表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/1

僕とアジョッシ

日本人のサラリーマン・深川佳が行方不明になった社員を探しに韓国へ行った際、サンミンという韓国人のおじさんに助けてもらって気がついたら恋をしていた話です。年下攻め。未完成です。

 搭乗ゲートのベンチに腰掛けた深川佳は、落ち着きなく何度も荷物や貴重品を確認し、緊張で乾いた口の中や唇をひっきりなしに舐めていた。握りしめているのは、昔の恋人とグアム旅行に行くために取ったパスポートだったが、その相手とは計画している間に喧嘩を重ねて別れてしまったため、一度も使用したことがないものだった。その後は思い出したくもなくて、通帳や税金の通知を入れておく机の引き出しの一番奥にしまいこんでいたため、とっくの昔に期限が切れていると思い込んでいた。

 ところが数日前からの騒ぎに、直属の上司である船津人事部長が思いついたように「おまえ、パスポート持ってるか?」と尋ねたので、「持っていますがおそらく期限が切れています」と答えたのだが、家に帰ってふと気になって確認してみたところ、期限はあと三年も残っていた。五年で期限が切れるタイプのパスポートだと思っていたが、グアム旅行の計画に当時よほど浮かれていたのか、使う予定もないのに十年期限のものにしていたらしい。それを自虐的な笑い話として、翌朝上司へ伝えたのが失敗だった。

「それは良かった」

 部長はとくに面白いとは思わなかったらしく、いたって真顔で佳を見た。

「よし、行って来い」

「え? どこへですか?」

「どこって、決まってるだろ。あいつを連れ戻しに、だ」

 佳は部長の言葉に耳を疑った。

「えっ、僕がですか?」

「他に誰がいるっていうんだ」

「いや、当事者が営業なんだから営業課の誰かが」

「このくそ忙しい時期にか?」

 まるで今の人事部が暇であるような言われようだが、採用に関わっていない佳は、人事異動に関する業務が落ち着いた時期であることは確かで、特に忙しいとは主張出来なかった。

 入社してちょうど十年になるこの商社は歴史ある一部上場企業の商社ではあるが体質は中小企業の頃からの延長であり、よく言えばアットホーム、悪く言えば古臭いものだった。管理部を渡り歩いてきた佳は五年前から人事部に配属され、数々の問題社員の処理係という泥沼に両脚を突っ込んでいる。主にパワハラやセクハラ、そしてメンタルを病んだ社員への対応を淡々と処理することが多いのだが、今回は初めてのケースだった。

ある社員が海外出張から帰らずに失踪したのだ。

「三日くらい探して、だめだったら帰って来い。なるべく警察沙汰にはしたくないと常務が言ってるんだ」

「本気ですか?」

 往生際悪く佳は食い下がったが、船津部長は総務の広瀬という女性を呼び、航空券とホテルの手配を指示した。まだ入社二年目の彼女は笑顔で部長の指示に従う。

「それなら煤田さんと同じホテルがいいですよね。営業のほうに確認してみますね」

 机に戻り、素早くメールを作成し始める彼女の後ろに佳は立って聞いた。

「何でそんなに楽しそうなんです?」

「だって行方不明の人を探すなんて探偵みたいじゃないですか。ちょっと面白いですよね」

「不謹慎でしょ」

「えー、でもどうせ煤田さんだし」

 社員の誰もが内心で思っているであろうことを率直に口に出す。人事課でも知られているくらい、元々煤田芳巳は問題社員だった。常務の息子という縁故入社だということは、同期の佳は人事に来る前からでも知っていた。同い年とは思えないほど、よく言えば貫禄のある、悪く言えば老けた外見の男で、他人に対しては威圧的な言動をする。海外出張の多い部署に配属されると、出勤日を明らかにごまかしている節があった。しかしそれも上席から見逃されていたのだが、とうとう今週の韓国旅行で彼は予定通り日本へ戻ってこなかった。

 おそらく誰も本気で心配していないのだが、万が一事件に巻き込まれていたら大変だ、と常識的な配慮を示す営業部からの連絡を受け、人事から彼の身内である常務に確認すると、大学時代は海外を放浪することが多く、ふらりといなくなることがあったから、またそんなところじゃないかと暢気に返された。実際、帰りの飛行機は、本人からの電話によってキャンセルされたことを確認している。

 同期の佳としても今回も突発的な思いつきでの行動だろうと思っていた。この場合、社内規程に当てはめるのなら、ただ欠勤として扱い戻ってくる日を待つしかないだろうと、人事部の一人として静観していたのだが、まさか自分に矛先が向くとは思っていなかった。

 韓国に行って探して来いだなんて冗談じゃない。佳は、絶望のあまり目眩がした。自慢じゃないが、国内から一度も出たことがないのだ。何で自分勝手な不良社員のために俺がそんな役目を引き受けなくちゃいけないんだ。

 気持ちとは裏腹に佳は、職務に忠実に、翌日、羽田空港にやって来たのだが、いざとなると想像以上の恐怖感に襲われた。本物の探偵業じゃあるまいし、言葉もわからない国に言ってどうなるというのか。

 何度も繰り返し確かめたゲート番号から、ようやく搭乗案内が始まった。内心の不安を悟られまいと、客室乗務員の笑顔に笑顔で返しながら乗り込んだ。佳は堂々と済ましてさえいれば、背も高く、爽やかな好青年だ。鼻筋の通った端正な顔立ちに、主張のない髪型と服装は清潔感もある。しかし今は目が泳いでいて、作り笑顔もぎこちないので、乗務員に体調を心配されてしまった。それでも新幹線と同じようなもんだと自身に言い聞かせ、席に座った。たった二時間未満の移動だ。東京から大阪へ行くより近い。だから荷物もろくに準備せず、大きめの鞄に替えのスーツとシャツ、下着を詰めただけなので抱えて座席へ乗り込んだ。

覚悟を決めてシートベルトを締めた席は、三人席の通路側で、隣は若い女性二人だった。彼女たちはずっと理解できない言葉を話していたが、日本語であることはわかった。おそらくアイドルのファンである彼女らは、ずっとしゃべっていた。ずっと絶え間なくお喋りは続いた。おかげでうとうとすることも出来なかった。しかし到着してからは、慣れた様子の彼女たちの後をついていくことで荷物の受取まで問題なく通過できた。それからが問題だった。

 空港を出てホテルに行くまで、リムジンバスかタクシーで行けと言われたけれど、一人でタクシーに乗る勇気もなかったが、バスはずらっと並んでいて、どれに乗ったら良いのかわからずに出口付近を何度もさまよった。

 結局、日本人のグループを見つけて尋ねると、佳の宿泊先はそこそこわかりやすいホテルらしく、乗るべきバスを教えてくれた。

 バスの運転手は軽快に案内し、羽田で五万円を両替したものの、単位もよくわからず出した数枚の札の中から、適切な数字であるらしい一枚を受け取り、釣り銭を佳の手に渡した。運転手の慣れた笑顔にほっとして乗り込んだバスの座席の座り心地は快適だった。他にも客はいたが欧米人ばかりで、車内は静かだった。運転席の上に取り付けられたモニターではバラエティ番組が流れ、その音声だけが楽しそうに響く。少し落ち着けるような気がしたが、そう思ったのも束の間、荒い運転に驚いた。公共のバスでは信じられないほどの速度で走り、さっきまでにこやかだった運転手がことあるごとにぶつぶつと愚痴を言っているように聞こえ、時々激しく罵るような調子になるのでまた驚く。しかしまた停留所につくたびに、運転手はにこやかに戻り、丁寧に降りる人がいないか確認した。佳はホテルの名前を聞き逃しまいとその度に聞き耳を立てた。いくつめかのホテルを回った後、「ゴールデンホテル」という名前が聞こえて、

「あ、はい!」

 と、佳は子供みたいに手を上げて腰を浮かせた。運転手は彼を見て、ドアを開けた。

「あ、ありがとうございます。サンキュー」

 運転手の返事は聞き取れなかった。その名の通り金色に輝く立派な高層ホテルは中級の等数にしては立派だった。上のほうをぼうっと見上げて初めて、よく晴れた空に気がついた。日差しが照りつける。旅行で来たのなら喜ぶが、仕事となるとあまり関係がない。外に少しいると汗が浮かんでくる。早く中へ入ろうと思ったところへ、中からボーイが出てきて荷物を持とうと手を差し伸べたが、警戒の強い佳はかさばるバッグを抱えたままだったので、仕方なく彼は佳を中へ入るよう案内した。

「いらっしゃいませ」

ホテルは、日本語が通じたので、佳はほっとした。

「六一五号室のお部屋です。ごゆっくりどうぞ」

 カードキーを渡される。エレベーターで六階へ昇り、端の部屋を確認してドアを開けた。カードキーを差し込んで灯りをつけ、ドアを閉めると、そのままずるずる床の上にしゃがみこんだ。

「疲れた……」

 到着するだけで、気力を使い果たしてしまった。

 いらない荷物を室内に残し、サービスで置いてあるペットボトルの水を胃に流し込んで、気合を入れなおす。ここからが本番だ。

 まずはじめに行くところは、煤田の本来の目的であった取引先の会社だ。すでに日本でアポを取っているので、担当者がホテルのロビーまで来てくれることになっている。身軽になってロビーに降り、ソファに腰掛けて待っていると、約束の時間ぴったりにスーツ姿の二人の男が外からやって来た。その場に男性客は佳しかいなかったためか、彼らは迷わず佳を目指して歩いてきた。

「こんにちは。深川佳さんですか?」

 堅物そうな四十代くらいの男と、もう少し若い木の弱そうな顔色の悪い男だった。

「あっはい。ワンインターの……」

「資源二課のチョン・ヒソクです」

「ユ・ヒョンギです」

 二人共流暢な日本語を喋り、名刺を交換した。佳は気まずそうに頭に手を当てて言う。

「わざわざここまで来ていただき、ありがとうございます。このたびは私どもの社員が大変ご迷惑をおかけいたしまして……」

「いえいえ、そんなことはないんですよ。私達とのミーティングは問題なく終わりましたから」

「契約書も、別途郵送で送ることになっていましたので、着いていますか? メールでPDFは添付して、煤田さんと、長谷部部長にも送ったのですが」

「あっ、届いていると聞いています」

「それは良かったです」

 若い男が胸を撫で下ろす。

「だから本当に、そのまま日本に戻られたと思っていました。まさか行方不明だとは」

 そう言うチョン・ヒソクは明らかに迷惑そうな表情を浮かべていた。それはそうだろう。仕事で会った相手が行方不明に鳴ったと言われても、逆の立場であれば佳も困る。

「メールでもお尋ねしましたが、お会いした時の様子ではそんな様子はありませんでしたか」

「ビジネスの話は積極的に進めていましたし、ミーティングの後、私達と一緒に焼き肉を食べに行った時も、よく食べてよく飲んで、楽しそうでしたよ」

「はぁ、そうですが」

「あぁでも、ビーチに行きたいと言っていましたね」

「ビーチ?」

「ハワイとか沖縄とか、サーフィンが好きだそうで、済州島でもサーフィン出来るか、と聞いていました」

 まさかそんなことで行方をくらますとは思いたくなかったが、すでに行動が非常識なので、理由が非常識でもおかしくはない。そもそも、煤田という男がサーフィンやビーチなどという爽やかな言葉が似合わない暑苦しい顔が思い出され、その不似合いさに腹立たしくなる。

「でもお土産たくさん買っていたから、やっぱり帰ったんじゃないですかねぇ」

「そうですか」

 とにかく迷惑そうな彼らは早く解放されたがっていたので、明後日に帰国することを告げ、それまで何かわかったら連絡をもらえるように頼んだ。

「ビジネスに関しては、今後は同じ営業三課の小関のほうが担当になりますので」

「あぁ、はい、小関さん。わかります」

 彼らは同情するような笑顔を浮かべ、帰って行った。

 佳は、ロビーの高い天井を仰いでため息をついた。

 さて、これからどうしたものか。こちらを見ているフロントの従業員やボーイに気がついて、ふと思いついて受付に近寄って尋ねた。

「今月十日から白石商事の名前で予約していた泊まっていた煤田芳巳という日本人をを覚えていますか? 私は同じく白石商事の人間なんですが」

 と名刺を差し出した。

 ホテルスタッフたちは困った顔をして顔を見合わせた。予約システムを見れば、会社の名義で決済していることがわかるので、煤田と佳が同じ会社の社員であることは確認出来るだろう。端末を確認していたスタッフは、納得したらしく、答えた。

「ススダ様は、十二日にチェックアウトをしています」

「どこへ行くとか聞いていませんか?」

 ホテルのフロントが聞いているはずないだろうと思いつつ、念の為に尋ねたのだが、意外にも返事が帰ってきた。

「こちらで、この近くにある、このホテルのグループのレジデンスアパートを紹介しました」

「えっ、アパート?」

「あー、あの、長く滞在するというので」

 どうやらウィークリーマンションのような短期滞在型の住居らしいと理解した。スタッフは、カウンターの上に置いてある冊子の中から観光用の周辺地図を一冊抜き取り、中の地図にペンで丸をつけた。

「こちらです」

「あ、ありがとうございます。ついでに……」

 厚かましいとは思いながら、旅の恥は掻き捨てだと、佳は緊急で危険があるかもしれないと事情を離し、そのアパートでの彼の部屋番号を調べて欲しいと食い下がった。困惑したスタッフたちはマネージャーらしき人に相談に行ったが、そのマネージャーにも佳は必死で食い下がり、土下座をする勢いだったので、彼はしぶしぶアパートの管理会社に電話をかけてくれた。

「ススダさん、はい、一ヶ月契約してますね。二◯八号室の部屋だそうです」

「ありがとうございます!」

 印をつけてもらった地図を頼りに、ホテルを出て歩き出した。少し離れた、裏通りにある雑居ビルの一角だった。コンビニエンスストアの隣だったので分かりやすい場所だった。とくにセキュリティもなく、二階建ての鉄筋コンクリートのアパートのような簡素な建物は、入り口の目の前に階段があったので、登って行き、部屋番号を確かめる。二◯八号室のベルを何度か鳴らし、ドアも叩いたりノブをガチャガチャと回したが何の反応もない。人の気配が感じられなかった。

 仕方なく、佳は手帳からメモを破り、ペンで殴り書きした。とにかく連絡を寄越せ、と。

 他にも言いたい文句は山ほどあったが、筆圧に込めただけで、紙を四つに折り、ドアの間に挟んで帰ってきた。こうしておけばいくらなんでも部屋に入る時に気がつくだろう。探偵だったらこのアパートの前で張り込みでもするべきなのだろうが、そこまでする気概はなかった。いつのまにか佳の目的は、煤田を探して連れ戻すというよりも、煤田を探して一発殴りたいということに擦り変わっていた。

 ホテルに戻って会社に報告のメールを入れると、すぐに返事が帰ってきた。前進しているじゃないかと船津部長からお褒めの言葉をいただいたが、全く嬉しくはなかった。

 時計を見ると、二十一時をまわっていた。腹は減っていたが減りすぎて、外に食べに行く気力もなく、部屋に戻ってシャワーも浴びずにベッドに倒れこんで目を閉じた。


 翌朝、佳が目が覚めたのは十時少し前だった。

 うつ伏せに寝ていた体勢でしばらく枕に顔を押しつけたまま、ぼんやりしていたが、ようやく自分の置かれている状況を思い出して飛び起きた。

ひとまずシャワーを浴びて目を覚ます。髪を乾かしながらつけっぱなしのパソコンでメールをチェックしたが、新しいメールは何も届いていなかった。個人のメールアドレスのほうにも広告メールが来ていただけだった。

少し考えて、スーツではない、動きやすい格好をすることにした。今日は誰かに会う約束もない。チノパンにTシャツという格好で部屋の外に出た。

 朝食ブッフェがぎりぎりやっている時間のラウンジには、人がほとんどいなかった。料理もあらかた品切れだったが、昨日は機内食しかまともに食べていなかったことを思い出し、残っていたパンとソーセージや卵を山盛り更にのせてテーブルに運んだ。勢い良く飢餓感を満たし、ようやく落ち着いて牛乳を飲んであたりを見回した。窓際に、一人の客がもう一人いた。佳よりいくらか年上の男だ。地味な黒ずくめのカジュアルな格好だったが、室内にいるのに使い古した野球帽をかぶっているのが奇妙に思えた。背中を丸めてフルーツを食べている。その動作はのっそりとしていて、動物園にいる動物みたいだなと思ってみていると、視線に気づかれたらしく佳のほうをちらりと見た。しかし彼はすぐに慌てて視線をそらし、そそくさと食事を終え、立ち上がってどこかへ行ってしまった。

 悪いことしたかな。少し気になったが、彼が食べていたフルーツを取りに行って平らげた頃には忘れてしまった。腹が膨れたら、また眠気が襲ってきた。あと一時間くらい眠って、その後はやることもないのでもう一度あのアパートに行ってみよう。そう決めて、部屋に戻り、スマートフォンのアラームをかけて眠った。結局アラームが鳴るよりも早く目が覚めてしまい、外にでることにした。

 昨日に引き続き、良い天気だった。日差しが強い。サングラスを持ってくれば良かった。ろくに荷物を持たないで来たことを後悔した。

 二度目の道は地図を見なくても着いた。階段を登っていくと、ドアに挟んだ置き手紙がそのままの形で残されていることを見てがっかりした。部屋に戻っていないようだ。本当にここに住んでいるのか疑わしくなってきた。しばらくドアの前や玄関でうろうろしていた。隣のコンビニに入って、賞品を興味本位で眺めながら誰かが建物に入るところを待っていたが、あまりにも人通りがないのですぐに辛抱が切れた。こうなったらあちこち見て回ってやろうと、ソウル市内のガイドブックを買った。よく考えれば、両替したウォンをほとんど使っていない。どうせならもう少し楽しんでも良いのではないだろうかと思い始めた。

 通りの向こうには大きなビルがいくつか見える。スマートフォンの地図の位置情報とガイドブックと照らし合わせれば、東大門という繁華街のようだ。買い物をする気はないので、そりあえずその門まで歩いてみることにした。大通りを真っすぐ行けばすぐだ。歩き始めるとけっこう距離があることに気がついた。しかし意地になって歩いていると、突然目の前に大きな門が現れた。

「あ、これか」

 ぐるっと横に回るように道に沿って歩き、見上げた。門だけだ。その奥に何があるわけでもないようなので、それより先へ近づく気にはならず、まぁいいかと身を翻した。せっかくなので、ひとつ通りを外れて裏道を戻ることにした。そこは思ったよりも入り組んだ道が続いていた。少し歩いて行くと、小さな店がひしめき合っている。

 東京で言えば、下町の、上野や御徒町のような。いや、そこまで商売っ気にあふれているわけでも、観光地化しているわけでもない。地元の人達がぶらぶらと店先を眺めて歩く、東京にもほんの小さなころにはよく見られた商店街だ。

 懐かしい記憶が蘇ってきて、いろいろ見て歩くことにした。

 金魚の水槽が並ぶ通り、インコなどのいる鳥かごが並ぶ通り、色とりどりの玩具が並ぶ玩具が並ぶ玩具屋、ずらりときつね色に膨らんだパンの並ぶパン屋。

 フルーツジュースを売っている店があり、勇気を出して買ってみることにした。財布の中には空港で両替した札しかないので、看板に書かれたメニューに一番近い数字のものを出して、ひとつ指を立ててみた。

「ひとつください」

 店主はなにか言ったがわからなかったけれど、おそらく味を聞かれたのだろうと思い、並べられた見本を指さした。いちごのフレッシュジュースだ。日本には道端のどこでも売られているものじゃないので珍しい。

 店主はわかったというように肯いて、希望通りにいちごをジューサーに入れて砕き始めた。

「どうも」

 笑顔を浮かべ、会釈をして受け取った。

 早速口をつけてみると甘酸っぱくてとても美味しい。

 晴れた空の下で急に開放感に満ち足りた。

 あぁもしかして、煤田の奴も、こんなふうな気持ちになってすべてを投げ出したくなったのだろうか。あいつのことだから、他人の迷惑も考えず……。

 そこまで考えて、やはり常識人の佳は我に返る。

「帰ろう」

 ホテルに向かって歩き出した。元来た方向に歩いて行く、が間違っているような気がして、スマートフォンを何度も確かめた。ガイドブックとスマートフォンの地図が食い違っているように見える。GPSに従って歩いているつもりだったのだが。

「うわ、間違った」

 見覚えのない通りに出て、確信を持った。

 きっと電波がおかしいのだ。そういうこともあるだろう。スマートフォンに逆らって、逆の方向へ歩き出した。見覚えのある店が続く。しかしかなり歩いたところで、さっきの門が目の前に現れて絶望的になった。

 うわ、完全に迷ってしまった。

 立ち止まってガイドブックとにらめっこをする。これは理解してあるかないと体力を消耗するだけだ。

「あ、すみません」

 誰かとぶつかったので、つい軽く謝った。

 相手がそのあま動かないので何かと顔を上げると、人相の悪い派手なシャツを着た、人相の悪い男が怒りの形相で見下ろしていた。

「シッバラマァ!」

 意味はわからなくても罵倒されたことは伝わった。

「!」

 言葉を交わさなくても、国が違っても判る。

 これは、カタギではない、恐い人だ。

「すみません」

 佳は必死で謝って逃げ出した。しかし相手は何事か罵る言葉を投げつけ、追いかけてくる。

「うそだろ?」

 人混みの中を追いかけられて、人の間をすり抜けながら必死で逃げまわった。

まだ着いてくる。どっかの店に入ろう。えーと。

 小走りに歩きながら、ずっと昔、つきあいかけた女の子が二股をかけていて、もう一人の男と鉢合わせをして逃げまわった時のことを急に思い出した。あの時もこんなふうに雑踏の中をすり抜けて、どうやって逃げ切ったんだっけ?

 記憶を辿り、目の前のカフェの二階にベランダがあるのを見てさっと入り込んだ。カウンターを通りすぎて二階の階段に駆け上がる。追いかけてきた男は、ドアを開けたが、その場で姿が見当たらないとすぐに出て行った。昔と同じ手がうまく行った。

 佳は階段の手すりによりかかり、息をついた。すっかり汗だくになってしまった。喉も乾いた。一階から不審そうに見上げている店員の視線を受け止め、階段を下りてカウンターへ行き、メニューを指さしてアイスコーヒーを注文した。

 コーヒーを受け取ると、二階席に戻ってゆっくり落ち着くことにした。がらんと席はほとんど合いていたが、ひとつだけ窓際の席が埋まっていた。

「あれ?」

 見覚えがある。朝、ラウンジでフルーツを食べていた人だ。

 同じ帽子をかぶり、両手でカップを持ってじっとカップを持ち、ストローに口をつけている。立ったままじっと見てしまっていたので、彼も気づいて顔を上げた。

「あの、朝の」

 思わず話しかけると、彼はとても驚いて目を丸くした。元々丸く大きい黒目がこぼれおちそうだ。佳は一瞬その目に見とれ、すぐに気がついた。

「あっ、すみません。えー、アンニョンハセヨ」

 日本語で話をしてもわからないのだろう。しかしそれだけではなく、狼狽えているように見えた。

「あっそうだ、ホテル!」

 彼と一緒なら、元いたホテルの場所がわかるのだ。

「ホテル! 同じ! 帰りますか?」

 窓の外を指さすと、通じたのか彼は何度も肯いた。

 立ち上がったので本当にわかってくれたようだ。コーヒーを飲んでいる最中に申し訳ないなと思ったが、彼はカップを持ったまま階段を降りていくので一緒に降りた。店の外へ出るときは、さっきの男がいないかそうっとドアをあけて出たので、彼はとても不思議そうにしていた。

 しかし歩き出すと、コーヒーを飲みながら散歩でもするように歩き出し、びっくりするくらいすぐにホテルについた。店の裏側がホテルだった。

「えっ、まじで。あ、あの、カムサ……」

 ろくにお礼も言えない佳に、彼は何か言いたそうだった。 彼は少し考え、携帯電話を取り出した。佳に向かって待っているように指先でちょんちょんと肩を突付く。

「誰に?」

 聞くと、彼は少し笑みを浮かべて、電話を差し出した。

「えっ?」

 わけもわからず受け取り、耳に当てる。

「こんにちは」

 柔らかい日本語が聞こえてきてびっくりした。

「えっ?日本人ですか?」

「違います。でも少し話せることが出来ます。あなたは誰だとおじさんが聞いています」

「おじさん?」

「私の叔父さんです。私の妻の兄です」

「あぁ……」

 親戚ということか、と佳はようやく理解した。日本語のわかる人を呼んでくれたのだ。彼はにこにこして見ているので、佳は安心して話しだした。

「あ、私は、仕事で同じホテルに止まっています。道に迷っていたところをあなたのおじさんに助けてもらいました」

「あぁそうですか。他に困っていることはありませんか?」

「え」

「おじさんが、心配だから話を聞いてくれって」

「あ、はぁ。実は、人を探しています」

「人を? 韓国人ですか?」

「いいえ。でも韓国でいなくなりました」

 電話の向こうで息を詰めるのが伝わってきた。重大な事件だと思ったのだろう。

「今ホテルにいますよね? すぐ行きますから、待っていてください。あ、もう一度おじさんと話をします」

「あっはい!」

 佳は慌てて電話をサンミンに差し出した。受け取ったサンミンはぼそぼそと何か離した後通話を切った。そしてさっさと歩き出してしまう。

「えっ」

 驚いてついていくと、朝食を食べたラウンジに戻った。

「コピ、タシ」

「あ、コーヒー? はい!」

 もう一杯飲むかということだと理解して、ソファに座り、今度は二人共ホットコーヒーを注文した。運ばれてくるまでの間、佳はたずねる。

「あの、お名前は……。マイネームイズ、ケイ」

「ピョン・サンミン」

 ぼそっと彼は言った。

「サンミンさん! ですね」

 親切な彼の名前をようやく知ることが出来た。少し話が通じると嬉しい。しかしサンミンは元々口数の少ない人なのではないかと思えた。両手でカップを持って黙って飲んでいるが、喋らないことが苦痛ではない。

 カップを口に持って行って背中を丸める姿は、やっぱり森の動物みたいだ。大きな目がおどおどと動きまわる。佳と目が合うとはっとして目をそらす。

 この人こんなんでよく生きてこれたなぁと佳は感心した。これは言葉が通じていたとしても対人関係が苦手そうだ。

 何してる人なんだろ。ここには旅行で泊まっているのだろうか。見たところ一人だけれど。もしかしてホテルで暮らしている富豪だったりするのだろうか。身なりは着古した服でそうはとても見えないけれど。

 次々と疑問が沸き上がってきて溢れそうになったところに、息を切らしてふくよかな男がやって来た。

「あー、いましたね」

「こんにちは、キム・ヘジンです」

「あっはじめまして。わざわざ来ていただいて、すみません」

 それからは佳とサンミンの発言を逐一ヘジンが訳してくれた。イントネーションに多少違和感があるくらいで、あまりにも日本語がうまいので尋ねると、大学で日本語を勉強していたという。

「ちょうど休日で寝ていたので、役に立つ事ができて良かったです。それで、いなくなった人、というのは?」

 佳はもう一度最初から、自分が日本の会社の人事で働いていること、韓国出張中の同期が帰ってこなかったこと、滞在しているアパートを尋ねたが会えないということを説明した。佳の話ぶりから、事件性は薄いということを汲みとったヘジンは胸を撫で下ろしたが、それでも深刻な表情は変わらない。

「それは大変でしたね。私達で出来ることがあったら、手伝います。そのアパートに一緒に行ってみましょうか」

「えっ、いえ、そんな」

 慌てて首を振るが、サンミンのほうは頷いていた。

 なぜそんなに親切にされるのかわからなくて狼狽える。

「おじさんの頼みですから。僕はおじさんには昔から恩がたくさんあるけど、普段何も恩返しできないので、こんなふうに頼まれることがあって嬉しいんです」

「はぁ。失礼ですが……彼はホテル住まいなんですか?」

「いえ、今は出版社に閉じ込められているだけでしょう。彼は、小説を書いています」

「そうなんですか!」

 ようやく彼の正体が判明した。

 言われてみれば納得が言った。浮世離れして見えるのはそういうことか、と。キムは今の会話を本人に説明すると、彼はぼそっと言った。

「家は、ソウル市内にありますよ」

 彼は恥ずかしそうに苦笑した。彼の言いたいことがヘジンのおかげで正確にわかるようになって佳は有り難く感じる。こんなに内気な彼がいったい何を書いているのか佳の好奇心がくすぐられた。社会派の小説であればいかにもという気がするが、意外に恋愛小説であっても面白い。

 そんなことを考えていたせいか、ヘジンが言った。

「実は、最初にいなくなった人を探していると電話で聞いた時は、恋人を探しに来たのかと思いました」

「はは、とんでもない」

 佳は思わず吹き出した。確かに、異国へ人探しというならそんなロマンチックな理由のほうがしっくり来るような気がした。

「でも、佳さんはとても女の人にモテそうですから。韓国人の女の人にも人気ありそうですよ」

「まさか」

 佳は肩を竦めた。

「全然ですよ。結婚どころか恋人も出来ないし」

「えーそうなんですか」

 ヘジンは大袈裟に驚いてみせる。大学から二十代の頃はそれなりに何人かつきあったが、一緒にグアムに行くはずだった前の恋人と別れてからは縁が途切れてしまった。仕事が忙しいから、と言い訳をして努力もしていないからだろう。 元々、そんなに他人に対して熱意がわかないことが原因で、今までの恋人とも別れてきた。最初だけは理想の高い相手を手に入れることには熱心になるのだが、つきあってからその後が続かない。それは、前の恋人にはっきりと指摘されたことだった。佳という人間は親しい人間に対してさえ冷淡で執着がないと言われ、自分でも納得してしまった。つまり、薄情なのだ。残念ながら。

実際、今は同級生や同期は次々結婚していくので置いて行かれるような寂しさはあるものの、一人で暮らしているのが気楽で、今後も独身生活を抜けられる気がしない。薄情で結構だと開き直っていた。

「まぁおじさんも独身ですけどね」

 ヘジンがサンミンに気付かれないようこっそり付け加えたので、佳も静かに驚いた。

「そうなんですか」

 驚きながら、同時に納得もしていた。妻子がいるような落ち着きも、堂々とした態度もない。それに加えて、女性の匂いが感じられない。

 なんというか、浮世離れして……。

 ぼんやりとサンミンにふさわしい表現を探していたところ、ヘジンが体型に似合わず敏捷に立ち上がった。

 「それじゃあ、みんなでその人の滞在しているアパートに言ってみましょうか。まわりの人に聞けば、何かわかるかもしれません」

「えっ、でも」

「時間はあるから大丈夫ですよ」

「本当ですか? いやでも、サンミンさんの締切は!」

 そう言うと、サンミンは眉を下げて笑った。

「見逃してください。私も少し散歩がしたい、だそうです」

 ヘジンはサンミンの呟きを通訳した。

「さっきもホテルを抜けだして近くのカフェでさぼっていたところを見つかったから驚いたんですって」

「あぁ、それで」

 話しかけていた時慌てていたのはそのせいか。照れ笑いする彼に、笑いかけた。

 それから三人でもう一度煤田の借りているアパートへ行った。やはり置き手紙はそのままだったが、ヘジンが隣の部屋をノックして、他の住民に訪ねてくれた。確かに日本人の男を見かけたという。しかし今週は見かけていないという。

 隣のコンビニエンスストアの店員にも訪ねてくれたが、結局何の情報も得られず、思わずうなだれた佳に、二人はいっそう同情した。

「せっかくここまで来て、収穫もなく帰るのも気の毒だから、おじさんが食事をごちそうしてあげると言っています。どうしましょう?」

「えっ! そんな、こちらがお礼をしなきゃいけないのに!」

「いえいえ、私も、残念な心だけで帰ってしまったら悲しいです。美味しいものを食べましょう。でもたいした店は知りませんが、だそうです」

 あまりに親切にされるので、騙されているのではないかと不安になる。けれど彼らの顔を見ているととてもそんな悪いようには思えず、もし万が一何か裏切られたとしても奪われるほどの何も持っていないし、今楽しいと思っているならいい、と腹をくくった。

 彼らが連れて行ってくれたのは、街の居酒屋だった。

 まわりは韓国人のサラリーマンや家族連れ。観光客らしき姿は一切ない。テーブルの上には、全体的に赤い色の小皿と、鍋、それから緑の瓶が並んでいた。

 緑の瓶は焼酎だ。ヘジンが焼酎を頼んでくれたが、サンミンはお茶を飲んでいたので不思議に思った。

「私はお酒が全く飲めません」

「えぇーそうなんですか」

 少し残念に思った佳は、酔った彼を見てみたいと思っていた自分に気がついて、驚いた。

 そうなると、自分もそれほど酔うわけにいかず、そもそも明日帰るのだからちびちびと口をつけて、山ほど皿を並べられた料理のほうを味わった。辛いものも辛くないものも、美味しい物も口に合わないものもあり、食べてみても食材がよくわからないものについて尋ねたりした。今まで韓国料理の店に入ったこともあったはずだが、そういうものは日本人好みに合わせてあるのか、この店での食事はすべて初めてに等しい体験だった。

 サンミンは相変わらず穏やかな笑顔を浮かべ、もそもそと食べているので、主にヘジンと佳が会話をしていた。ヘジンは一年間日本に留学をしたことがあるらしく、懐かしい日本の話を聞きたかったようだ。

「大阪ですか。大阪は、俺もたまに行くくらいなんですけど、ヘジンさんはどのへんに住んでいたんですか?」

「私は、大学の寮に住んでいました」

「へぇー、それは楽しかったでしょう」

「そうですね、たくさん仲間から教わりましたよ。良いことも、悪いことも」

 いたずらっぽく笑う。ヘジンは勉強を続けたくて大学院を出た後も研究に残っていたが、就職していない身でサンミンさんの妹と結婚しようとして親に反対された時、サンミンさんが間をとりなしてくれたおかげで認められたそうだ。それが恩があるということのひとつらしい。やはりサンミンは元々、世話を焼く体質のようだと佳は納得した。

 ヘジンの話の間に佳は、昨日から疑問に思っていたことをいくつか質問した。道に迷った話をすると、とにかくタクシーに乗れと言われた。そうか、次はそうしなければ、といつのまにか次また来るような調子で話をしていた。

「今度は、観光で来てください」

 ヘジンは言った。

「そうですね。そうしたいです」

 この二日間で佳がまわった場所は、この国のほんのわずかな一部なのだろう。それでも、なんだか楽しかった。

 思いもよらない場所に来て、思いもよらない人たちと出会えて、理不尽な仕事をしていた気分が晴れた。

 気がついたら次から次へ酒を注ごうとするヘジンを慌てて佳が止めようとすると、

「明日、空港まで送りますよ」

と、彼は言った。

「えぇ? そこまでしていただかなくても」

「おじさんが、そうしろって」

 ヘジンは事も無げに言った。

 サンミンはにこにこと黙っている。

「本当に……」

 ありがとうございます、と佳は頭を下げた。ここに来て何度お礼を言ったか数えきれない。

 結局、強かに酔っ払った佳は、ホテルに戻り、またすっかり熟睡してしまった。翌日フロントからの電話で起こされ、慌てて飛び起きた。ロビーでサンミンに会った。今日は帽子をかぶっていなくて、ふわふわした黒髪が額に下りていた。

「アンニョンハセヨ」

朝の挨拶と共に促されてエントランスの外に出るとヘジンが車で待っていてくれた。

そこから空港まで三十分程度。とくに喋ることもなく、天気や道路状況の話をぽつぽつしながら、ただ過ぎていく時間を惜しんでいた。

「何から何までご親切にありがとうございました」

 お礼を言って、名刺を二枚出すと、それぞれに自分のプライベートの電話番号とメールアドレスを書き込んだ。

 ヘジンは自分の手帳を出そうとしてサンミンのほうをちらりと見ると、「ちょっと待ってください」と言って近くにあった本屋に駆け込むとすぐに戻ってきた。

「はい、おじさんはこれに書いて」

 そのようなことを言ったのだろう。ペンと一緒に買ってきた本を渡されてて、サンミンは動揺を浮かべた。何かヘジンに対して文句を言ったが、不思議そうに見ている佳に気づくと、諦めて裏表紙をめくり、内側に電話番号とメールアドレスを書く。ちょっとした重みのある厚さのハードカバーで、雪の降る山の写真があしらわれた装丁の本だ。。

 一足先にヘジンは自分の連絡先を書き終えたメモを佳に渡しながら、「あれはおじさんの書いた本です」と説明した。あぁだからサンミンは照れて困惑しているのか。

「……かわいいなぁ」

 思わず呟いてしまい、ヘジンは驚いて佳を見つめた。

「あっ」

 佳はごにょごにょと口元を隠してごまかした。

 そうだ、ずっとサンミンに対して湧き上がっていた感覚が浮かび上がってきた。かわいいのだ、この人は。年上の、不器用な男だというのに。

 何も気づかないサンミンは恥ずかしそうに連絡先を書き終えた本を佳に向かって差し出した。

「ありがとうございます。また連絡します!」

 さっと本を鞄にしまうと、どさくさに紛れて、サンミンの両手をぎゅっと両手で握った。サンミンは一瞬驚いて目を瞬かせ、身を縮めたものの、逆にしっかりと握り返してくれた。その手はふにゃふにゃと柔らかくて温かい。ずっと握っていたかったけれど心の中では振り切るように、そっと離した。

 お辞儀をして、背を向けた。

 来るときはあんなに憂鬱だったのに、帰りはこんなにこの地が離れがたい。

 搭乗手続きを済ませ、ゲートの前まで着いてソファに座った。バッグのポケットに入れた本を取り出す。彼の書いた本だと言われても、中を開いても並んでいる文字は何も読めない。


何の成果も上げられず東京へ戻ってきた佳だが、誰からも責められることはなかった。

「行ってまで探したってことが大事なんだよ。誠意だ、誠意」

 船津部長はそう言い放ち、常務や営業部長との会議に臨んだ。その背中を見ながら、広瀬は佳にたずねた。

「どうでした? 初めての海外は」

「うーん、なんていうか、あっという間でした」

 佳は答えた。どこかぼんやりして遠くを見つめる彼を、八木は不思議そうに見上げた。

「大丈夫ですか? 変な風邪でももらってきました?」

「え、いや、大丈夫」

 確かに、東京に戻ってから佳は熱にうかされたようにぼうっとしていたが風邪ではない。なにか物足りなく、そわそわして、ぼうっとして、しまいには胸が痛くなるのだ。

 仕事は翌日の朝からすぐに通常業務に戻っているのだが、溜まっていたメールを片付けるには数日かかりそうだった。ひたすら返信を繰り返しているうちに、会議から戻ってきた部長が告げたのは、煤田は残っていた有給日数分後は無断欠勤として扱い、戻ってきたら処分を考えるということだった。そんなもんだろうと佳は予想していたので、なんの感慨もなく、そうですかと答えた。あまりに反応が薄いので部長も首を傾げたほどであった。

 しかし佳にとって、煤田のことなどもはやどうでもよいことだった。あいつのふてぶてしい顔など思い出したくもない。そんなことよりも……。

「ううう、うぐっ」

 PCの前で時々唸り声を上げて頭をかきむしる姿に、まわりの同僚たちはたびたびぎょっとさせられた。

 湧き上がる後悔に、呻かずにはいられなかった。佳はこれまであまり過去を振り返ってくよくよすることのないタイプだと自分のことを認識していたのだが、東京に戻ってからは後悔ばかりすることになった。

もっと早く声をかけていればよかった。もっといろいろ聞き出しておけばよかった。写真の一枚でも取っておけば良かった。何度頭の中でシミュレーションをしてみても、結果は同じなのだが、悔やまずにはいられなかった。

 それほど、あの人のことが佳の頭から離れない。

 物足りないのは、彼がいないからだ。

 鞄の中にいつも本を入れて持ち歩いた。昼休みなどに取り出して頁をめくってみるが、記号の羅列に見えて何が書いてあるのかわからない。タイトルの下の名前と、表紙の裏に書き込まれた手描きのメールアドレスを指でなぞる。

 まだメールは返していない。ただ、つたない英語でお礼を書くだけでは、また後悔する気がしているからだ。

 しかしこのまま何もしなければ、ただ日数がたって、彼は偶然であって食事を奢った日本人のことなど忘れてしまうだろう。佳のほうは逆に、日が経つにつれて、後悔と焦りが膨らんでいるというのに。

 悩みに悩んだ末、大学のバレー部のときからつきあいの続いている後輩である村田康彦を仕事帰りに呼び出した。村田は逞しいが引き締まった体つきの、いつまでも垢抜けない、気の良い良さそうな顔をした男だ。昔、かわいいけれど性悪な女に弄ばれて自暴自棄になった時期に慰め続けて以来、すっかり佳はなつかれている。週末はたまに飲む間柄なのでいつもの飲みの話だろうと思って最寄り駅まで出てきた彼に、佳は店にも入らず切り出した。

「おまえさ、たしか、韓国人の友達がいたよな?」

「え、あぁ、パクさんのことっすか?」

「……紹介してくれないか」

「えっ、なんで?」

 村田はぎょっとして佳の意図を探るように見た。

「ええと、この本についてちょっと教えて欲しいんだ」

 佳は、サンミンさんの小説を出して見せる。

「韓国語の本なんだよ、全然読めないから……その人、おまえと友達ってことは、日本語も話せるんだろ?」

「はぁ」

 佳の話に村田は要領を得ないとばかりにため息をついた。昔の名残で敬語は残っているが、完全に上下関係は長年のつきあいの中で摩耗してしまった間柄だ。呆れたような目を隠さない。

「ちょっと待ってください、今連絡してみます」

 そう言ってスマートフォンに向かってテキストを打ちながら、話を続ける。

「読めないのに、なんでそんな本持ってるんですか」

「仕事で韓国に行ってきたんだよ。それでいろいろあって」

「へぇ。あ、返事来ました。」

 村田はしばらくテキストでチャットをしていたが、どんなやりとりをしたのかわからないが、彼は通話ボタンを押して誰かと話し始めた。

「はい、そうなんです。え、今から?」

 村田は慌てて佳のほうを見た。

「遊びに来ればって言ってくれたんですけど」

「これから?」

「そういう人なんですよ」

 村田は苦笑して言った。

「自由っていうか。あ、先輩よりもひとつ年上ですよ。若く見えるけど」

「そうなんだ」

 パクの住んでいるところまで移動する電車の中で、村田は佳に説明した。

「パクさんは、仲良二郎って名前で漫画描いてるんですよ。知ってます?」

「あぁ? えー、悪い、知らない」

「俺も単に飲み仲間だったから知り合ってからしばらく知らなかったんですけど、漫画は知ってたんですよ。むしろファンみたいな? それで、仲良くなったんです」

「あぁ、なるほど」

「そういう職業のせいか、いろいろめちゃくちゃなんですよね。いや、元からかもしれないっすけど。とにかくすっごいオタクなんですよ。日本文化おたく。俺より日本のことに詳しいっすもん」

「へぇー」

「最初に韓国人って知ったときはすごいびっくりして、なかなか信じられないくらい、日本語がうまくて。言われないとわからないですよ。感覚とかも、違和感なかったし」

「ふぅん、そういうもんか」

パクについていろいろ聞いている間に、目的の駅に着いた。ごちゃごちゃした駅前を抜けて着いたのは、ファミリータイプのマンションだった。

「お邪魔しまーす」

 村田がエントランスで手を振ると、どうぞと低い声が聞こえて扉が開いた。奥の棟のエレヴェータから最上階まで上がる。そこが仲良二郎という漫画家の自宅兼職場だった。

「どうぞー」

 漫画家というからには中からボサボサ頭の顔色の悪い人物を想像していたが、実際にドアを開けたのは、とても華奢で、モスグリーンのVネックカーディガンを着たおしゃれな男だった。聞いていたとおり、若く見える。大学生だといってもおかしくないくらいの外見だった。垢抜けないサラリーマンの村田と友達づきあいしているほうがバランスが悪いくらいだった。

「あれ、一人ですか?」

 村田は、駅で買った土産のシュークリームを渡して言った。

「うん、今は切羽つまってる時期じゃないからね。この間に遊んでおきたいと思ってたし。あ、はじめまして」

 パクは佳の方を見た。

「はじめまして。突然すみません」

「いやー、全然いいですよ。村田の先輩ってのも話はよく聞いてたし、会ってみたかったんで」

「そうですか?」

 村田は不思議そうな顔をしたが、パクは言葉通りじろじろと佳を眺めた。

部屋の中に入って、佳は言った。

「きれいな部屋ですね」

「きれいにしないとアシスタントが来てくれないんだもん」

パクは、最初から知っていなければわからないほど日本人に見える。喋る言葉もイントネーションから何まで完璧だ。優雅な手つきでペットボトルのお茶をコップに注いで並べた。

「それで、どの本ですか?」

「これです」

 佳は両手で仰々しく本を差し出した。

「へぇ」

 パクはそれをぞんざいに受け取る。

「ご存じですか?」

「この本は知らないけど、この作者の名前は知ってる」

「えっほんとに?」

「最近、この人の作品がドラマになってヒットしたから」

「へぇぇ、じゃあ、どんな話なんですか?」

 彼は本をぱらぱらめくって目を通しながら答える。

「この本もそうだけど、歴史物の恋愛ドラマ」

「えっ! 恋愛! えっ! そういうの書くんだ」

「作者に会ったことあるの?」

「はい、実は、仕事で韓国へ行った時、親切にしてもらったんです。それでお礼がしたくて」

「どんな人?」

 パクの目が好奇心に輝いた。

「え、あ、……かわいい人です」

「へぇー」

 うっかり答えて、しまったと思った。パクは勘が良いのか、何か勘づいてニヤニヤ笑われた。

「でも、韓国にはそのくらい情に厚い人はたくさんいるよ。受け取っておけば、別にいいんじゃない?」

「良くないです!」

 佳はムキになって言い返す。

「ちゃんとお礼がしたいんです! 彼の仕事も知っておきたいし、それに出来たら好みとか聞き出したくて。いやおみやげに欲しい物とかの好みの話ですよ」

「あぁそう。とりあえずさ、便利なものがあるんだし、翻訳サイト使えば? ほら、こういうの」

 パクは自分のスマートフォンを出して画面を見せた。

「あっ」

「ついでに、ハングルのキーボード入れればいいんだよ」

 するすると操作して見せる。

「あぁ、なるほど。そっか」

 感心する佳に、パクは村田に向かって首を傾げる。

「おまえの先輩は少しアレなの?」

「ちょっと」

 口の悪いパクに村田は慌てたが、佳は気にせずに早速自分のスマートフォンに翻訳アプリとハングルキーボードをインストールし始めた。その様子を眺めながらパクは聞く。

「ピョン・サンミン先生っていくつくらいの人?」

「僕よりはだいぶ上です。四十すぎくらい」

「へぇ、それじゃ結婚してるんじゃないの?」

「いやしてないそうです」

 きっぱり答える佳に、パクは言う。

「その年で独身ってけっこう訳ありな気がするな。日本より風当たりが厳しいからね」

「そうなんですか」

 佳は首を傾げた。彼のぼんやりした感じを思い出すと、単純に恋愛に疎いだけのような気がするが、深い理由でもあるのだろうか。

「訳ありって?」

 村田は理由が思い当たらないというように二人の顔を見比べた。それを無視してパクは「まぁわからないけど」と続けた。

「とりあえず、ネット使ってコミュニケーションしてみたら?」

 パクは言った。

「はぁ、そうですよね」

 佳は真面目に肯く。

「隣の国なんだから気軽に行けばいいんだよ。国内旅行とたいして変わらないじゃん。俺なんか思いついたら実家帰ってるよ。編集者は慌てるけど」

「はぁ。なんか、相談まで聞いてもらって、ありがとうございます」

「いいけどさ、進展したら報告してよ」

「あっ、はい」

 パクはにやにやして佳を見ていた。やはり見透かされているらしく、佳は恥ずかしくなった。全く察していないのは村田だけだ。

 その後は、酒瓶を開け、部屋の中で飲み会になった。パクは大画面のTVでアニメを流し、日本の古いアニメがいかに素晴らしいかを語っていた。意外なことにパクはオタクといっても少女漫画が好きだった。書いている漫画も、とてもかわいらしい絵柄で、かなりセクシーな、成人指定じゃないのかと疑うような内容だった。この漫画のファンだと村田がさらっと言っていたことに今更ながら佳は驚いた。

「パクさんは、日本の大学に留学しながら、漫画家のアシスタントして、デビューしたんですよ。すごい努力家なんですよ。リスペクトっすよ」

 酔っ払って村田は本人を前に語っていた。あまりの心酔っぷりに佳は心配になった。村田は素直といえば聞こえがいいが、逆に言えば単純なのだ。昔の女に傷つけられて以来、ひどい女嫌いになっている。そのかわり佳や男友達に対してはとてもつきあいが良い。情が厚いぶん、裏切られた時の反動が気がかりだ。

 村田の熱のこもった話を聞きながら、佳はずっとメールの返信がいつ来るか気になっていた。そんなにすぐ返ってくるものではないだろうと思ってはいても、そわそわした。

 結局その日は終電に間に合う時間にパクの家を後にした。駅までの道のりの間、村田はためらいがちに、しかし酔った勢いで、ぽつぽつと話をした。

「実は、俺、パクさんと知り合ったばかりのとき、知らないで韓国人の悪口言っちゃったんです。マスコミやネットにあるような、よくある悪口を真に受けて、あの国の奴らは悪い奴らなんだろって。そしたら」

「そしたら?」

「いきなり胸ぐら摑まれて、俺に向かって言ってるのかって言われて……驚きました。ショックで……」

「そうだったのか」

「俺は、こんなすごい人に、なんてひどいことを言ったんだろうって……」

「でも、今仲良くしてるってことは許してくれたんだろ?」

「はい! だから、本当にすごい人なんです!」

 村田はおもいっきり破顔した。憧れと尊敬の入り混じった表情だった。

「それに、あの時のパクさんの怒った顔があんまり綺麗で忘れられないんです」

 村田が最後にぼそっと付け加えたことに佳はさらに心配になった。しかし深く考えるのはやめておこうと思った。

家に着いてから、寝る前に落ち着いて教えてもらったとおり、日本語で書いたお礼の文章を翻訳して貼り付けたメールを送った。

 土曜日の朝はひたすら眠って、目がさめたのは夕方の四時頃だった。そこから一週間分の洗濯をしていると、干し終わったところで返信が来た。

 韓国語で帰ってきたメールを、また翻訳して読む。ところどころ意味のわからないところは、推測して補完すればだいたいわかる。

『メールを送ってくれてありがとう。私は仕事を終えて、ホテルから自宅へ戻りました』

「また、すぐにそちらへ行くかもしれません。そうしたら、また、会ってもらえますか? 前回のお礼に、おみやげを持っていきます。」

『大変ですね。もちろんです。いつでも待っています』

 また仕事だと思われたようだが、そこは曖昧に答えておくことにした。

「確かめたいことがあるので、近いうちに行きます。日程が決まったら、お知らせします」

 佳はすぐに仕事を調整して一日有給を取り、土日と合わせて二泊三日で休みを取った。今度は自分で航空券を予約し、ホテルは同じところを予約した。

 仕事から帰って、準備をする。今度は土産くらい持って行こうと思い、何が良いかメールで尋ねた。すると意外なことに、日本の漫画が欲しいと言われた。なるほど、漫画なら見るだけでもわかるのだろう、と納得して、佳は最近人気のある漫画シリーズをまとめて買っていくことにした。

 今は熱病みたいに浮かれているけれど、もう一度会ってみたら勘違いかどうかわかるだろう。

 二度目の渡韓はやはり緊張でドキドキした。一度目の時とは意味が違う。あんなに憂鬱ではないが、同じくらい不安な気持ちで、リムジンバスに乗って、前回と同じホテルの場所で降りた。その日は夜だったので、ホテルの部屋に一旦入って荷物を置くと、そのまわりをうろついた。昔ながらのパン屋で残り物のドーナツを買った。家庭で作ったような、油でべちゃべちゃの代物だったが空腹には美味しく感じられた。もうひとつ、屋台で売っていたフランクフルトを食べた。それは日本で食べるものと変わらなかった。お祭りの夜に一人で歩いているような浮かれた気分になった。コンビニでビールを買ってホテルに戻った。シャワーを浴びて、ビールを空けた。勢いだけで来てしまったことを実感した。

 引力みたいだ、と佳は思った。

 自分の足元とは別のところにある力に海を越えて引っ張られて、戻ってきてしまった。

 謎の引力に包まれた体は終始フワフワと浮いていて、その日はTVを見ながらいつのまにか眠ってしまった。

 翌朝、朝食を終えて部屋に戻って身支度をしていると、スマートフォンが震えた。メールが届いていた。慌てて必要なものだけ持ってロビーへ降りる。

 フロントの前で、ヘジンとサンミンが待っていた。

「また会えてうれしいです」

二人共、前と変わらず隣国の友人が訪れたように歓待してくれた。土産の菓子は二人に渡したが、サンミンに持ってきた漫画は重いので、佳が持っていることにした。

 サンミンは帽子をかぶっていなかった。そのほうがよく顔が見えて嬉しい、と佳は内心で喜んだ。二週間ぶりに会った彼は、前に会った印象のまま、何度も思い出した通りだった。相変わらず地味で着古した服装をしていて、真っ白な肌や大きな黒目は、年上とは思えないほどたよりなく、はかなく見えた。

「どこか行きたいところはありますか?」

 ヘジンに尋ねられたが、佳は全く考えていなかったので頭が真っ白になった。

「特に……ええと、あなたがたがいつも行く場所に行きたい。このあいだのカフェみたいな」

 ヘジンとサンミンは顔を見合わせた。

 何事が相談すると、ヘジンは言う。

「おじさんの家の近くに有名な公園があります。僕も好きな場所なので、行きましょう。そのあたりに、美味しい冷麺のお店もあります。有名です」

「いいですね!」

 三人はタクシーで移動した。ホテルからそれほど離れていないところで降りた。

「ここは、景色が良くてとても有名です。春には桜がきれいに咲きます」

 周囲をだいたい一周して、ベンチに座って一休みしてから、近くの冷麺の店へ移動した。

「ここの冷麺のスープは昔ながらの方法でだしを丁寧にとっていて、とても美味しくて人気があります」

「本当だ。うわ、うまい」

 佳は一口スープを飲んで感嘆の声を上げた。澄んだスープはしっかりと牛肉の味がして、上品な甘さがあり、感動するほど美味しかった。店を出て彼らは空を見上げた。

「空が暗くなってきましたね」

「あぁ、降りそうですね」

 さっきまで晴れていたのに、黒い雲が早い速度で流れ、日が陰ってきた。

「あの、僕はそろそろ帰らなきゃならないのですが、大丈夫ですか?」

「えっ、あっ、はい」

 通訳してくれる人物がいなくなってしまうのは残念だが、それでもお互い慣れてきたので、身振り手振りや翻訳アプリを使ってなんとかなるような気がした。確かめるように佳はサンミンを見ると、彼も肯いていた。

「またお世話になってしまって、ありがとうございました」

「では、帰るまで楽しんでください」

 手を振って、ヘジンは帰っていった。彼の姿が見えなくなった瞬間に、ぽつっと水滴が顔についた。

「雨だ」

 ぽつり、ぽつりと雨が降ってきた。まだ急いで雨宿りする程度ではないが、どこかへ移ったほうが良いだろう。

「困ったな、傘を買わないと。それに、どこかへ入りましょう」

 身振り手振りで佳は言った。これから大雨になりそうな大粒の雨だった。

「どこか、コーヒーを飲みに行きませんか? コピ?」

 ちゃんと伝わったらしく、サンミンさんは肯いた。

「チョ、サシルン(あの、実は)……」

 そして、今までの中でも一番恥ずかしそうにサンミンが話し出した。慌てて佳がスマートフォンを差し出すと、ゆっくりとキーボードに打ち込んだ。

「私の家にはエスプレッソマシンがあります。それでコーヒーを入れるのが得意です。良かったら飲みに来ませんか?」

 佳は跳ね上がった心臓を慌てて抑えた。

「は、はい。それが良いです! 嬉しいです!」

 サンミンの家につれていってもらうことにした。歩いても行けるけれど、雨なのでバスに乗ることになった。

 運転の荒いバスの中で、翻訳アプリを介しながら会話をした。運転が荒いのは、バスに限らず、タクシーも、ソウルの車はこんなものだという。

 佳は気になっていたことをたずねた。

「一人でお住まいなんですよね?」

 サンミンはアプリに表示された文字を見てうなずいた。

「一人暮らしは長いんですか?」

 すると、彼は少し首を傾げた。

「そうですね。大学に入る時からずっと一人で暮らしています。あまり外に出ないので、時々妹やヘジンや、知り合いが様子を見に来てくれます。ほっておいたら死んでしまうと思われているのでしょう。そんなに年を取っていないのに。実際は山にこもったクマのようです」

 冗談だったようだが、翻訳しながらの会話ではニュアンスがわからず、笑うタイミングがずれる。

「そうですか、僕も同じくらい、東京に出て一人で住んでいますが、さみしいですね」

 と返した。すると、サンミンは驚いたように顔を上げて佳を見た。珍しいものを見るように。おかしなことを言っただろうか、と佳は不安になる。

「さみしいですか?」

 聞き返されたので答える。

「はい。一人でいるのって、強いから一人でいるわけではないです。むしろ、他人といると混乱してしまうことが多いから、一人でいたほうが心休まるんですけれど、やっぱりさみしいですね。たまに叫びだしたくなります」

 冗談で締めくくったつもりだが、やはりサンミンはじっと佳を見た。

「サンミンさんは、平気ですか?」

 尋ねられ、今度は首を横に振った。

「しようがないですから。私は、一人で生きられるほど強い、と今まで思っていました」

 そう言うと、彼はしばらく黙ってしまった。後ろ向きな話をしてしまったことを佳は後悔したがもう遅い。窓の外は小雨が降っている。しばらく黙って雨の雫を眺めていたサンミンだが、降りるバス停が近づいてくると、佳を振り向いて、笑顔を浮かべた。

 佳はほっとして、降りる準備をした。バス停からすぐのところ、三階建ての低層だがマンションに、彼は住んでいた。一人で暮らすにはじゅうぶんな広さだ。

 さすが作家なだけあって、壁一面に本が並んでいた。背表紙を見てもわからないけれど、几帳面に並んでいるのを見て性格が伺えるような気がした。

「興味がありますか? 見ても良いです」

 サンミンが言ってくれたので迷っているうちに、目についた大判の本を引き抜いた。写真集だ。それに、バンドデシネのたぐいもあった。おみやげに漫画が欲しいと言った意味がわかったような気がした。こういう視覚的なものからインスピレーションを受け取るのだろう。

 佳は手にとった数冊をテーブルの上に広げて見せてもらった。韓国の写真家の作品のようだ。写真なら、見てよくわかる。他の写真集も順番に見せてもらうことにした。

 その間にサンミンはエスプレッソを入れてくれた。得意というだけあって、その手つきは器用だった。真っ白で唇にあたる感触も良い陶器のカップにもこだわりのようなものが感じられた。その作業を佳はちらちらと盗み見ていた。

 コーヒーを飲みながら、写真集を眺める。

 横で、サンミンはお土産に持ってきた漫画を読み始めた。楽しそうにページをめくる。

コーヒーの香りに包まれた部屋の中で、窓の外から雨音とページをめくる音が交じり合う。雨は降り止まない。

時間を忘れるような心地よい空間は突然打ち破られた。ドアのほうでガタガタ音がしたかと思うと、来客を知らせるベルが鳴った。

「お?」

 サンミンは立ち上がり、玄関へ向かった。

 佳は黙って見ていると、入ってきたのはかなり背の高い男で、サンミンは嬉しそうに彼を迎えた。二人で何事か話しているが、佳にはわからない。ただ、仲が良さそうなことは伺えた。男は、部屋の中にいる佳の存在に気づいて、いぶかしげに見つめながらサンミンに尋ねた。おそらく、日本人の客人だとでも説明したのだろう。納得したような、そうでないような顔をして、男はサンミンと何事か喋った後、締めくくるように軽くハグをした。

「!?」

 見ていた佳はコーヒーを吹き出しそうになった。

 サンミンの背中に男が手をまわした瞬間、佳のほうを意味ありげな目で睨みつけたからだ。

 男が出て行くと、戻ってきたサンミンは手に袋を下げていた。嬉しそうに中を見せる。フライドチキンだった。

「あの人が持ってきたんですか?」

 指を指して尋ねると、サンミンは肯いた。

「フーイズザット?」

「チングイェヨ」

「チング?」

 友達で、近所に住んでいる男だとサンミンは説明した。

 男所帯に、近所の友達が差し入れするという感覚が普通なのかどうなのか佳にはわからなかった。少なくとも自分にはそんな相手はいない。確かにさっき、知り合いも様子を見に来ると言っていたのは、こういうことなのだろう。

 年齡もサンミンより少し若いだろう。それに何より、人目を引くくらいのハンサムな男だった。

 まさか、恋人ではないよな? 恋人だとしたら、黙って帰るなんてことはないだろう。でもあの佳を睨みつけた目つきは、ただの友達だと思えない。気があるだけか、それとも元カレなのか、関係が気になってしかたがなかったが聞く勇気はなかった。

「ペゴパヨ?」

 サンミンが腹に手を当てて言ったので、佳は理解して首を傾げた。

「そうですね、少し」

サンミンはテーブルの上にチキンを広げ、それから頭をかいてキッチンのほうへ向かい、棚の中からラーメンの袋をいくつか持ってきた。

「あとは、こんなものしかありませんが」

「ラーメンは好きです!」

 思わずそう言うと、彼は嬉しそうに微笑んで、キッチンに戻っていった。作ってくれるらしいとわかり、佳はそわそわと立ち上がった。

 慣れた手つきでお湯を沸かして器を用意する姿を、少し離れたところから眺める。

「いつも自分で料理しているんですか?」

 たずねると、サンミンは肯いた。

「作ります。でもラーメンが好きなのでラーメンが多いです」

 それは健康的に少し心配ではあるが、自分は外食ばかりなのでどちらがマシかわからない。男の一人暮らしはそんなものだろう。佳はサンミンの暮らしぶりにぐっと身近に感じた。

 チキンには手を付けずに待っていたが、ラーメンはすぐに出来上がった。

「どっちが良いですか?」

「うーん、こっちにします」

「辛いのは平気ですか?」

「好きです」

「そうですか。私はあまり好きではありません。このラーメンも野菜を入れて和らげて食べます」

「えっそうなんですか」

 韓国の人はみんな辛いものが好きだと思っていたので、可笑しくなって佳は笑った。

 サンミンも嬉しそうに笑って、箸を渡した。

 二人で向かい合ってチキンとラーメンを食べた。コーヒーばかり飲んでいたので、お腹が空いていて、あっという間にすべて平らげてしまった。

 皿を洗おうとした佳に、サンミンは止めたが、「日本では作ってもらった人が洗わなければなりません」と今作った慣習を言って、納得させた。サンミンはその間所在なさげにうろうろしていたが、諦めてソファに座った。

 洗い終わって手を拭いて戻った佳は、その隣に座った。

「すごい雨ですね」

 そう言うと、サンミンは窓の外を眺める。

「止むまで、ここにいていいですよ」

 やっぱり雨は好きだと思った。降り止まないで欲しいとすら思ってしまった。

 しかし、サンミンはただの親切心で言っているのだとしたら、自分は勘違いする一方だと怖くなる。

 でも、こんなふうに過ごしているのだから、彼も俺といたいと思ってくれているんじゃないか。

 どうしてもそう考えてしまうのを止められない。

 たまにふっと目があって微笑まれた。佳はそのまま手を伸ばして、引き寄せてしまいたい衝動に駆られる。

 さすがに、理性が働くけれども。

 そんなことをしたら、きっと驚かせて、怒らせて、悲しませてしまうだろうから。

「ここへ来て、確かめたいことは何だったんですか?」

「それは……」

 佳は覚悟を決めて言った。だめだ、限界だ。

「僕は、もう帰らなくてはなりません」

 突然切り出したので、サンミンは驚きつつ肯いた。少し残念そうに見えたのは気のせいなのだろうか。

 佳は立ち上がり、荷物を持って玄関の方へ歩き出した。

 サンミンはその後をついていく。靴を履いて、改めて向き合うと、佳は深々と頭を下げた。

「カムサハムニダ」

「アニエヨ」

 サンミンは笑った。

「ここに来て確かめたかったことは、しっかり分かりました」

「そうですか。それなら良かった」

「僕は、あなたが好きです」

 日本語で言ったので、サンミンはきょとんとした顔を浮かべている。

 それだけ言って帰るつもりだった。それ以上のことは考えていなくて、自分の一方的な思いに違いなかったから。

 しかし、サンミンは、まるで佳の告白の意味がわかったかのように動揺をうかべ、たよりない表情を浮かべたので、佳は抱きしめたい衝動を抑えることがとうとうできなくなり、両手で彼を抱きしめると吸い込まれるように唇にキスをした。

 ハッとして慌てて顔を離した。

 サンミンはまだきょとんとしていた。

「すみません! チェソンハムニダ! 本当に!」

 ようやく何をされたか気づいたサンミンは、みるみるうちに赤くなり、耳まで真っ赤になった。困ったような、怒ったような表情になり、佳を睨みつけた。

「チェソンハムニダ! チェソンハムニダ!」

 汗をかいて謝り続ける佳を両手でぐいと押し、目の前でドアをぴしゃりと締めた。

「あっ……」

 扉が閉じられて、佳は呆然とした。

 なんてことをしてしまったんだ。

 それからしばらくつったっていたけれど、ドアが再び空けられる気配はなく、佳はもう一度謝罪を口にして深々と頭を下げてその場を去った。

 雨は上がって青い空が見えていたけれど、何の慰めにもならかなった。

 ホテルに戻り、荷物をまとめて、ロビーでしばらく待ってリムジンバスに乗り、空港に向かった。バスの中で謝るだけのメールを入れた。

 許されると思ってしまった。あの時。一瞬。

 勘違いして、恩人にひどく無礼なことをしてしまった。

 頭がガンガンと響くように痛かった。胸の痛みはその比ではなく、苦しい。

 とぼとぼと空港に辿り着いた。さっさとこの場から消え去りたいと思った。飛行機の中でもじっと俯いていた。これから帰って、一晩寝て、明日の朝には出社だ。まともに仕事ができるだろうか。

 空港に着き、とぼとぼとモノレール乗り場に向かって歩いていた。韓国にいた間の出来事はやはり夢のようで、悪い目覚め方をした後の疲労感が続いていた。

 いや、全部ぶちこわしたのは自分だと佳は逃げ出したい事実を必死で受け止める。

 今すぐではなくても、もう一度。もう一度会いに行って、許してもらえるまで何でもしよう。

 そう心に決めて顔を上げると、危うく前を歩いていた男とぶつかった。

「すみません」

 咄嗟に謝って顔を上げる。男は迷惑そうに振り向いた。

「あ……」

 見たことある顔に一瞬呆然とした。

「煤田……?」

声をかけた瞬間、彼は幽霊でも見たような形相をした。その顔にあっけに取られていると、頭に強い衝撃を受けた。煤田の持っていた鞄で殴られたのだ。そのことを理解した瞬間には、佳はその場に転倒して意識を失った。


 悪い夢を見ていたような、息苦しさと不快感に、目が覚めた時、自分がどこにいるかわからなくて考え込んだ。起き上がろうとすると痛みが走った。

 看護婦が入ってきて、ここが病院だとわかった。

「あっ、佳! 起きたの?」

 ベッドサイドに両親がいたので驚いた。新潟の実家にいるはずの彼らが、深刻な顔をして佳を見つめている。母親に急かされて父親が看護師を呼んできた。

「深川さん、起きましたか? 名前、わかりますか?」

「え、あ、はぁ」

 名前を言って確認させられると続いて医師を呼ばれた。

「鼻を骨折しています」

「えっ」

 顔を厳重に手当されているのはそういうことかと佳は医師の話でやっと理解した。

「点滴に痛み止めを入れてあります。それでもそんなに腫れているので痛いでしょうけど」

 そう言われて、急に痛いような気がしてきた。

「いや、痛い。すごい痛い」

 自覚するとものすごい痛みを感じて呻いた。

「あんたずっと目を覚まさなかったのよ。警察から電話があってお父さんも私も心臓止まるかと思ったわ。新幹線飛び乗って来たのよ。あんたが暴行されたところを目撃してた人が通報してくれたらしいんだけど、通り魔なのかしら。東京ってこわいわね! 死んだらどうしようかと」

 母親は涙混じりの声でまくし立てる。父親は怒っている時の表情でむっつり黙りこんでしまっている。佳は慎重に言葉を選んで尋ねた。

「犯人は……?」

「まだ捕まっていないそうです。あとで警察が来ると思いますが大丈夫ですか?」

「あ、はい」

「他にも上司の方が見えられました」

 看護師は言い、両親も同じことを言い添えた。

「あぁ、そうですか。僕はどのくらい入院しなきゃいけないんでしょうか」

「これから詳しく検査しますが、手術をしなくてはならないかもしれません」

「えっ、手術!」

 親は病院から話を聞いてはいたのか、驚いたのは佳だけだった。

「折れた骨を固定するための手術です。まずはCT検査してからよく話合いましょう」

「そうですか。わかりました。あの、僕の荷物は?」

「あぁ、ここにあります」

 看護婦から渡された荷物から、スマートフォンを取り出した。充電は切れている。充電コードを探して、看護師に電源を差し込んでもらった。

会社に電話するのはためらわれた。両親同様、犯人が煤田だとまだ彼らは知らないのだから。社員同士のトラブルはなるべく穏便に片付けることを知っているが、こんな目に合わされて、佳としてもきちんと追求しないわけにはいかない。警察に先に放すほうが筋だろう。そう考えていたところ、ちょうどドアのノックが響いた。

「深川さん、失礼します。警察の方がお見えなんですけど」

 看護師に連れられて入ってきたのは、私服の刑事二人だった。まるで競馬場にでもいそうな地味格好だが、目つきだけはやたらと鋭い彼らに、体調を気遣われながら、両親の同席する場で状況を尋ねられた。佳が知っていることをそのまま話すと、彼らは顔を見合わせた。

「そうですか、会社の同僚ですか」

 今まで黙っていた父親が、怒りを露わにし始めた。

「早く捕まえてください。会社にも責任をとってもらわなきゃならない。いいか佳、決してごまかされるなよ!」

「あ、はい」

「お父さん、落ち着いてください」

 刑事は父親を宥め、佳から会社や関係者の名前を確認して連絡先のメモを取った。

「では捜査状況はまたこちらからご連絡します」

「よろしくお願いします」

「お大事に」

 彼らはてきぱきと職務を終えて帰っていったが、会社を訴えるとまで言い出した父親を宥めるほうに苦労した。結局、仕事もあるからと両親には帰ってもらうことにした。

それだけでも疲弊感があり、室内に一人になった佳はぐったりとベッドの上に横になったが、スマートフォンのコードを手繰り寄せた。充電が進んでいたので、電源が入った。画面が表示され、電波が繋がり、メールを三通受信した。

すべてサンミンからだった。佳は息を飲んだ。

震える指でメールの内容を表示させ、読めない文字を一件ずつコピーしてアプリで翻訳する。

『もう日本へ戻りましたか? 驚いたので悪いと思いました。どうしてあんなことになったのかわからない』

『私はあなたを傷つけてしまったのでしょうか。もう一度話をしたい』

『怒ってしまったのか? 返事が欲しい』

 佳は驚いた。これでは意識を失っていた丸一日ほど、自分が無視していることになってしまった。慌てて返信を打とうとすると、電話がかかってきた。番号非通知だ。不審に思いながら通話ボタンを押す。

「はい」

――もしもし。

 ぼそぼそと喋る声には聞き覚えがあるが、まさか、そんなはずは……。

――ケイさんですか?

「は、はい」

――ピョン・サンミンです。

「えっ! でも、日本語……!」

――すこしだけ、はなせます。

「でも今まで全然喋らなかったのに!」

――ヘジンみたいに、うまくないから、はずかしいです。

「えぇー……」

――でも、メールのへんじがなかったので……。

「あっ、いや! すみません! あの! さっきまで気絶していて気がついたら病院で」

――びょういん?

「日本についてすぐ、人に殴られて、鼻の骨にひびが入っているそうです」

――ほねを? ほんとうですか?

「本当です。信じてください。決してあなたのメールを無視したわけじゃありません!」

――あ、しんじます。

 そう言ってもらえてひとまず安堵した。

 何不自由なく日本語でコミュニケーションが出来て改めて驚く。

 俺が言うことがわかっていたとしたらあのときの告白も?

「俺が言ったこと、意味、わかっていました? あなたを好きだと言ったこと」

――はい。

「あー……だから、そうなんです……。僕はあなたが好きです。それでいきなりあんなことをして、申し訳ありませんでした」

 すると、電話の向こうで逡巡する気配がした。

――おどろきました。でも、うれしいとおもいました。

「えっ」

――うれしい、です。そういいたかった。

「……怒っていませんか?」

――はい。

「またあってもらえますか?」

――はい。

「会いたいです」

――あの、ほねを、はやく、よくしてください。

「あっ、そうですね」

――どのくらいびょういんですごしますか。

「1週間くらいでしょうか」

――ああ、いたいですか?

「はい。でも全然! 今元気になりました! すぐに治します!」

 ゲンキンなもので、本当に痛みも倦怠感も軽くなった。

「あっ、電話、かけてもらってました。切らないと。またメールします。明日。電話も、僕からします!」

――はい。

 通話はあっさり切れた。

 めまぐるしい出来事の連続に、佳は枕に突っ伏して反芻する。にやにや顔が緩むのを止められない。夢かもしれない。そうなら覚めたくないと思いながら、そのまま眠りに落ちてしまった。



つづく

読んでくださってありがとうございます!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ