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二鷹の欺瞞譚  作者: 結城斎太郎
一章
9/20

8「染井吉野」

インターフォンを鳴らした後、インターフォンからは結衣の高揚したけたたましい声が聞こえ、それから数秒後に玄関の扉が勢いよく開けられた。



「やぁ!どぉもどぉも!待ってたよ!我が愛しの従弟んにゃくよ」


「·······················································」


「引かないでよ。ドン引きしないでよ」


「まだ朝だぞ。10時というゴリゴリの午前中の時間帯なのに、なんでそんなにも訳分からんほどに元気なんだよ」


「私から元気を取ったら何が残る?」


「意外とネガティブ」


「残らなくてもいい搾り滓残ってんじゃん」



肩の少し上辺りまで伸ばした黒髪。寝起きからは時間が経っているはずなのに、寝癖をそのままに、シワとヨレが目立つポリエステル素材の薄めの群青色のパーカーと黒の短パンを身にまとい、俺の事を出迎える結衣。


余所行きの時は、普段着でも仕事着でもしっかりとした格好をしている。余所行きの結衣しか知らない人間から見れば、育ちが良く、仕事も気遣いも誰よりもこなし、枯れることのない大輪の花として映っている事だろう。


結衣は、自分を程良く見せる塩梅というものを理解している。虚勢や見栄にならないように、自分の身の丈にあった振る舞いのメリハリを付けることで、一部の人間以外には私生活の様子………本当の桑久保結衣の部分は見せていない。


俺、自分の両親、昔からの親友一人以外には、絶対と言わんばかりにズボラなところは見せようもしない。


隙がありそうな雰囲気を出しながらも、一切の隙を心を許しきっていない他人には見せることはない警戒心の強さ。これも、完全犯罪を成り立たせ続ける技術の基礎になっているのかもしれない。


不特定多数の人間に自分の素性を明かさないからこそ、特定の人間を騙すための下地を作ることが出来る。


ズボラな本性を知っているからこそ、鍍金となっている部分をいかに丁寧に取り繕っているか、その凄さというものを人一倍実感する。


タバコ吸っていることすらも、周りは殆ど知らない。結衣が喫煙者であることは、両親と俺くらいしか知らない。気心の知れて自分の本性を曝け出している親友にすらも喫煙しているところを見せない、教えないという徹底ぶりは、そこまでするものかと怖いくらいなもの。


まぁ、詐欺で安定した収入を得続けている以上、人間不信になっている事が前提条件みたいなところはある。


他人を誰でもは信用出来ないからこそ、自分を偽り、それを長年続けたことで、息をするように嘘の振る舞いを本当の自分のように見せ続けられる。


嘘を塗り固めるのも、引き剥がすのも自由自在になるほどまでに、鷹司家の家の問題というのは、それだけ結衣にとっては慢性的な人間不信に陥るには十分過ぎたというわけか。


筋が通り過ぎている資産家の家系、陰湿な潰し合いが全くといっていいほどに起こらないのは、必要悪が足りずに良いとは言えない環境が作り出される結果に。


江戸時代に詠まれた風刺の短歌「白河の 清きに魚も 住みかねてもとの濁りの 田沼恋しき」………綺麗なものはあって然るべきだが、あまりにも綺麗すぎると逆に息苦しく感じるという意味。


まさに、必要悪の重要性を説いている短歌でもある。

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