卑劣な罠
夜になると、いっそう街は騒がしくなった。出店の数が増え、人の出入りも激しくなっていく。私は、人ごみが嫌いというわけでもないのだが、どうも街に下りようという気にはなれなかった。
昔は憧れていた。街で開かれる大規模な祭というものに……。私の村でも、祭事は度々行われていた。けれども、この街で行われているものとはどこか違った。一番の違いは、村の者以外の出入りはないということ。それだけ私たちの世界は狭かったのだ。
いつかは一緒に、大きな祭へ遊びに行こう。
それが、弟のハルナや、友達と交わしていた約束であった。しかし、彼らがみな死んだ今となっては、どうやっても果たされることのない約束となってしまった。
(……うるさい)
そう思うと、さらに祭の音が耳障りになってきた。私は耳をふさぎ、必死になって音から逃げようとした。けれども、そうすればするほど、音は大きく聞こえるようになっている気がするんだ。
とうとう耐え切れなくなった私は、早々と寝ることにした。
いつもならば、祭の季節になっても憂鬱にはなるが、これほど苛つきはしなかったのだが……。おそらくはジンレートが、家族のことを思い出させたからであろう。約束のこともそうだが、彼らがいないという現実をつきつけられた。それに……。
「くそっ……」
母上と父上のことを……私のせいで、悪く言われてしまった。何も悪くない私の両親を愚弄するとは……許せない。けれどもそれ以上に、奴にそう言わせてしまう程の原因がある私の存在に、うんざりした。
これほどまでに怒りを感じている私の前で、楽しそうににぎわう祭の音は、ただの嫌味でしかなかった。これが私の八つ当たりだということはわかっているが、それでも腹が立ってしかたなかった。
そして横になっていた私は、いつのまにか眠りについていた。
「起きてください。カガリ様」
まだ頭がぼーっとする。私は、むりやり現実の世界に引き戻された。戻した男はこの城に使える兵士。兵士といっても、ラバースのような戦闘中心の兵士ではない。ただの国王の家来。世話役。それから、不審人物が城内に入り込んだときに機能する役所だ。
「なんだ……何か用か?」
私は朝が苦手だった。体がとにかくだるくなる。重い体を起こすと、私は一度伸びをした。そして、いつもの上着を着る。
「国王様が召集をかけていらっしゃいます」
「国王が?」
今度は何をさせるのか……。王の召集に、ろくなことはない。私は露骨に嫌な顔をしていた。それでも、行かないわけにはいかず、私はしぶしぶ国王の部屋へ向かった。
祭の時期に召集がかけられるとは……。私が城に入ってからは、ないことであった。たいてい私は、毎年城内の警備にあたっていた。
「集まったか。実は、今年の祭では、ある企画をしようと思ってな」
(……企画?)
私は妙な不安に駆られた。この男が企むことなど、どうせよからぬことに決まっているのだ。街の人間に危害を加えたりはしないであろうか。それが心配だった。
「レイアスの人間と、街の人間を戦わせてみようとな」
「なっ……」
私は思わず声をあげてしまった。嫌な予想は的中なのだが……。まさか、このようなことを考えていたとは……考え及ばなかった。
レイアスに、一般市民が勝てるわけがないではないか。魔術士に、ただの人間。それも、武芸のたしなみのない人間が立ち向かったところで、大怪我もしくは、命を落とすに決まっているではないか。こんなこと、賛成するわけにはいかない。
「陛下。そのようなことはおやめください」
私は前に出てそう申し上げた。レイアスの連中は、嫌な笑い声を上げている。このような人間の心を持たない魔術士を、市民を戦わせるなんて、絶対に許せない。
「反対するのか? カガリ。国王陛下自らのご提案であるぞ?」
ジンレートだった。もしかすると、昨日のことを根にもった彼が、国王に提案したのかもしれない。このようなことを提案すれば、私が歯向かうことを知っているから……。街の人たちを利用するなんて、いったいどこまで卑怯なんだ。情けない。このような男たちが、国を支えているなんて……。
「……賛成できません」
私は、諦めなかった。
「ほう……よいであろう。ならば多数決というのでどうだ?」
「多数決?」
そんなもので、私に勝てるはずがないではないか。私につくということは、それすなわち国王に反論することであり、また、ジンレートを敵につけることになるのだから……。この城にいる人間には、そのような行為はできない。私は、なす術がなくなってしまい、押し黙った。
「どうした? 自信が無いのか?」
自信とか、そういうレベルの問題ではなかった。何か、もっと確実な方法を探さなければ、なんの罪もない人の血が流れてしまう。多数決以外の決定を提案しなければ……私の負けだ。私は、焦った。早く答えを見つけなければ、この案が通ってしまう。
「なんだよ、カガリ。黙っちまって。そうだよな? お前に味方する奴なんていないからな?」
ルシエル様ならば、迷わず私の味方についてくれると思うのだが……。あいにく今日は、以前から別の地で任務があると言っていたから、この場にはいないようであった。
「……陛下。お願いします。どうか、街の人たちを危険にさらすような行為だけは、しないでください。民が傷つきます。肉体的にも、精神的にも……」
国王は、私の意見などバカバカしいという感じで、まったく聞こうとはしなかった。どうして、あたりまえの心を持てないのだろうか。このような男の気持ちなんて知りたくもないが、なんとかしたいとは思った。
結局私には、許しを得ることなどはじめからできなかった。




