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第26話 忘却の果て

高校1年生、16歳の天音雫です!

何かと至らない点があると思いますが読んでいただけると嬉しいです!

肺がナイフで切り裂かれるような痛みを味わいながら、容赦ない全力疾走をする父、祐介のあとを追いかける。


「お父さん!さっき言ってた氷鬼って?!

何でお母さんが危ないの?!」


「俺にもよく分かんない!でも、時雨夜に古より伝わりし”黒魔抗争星夜“伝説と、渚冬君の話と、、久遠書架にあるとある“時雨夜雪氷華史”によるとーー」


「お父さん、異国語じゃなくて、日本語で喋ってほしいわ!」


葵の更に後ろをかなりしんどそうな表情で走る姉が抗議の声を上げる。


「日本語だよ!一応!」


「前置き、いらない、から、手身近にっ…!」


「葵!大丈夫か?!死にそうか?!」


「酸素、不足で、死にそう…!」


「手身近って世界で一番ムズいんだよ!

んーと、えーと………いや、やめだ!

後でまとめて話す!から、母さんの安否優先で!」


「絶対、話して、よ…?!」


「オーケー!

もうちょいで着くから頑張れ2人とも!」


昔から父の体力オバケっぷりを感じてはいたが、個々で更にそれを、呪うことになろうとは。


唇を噛み締め、必死に後を追いかける。


今、葵にエネルギーを供給しているのは、母が、沙奈が、どんな恐ろしい目に合っているのかという不安と焦燥感だけだった。


「沙奈!!無事か!!って…………っ?!」


ようやくたどり着いたわが家のドアを勢いよく開け、そのまま硬直した父親、祐介。


呼吸を整えるのに必死だった葵と瑠依も、恐る恐る一ノ瀬家の玄関を覗き込み、


「そんな…!私が大切に育てていたリーフレタスが!」


「何、これ……」


怖気が込み上がり、全身の力が抜ける。


飾っていた写真立てはどれもひび割れて床に散乱していて、壁に無数の亀裂が走っている。


玄関に観葉植物代わりにと、姉が置いていたリーフレタスは鉢ごと粉々になって無残に散っている。


破壊。ただその一言に尽きる。


しかし、当たり前の風景が壊されるその不気味さと悲壮さは心が壊れるような痛みを伴う。


「沙奈!!返事!!してくれ!!」


靴を脱ぎ散らしそのまま祐介はリビンクへと走る。

2人も、この緊急事態で、なんてと思いつつも律儀に靴を脱ぎ、そのあとを猛スピードで追随し、


「あぶっ……!」


そして、スピードを出し過ぎて止まれなくなった車のごとく、リビングの入り口で直立している祐介の背中に衝突しそうになる。


「ちょっとお父さん、急に止まらない、で……って」


思わず口にした小言が、途中で途切れた。


正面、玄関よりも悲惨に荒らされたリビングと、その真ん中に立つ男が視界に入る。


その男の腕には、ぐったりとした母親、沙奈が抱えられていて。


「こんにちは。

今日はいい天気だね。

このような日を、人間は“洗濯日和”とか何とか言うのだと聞いたんだけど……

合ってるかな?」


異質なほど白い紙を肩まで伸ばし、同じく真っ白な着物に身を纏うその姿は、平常時であれば美しいという賛辞を送れただろう。


しかし今のこの状況では異質さの塊以外の何物でもなかった。


モノクル越しに、優しそうな眼差しでこちらを見つめ、親しげに人間界の言葉を使ってみせる男に葵は悪寒が止まらなかった。


「沙奈に………触るな。

この家に、俺の家族に、これ以上干渉するな」


葵と瑠依をかばうように一歩前に出た祐介の語調は、今まで葵が聞いたことが無いほど純粋な怒りを孕んでいた。


いつもの少し抜けていて能天気な父の姿は何処にもない。それが、目の前の男の危険さを物語っていた。


「そんなに怒らないで……

目的はもう終わったから大丈夫だよ。」


おっとりと言って、空気を撫でるように両の掌をくるりと一回転させる。


支えを失った沙奈は、床に落下ーーすることはなく、何らかの力によって同じ場所に浮いている。


もう何度も見た、超人的な力ーーーー恐らくは何らかの権能によるものだ。


大気のひび割れる音が鳴り響き、男の周囲に長大な氷槍が顕現する。


「祐介さん。君のおかげで私の長年の夢が叶う。

君に感謝しなければ。故に、これから私が行うことは本意ではないんだ」


「何、を…やめろ、2人に、沙奈に、何をするつもりだ……」


「いけないよ、祐介君。父親ならば、しっかりしないと。娘2人を前にして、情けない姿を見せるのかい?」


声を震わせる祐介の前で、男が咎めるように眉を顰める。


「君は一度、掟を破ったせいで大切なものを失っているね?今回は、掟を破っていないから構わないのかい?自分可愛さで、また大切なものを失うことを許容するのかい?」


「ーーーーっ、お前が何を知ってるって言うんだ!

命を奪い、存在を凌辱することにしか興味を示さないお前が!」


「私の目的を履き違えているよ。

私の目的はあくまでも“星彩の魔女”の復活。それと、

私自身の器の更新だよ。

今までその目的を達成するのにほんの少し犠牲が必要だっただけだよ。ほら、“多数決”みたいなものだ。

目的のために、少数の意見をねじ伏せる風習が、人間にもあるだろう?」


怒声を放つ祐介が、右手を上から下に強く振り下ろす。


直後、その手に朱文字が書かれた紙が握られる。


「お前は、平気で命を踏み躙り、それを多数決と一緒だって言うのか?!

人間のことを分かってないな!氷鬼!!」


そのまま祐介は男へと猛然と突っ込む。


「君のおかげで、この(ひと)は器としてふさわしい人材になった。今まで136人の候補がいたけど、全員イマイチでね。でも、ようやく見つけたんだ。いや、ようやく完成した、というべきかな。

君がいたから、君が掟を破りこの(ひと)と一緒にいることを選んだからこそ、今この瞬間があるんだよ。

恋情も、捨てたものではないね?」

 

やんわりとした、笑みを浮かべる。


「君も、そう思うだろう?祐介君」


瞬間、男の周りにあった氷槍は狙い違わず、矢よりも速い一撃となって祐介へ襲いかかった。


「お父さん!ダメよ!止まって!!」


瑠依が手を、伸ばし、掌から地獄の業火が放たれる。

葵も、掌に全力を注ぎ、巨大な竜巻を顕現させる。


しかし、間に合わない。


「お父さん!!」


直後、祐介の胸を氷槍が貫通、続けて腰を、腕を、足を、次々に射抜かれ、


「酷く、残念だな」


眉尻を下げ、男は失望を漏らす。


モノクルに手をやり、色素の薄い瞳に冷たい感情が宿るのを葵は見た。


ーーーー葵に見えていたのは、そこまでだ。


「ーーーー」


葵も瑠依も、今は凍土と化したリビングの部屋に倒れ込んでいる。


氷槍の流れ弾が、当たったのかもしれない。


そんなぼんやりとした推測しかできないまま、葵の意識は消えていく。


しかし、意識がなくなる直前、聞こえた気がした。


「君たち人間の記憶なんて、霞のようなものだとやずは君から聞いたよ。

記憶にないってことは、初めから存在していないのと同じだろう?

だって、忘れる程度の絆なんて、ないも同然だからね。

それでも、君達はそれでも薄っぺらい絆とか言うものを大切にするためにその身を削ったりするんだろう?

私は君たちを、人間という存在を、きっと永遠に理解できないんだろうね。

……少しばかり、惜しく思うよ。

君とは違うみたいだね、祐介くん」


「沙……奈……」


息のように微かな声が。


「じゃあね、一ノ瀬家のみんな」


「さ……な…」


確かに。


「さ……………」


聞こえた、気がした。

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