逃走
結胤が狼の注意を引き4人を逃した後、4人は延々と続く森の中を今もなお走り続けていた
花蓮の手を引きつつ、全力で走る
「くそがっ!!」
思わず声が出る
結胤は高校に入ってからの付き合いだが何故かとても気があった
中学校の奴らよりも気軽に接することができ、短い仲だが親友と呼べる程には近しい存在だった
ーーそれなのに…。
俺、小鳥遊紘也は悔しさで涙が出るのを我慢するので精一杯だった
ちくしょう…
俺たちが襲われそうになったとき咄嗟のことすぎて反応することができなかった
喧嘩ならしたことがある
それなりに場数は踏んでいると自負していた
だからこそ、あのような急な場面でもなにかしらできると思っていた
だけど、現実はどうだ?
俺は先輩が襲われそうな時に何もできなかった
それどころか結胤に守ってもらったのだ
情けねぇ…
情けなさすぎて反吐がでる
自責の念に囚われていると声が聞こえた
「紘也ストップ!、ちょっと休憩しよう…」
ハァハァと息を切らしながら航がそう提案する
気づくと他の3人は息を切らし、疲弊から今にも崩れそうなほどだった
そこで自分も疲労に気づく
心臓がバクバクと音を立て、肺が少しでも多くの酸素を欲していた
ハァハァ
息を整えつつその場に止まり、休憩をする
見ると女性陣が特にひどかった
膝に手をつき、必死に呼吸を整えようとしていた
周りを見れていなかったことに気づく
このままではさっきの二の舞だ
もう自分に恥ずべき行動はしない
そう心に誓いつつ、航に話しかける
「わるい、みえてなかった」
「大丈夫。にしてもあれはなんだったのかな…」
「んなの、わかんねぇよ」
「…」
場に静寂が訪れる
気まずさが立ち込める
皆結胤の事が心配なんだ
でももしかしたらもう結胤は…
そんな思いから言葉にすることができないでいた
思考を断ち切る
「休憩が終わったら行くぞ、まだ奴らが近くにいるかもしれない」
そう言いつつ、辺りを警戒する
特に怪しいところはない
周囲を睨んでいると女性陣が声を出した
「なんなのよアレ、どうなってるの…」
花蓮が思わず口に出たといった感じで声を出す
たしかに何が起きているのかまったく理解できない
気づくと森にいて、気づくと襲われていた
「まったくだな…」
同意の声をあげる
そんな様子を見ていると慧那先輩が震えていることに気づく
無理もない
いきなり魔物に襲われたのだ
しかもすぐ目の前まで来ていた
あれで怖くない方がおかしい
「大丈夫ですか?慧那先輩」
声をかけると慧那先輩が震える唇から声を絞り出す
「わ、私のせいで結胤くんが……」
「先輩のせいじゃないですよ。それに結胤ならきっと平気だ」
「どこにそんな根拠があるの…?」
縋るような目つきで航を見る慧那先輩
「アイツは昔からそうなんですよ。いくらヤバイ状況でも顔色ひとつ変えずにいつの間にか戻ってくるんです。今回もきっと大丈夫、すぐに戻ってきますよ。ですから今は逃げましょう、せっかく結胤が作ってくれたチャンスを無駄にしないためにも」
紘也は高校からの付き合いだが航は小学校からの付き合いらしい
航の"結胤語り"はいつも楽しそうで本当に仲が良いという事がわかる
いくから落ち着いたのか、慧那先輩が答える
「そ、そうね、今は逃げることが優先ね」
「そうです、息が整ったら行きましょう」
皆んなの意見が整ったところで声を上げる
「意見は固まったみたいだな、なら行こう。一刻も早く逃げねぇとな」
笑って言ってみせる
みんなの顔にも一時だけ笑顔がもどる
場の空気も和んだところで立ち上がり襲われた方とは逆の方角に走り出す
色々なことが立て続けに起きていることで状況を整理する暇がない
しかし、今は今出来ることをやろう
そんな意思を抱いて皆が走り出そうとした時
ーーガサリッ
後方の草むらから物音
一瞬で緊張感に包まれる
誰もが足を止め、音のした方を見る
なにも見えない
痛いほどの静寂の中で誰もが動けずにいた
何秒たったのか、わからなくなってきたとき、"ソレ"は現れた
ソレは先程から何度も目にしてる
むせ返る程の緑の自然の中で、狂ったように"赤色"を撒き散らす
血肉を食い破り、内臓をぶちまける
醜悪な体躯
原始的恐怖心を掻き立てられる紅い瞳
「グルルゥゥ…」
魔物ーー。
狼が現れた
「ーーッ!?」
困惑の声があがる
狼はすぐそばに一旦着地すると狙いを定める。
運悪く、またしても目の先にいたのは慧那先輩だった
「ガァァアアッ!」
狼の爪が眼前にまで迫る
しかし、慧那先輩は目を逸らさなかった
怖くて今にも崩れそうな足に力を入れ
一瞬後には命を刈り取る狼を見て
慧那先輩は目を逸らさず食い入るように見る
これは一種の意地だった
訳のわからないところに連れてこられ
訳のわからない事が起こりまくり
訳がわからないづくしの中で
必死になって逃げまくった
クラスメイトの悲鳴から
助けを求める声から
ここまで逃げてばっかりだ
だからーー。
せめて、己を殺すソイツからは
逃げずにいようーー。
覚悟を決める。
死ぬのは怖い
でも、何もかもから逃げ出す方がもっと嫌だ
お父さん、お母さん今までありがとう
なにも親孝行できなくてごめんね
愛してる。
覚悟を決めた時、突如として間延びした声が響いた
「悪りぃ、またせたな。」
飛びかかって来た狼を蹴飛ばしながらーー。
九十九 結胤が到着したーー。
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