小さな衝突
はじめまして、小田虹里と申します。
この作品、このページを開いてくださったことに、感謝致します。
この作品は「COMRADE」シリーズとなっております。主人公は、これまでの当方の作品にすでに出てきている、「カガリ」という青年です。
諸々、これまでに出てきた世界観の単語などは、省略してしまうところがあるかもしれません。何故、「ジンレート」という魔術士隊長と揉めているのか、何故「カガリ」は「疫病神」なのか……などは、「咎人の生き様」、「鍵となるもの」にて書かれておりますので、もしよろしければ、お手間をおかけいたしますが、そちらも見ていただけると小田はとても嬉しいです。
前置きが少々長くなりましたが、この作品を通してカガリの「優しさ」が伝わるといいな……と、願いながら書き綴りますので、最後までお付き合い頂けると幸いです。
よろしくお願い致します。
毎年、フロート国王の誕生日には、聖誕祭が行われる。私的には、誰が聖人かとあざ笑いたくなるような名目の祭だが、国王の側近という立場にいる以上、参加しないわけにはいかなかった。この時期になると、ひどく憂鬱になる……。
フロート城のある街、パレステル市街は、この祭の日は大変にぎやかになる。中央広場を囲むようにして、多くの出店が立ち並び、遠くの街からも客人が訪れる。もっとも、このような場所まで来られる客人というものは、たいていが金持ちの人間なのだが……。貧しい人間は、生きていくことさえ困難なのだ。このような道楽に、金を使う余裕はない。
フロート城の廊下にある窓から私は、街で喜びながら物を買う人々を、複雑な思いで見ていた。
「どうしたんだ? カガリ」
聞くだけでも嫌気がさしてくる男の声。私のことを見下す人間、ジンレート。しかし、レイアスでの人望は高かった。強力な魔術士ということで、尊敬でもしているのであろうか。愚かなことだ……。武術というものは、心技体が揃ってこそ、はじめて達人と言える。しかし彼には、心がまったく備わっていないではないか。
「別に……」
私は、早々とこの場から立ち去ろうとした。すると、背後からジンレートの動く気配を感じた。私は咄嗟に体をねじり、同時に彼の腕を掴んだ。その彼の手には、しっかりと短剣が握られていた。
「なんの真似ですか? ジンレート様」
私たちは、短剣を挟んでにらみ合った。
「いやはや……お前の顔の横をハエが飛んでいたんでな。切り捨てて差し上げようかと思ったのだが……。どうやら、逃げてしまったようだな」
そのようなことを信じる私でもなかった。嘘に決まっている。それでも反論する気にもなれない私は、彼の腕から手を離した。
「そうですか……」
そして再び彼に背を向けると、そのまま歩き出した。
「ハエですら、お前には近づきたくないように見えるな。疫病神のカガリさん?」
そう言って、男はくすくすと嫌な笑い声を上げていた。私はカっとなり、思わず剣に手をかけた。しかし、この男の挑発に乗っても、ろくなことにはならないということを思い出し、なんとか思いとどまった。
「何も言い返さないのか? 当然か。本当のことだからなぁ」
無視だ。それにこしたことはない。早くこの男の声が聞こえないところまで、歩いて行きたかった。その思いが強く出て、私の歩調は徐々に早まっていった。
しかし、次の瞬間私は足をぱたりと止めることになる。
「親の顔が見てみたいものだな。お前のような疫病神を産み落とした、罪ある人間をさ。あぁ……そういえば、もう死んでいるんだったか?」
私のことは、どう言われようが構わない。疫病神だということも、情けないけれど私自身でも頷けることだから……。でも、私の両親のことを悪く言うことだけは、許せなかった。私は、怒りで拳を振るわせた。
「しかしなぁ……当然の結果だよな? お前のような人間を、世界にもたらしてしまったんだから。死んでも文句は言えないよな」
そう言いながら……奴はまた、笑った。それで私の理性はついに飛び去った。
頭の中から「我慢」という言葉が消えた瞬間、私は一気に剣を抜き、ジンレートのもとまで走った。この間、そう何秒もかかってはいない。現にジンレートは、私の動きについてこられなかった。私は、そのままのスピードでジンレートを押し倒すと、首下に剣を突き立てた。左手では、がっしりと奴の胸座を掴みあげている。
「私のことはどう言われようと構わん。だが、私の両親を愚弄することだけは許せぬ!」
私は、完全に殺気だっていた。次にこの男が私の両親の悪口を言ったとき、私は躊躇うことなくこの剣を、奴の喉仏を目指して突き刺していたであろう。
しかし、幸いに……であろうか。そうはならなかった。
「何をしているのですか、カガリ様」
そこに、ひとりの男が仲裁に入ってきたのだった。彼の名はルシエル。私の師匠だった。
「……別に」
師匠の声を聞き、殺気の治まった私は、ジンレートから剣を離した。ジンレートはものすごい形相で私のことを睨みながら、私のことを突き飛ばした。私は地面に尻餅をつく。そのままジンレートを睨み返すようにして、私は奴の顔を見上げていた。
「カガリ……貴様、絶対に許さんからな。覚悟しておけ」
そう言い捨てて、彼は去っていった。そして、この場には私と師匠だけとなった。
私は、先ほどの振る舞いを師匠に見られてしまい、どうしていいか戸惑っていた。あの男に何を言われても相手にするなと注意していたのは、紛れもなく、師匠だったからだ。
「カガリ……」
案の定。師匠は珍しく、少しではあるが、確実に怒っている感じがした。気まずい私は、視線を落としていた。
「城内であれほどの殺気を放つとは何事か。いつも注意しているであろう? 彼の挑発には乗るな……と。乗ったところで、お前の立場が悪くなるだけであろう?」
そのことは私にだってよくわかっている。けれども、家族のことを悪く言われて黙っていられるほど、私は大人ではない。私にだって、ゆずれないものがあるんだ。
「まったく……カガリ? お前に何かあったら、私は悲しい。頼むから、あの男には手を出すな。危険な人物であることは、お前にもよくわかっているであろう?」
「……わかっています」
師匠は、ふとため息をついていた。私が完全に自分の非を認めていないということを、見抜いてしまっているからであろう。師匠は、地面に座ったままの私に、手を差し伸べた。その手をとって、私は立ち上がった。
「カガリ、どうしたんだ。どうしてそれほどまでにも腹を立てている?」
私は、言おうか言わないか悩んだ。師匠に話したところで、ジンレートのあの言葉は撤回されないし、私の気持ちだって治まるわけではない。それに、あまり愚痴をこぼすことは好きではなかった。ひとに、弱みを見せているみたいで……それが、嫌だった。
師匠は息をつくと、私の眉間を指で軽く押さえた。
「眉間にしわを寄せすぎだ。あまり悩むなよ」
そう言って、この場を立ち去っていった。ひとりこの場に残った私は、心の中の苛立ちをなんとか沈めようと外の風にしばらくあたっていた。しかし、私の心は落ち着かない。遠くで聞こえる祭をにぎわう人の声が、少しずつ耳障りになっていった。