4.僕の世界/周りの世界
【僕の世界/周りの世界】
親から逃げるように外に出た朝。
僕は朝の人が少ない街をぶらついていた。そこに地獄があることを知っていながら飛び込んでいく人はバカだと思う。逃げるが勝ちだ。
本屋に行くことにした。本はあまり好きではなかったのにやることが何一つなく、いつの間にか本が唯一の趣味になっていた。
家の近くにある二十四時間営業の古本屋に入ると「らっしゃぃませー」というやる気のない声が奥から聞こえてきた。僕は取り敢えず奥の方に滑り込み、目に入った本を読むことにした。
気付くと十時を過ぎていた。今回は本の選択が成功したようでなかなか面白かった。擬人化された猫達の萌え系の話かと思ったら、最後は保健所に連れていかれて毒ガスで全員殺される話とか最高だった。あれは萌えオタ殺しだろう。妙に同じタイトルの本が置いてあるのも頷けると興奮しながら思っていると、店員達の目線がいよいよ怪しくなってきたのに気づき外に出ることにする。
今日、この世界に目覚めてから空気以外口に入れていない僕はお腹がすいていた。早い時間の方が人が少ないだろうと辺りをつけその辺のファミレスに入ることにする。
”ファミリーレストラン“という捻りもなにもないお店のドアを潜り今日二回目の「いらっしゃいませー」を聞きながら、案内された窓側の席に座る。
僕はドリンクバーと、難解な片仮名のピザと、スパゲッティーを咬み咬みになりながらどうにか店員に伝え、渡されたコップを持って何種類もの飲み物が押すだけで出てくるあの不思議な機械のある場所に行く。なにを飲もうか悩みながら、ふと思った。この機械が「働きたくない!」とストライキを起こして動かなくなっってしまったらどうしようと。それが自由だと思うし、困るから働けと言うのは自分勝手なオトナのすることだ。でも、オトナが洗脳してまで機械を作り続けたいと思っている理由が少しだけ分かった気がした。非人道的だと思うし、それだと人がただ生きるためだけに生きているだけでまるで意味のない営みだと思うが。
人はなんのために生きているのだろう? 僕はなんでこの世界に生まれ堕ちたのだろう? 気付くと無意識にコーラのボタンを押していたようでコップからすごい勢いでこぼれ落ちていた。
…………僕、コーラ飲めないんだけどなぁ。
仕方なくコーラを注いだコップを持って席に戻ると、もう頼んだものが全部来てしまっていたようで、赤と白のシンプルなピザと、イカスミを使ったらしい夜のように黒い麺の上に、月のように白い温泉卵が浮かんでいるのが印象的なスパゲッティーが机の上に乗っていた。
「ちょっといいかな?」
僕がそれを食べようとフォークを手に取った瞬間、誰かから話しかけられた。目線をあげてその顔を確認しても誰か分からなかった。
「君、何歳?」
察した。この人は僕の世界を奪い取ろうとする者だ。僕は取り敢えず「十五歳だけど?」とだけ答え、食事に取り掛かった。
「十五歳だとまだ中学生だよね? 学校はどうしたの?」
──食べる。
「ねぇ、今日は平日だよね? 学校に行かなきゃいけないんじゃないの?」
──食べる。
「学校休みなわけないよね? なんで学校に行かないの?」
──食べる。
「なにか嫌なこととかあったの? おじさんに話してみてよ」
──食べる。
「おじさんみたいな大人だったら君の悩みを解決できるかもしれないからさ」
──食べる。
「取り敢えず食べるのやめてこっち向いて?」
──食べる。
「大人の言うことを聞けないの? こっち向いて」
──食べる。
「……向いて?」
──食べる。
「向けよ」
──食べる。
「こっち向けって言ってんだろ? あぁ?」
僕の服を乱暴に掴んで、引っ張り始めた。店員を呼ぶべくボタンを押した。人がいなかったためか、すぐに僕の座っている席まできた。その店員は「どういたしました?」と聞いてきた。僕は「この人が突然、僕の服を乱暴に掴みはじめたんだけど」と言った。最初は戸惑いを見せていたが、服が伸びるほどに引っ張っている男を見て態度が変わった。
それからの対応は早かった。大声で他の店員を呼び、その人達の力で店の奥の方まで引っ張っていく。迷惑をかけたということで僕の頼んだ料理が全部無料になった。男に払わせるのかもしれないと僕は思った。