おこりんぼうの冬子さん
板倉さんちには、四人の娘がおりました。
長女は春香さん。高校二年生。気立てが良くてお料理上手の、とても優しいお姉さんです。
次女は夏美さん。高校一年生。いつも明るくて頑張り屋の、とても元気なお姉さんです。
三女は秋代さん。中学二年生。すこし引っ込み思案ですが、とても穏やかなお姉さんです。
そして、そんな三人から少し年の離れた、小学三年生の四女の冬子さん。
普段はだんまりで、彼女が口を開く時は、大体が怒る時でした。
「ねえ冬子。もう少しにこにこした方が、お友達も増えるわよ」
心配した春香姉さんに声をかけられても、冬子さんはだんまり。
「冬子! もっと外に出て遊びなって。病気になるよ!」
夏美姉さんの引っ張る手にも、柱にしがみついて黙ったまま抵抗します。
「ねえ冬子ちゃ……何でもない」
秋代姉さんは、あまり上手に冬子さんに話かけることが出来ません。
そんな姉たちの優しさも、度が過ぎると冬子さんは怒り出します。
「うるさーい! 私はやりたいことをやっているの! 好きなことをしているの! ほっといて!!」
こうなると一日怒っていてご飯も食べなくなるので、姉さんたちはすっかり困ってしまいました。
そんな冬子さんをなだめることが出来るのが、板倉さんちのお父さんです。仕事から帰ってきて、冬子さんがご飯も食べずに部屋にこもっていることを聞いたお父さんは、部屋にやってきます。
冬子さんは、二段ベッドの上でみのむしのように布団をかぶって丸くなっていました。下は秋代姉さんのベッドです。
「やあ冬子。機嫌はどうだい?」
お父さんは階段を上って、声をかけます。
「……」
もちろん、冬子さんは答えません。
「冬子はこうして布団の中にこもって、何を考えているんだろうね。昨日のことかな、今日のことかな、それとも明日のことかな」
丸まった布団を、お父さんはぽんぽんとたたきます。
「冬子は誰よりも黙っているから、きっとその間、誰よりもたくさんのことを考えているんだろうね。考えることが楽しいんだろう」
今度は布団をなでます。
「冬子ほどじゃないかもしれないけど、他の姉さんたちもたくさんのことを考えているよ。そして、お前のことを思っている。うちは母さんがいないから、母さんの代わりにみんなお前を守りたいと考えている。そして、みんなお前を愛している……これは母さんの代わりじゃないよ」
もそりと、布団が動きます。
「お父さんはこれから晩ご飯を食べたいんだ。姉さんたちも食べないで冬子が来るのを待っている。夏美が死にそうな顔をして我慢していたぞ。まだ、姉さんたちに優しい気持ちになれそうにないかい?」
もそもそと動く布団から、そぉっと冬子さんの頭が出ます。
「お母さんと話をしていたの……」
冬子さんが小さく言いました。
「父さんが、言ったでしょ? 『お母さんはお前の心の中にいる』って。だから、わたし、いつもお母さんと話をしているの。お母さんはいまの私でいいって言うのに、姉さんたちはいつもこのままじゃ駄目だっていうの。お母さんは間違ってる?」
「間違ってないよ冬子。ただ、姉さんたちは冬子のすぐそばにいて、好きな時にいつでもケンカ出来るんだよ。それは、とても幸せなことなんだ……姉さんたちも、母さんと同じところにいて欲しいかい?」
「……」
冬子さんはしばらく黙り込んだ後、もそもそと布団から這い出てきました。
「ご飯……食べる」
そう言った冬子さんに、二段ベッドの上に顔を出していたお父さんはにっこり微笑みます。
「ありがとう、冬子」
そして、お父さんに連れられてきた冬子さんを見て、三人の姉妹はとても嬉しそうに笑いました。特に、二番目の夏美姉さんは泣いて喜んだのでした。