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どうしようもない神様と振り回される人間のお話

転生の神に嫌われた末路

作者: 佐倉 百
掲載日:2026/04/02

 キルシュは転生の女神に執着されている。眷属にしてやろうという女神の提案を彼は断った。だが女神は簡単に諦めてくれるような性格ではなかった。


 誰よりも綺麗な姿で生まれてきたキルシュを、女神はとても気に入っていた。キルシュが望みもしない祝福を与え、あらゆる幸運がキルシュへ向かうように仕向けるほどだ。


 行き過ぎた贔屓がキルシュを孤独にしようとも、女神には関係ない。女神にとって大切なのは、己が選んだ人間に溺れるほどの祝福を与えること。自分が嬉しいことは、キルシュにも嬉しいことだと信じて疑っていない。


 そんな女神が嫌いだった。度々、夢の中に現れては、幸運を授けたと自慢げに語る女神が。やめてくれと訴えても、謙遜だと思って取り合ってくれない。むしろ祝福が足りないのだと勘違いをする始末だ。


 何をしてもうまくいく生活には刺激がない。似たような毎日を繰り返していると、心が停止してしまう。最初に喜びが消え、楽しみを失った。その代わりに女神への憤りと、人間の無力さを知った悲しみがキルシュの内側に蓄積していった。


 世界に満ちている幸せと不幸の総量は同じだそうだ。


 キルシュが受けるはずだった不幸は、顔も名前も知らない誰かのところへ。

 誰かが受ける幸せは、キルシュに集まってくる。


 周囲の人間は女神の仕業だと知らないが、キルシュのそばにいると幸運を吸い取られることは察し始めていた。

 キルシュは生きているだけで、不幸をばら撒いているようなものだ。


 女神が初めてキルシュの目の前に現れたのは、成人になった日だった。


「特別に、キルシュを私の眷属へ迎え入れてあげる。嬉しいでしょう?」

「……俺があなたの眷属に? ご冗談を。俺とあなたでは、価値観が違いすぎる。あなたがやったことは、全て嫌がらせとしか思えなかった。どうか、もう関わらないでください」

「なんてことを……私の好意を無駄にするのね! いいわ。後悔させてあげる。あなたが泣いて縋ってくるまで、絶対に許さないから!」


 キルシュが女神の誘いを断ると、明らかに幸運に巡り合う回数が減った。女神はキルシュの幸運を減らすことはできても、幸運を全て取り上げることはできないらしい。人間の前に現れるのも、制約があるのだろう。女神が直に手を下してくることはなかった。


 効果がないと知った女神は、キルシュの周囲に影響を与えるようになった。特にキルシュの結婚相手には、執拗に不幸を被せてくる。耐えられなくなったキルシュは彼女に女神のことを話し、別れることにした。


 女神さえいなければ、穏やかで満たされた人生になるはずだった。彼女とは生まれ変わっても一緒になりたいと思うほど、愛し合っていたのに。


 女神はさぞ喜んでいることだろう。キルシュが誰かのものではなくなったのだから。

 離婚してすぐ、独り寂しく死んだキルシュに、女神は囁いた。


「私の眷属になれば、もう寂しくないわよ」

「あなたが何もしなければ、孤独は訪れなかったのに」

「違うわ。キルシュの強情が招いたのよ。私なら、あなたに寂しい思いなんてさせないわ」


「嘘だ。あんたの眷属には、絶対にならない」

「まだそんなことを言うの? もっと不幸になりたいわけ?」

「あんたの眷属になること以上の不幸なんて無い」


 怒った女神は、死んだキルシュの記憶を消さないまま醜い姿で転生させた。


 誰にも愛されない人生は、全ての景色が灰色がかっていた。ただ存在しているだけで、面白くもない。けれど満たされないなりに生きていたら、成人した数年後に人生を終了させられた。


 どうやら二度目の人生は、短い時間しか用意されていなかったようだ。生きていることを後悔させて、女神に救いを求めるようにしたかったのだろう。


 もちろん、眷属になれという誘いは断った。自分勝手な女神に好意を抱くなど、あり得ない。思惑が外れた女神は明らかに苛立っていた。


 三度目の人生はもっと短かった。子供を望んでいない親のもとに生まれたせいで、あざが消えない日はない。前世の記憶があるキルシュは状況を変えようと行動したものの、子供の立場ではできないことのほうが多かった。ほうきで殴られたところで記憶が途切れている。


 どんな人生を用意されようと、キルシュが女神を受け入れることはなかった。女神は何度もキルシュを転生させ、人として生きることを諦めさせようとしてきた。辛い人生に疲れたとき、キルシュが女神に助けを求めると考えたのだろう。


 確かに辛かった。

 誰にも愛されず、求められないまま終了させられる人生が。


「私を求める気になった?」


 女神は甘く優しい声でキルシュを誘う。自分がキルシュの最大の理解者だとでも言うように。


「人間として生きるのは辛いことよ。私のところへいらっしゃい。全ての苦しいことから、あなたを守ってあげる」


 人を不幸の底に沈めておきながら、助けてあげると宣言する傲慢さに言葉を失う。キルシュは何度目かの拒絶を示した。女神は自分の幸せを求めるだけで、キルシュの幸せを考えようともしない。そんな女神の近くにいたら、ある日突然、飽きたという理由で捨てられそうだ。


「そんなに人間として生きたいなら、何度でも転生させてあげるわ。そうね、今度は何を見せてあげようかしら?」


 女神はまたキルシュを転生させた。一度目に恋をした人の近くで。


 彼女はキルシュのことを覚えていなかった。前世を覚えているキルシュの方が異端なのだ。


 キルシュと彼女の立場は、何度生まれ変わっても夫婦になることはなかった。彼女の子供や飼っているペットになることもあった。


 最初は辛かったものの、彼女が幸せならそれで良い。むしろ自分の事情に巻き込まれても、不幸にならずに済んで良かった。あとは女神がキルシュに飽きてくれるのを待つだけだった。





「あなたは、どうやっても私を拒むというの?」


 数えきれないほど転生を繰り返したあと、女神はキルシュに言った。


「私がこんなに気にかけてあげているのに。あなたを幸せにできるのは私だけよ。もっと強い絶望を与えないといけないのかしら」


 キルシュは毛玉のような生き物に転生させられて、世界のどこかに捨てられた。


「愛してるわ。早く私を求めてね」


 耳にこびりつくような、ねっとりとした声だった。


 女神が語る愛は女神自身へ向けられているものであり、他人へ与えるものではない。キルシュが長い人生の中で他人と育んできたものとは根本的に違う。両者の溝は埋まるどころか、ますます深くなっている。


 種族名も分からない生き物として生まれたことは、新たな苦労の始まりでもあった。食事は人間が育てた穀物しか体が受け付けない。同種の生き物には遭遇したことがなく、人間たちからは恐怖の対象のように攻撃された。


 女神はとことん、キルシュが嫌われるように細工をしたらしい。


 どんなに殴られようとも死ねない。火炙りにされても、水に沈められても、翌日には復活して体が動くようになっていた。


 人目を避けて隠れながら生きていたある日、キルシュは森に住む老婆に捕まった。


「おや。ずいぶんと小汚い塊だね」


 老婆は手荒くキルシュをぬるま湯で洗い、暖炉の近くに置いて乾かした。それから粉にする前の小麦をキルシュに与え、クッションで作った寝床まで与えてくれた。


「あんたも女神に見つかってしまったようだね。嫌われている者同士、仲良くしようじゃないか」


 老婆は森で暮らす魔女だった。薬を作って生計を立て、細々と暮らしている。彼女が作る薬には魔法と同じ効果があり、密かに調合を依頼する者がいた。


 キルシュは食べ物をくれた礼に、老婆の仕事を手伝い始めた。彼女の代わりに森へ行って、薬草を採ってくることしかできないが。それでも足が悪い老婆の助けにはなっているようだ。


「あんたは女神に復讐したいかい?」


 ある日、老婆が尋ねてきた。キルシュは首を横に振って、彼女の質問に答える。


 女神に恨みがないと言えば嘘になるだろう。苦労ばかりの人生は、女神のせいでもたらされたものだ。


 だが復讐したくても、相手は女神だ。届かない場所にいる相手には何もできない。だからキルシュの願いは、放置してほしいということだけだ。


 老婆はキルシュの返事にうなずき、それでいいと言った。


「あれは永遠に成長しない幼児さ。復讐しても無駄だね。人間が思い通りに動かないから、意地になっているんだ。対策をしないと永遠に付きまとわれるだろうね。だから、これをあげよう」


 キルシュの目の前に小瓶が一つ置かれた。


「一度だけ願いを叶える薬だよ。あんたが望む効果を得られる。なんで自分で使わないのかって? もう使ったさ。女神に見つかりませんようにってね」


 老婆は小瓶の中身をキルシュに振りかけた。


「あんたの人生は、あんたが決めな。薬を使わなくてもいい。その薬で、女神に見つからずに普通の生活をすることもできる」


 薬をくれた数日後に、老婆は息を引き取った。小さな体のキルシュには老婆を埋葬することなんてできない。だから訪問してきた客に老婆の居場所を知らせて、全てが終わった頃に、墓石に花を添えた。





 キルシュは元の生活に戻る前に、老婆がかけてくれた薬のことを思い出した。彼女の言葉が本当なら、一度だけ女神に反撃できる。人間たちから隠れて暮らしながら、ただその時を待った。


「久しぶりね。今までどこに隠れていたのよ。さんざん探したんだから。さあ、あなたの選択を聞かせて」


 神々しい光と共に現れた女神は、記憶の中の姿と全く変わらなかった。


「俺を眷属にするまで、あなたは不幸を与えるのか?」

「与えるだなんて。人間として生きるのは不幸だと教えているのよ。私の眷属になれば、あらゆる苦しみから解放されるわ。そうでしょう? あなたは美しい姿を取り戻して、永遠に私と生きるのよ。これ以上の幸せがある?」


「やはり俺の意見とは相容れない。あなたは俺に幸運を与えると言うが、俺が幸せかどうかは関心がないようだ。自分の行動が正しいと信じて疑っていない」

「私は女神ですもの。全ての行動が正しいのよ」


 キルシュは一つだけ、願いを口にした。


「あなたが操作した人間たちの人生を、あなた自身が体験してくれ。本当に正しい行動だったのか、よく分かるだろう」


 唐突に、キルシュの目線が高くなった。地面を這うほど低い位置から、懐かしい人間の高さへ一気に変わる。


 見下ろした先にいたのは、かつてのキルシュと同じ毛玉だ。キルシュが指先でつつくまで呆然としていたが、ふと我にかえって騒ぎ始める。細い棒のような足で駆け回り、キルシュへ向かって叫び声をあげた。


 キルシュに分かるのは、女神と立場が入れ替わったことだけ。これからはキルシュが転生の神として仕事をしなければいけない。


「……もし薬の効果が魔女の言う通りなら、あなたが不幸にした人間の数だけ、あなたには不幸な人生が待っているだろうな」


 元女神は許してくれと言ってキルシュにすがりついてきたが、元通りにする方法など知らない。薬を作ってくれた魔女はもういないのだ。


 人里に元女神を捨てるとき、キルシュは別れの言葉を告げた。長年にわたってキルシュを苦しめてきた彼女に、もっとも相応しい言葉だ。




「楽に死ねると思うなよ。発狂しても元通りにして転生させてやるからな」

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― 新着の感想 ―
とても面白かったです。 主人公がいつか幸せになれますように。
いいぞもっとやれ。 クソ女神が発狂転生を繰り返すとかメシウマ。踏み潰し隊。
自分が正しいこと幸せになることをしていたと思うなら、それを生きるのは何ら苦痛ではないわなあ(笑) 毛玉になって即すがりついてくるあたり、魔女さんが言うよりは自覚あったのかもな。 しょせんはガキという…
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