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謀られた試合

 しばらくすると、国王が到着した。


 普段、市民の前に姿を現さない王であるため、多くの人が、国王を生で見てみたいと、この広場に集まっていた。このような男を見たところで、なんの得にもならないのに……と、私は思う。偉そうに髭を生やして、目は鋭い。どこからどうみても、性格の悪そうな顔立ちであった。

(国王が、師匠のような人だったら……)

ふと師匠のことが頭をよぎったとたん、なんだかまた、ムカムカしてきた。師匠は私のことを絶対に、何の判断もできない「子ども」だと思っているに違いない。だから、私の行動を全て把握して、口出しをしてくる。私はもう二十七だ。自分ひとりでも判断くらいはできる。私は、この挑戦は受けることが最善の選択だと信じている。

「皆の者、よくぞ集まってくれた。この度は、とんだ馬鹿な男が現われてな。その男はあろうことか、一般市民と我が国レイアスとを、戦わせようと企んだのだ」

街全体から、非難の声や、恐怖に怯える悲鳴が沸き起こった。私はこの時、嫌な予感がした。その馬鹿げた提案をしたのはレイアスのジンレートだ。だがしかし、国王がジンレートを悪く言うはずがない。そうなると、これは……。

「その男の名は、カガリ」

胸の動悸が一瞬止まった。何かあるとは思っていた。だが、まさかこのような悪者にされるとは、思っていなかった。街の人間のほとんどは、私の顔を知っている。彼らは、椅子に座っている私を、恐ろしい形相でにらみつけてきた。その視線が、冷たく体に突き刺さる。見ないようにしようと目を瞑っても、その空気をかき消すことはできない。私は、とにかく時間が流れることを待った。

(もう……この街で遊ぶことはできないな)

不意に、リラたちの顔が頭に浮かんだ。彼女たちは、私に会えなくなって残念がるであろうか。それとも、私のことなど、時が経てばすぐに忘れてしまうのであろうか……。どちらにせよ、彼女たちにとっては、この方がいいのかもしれない。私と親しくしていることがバレたならば、国王が個人的に、リラたちを攻撃してくる危険性もあるのだから。

「なんて奴だ……」

「あの子は、いい子だと思っていたのに……」

(いい子だと思っていた……か)

私はこれまで、自分なりにこの街を見守ってきたつもりであった。七つのときに城に連れて来られ、早や二十年だ。私の第二の故郷と呼べるほどの年月が経っているのだが……。その年月で積み重ねたものは、国王のたった一言によって、脆くも崩れ去った。

(そういうもの……なのであろうか)

国王とは、それだけ絶対的なものなのであろうか。それだけの権力があるのならば、国を変えることも容易いであろうに……。どうして、私を苦しめ、正しき者をねじ伏せる為にだけしか、その権力を使えないのであろう。

 私は、疲れを感じてきた。あれだけ必死になって守ろうろうとした市民は、私のことを簡単に裏切った。私は、何のためにこれからレイアスと戦おうとしているのか、だんだんとわからなくなってきた。それでも、やめる訳にはいかないと繰り返し心でつぶやく私は、よほどのお人よしなのかもしれないと思えてきた。

(魔術なしで戦うということも、嘘であろうか……?)

その可能性の方が高かった。もしかすると、これで私は命を落とすかもしれない。レイアス全員が参戦するのかは分からないが……。それでも、魔術を使われては、いくら私でも厳しい。

「カガリ。上がれ」

国王に呼ばれ、私は用意された武舞台に上がった。人より高い位置に上がった私からは、さらに市民の顔がよく見えるようになってしまった。


 この時私は、公開処刑をされているような気がした。


「さて。この男は、私の側近だ。それゆえに、諸君らをゲームの駒のように扱おうとした彼だが、彼を処刑するわけにはいかない」

もう、うんざりだ。どうせ、頭の中ではどうするのか決まっているのであろう? だったら、さっさと言えばいいものを……。私は、逃げも隠れもしない。この街から居場所がなくなったところで、私の生活はおそらく大して変わらない。

「そこでだ。我がレイアス軍のリーダーであるジンレートは、ある提案を私にした。カガリをレイアスと戦わせては……とな」

話は大体のところが合っている。事実だ。ただ問題なのは、誰が無茶な提案をし、誰がそれを撤回しようとしたか……だ。しかし、それを訴えたところで、いったい誰が私の言うことを聞くのであろうか。

「皆のもの。どうであろうか」

街の人たちは、叫んだ。「賛成」だと。私を……殺してしまえ、とも叫んだ。ひとは、こうも簡単に殺人鬼になれるのであろうか。誰かを「殺せ」だなんて、簡単に口にできるものなのだろうか。

私は、国王を殺したいほど憎んでいる。けれども……ここまで簡単に、殺したいとは口にできない。

 どのような人間の中にも、必ず夜叉がいる。人は簡単に豹変し、鬼と化す危険性を持つと師匠は言っていたけれども……本当に、その通りなのかもしれないと、私ははじめて実感した。

(やはり私はまだ、子どもなのであろうか……)

ため息をついている私に、剣が放り出された。それは、一目で分かるほど、あまり質のよくない剣であった。

「この男は魔術士ではない。そんな彼をレイアスと戦わせることはあまりにも哀れに思える。そこでだ。剣を使った戦いをさせようと思ったのだが……」

国王がそう言うと、辺りから歓声が湧き起こった。そして、国王の名を繰り返し詠唱する。不思議と、腹立たしい思いにはもはやならなかった。ただ、どこか虚しさを感じずにはいられない。その歓声のおかげで、私に対する冷たい視線や罵声はぴたりと静まっていた。そのことは、私にとって小さな救いでもあった。あのままの視線の中では、あまりにも息苦しかったから……。

「拾えよ、カガリ。それがお前の使う剣だ。いつもの剣は、預からせてもらう」

そう言って、ジンレートは私の大事な剣を回収し、私にこの粗末な剣を拾わせた。屈んでその剣を手にとってみて、私は驚いた。

(……重い)

私が普段使っている剣の、二倍はある。いや、それ以上の重量がこの剣にはあった。ただ持っているだけでも、体力を使う代物であった。片手で拾いあげようとしたのだが、腕にあまりにも負担がかかったため、私は左手も添えてその剣を拾い上げた。

 私は苦笑した。ただでさえ、体の調子がどこかおかしいというのに、このような剣で、まともな試合ができるはずがなかった。

(謀られた……か)

ここまできて、私はようやく全てを悟ったのだった。なぜ、剣のみの試合にしたのか。それは、剣の腕では世界でも5本の指に入ると言われている私を、レイアスが剣のみの勝負で破ることによって、レイアスの絶対的な強さを、市民に見せ付けるということ。さらに、私の最も得意としている剣術で、私を負かすことによって、私の価値を下落させ、そして、私のプライドを傷つけようとしているのだ。

(なるほどな。相手の舞台で相手を負かす……か)

それ以上の屈辱は、おそらくはないであろう。私もやはり、謀られた舞台であったにせよ、剣でレイアスに負けることは正直悔しい。

私は、辺りを見渡した。レイアスの剣を確認したかったのだ。すると、やはり質のいい剣を手にしていた。

(……参ったな)

けれども、なぜか胸の中ではわくわくしている自分がいるのであった。私はただ純粋に、剣が好きだった。これだけのハンデを負わされながら、どれほどの勝負ができるのか。試してみたいと思った。国王とジンレートの狙いがはじめから「私」のみにあったというのならば、例え私がレイアスに敗戦したとしても、それから市民に危害が及ぶという心配はないと考えられる。そのため私は、ただ試合に勝つことだけを考えて勝負をしようと決めた。

(勝ってみせる……)

ふと師匠のことが気になって、私は辺りを見渡した。しかし、見当たらない。また、戦地に行ってしまわれたのかもしれない。私は、胸を撫で下ろした。

(師匠が見ていたら……また、怒られそうだ)


 師匠の忠告を無視した結果であったから……。

 

 それにしても、国王はなんてずる賢いのであろうか。私に好意を持ってくれていた者たちから、その意を消し去り、その上その支持を自分のものにしてしまったのだ。そういうことを考えられるのなら、本当に……もっと別のことに頭を使えばいいのにと、切に思う。

「さて……はじめようか? カガリさん」


 ジンレートは、にやりと笑った。



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