ミーム戦争(いつわりの波紋)
最近のAIによる動画作成能力はすごいですね。世界中でマスコミが信じられなくなってきている今、ミーム合戦が始まったら人々はどうなるのでしょうか?
この話はフィクションです。
「それで騒ぎを拡大させた被疑者を拘束したのか?」
JCIA長官の水木がモニターに写る株式欄から目を外さず、さほど関心がなさそうに部下の加藤に尋ねた。
「いいえ。できませんでした。結論から言いますとインフルエンサーとみられていた吉居は本件とは直接関係のない被害者だったからです」
「説明しろ」
一瞬で眉間にしわを寄せた長官がようやく加藤に目を向けた。
南米の小国、マリバスで起きた大規模な日本排斥運動。その発端は、同国を旅行していた邦人女性がレイプされ、金品を奪われて殺害されたことに起因する。
マリバスで最も治安が悪いとされているダウンタウンの安宿に無謀にもバックパッカーとして単身で宿泊していた女性の惨劇として、当初は通常の事件という扱いだった。
ところがこの事件を一人のインフルエンサーが、センセーショナルに取り上げたことで日本とマリバス、両国の友好関係を損ねる大問題へと発展したのだ。
インフルエンサーは、この女性をマリバスの貧困地区に住む住民の生活を改善するため調査に向かった女子大生(実際には彼女は危険地帯を取材する35歳の写真家)として描きレイプ禍の真相も日本のオタク文化を嫌った宗教指導者からの指示としてフェイク情報を流したのだ。
しかも返す刀でマリバスに向けては、その国の国民的英雄であるルパス大統領をSM趣向のある奇人として描写し、宗教指導者の方は、小学生くらいの男子に興味があるショタコンの変態として、AIのフェイク動画まで作って侮蔑したのだ。
こうしたフェイク動画で有名になった事例としては、以前日本との外交の場にポケットに手を入れて現れた某国の局長の写真が、無礼であるとして加工され、民族服を着た手品師やメイド服を着て軽やかにスキップする変なオジサンとして大笑いされた件がある。
それと同じようなことを、敬愛する大統領や精神的支柱である枢機卿にされたマリバス国民は激怒し、日本に対する好感度は一挙に落ちて両国で進めていた大規模な鉄道事業は頓挫。その結果、ライバル国がこの事業を逆転落札することになった。
数千億円規模の国益を損なったこのインフルエンサーを焙り出して処罰せよ!
怒り狂った政府が動画にあったURLから、発信したパソコンを突き止めた結果、それは千葉県松戸市に住む会社員・吉井権介(35歳)の自宅にあるラップトップパソコンからアップロードされたものと分かった。
そこで千葉県警とJCIAが合同で吉井を取り調べることになったという経緯だ。
「ところが、吉居はyoutubeの視聴はできてもチャンネルを作ってアップロードするような知識は持ち合わせておらず、さらに被害女性に関心もなく、ましてAIでフェイク動画を作ってマリバスに発信するようなスキルは持ち合わせていないことが判明しました。吉居は自分がインフルエンサーの疑いがかけられていると知って『インフルエンザかコロナか知らないが俺は熱もないし隔離される症状なんてない』と言い放ったそうです」
加藤の答えに水木は唖然としてパックリと口を開いた。
「こ、口座は調べたのか? 無知を装っているだけかもしれないぞ」
「一応調査しましたが口座にはサラ金から数万円の借入金が振り込まれているだけでした」
「どういうことだ? フェイク動画は彼のパソコンからアップロードされたんだろう? ならば息子の仕業か、それともスキルを持った女がいたのか?」
「吉居は独身で子供もおらず、親しい関係の女性もいませんでした。しかし警察の調べでは部屋に空き巣の痕跡があったようです。パソコンを無断で使われた以外、何も盗られたりしなかったので吉居は気づかなかったようですが」
「じゃあ、その犯人はPINの解除もできたと言うのか?」
PINとはパソコンのスリープ復帰時に入れる暗証番号のことだ。
「あれは面倒なのでパソコンが自宅に設置される際に、『自宅でしか使わないからPINはいらないようにしておいてくれ』という人も結構いるようです。吉居もそうしていたようでこんなことになるとは考えてもいなかったのでしょう」
「だとすると、加害者の推測される人物像は?」
「おそらく今回逆転で鉄道事業を手に入れた国の工作員でしょうね。動画を分析した技官の話では「アップロードしたアカウントや接続元IPアドレス、それと利用した端末情報(ブラウザやOSの種類)は分かっても、デジタルフォレンジックを試みても、編集ソフトの特徴的な処理痕跡(エンコード方式や圧縮アルゴリズムの癖)も分からず、それどころか動画を作ったAIも市場には出回っていない独自開発の物ということで、高度な隠蔽技術がある集団と推測しました」
「独自開発のAIだと? 確かに映像制作に特化したAIなら大学院レベルでもできないことはないだろうが、いずれにしても手が込んでいるな。それで工作員だと……」
水木は押し殺すように唸った。
そんな手を使われたらマリバスの国民の怒りは日本人に向かうだろう。
「もしかすると、過去にも同じようなことをされていたのではあるまいな」
水木は急に日本の好感度が下がった事例を思い返してみた。
「いえ、国際間ではまだこれといった事例は見当たらなかったのですが、そういえば最近原発の危険性を『もしこんな事態になったら』という想定で制作された動画が出回っています。この動画のアップロードされた場所が原発の再稼働に反対している地区だったので、強圧的な捜査は逆効果と考え、放置していたのですが、その内容はどこかの国が通常型の多弾頭ミサイルで日本海側の原発を集中攻撃してきた場合は防ぎきれず、想定されていなかった『多弾頭・貫通型ミサイル攻撃によるメルトダウン』が起こり、偏西風に乗って飛来した放射性物質の影響で東京や大阪には住めなくなるという恐ろしい内容の動画でした」
「それが工作員の仕業だったというのか? 確かに原子力発電が再稼働できないと火力発電によるCO2排出量が多くなって日本が叩かれたり、原野を覆う太陽光発電の需要が高まり、それに資本参加している国も儲かるだろうからな。日本の電力が原子力に頼らなければ成り立たないということを見越した巧妙なやり方だな」
「まあ、本当のところ日本の電力需要がいかに多かろうと国土面積の12倍もあるEEZ(排他的経済水域)にカツオシDなどが唱えている『振動型・密閉式波力発電・非接触給電プラント』を大量に製造して浮かべれば一挙に解決する問題なんですが、それをやると原子力発電所の近隣地区にバラまいている「電源三法交付金」や「電源立地地域対策交付金」が無くなって困る自治体も出てきたり、プルサーマル発電をするために再処理でできたプルトニウムを保有する必然性が無くなくなると『利用目的のないプルトニウムは持たない』という国際的な公約にも抵触しますので。ちなみに日本は国内に8.6トン、国外に35.8トンの合計44.4トンのプルトニウムを保有しています」
「なるほど。だから日本が将来核爆弾を持つのではと懸念する国の仕業だということか」
「ハイ、そうだと思います」
加藤の事務的な返答に水木の表情が険しくなった。
「ずいぶん好き勝手に荒らしてくれるな」
水木は唇を噛んでしばらく考えた後、思い立ったように言った。
「加藤、こんな話を知っているか? ベトナム戦争はアメリカが撤退したことで終結した戦争だが、この戦争末期にアメリカの特殊作戦推進派の軍人や顧問たちの間から『我々もグリーンベレーや、SEALsといった部隊を拡充して同じようにゲリラ戦を展開すべきだ』という意見が出たことがあった。結局この案は大規模正規戦を重視した米軍首脳部によって一笑に付されたわけだが歴史上のIFとして有名な話だ」
「もちろんその話は知っておりますが……、すると長官は我々もライバル国に対して同じようなことをやれとおっしゃるんですか」
「現在は世界中の誰もが自国のマスコミをさほど信じてなどいない時代だ。加えて日本は世界でも名だたるミーム文化の国だぞ。その国にこういうケンカを吹っ掛けて来たことを後悔させてやろうじゃないか!」
水木が不敵に笑った。
やがて加藤の指揮のもとミームに関するチートスキルを持った猛者が日本中から集められ、別会社名で(実際にはJCIAの工作員)雇われ、腕を振るうようになった。
その効果は絶大でライバル国の営業員はあらゆる国から遮断され、日本の提案したプロジェクトが次々と採用されるようになった。しかしそれは長くは続かなかった。
当然相手国も更なる報復を始め、日本の営業マンも対象国から石をぶつけられるようになった。更にまたその報復。というわけで、ミーム合戦は熾烈さを増していった。
その上、傍観していた他国の諜報部でもミームこそ安価で最高の効果をもたらす工作と気づいたために、世界中のあらゆる国で敵対国やライバル国に対するお笑いオオギリ合戦となり、面白がった一般人までが参戦して混乱に拍車がかかった。
ミーム合戦はエスカレートして、それまでアンタッチャブルであったマフィアの関係者、王族、宗教の重要人物までが笑い飛ばされる結果になった。
全ての権威を踏みにじるこの行為は、アイデンティティやプライドを傷つけられた者達からの激しい増悪を産む。世界各地でインフルエンサーを狙ったテロが横行し、そこからドミノ倒しのように紛争が始まり……、
そしてついにはどの国が敵で誰が味方かもわからないという不思議な第三次世界大戦(通称ミーム戦争)が勃発した。
おしまい




