平穏な日常~1~
「あ、あの! 私、烏羽先輩のことが好きなんですっ! ですから、その……私とお付き合いしてもらえないでしょうか!?」
「…………」
烏羽丈介は、今展開されている状況を憂鬱な気持ちで過ごしていた。
彼の目の前には、震える両手で深緑色の制服のスカートをギュッと握りしめ、不安一杯ということが一目でわかる様な顔をし、眼には緊張からか涙を決壊寸前までため込み、返事を待っている女子生徒が立っている。
この状況と女子生徒の言から分かる通り、正に今、丈介は告白されているのだ。
友人伝えにこの時間にこの場所に来てほしいと呼び出しを受け、その通りにこの場所に来たら女子生徒が待っているではないか。
この状況、誰でも告白されるということが分かるだろう。いや、呼び出しを受けた時点でどうなることかは予想できるはずだ。
勿論例にもれず丈介も予想は付いていた。呼び出された場所に来た時、呼び出しを受けた時点で先の展開に予想を付けた。
加えて。
今朝、起きて自分の胸を見たときに、今日告白されることが分かっていた。
「……悪いけど」
暗澹たる気持ちを感じながら、女子生徒の告白に返事を返す。
「今は、誰とも付き合う気はないんだ。ごめん」
頭を下げながら、もはや決まり文句となってきた言葉を女子生徒に言う。
「…………」
丈介が頭を上げると、女子生徒はその目に涙を溜めながら、しかし決して流すことなく、返事を受け止めていた。
「……そう、ですよね。私なんかが烏羽先輩と付き合える訳ないですよね」
そんな自虐的な言葉を呟きながら、彼女は頭を下げて「ごめんなさい」と消え入りそうな声で言った。
君が謝る必要なんかない。むしろ謝らなければいけないのは君の気持ちに応えられない俺の方だ。
そう思う丈介だが、そんな中途半端な優しさは逆に彼女を傷つけるだけだし、自分にはそんなことを言う資格が無いとも思っているので、声には出さなかった。
「今日は来てくれて、本当にありがとうございました……」
そう言って、女子生徒は回れ右をして逃げる様に去って行った。彼女は最後まで涙を流さなかった。それが彼女のささやかなプライドだったのだろう。あるいは、自分が傷ついたことで丈介に負担をかけるという事態を避けたかったのか。色々と推測することは出来るが、どうしたって丈介には真実を知ることは出来ない。
彼女の姿が見えなくなるまでその場で佇む丈介。現在高校二年生の十二月なのだが、この蒼廉高校に入学してから五回ほど告白されたが、いずれも今回と同じ断り方だった。
『今は、誰とも付き合う気が無い』
決まってこの言葉で相手の告白を断るのだ。
この時丈介の頭に去来するのは、昔の記憶だった。愚かだった自分を憎み、幼かった自分を恥じ、何も出来なかった自分を悔やんだ。今でもたまに夢に見る、丈介のトラウマになっている、ある過去の事件。
そのことを思い出して最悪な気持ちになりながら、丈介は家に帰ることにした。