あっち側への覗き窓
現世の家族を垣間見ます。
「あっち側への覗き窓」楽しんでいただけたら嬉しいです。
ユリさんに手を引かれ、やってきたのは三途の川に突き出すように建てられたテントのようなところだった。
ユリさんが中に入るよう背中を押してくる。
私は少し不安に思いながらも、ゆっくりとテントのなかに入っていく。
中は暗く、天井も低い。
本当にこんなところで、現世の家族の様子が分かるのだろうか。
「足元、気をつけてくださいね。」
ユリさんがそういいながらテント後方に立つ。
足元が柔らかくなる。
見ると、座布団のようなラグのようなものが敷いてあった。
「そこ座っていいですよ、もうすぐ見られますから。」
私はそっと腰を下ろす。
今のところ暗い部屋のど真ん中に座らされているだけなのだが、
これから何が始まるというのだろう。
ユリさんが壁際で何かを操作する。
次の瞬間、壁の一部がぱっと明るくなった。
今まで気づかなかったけれど、壁の一部からスクリーンのようなものが垂れている。
それに投影しているのだろう。
最初は真っ白く光っていたスクリーンに、白い部屋が映し出される。
中央のベットには、見慣れた顔の少年が横たわっていた。
「渚だっ!生きてんだんだ…。良かったぁ…。」
安心感と懐かしさで全身の力が抜ける。
渚のベットを囲うように、数人の大人が入ってくる。
一人の男性は頭を包帯のようなもので固定している。左手も三角巾で吊っているように見えた。
その隣にいる女性は松葉杖をつきながら、ゆっくりとした足取りで入ってきた。
もう一人白衣を着た人がいるが、おそらく病院の担当医だろう。
「お父さん…お母さん…。みんな元気そう…」
ザザザ…という雑音の後、4人の話し声が聞こえてきた。
最初に医師が口を開いた。
「渚くんどうかな。身体の調子は。」
「僕は平気…です。まだ慣れないし、何もできないけど、この身体にも慣れてきたから。
それより、父さんと母さんは…?」
その一言の後に、順々に両親が話し始めた。
「お父さんは、ちょっと頭をぶつけただけだよ。左手も1本折っちゃったけど、そんなに酷くないから。」
「私も…。こんな脚だけど、平気…。なのに綾乃は…お姉ちゃんは…。どうしてあの子だけ…。」
その言葉で、体から体温が抜き取られたような気がした。
(そっか…。あっち側の私はもう死んでるんだ…。)
画面の向こうから悲しげな雰囲気が伝わってくる。
「ごめん、俺が曲がってくる車に気づけなかったから…。」
「父さんのせいじゃないって。」
「そうよっ、あの車がぶつかってこなければ綾乃は…。」
「母さん、今はそういう話じゃないでしょ。運転手はちゃんと立件されたんだから。」
(渚が一番大人じゃん…。)
「渚くん、そろそろリハビリに移りたいんだけど、大丈夫かな。」
ずっと黙っていた医師が渚に話しかける。
渚は力強く頷きながら言った。
「はい、お願いします。何もできないのって申し訳ないんで。」
え…?何もできないとは?
そういえばさっきも同じようなこと言ってた…。
私は後ろを勢いよく振り返り、ユリさんに問いかける。
「あの渚は、弟はどうしたんですか?」
ユリさんは書類をペラペラとめくりながら答えた。
「弟さんですね。事故の際に腰の骨を折られて、腰から下が動かせないみたいですね。
リハビリしたら多少良くなるとは思いますけど…。」
半身不随。
その単語が脳裏を掠めた。
私はこんなところで暮らしているのに、向こうでは明日からリハビリ始まるんだ。
なんだか複雑な気持ちだ。
私からしたら、私が死んだからってずっと泣いていて欲しいなんて思わない。
どうせなら笑っていて欲しいのに…。
「大丈夫だよって、伝える方法はないんですか?」
私は帰り際、先を歩くユリさんの背中に叫んだ。
ユリさんは徐に振り返る。
「どういうことですか?」
「そのままの意味。現世のみんなに、『大丈夫だよ』って伝える方法はないんですか?」
ユリさんは少し視線を彷徨わせた後、顎に手を当てながら答えた。
「ないわけじゃないですけど…。綾乃さんはこの方法好きかなぁ…。」
「心霊現象起こすってことですか?」
「ざっくりそういうことです。」
この世界の人たちはそういうの好きだなぁ…。
肩を落とす私に、ユリさんが声をかける。
「でも、その手の現象でも伝わることは皆無じゃなですよ。やるだけやってみては?」
「そんな軽く言われても…。」
本当に、あの時シートベルト着けときゃ良かった…。
猛省しながら三途の川の辺りを歩いていく。
しかしもう死んでしまった手前、現世には戻れない。
これからも黄泉平坂で生きていくんだろうけど…。
(いろいろ考えないとな。これからのこと。)
もう死んでいるのに何を考えることがあると思うのだが、なんとなくそんな気がした。
次は四七日の審判だったっけ。
何をしたらいいのかわからない間は、大人しく審判を受けておこうかなぁ。
私は隠世荘に帰りながら、そんなことを考えていた。
病院の待ち時間、2時間半の間に原稿書いてました。氷室八弥です。
6月も真ん中になりかけ、もうちょっとで2026年も折り返しです。信じられないです。
この半年何したかなーとか、残り半分何しよっかなーと考えて、途方に暮れております(笑)
少なくとも健康を貫きたいなー。欲を言えばもっとすごいことをー…と、マズローの三角形思い出してます。
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