぎなんじゃないかな?
そんなこんなであっという間に迎えた宴会当日。
空いてゆく日本酒の樽と沢山作った料理の数々、ニコラさんと俺はまるで、クリスマスパーティーをプレゼンするカのようにホストとして振る舞った。
パーティーとか宴会の仕切りなんて果たして出来るかと俺とニコラさんは二人で思案していたのだが、助けをしてくれたのはじいちゃんと、以外にもかみ姉ちゃんだった。
かみ姉ちゃんのアドバイスからお供え物の変わりにクリスマスプレゼントを渡したのは何故か特に受けが良かった。
神様達は一定の礼儀をもって接していれば気難しい所などなく、むしろ「気の良い親戚のおじちゃん」のような気さえした。
ただ、その事をかみ姉ちゃんとじいちゃんに話したところ苦笑いしながら
「そう接してもらえるのはお前さん位なものじゃ」
と、かみ姉ちゃんから
じいちゃんからは
「分かってると思うがそれが普通だと思ってしまってはだめじゃよ?」
と優しく諭されてしまった。
そういえば人間以外にプレゼントを渡すと言うことでニコラさんはどんなものがほしいのか聞いてみたところ、ニコラさんは「満開の桜が見てみたい」と言っていた。
何故かと聞くと、どうやらクリスマスが終わり、年も開ける頃、春を待つ前にニコラさんはグリーンランドへと帰ってしまうのだそうだ。
もし、一人前と認められれば途端に忙しくなるらしく、少なくとも何年かは日本にこれないともニコラさんは影のある笑顔で言っていた。
春まで一緒に居れないと言われた途端に落ちつかなくなってきて、不意に
「クリスマスが終わったら、デートしてください!」
と、つい勢いでデートに誘ってしまった。
しまった!と迂闊な自分の言動に後悔していたのだが、ニコラさんの返事は以外にも明るいものだった。
「ええ、カイトさんと一緒にいるのはとても楽しいので、帰るまでも観光に付き合って下さいね?」
こんなことを酒の席でしてしまったもんだから、回りはもう放っちゃかめっちゃかだった。
神様達は囃して来るし、爺ちゃんとかみ姉ちゃんは並んで「「ワシらもこんな時代があったのう」」とかニヤニヤしながら言ってくる。
ニコラさんは大人の対応だし、恥ずかしがってるの俺だけか!?
とりあえず、多少のトラブルはもうなんか、若気の至りって事にしてもらいつつも神様との宴は大成功に収めたのだった。
◇◆◇◆◇◆
孤児院へクリスマスのプレゼントクリスマスプレゼントを配ったのを最後にサンタさんのお仕事は終わりを告げた。
ニコラさんの希望どおり観光にはそれはもう付き合った。
年末休業に入るまではと水族館や美術館、年末までやっているイルミネーションやそれっぽいところでディナーなど色々と連れて行ったがニコラさんはそれはもう、子供のようにはしゃいでくれた。
ただ、時折寂しそうな顔を浮かべるニコラさんを見ているとこっちの胸も苦しくなってくる。
もう少しだけ…
俺ははやる気持ちを抑えながら全力でニコラさんとのデートを楽しんだ。
彼女との残りの時間を惜しむように。
◇◆◇◆◇◆
そして、大晦日。
向かったのは神社ではなく、最初に会った時にダチが言っていた桜の木。
初詣に行くつもりの彼女は俺の引く手を拒みはしないものの、困惑している。
俺は、「初詣先の神様には少し待っていてもらえるよう、伝えてありますから」と寄り道の許しを請う。
もう片側の手には爺ちゃんに教わった彼女のプレゼント。
今度は俺がサンタさんになる番だ。
辺りは大きな桜が一本立つのみで、人気もいない。
俺は時間を見計らって、ゆっくり、彼女に俺の気持ちが伝わるように話を始めた。
「…ニコラさん、俺あなたにプレゼントを用意したんですよ」
「エっと…?クリスマスはもう終わりましたよ?」
「そう、大晦日。でも僕はニコラさんのところの国では年越しこそ好きな人といるイベントだって聞いています」
「それは…」
俺は自分の背にある桜に向けて灰を投げつける。
朽ち切った桜は再び、かつての繁栄を取り戻すかのように根に、幹に、枝にと生気を取り戻し始める。
「そういえば話が変わるんですが、かまどの神様に聞いたんです」
「えっ?」
「どうやら僕は日本の「花咲か爺さん」の末裔らしいんですよ」
そう、僕はかつて枯れ木だった桜に花を咲かせた偉人、「花さか爺さん」の末裔だった。
そして、かまどの神…いや、かみ姉ちゃんこと 奥津姫神の孫…
始めてあった時から君に引かれて、一緒にいたいと思えて、君が人間じゃないって事もどうすればずっと一緒に入れるかって悩んだ事だって俺のじいちゃんは全部知っていたんだ。
ハッピーエンドに必要なのは定命を止める覚悟だったんだ。
「ただ、僕はまだ、未熟者で春に咲く花を冬に咲かせることができないんです…」
生気を取り戻した桜は色付きこそすれども咲いてはこない。
そう、冬には桜は咲かないのだ。
あふれてきた生気が薄くボンヤリと桜に光を当てる。
「そう、12月にはね?」
カチ。
ニコラさんの小さな腕時計から針が0時を差す音が聞こえた。
先ほどまで、咲くことを押さえに抑えていた桜が吹き出すように咲き乱れる。
数秒前の季節すら感じさせない暖かな桜吹雪が舞い散る。
ニコラさんは驚きで目を丸くしながら桜色に染まる、新年の夜景を眺めていた
「ハッピーニューイヤー。これが桜を見たがっていた貴女に送るプレゼントです。どうか僕と添い遂げていただけませんか?」
ニコラさんは口に両手を当てて、涙を流しながら桜を見上げる。
淡く光る桜に彼女の涙が反射して、とても綺麗だった。
やがて彼女は堪えきれなくなったのか僕の胸元に飛びついて
「ハイっ!不束者デスが、よろしくお願いしマス!」
と僕を見上げて、そういった。
◇◆◇◆◇◆
結ばれた俺達はその後に続く彼女が一人前になるための課題に奔走した。
日本でできることがすべて終わり、帰る前にニコラとは一つ約束をした。
一人前と認められたら、すぐに手紙を送って欲しいというものだ。
そして、三月の中ごろ、グリーンランドから一通の手紙が届いた。
ただ、一言だけ書かれたその手紙は俺を浮き立たせ、彼女の元へ飛び立たせるのに十分だった。
ただ一言、「サクラサク」という言葉は。