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1章


 わたし、藤宮七海は、いま確かに大学からの帰り道を歩いているはずだった。夕焼けに染まる舗道。次の試験やゼミの発表資料のことを考えていて、スーパーで買う食材を思い描いていたはずなのに——。


 ここはどこなのだろう。

 気づくとわたしは見知らぬ豪華なベッドの上で、目を覚ましている。頭がまだぼんやりしているけれど、薄暗い照明の部屋に漂う空気は、明らかにわたしの知る日本のそれとは違う。革張りの椅子、金色に装飾された鏡、やたらゴージャスな室内……まるでファンタジー映画のセットみたい。


「っ……ここ、いったい……」

 思わず声を出すと、背後からかすかに人の気配がする。

 おそるおそる振り向くと、見知らぬ侍女風の女性たちが、まるで腫れ物でも扱うかのようにわたしを横目で見ている。まるで悪い噂でも聞かされたかのように、わたしを遠巻きにしているのがわかる。


「大丈夫……ですか……?」

 恐る恐る近づいてくる一人の侍女が、わたしにそう尋ねる。けれど、ほかの侍女たちはすぐ距離を取ってささやき合う。

「……あれが、呪われた娘……」

「宮廷魔導師様が言っていたわ。破滅の呪いがあるって……」


 呪い? 破滅? 何のことかわからなくて、混乱しそうになる。わたしが話しかけようとすると、彼女たちは怯えたように引いていき、部屋のドアの隅に固まってしまう。

 わたしは何とか起き上がろうとして、まずは自分の姿にぎょっとする。どう見ても異世界ファンタジーの中世風ドレスを着せられているのだ。ちゃんと布地はしっかりしているし、サイズもぴったり……誰がこんなものを? それに、どうしてここに?


 考え込んでいると、派手な衣装を身にまとった男の人が部屋に入ってきてわたしを上から下まで眺める。細身だが装飾の施された杖を持っているから、もしかしてこの世界の魔法使いなのかもしれない。その人はわたしの顔を見たあと、一瞬うさんくさそうに眉をひそめて、こう宣言した。


「やはり……破滅の呪いが、彼女にかかっている……」


 思わず言葉を失ってしまう。呪い? わたしが? そもそもここがどこかもわからないのに、いきなりそんなことを言われても困る。

 部屋の外が騒がしくなってきたと思ったら、豪華な衣服をまとった人々がわっと中に入ってきて、わたしに指を向ける。誰かが「その娘を追放するべきだ!」と大声を上げ、まるで見世物みたいに視線を浴びせられる。わたしは慌ててベッドから降りようとするけれど、ぎゅっとスカートのすそを踏んでしまって、うまく立てない。


「呪われている娘を王宮に置くなど、聞いたことがありません!」

「もし、本当に国に災いをもたらすならば、今すぐ処分すべきです!」


 「処分」なんておどろおどろしい言葉を平然と言い放つ彼らに、わたしは背筋がぞっとする。ここは命の価値が軽い世界なのだろうか。混乱で心臓が痛い。でも、呪いなんて本当にあるの?


 ——ただ、そのとき、雰囲気が一変する。人々が道をあけるように脇へ寄り、ひとりの男性がゆっくりとわたしの前に進み出てきたのだ。漆黒の髪に、静かな光を宿した青い瞳。細身ながら引き締まった身体をまとった軍服めいた上着は、上質な生地でつくられており、威厳を放っている。何より、その冷ややかな視線がすべてをねじ伏せるような強さを持っている。


(な、何この人……めちゃくちゃ迫力ある……)


 無言のまま、男性はわたしを見下ろす。彼こそが、この王宮で一番偉い人なのかもしれない。周囲の者たちが「殿下……!」と震えるような声を漏らしているから、たぶん王族なのだろう。


 沈黙が続く。どうしていいのかわからなくて、わたしは息を止めてしまう。すると、彼はまるで品定めをするように、わたしの顎にそっと手を伸ばしてくる。


「……話は聞いた。破滅の呪いを持つ娘、だそうだな」


 その声は低く落ち着いていて、どこか冷たい響きがある。体が固まって動けない。だけど、こんな失礼な触れ方をされるのは初めてで、怒りが湧く。わたしは必死に抵抗しようとするけど、彼の指先はびくともせず、わたしの顔を上向かせる。


「……は、離してください」


 なんとか声を振り絞ると、彼の目がすっと細められる。怖い。だけど、ここで負けてはいけない。背すじを伸ばして睨み返そうとすると、彼は少し口元をゆがめる。まるで興味深いものを見つけたかのように——。


「破滅の呪い……か。それが本物なら、俺が呪われるかどうか試してみよう」


 そう言って、わたしの手を乱暴に引っ張る。そのまま彼の胸のあたりに体がぶつかり、思わず悲鳴をあげそうになる。でも、ここで声を出したら完全に彼のペースになってしまう。だから必死に歯を食いしばる。

 周囲からは「殿下、おやめください!」「第一王子が呪いに触れたら……」という声が聞こえる。第一王子? ということは、彼こそがこの国の王位継承者か……。


(王子だから何だっていうの! わたしだって人間なんだから、勝手に触らないでよ!)

 とはいえ、こんな場所で逆らっていいのかどうか、正直判断がつかない。引き寄せられたまま彼と目が合うと、唇が微かに動く。


「俺は呪いなんて信じない。——ならば、俺のものになれ」


 その一言に、わたしは頭が真っ白になる。何を言っているの、この人は。わたしを“もの”呼ばわりして、勝手に所有物扱い? 怒りがこみ上げる。けれど、それ以上に、この異常な状況下で「僕が守るから安心して」ではなく「俺のものになれ」と言い放つ彼の姿勢が、背筋を凍えさせる。


「……冗談、ですよね?」


 思わずそう問い返すけれど、彼はまったく笑わない。むしろ周囲を一瞥して、冷徹な声で言い切る。


「呪いを恐れるなら、こいつに触れるな。こいつは俺の管理下に置く」


 唖然とするわたしをよそに、侍女たちや貴族たちがざわざわと動揺し始める。どうやら“第一王子の所有物になった”という事実が、わたしを勝手に特別扱いにしてしまうらしい。もちろん望んでいない。だけど、そうでもしないと処分される危険がある……ということなのか。


「そ、そんな勝手な!」

「第一王子は冷静さを失っていらっしゃるのでは?」


 反発する声が上がるけれど、彼……レオナール殿下と呼ばれるその男性はまったく意に介さない。その一言で、わたしの未来は勝手に決まってしまうの?


「待ってください! わたしは、誰でもいいから従うつもりはありません!」

 必死に声を張り上げる。すると、レオナール殿下はわたしを振り向き、面倒くさそうにため息をつく。

「黙れ。お前の知識とやらが、本当に役に立つか確かめるだけだ。価値がないと判断したら、すぐに放り出す」


 失礼すぎる。でも、どうも彼はこの国の“経済の異常”を既に理解しているみたいだ。わたしが現代日本で経済学を学んでいる——この事実をどこから聞きつけたのか知らないけど、それに興味を持っているのは確かかもしれない。


(……だったら、チャンスはあるかもしれない)

 ここで「放り出される=追放や処刑」が待っているかもしれないなら、今は彼の“保護”らしきものを受けるのが最善……なのだろうか。

 本当は納得いかないけれど、生き残る道としてはこれしかない。何より、この国が破綻寸前というのが事実なら、わたしの学んできた知識が本当に役に立つかもしれない。


「……わかりました。利用されるとか、そんなのはごめんだけど……わたしにも、やりたいことがあります」

そう言い返すと、レオナール殿下は興味深そうにわたしを見つめる。

「やりたいこと、だと?」

「はい。ここにいる貴族の方々がどんな税制度をとっているのか、どうやって国の財政を管理しているのか……手遅れになる前に、ちゃんと改革しなくちゃ、この国は危ないんじゃないですか?」


 勇気を振り絞って言い切る。すると、周囲の貴族たちがまた一斉にざわめく。わたしの言葉など無視してくるのかと思いきや、彼らの中に明らかに顔色を変える人たちがいる。図星なのかもしれない。だとしたら……ますますわたしを邪魔に思うだろうな。

 一方でレオナール殿下は、その青い瞳を細めて、わたしを見下ろす。まるで「面白い女だな」とでも言いたげな、冷静な視線だ。


「……いいだろう。そういう口がきけるなら、なおのこと俺の役に立つか確かめたくなった」

それだけ言い放つと、殿下は周囲に向かって短く命じる。

「こいつを追放したければ、まずは俺を納得させろ。納得できないなら、この女は俺のそばに置く。それでいいな?」

「……で、殿下……」


 貴族たちは明らかに不満そうだけど、この国では第一王子としての権限が絶対的なのだろう。彼の言葉に逆らう人はほとんどいない。ただ、侍女の一人が「呪いが本当にあるなら、殿下が危険では……」と口にするのを聞いたが、レオナール殿下はまるで噴き出すように笑う。


「呪いだ? 馬鹿馬鹿しい。俺がそんなものに屈すると思うか?」

 その自信満々な姿に、周囲は口をつぐむ。……正直わたしだって、呪いなんてないと思う。けれど、もし本当にわたしにそんな力があったらどうしよう? と胸がざわつくのも事実だ。


________________________________________


 その日のうちに、わたしはレオナール殿下の執務室の近くにある部屋に移された。豪華な調度品に囲まれているし、侍女たちが食事も整えてくれる。まるで王宮の客人……と言いたいところだけど、実態は「監視下」に置かれている感じだ。侍女たちはびくびくしながらも、最低限の世話だけはしてくれる。


 ただ、その中でも少しだけ気さくに声をかけてくれる侍女のルーシーが、「殿下はいつもご自分の考えに従って動かれる方。周囲から冷徹だと噂されておりますが、民を守ろうというお気持ちは本物です」と教えてくれる。


(本物、か……)

 レオナール殿下が本当に国を思っての行動をしているのなら、わたしの知識を“利用”してでも国を立て直したい、ということなのだろう。ただ、ここまで強引なやり方をとるとは思わなかった。

 夕方、わたしは部屋の窓から、広大な王宮の庭を眺める。噴水や整然とした植木が美しくて、少し散歩したい気分になる。でも、ドアの外に控えている護衛の人たちが「自由に出歩くのはおやめください」と止めるに決まっている。


 ふと、窓の向こうに見える夕日を見ながら、日本での生活を思い出す。あのスーパーで買う予定だった食材、ゼミの研究発表。そんな日常が恋しい。家族や友人はどうしているだろう。この異世界に突然消えたわたしを探しているのかな……。


「……落ち込んでる暇はないよね」

 そう自分に言い聞かせ、わたしは与えられた机の上にある書類を片っ端からあさってみる。ここにはこの国の税率や支出が記された簡単な表があって、どうやら貴族階級や王宮関係者の支出が莫大らしい。さらに、それを補うために庶民への課税を度々引き上げてきた痕跡がある。


「なるほど……これじゃ国が持たない。しかも、この分配はかなり不公平……」

 案の定、破綻寸前だ。しかも癒着のようなものが各所に見られる。わたしの見る限り、そう難しい改革案ではないけれど、特権を守りたい貴族の妨害があるとしたら、実行は一筋縄ではいかないのだろう。

 そんなことを考えていると、突然ドアが乱暴に開かれ、レオナール殿下が入ってくる。わたしは慌てて立ち上がり、その表を机に置いたまま、目線だけ彼に向ける。


「何か御用でしょうか?」


 できるだけ冷静な声を出そうとする。でも殿下は無言のまま机に近づき、こちらが分析していた書類を手に取る。


「ずいぶん勝手に見てるんだな」

「……隠されるより、マシでしょう。これは、この国の財政に関する書類ですよね?」

わたしが覚悟を決めて言うと、殿下は書類にさらりと目を通してから、わたしに顔を向ける。

「で、見てどう思った?」

「思ったよりも深刻です。収支のバランスが崩れすぎていて、いまのままじゃ庶民が飢えます。新しい税制度の導入と、浪費を抑えるための法整備が必要じゃないでしょうか」


 畳みかけるようにわたしが言うと、殿下は一瞬だけ口元を歪めて笑う。その笑いが、好意的なのか嘲笑なのか、まったく判断できない。


「口だけは達者だな。ただ、お前はこの国の政治構造を知らない。貴族たちの根強い権益を前に、そんな改革が簡単にできると思うか?」

「簡単かどうかは、やってみないとわかりません。それでもやらなきゃ、国民が苦しむ。……わたしは、こんなのおかしいと思う」


 わたしがそう訴えると、殿下はわずかに驚いたように目を見開く。次の瞬間、またあの冷たい視線に戻って、少しだけ顎を引く。


「面白い。……じゃあ、お前が本当に改革をやってのけるか、俺が見定めてやろう」

「……そもそも、わたしはあなたの所有物じゃないんですよ」

「持ち物かどうかはともかく、今は俺の庇護下にいる。それを否定するな」


 ぐいっと腕をつかまれ、わたしの体が彼の胸近くに引き寄せられる。ドキッとしてしまうのは、彼が王子だからとかそういうのじゃなくて、この人の存在感が大きすぎるから。心臓がどうしても高鳴ってしまう。


「……やめてください。わたしは好きでここにいるんじゃない」

「わかっている。だが、お前に選択肢はあるか? 宰相派に捕まれば、即処刑されるかもしれないんだぞ」


 ズバリそう言われると返す言葉がない。確かにそうだ。もし彼から離れたら、今度こそ「呪われた娘」の汚名を理由に捕まえられてしまう可能性は高い。

 殿下はわたしを離し、机の上に書類を放り投げる。


「しばらくは俺のそばにいろ。それだけだ」

「……勝手ですね」


 小さく呟くと、殿下はわずかに眉をひそめる。が、何も言わず、こちらに背を向けた。そのままドアへ向かう彼の背中には、威厳と孤独が入り混じったオーラが漂っていて、なぜか胸が苦しくなる。


(本当にこの人は、国を救いたいと思っているのかな? それとも、ただ利用価値があるからわたしを囲っているだけ……?)

 その疑念は拭えない。けれど、もしほんの少しでも「国を変えたい」という意志があるのなら、わたしは協力したいと思ってしまう。自分でも不思議だ。


________________________________________



 夜になると、さらにひどい噂が王宮中で広まっているらしい。「呪われた娘が来てから不吉なことが続いている」とか、「あの娘が触れた花が急に枯れた」とか。……わたしはそんな花に触れた覚えはない。明らかにデマか、誰かが仕組んだ偽装だろう。

 でも、わたしの存在が王宮に波風を立てているのは確かだ。きっとこれは宰相派が「破滅の呪い」を証明するため、わざと騒ぎ立てているのだろう。


 その夜、わたしは自室のベッドに横になっても眠れない。もし本当にこのまま朝が来たら、わたしはどうなる? レオナール殿下の保護がいつまで続く? 宰相派はどんな手を使ってくる? 考えれば考えるほど、不安が増すばかりだ。

 すると、コツンコツンとノックの音がして、殿下が入ってくる。いきなりの訪問に驚いて飛び起きると、彼は声を潜めるようにしてわたしの方へ近づく。


「……どうして、こんな時間に?」

「まだ眠っていないかと思ってな。それに、これ以上大きな騒ぎになる前に、俺の口から言っておきたいことがある」


低い声が、胸に響く。何を言うつもりなのだろう。警戒しながら身構えていると、殿下はまっすぐわたしを見つめる。


「お前は信じられないだろうが、俺は国を変えるために力が欲しい。お前は現代の知識を持っているらしいから、使えるなら使いたい。それだけだ」

「……それだけって、ずいぶん冷たいですね」


 そう返すと、彼は微かに口角を上げる。まるで笑ってはいないが、わたしを試すような表情だ。


「それとも、“俺が優しい言葉をかけてくれる”とでも思っていたか?」

「そんなわけ……ない、です」


 嘘だ。ちょっとくらい期待した自分が情けない。でも、この人がやたら冷淡なのは、もしかしたら何か理由があるのかもしれない。わたしは思い切って尋ねる。


「殿下は、いつもそうやって冷たく振る舞うんですか? ご自分の気持ちを抑えてるように見えるけど……」

「俺の気持ち? 王族はそんなもの必要ない。それより、お前は自分の安全を心配したらどうだ」


 そう言い捨てられてしまえば、もうこれ以上踏み込めない。……やっぱり簡単には本心を話してくれそうにないな。

 でも、それでもいい。わたしはわたしのやり方で、この国を何とかできるか試してみたい。それが、この異世界に突然飛ばされたわたしが生き延びるための唯一の道かもしれない。


「……わかりました。だったら、信じてくださいとは言いませんが、わたしにできることをやらせてください。そうすれば、あなたの国にとってメリットがあるはずですから」

「……ふん。いいだろう」


 殿下は視線をそらしながら、まるで独り言のように呟く。

「お前が本当に役に立つなら、俺が守ってやる」


 すごく頼りになる言葉のはずなのに、どうしてだろう。心がちくりと痛む。彼が“守る”と言うのは、あくまで“道具”としてわたしを利用するということかもしれないから。

 だけど、今はそれでもいい。利用される形でも、やるべきことをやって、この国を変える。その中で、わたしは“破滅の呪い”なんてものは存在しないと証明してみせる。そうすれば、今の宰相派の陰謀を打ち破って、少しでも庶民が楽に暮らせる世の中に近づくんじゃないか。

 互いの思惑が一致しているかどうかはわからない。だけど、いまはこの第一王子・レオナールと手を組むしかない。部屋を出ていく彼の背中を見つめながら、わたしは心に誓う。


「……やります。数字は嘘をつかないもの。絶対に、わたしが証明してみせる」

 そう、小さく口の中でつぶやいて。


________________________________________


 深夜、わたしはベッドに潜り込んでも神経が高ぶって眠れない。今日の出来事が濃すぎて、頭が追いつかない。突然異世界に来たかと思えば、破滅の呪いだの何だの。挙げ句の果てに「俺のものになれ」と宣言した冷徹王子。


「……何なのよ、本当に……」


 思わずため息がこぼれる。だけど、不思議と希望も少しだけ湧いている。この世界が経済破綻寸前というのは最悪だけど、少なくとも課題がはっきりしているぶん、やることは明確だ。

 経済を立て直せば、庶民は救われるはず。そうなれば、破滅の呪いなどまやかしだということも証明できる。そしてわたしは——。


(わたしはここで、自由を手に入れたい)

 どんなに王子に所有物扱いされようと、いつまでも“モノ”のままで終わるつもりはない。わたしにはちゃんと自分の意思がある。もし彼のやり方が間違っているなら、いずれはそれも指摘するし、王族だろうが遠慮はしない。

 ……いや、本当はわたしごときがそんな偉そうな態度をとっていいのかと怖い気持ちもある。でも、黙って従うだけの人間にはならない。そう決めたのは、日本でだって同じだ。不正を見過ごせない性分なのだから。

 そんなふうに決意を固めているうちに、だんだんと眠気がやってくる。最後に窓の外をちらりと見やると、夜空には月が浮かんでいる。どこか遠い星の光を見ているようで、改めて「本当にわたし、異世界に来たんだ……」と実感する。


「……何があっても、負けない」

 小さく口にして、目を閉じる。こうして始まったわたしの異世界での生活が、まさかこんな波乱だらけになるなんて、このときはまだわかっていない。けれど、もう後戻りはできない。ここでわたしは立ち止まるより、一歩踏み出してみようと思う。——第一王子レオナールとの、不思議な縁に導かれながら。


(いつか、必ず証明する。この国を滅ぼすのは、わたしのせいなんかじゃないって)

 誰にも奪われたくないわたしの意思を抱えたまま、そっと意識を闇に委ねる。

 ——こうして、呪われた少女と冷徹な王子の物語は幕を開けたばかりだ。


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