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秋風に乗せて

作者: 左夏詩萌野

 僕の趣味は読書だ。それも外のベンチなんかに座って読むのが好きなのだ。最近はある公園にあるベンチに座って長い時間本を読むことが日課になっている。広い公園の真ん中を流れる川の上に建てられた東屋のベンチが僕のお気に入りの場所だ。ちょっと前までは暑くて大変だったがちょうど月が替わったころからようやく日差しも弱くなり、秋を感じられるようになってきた。公園の木々の緑も少しずつ赤や黄色といった鮮やかな色に変わって来ていた。日々少しずつではあるのだが変化する公園を眺めるのも楽しみにしている。


 今日もいつものように読書の時間を楽しんでいた。僕が読む本は本当に様々だ。世界中で知っている人がいるような名作から世間で話題になっているような本までその時の気分次第で多くのものを読んでいる。あまりに読んでみたい本が多すぎて最近はどんな本を読もうか悩んでしまうくらいだ。その本を選ぶのもひそかな楽しみだったりする。


 読み始めてどれくらい経っただろうか、本を読み終え今日はそろそろ帰ろうと思い顔を上げると東屋と公園をつなぐ橋のちょうど真ん中ぐらいの位置に一人の少女がいるのを見つけた。スマホをちらちら見ているのはわかるのだが、燃えるように赤い夕陽のせいで少女の細かい様子までは見ることが出来ない。

この場所はよくデートスポットとして使われるのでその類だろうと僕は一人納得する。このままこの場所に居ては邪魔になること間違いなしなので僕は東屋を立ち去ることにした。東屋に続く橋は一本しかないので必然的に少女の横を通らなければならない。緊張しているのか僕が横を通り過ぎたこともあまり気にならないようだった。視線は握られたスマホにありちらっと映った画面にはメッセージアプリで誰かとやり取りをしていた。そばにはかわいらしいラッピングに包まれたプレゼント、それを見て大体の事情が分かった。

 僕がその少女に興味を抱いたのはそこまで、そのままそばを通り過ぎ帰路についた。


 その翌日はあいにくの雨だった。雨だと公園にほとんど人がいなくなるので読書には最適だ。そう思っていたのだが公園の周辺は人だかりができていた。こんな雨の中ご苦労なことだななんて横目に見ながらいつもの場所を目指す。小さなビニール傘をさしていつものように東屋に向かうと橋を渡ろうとしたときに東屋に人影があるのが目に入った。珍しいこともあるもので先客がいるらしい。自分で言うのもなんだがこんな雨の日に何をしているのだろうか。そんな疑問を抱えながら橋を渡っていく。ちょうど半分くらい来たところでその人影の正体に気が付いた。あそれは見間違えるはずもなかった。それは昨日見た少女だった。あの夕焼けに一人で誰かを待っていた少女の姿はなぜか僕の頭の中に鮮明に焼き付いていた。何かを思いながら誰かを待つそんな彼女の姿に心を惹かれたのかもしれない。


流れる川に雨粒がぶつかり心地よい音を出している。いくつもの波紋が広がりあちこちで弾け合いそして消えていく。ビニール傘に打ち付ける雨粒の音も重なりそれ以外の音という音がフェードアウトしていった。東屋に入り、一応失礼しますねと言って彼女の横に座る。東屋といっても何かあるわけではなく細長いベンチが一つあるだけ。先客の彼女が奥にいたため僕は何とか身を小さくして手前に座る。少し濡れそうだがまあ我慢しよう。彼女のことは気になるが今はあまり詮索すべきでないという結論を勝手に出していつもの日課を開始する。さっきまでぼーと遠くを眺めていた彼女はワンテンポ遅れて僕の声に反応したらしく驚いたような表情をした。それから僕の方を珍しいものでも見るかのような表情で見つめる。10分、20分と時間はどんどん流れていくが彼女は僕を見つめ続けている。うんさすがに本の内容が全く頭に入ってこない。これ以上無視を続けることは出来なくなってしまった。本に栞を挟んでから本を閉じる。彼女は僕が反応したことにまたしても驚いたようだった。それと少しだけだが、喜んでいるように感じられた。

 「えっと初めましてですよね?」

 「たぶんそうだと思いますけど私のこと分かるんですか?」

「…………………知らないです。」

「…………………そうでしたか……。」

気まずい沈黙。



「昨日ここにいましたよね。ほら夕方に。」

「………なんで知ってるんですか?もしかしてストーカー?」

「いやいやいや、違うから、そうじゃなくて昨日もここで本を読んでただけだから。」

あらぬ容疑を全力で否定する。先まで読んでいた本を証拠とばかりにほらと示す。あれ、今持っていた本って何だったか。

「……JKストーカー誘拐事件?」

とんでもないミステリーをとんでもないタイミングで読んでいた。

「ち、違うから。これは違うから。」

「本当に?」

「ってそんなことはどうでもいいんですよ。僕に何か用があるんですか?さっきからずっと僕の顔見てるから。」

「ああ、…………えっと。なに読んでるのかなって気になって。うん、そう。気になったの」

「へっ?」

彼女が少し困った顔をして答えたことは僕の予想外なことだった。僕と同じくらいの年齢の彼女は全く知らないものだったらしい。僕も途中までしか読んでないんだけどね、と前置きしてから話し始める。JK探偵の主人公が友人のストーカー被害を操作していくうちに、そのストーカーが何者かに誘拐されてしまうというミステリーだ。語っている僕もあまり意味が分からない。気が付けばその作者の別の作品まで説明し続けぶっ続けで2時間ぐらい話し込んでしまった。彼女はその話を本当に楽しそうに聞いた。

 スマホのアラームが鳴り僕は時間の経過に驚くとともに、そろそろ帰らなければならないことを残念に思った。

 「そろそろ、用事があるので帰りますね。」

「そうですか。今日は楽しかったです。またお話聞かせてくださいね。」

「それじゃあまた。」

「また。」

僕はそういうと傘をさして慌てて走り出した。もし遅れでもしたら今後の日課に支障が出るかもしれない。雨は先程までよりも弱くなっていた。





 次の日は雨は上がり雲一つない晴天だった。こういうのを秋晴れというのだろうか。僕が例の東屋に行くと当然といった様子でまた彼女そこにいた。彼女は僕の到着を待っていたらしく僕を見つけると大きな声を上げ、手を振っている。いや僕自身も彼女はそこにいるだろうと、いてほしいと思っていた。いつもは1冊しか持ち歩かない本を今日は2冊持ってきている。

 僕と彼女は2人とも黙り込んだまま本を読み続けた。彼女が本を読むペースは僕よりも遅いらしい。僕が3,4ページ読むたびに隣から紙のこすれる音がする。その音は規則正しいペースでまるで機械でめくっているかのようだった。彼女には少し難しい内容の本だったろうか、と不安に思う。他人のために本を選ぶなんて初めての経験だった。うれしさと少し恥ずかしさを感じる。今までに感じたことのない気持ちを噛みしめる。そして感じる寂しさ。けれど僕は本を読み進める。物語は佳境に入っており、僕はすべるように文字を追いかけていく。文字は文字として僕の頭の中に入り内容はどこか遠くに行ってしまった。

しばらくすると彼女は本を置き立ち上がってどこかに行ってしまった。追いかけようとも思ったがやめた。別に彼女に無理強いするつもりなんて微塵もなかったし、飽きてしまったのだろう。

 実際は5分程度だったが僕には永遠のように長く感じられた。彼女はきっかり5分で(時間を計ったわけではないのだがたぶんそうだ)帰ってきた。足音が徐々に近づき大きくなってくる。その足音が止まる。僕が顔を上げると彼女はそこにいた。その手に会ったのは2本の缶コーヒー。

 缶コーヒーを飲みながらちょっとした休憩もかねて彼女に本の内容がどうであったか尋ねて切ることにした。彼女はすごく面白いと、それこそ本当に心から思っているように見える笑みで答えてくれた。こんな感情はいつ以来だろうか。この機会に彼女がどんな本が好きか聞いてみる。それだけではない。気が付けば最初に聞いた彼女が好きな本なんて忘れてしまっていた。それよりももっといろんな話をした。細かいことは忘れてしまうくらい沢山。あんなにしゃべったのも久しぶりではないだろうか。その日は本のページを再び開くことはなかった。


 次の日、僕は何とか探し出して彼女が好きそうな本を持っていった。

 次の日、僕は自分が好きな作家について長々と話した。

 次の日、次の日、次の日、……………………………………



 そうして彼女と出会ったあの夕焼けの日から一か月がたったころ、僕は公園で本を読み、そして彼女と話をするという日課がとうとうできなくなった。この日がいつか来ることはわかっていたつもりだったが正直つらい。それは彼女の存在があるからだろう。今は窓から遠くに見える公園の様子を眺めることしかできない。それも一番みたい東屋の様子は木々が邪魔で見ることが出来ない。清潔感にあふれた真っ白な病室のベットで横になっていることしかできなかった。目の前にあるのは小さな本棚だ。入院したてで暇を持て余していたころ担当の医者が持ってきた。最初は何の意味もなく本棚を埋めるつもりで本を読み始めた。いつしかそれが僕の生きた証に思えてきて。ただただそれを埋めうるためだけに本を読み続けた。結局本棚の半分も埋めることはできなかったがもうそれでいい気がした。そこには本来僕が読むはずなんてなかった種類の本が入っている。彼女のために集めた本だ。もちろん自分でも読んでみた。面白いかどうかはわからなかったがそれでよかった。この本棚にその本があることで僕と彼女の出会いだけは残っていてくれそうで。

 彼女には別れの言葉を言うことが出来なかった。当たり前の日々の中で唐突に終わりはやってきた。僕はもうすぐ死ぬのだろう。だからせめて彼女に一言だけでも言葉を残したかった。けれどもちろんだけれど彼女が病室に現れることはなかった。それはそうだろう。僕は彼女に病気のことを明かさなかった。普通の人として彼女と過ごしたかったからだ。打ち明けてしまえば楽になったし、最期の時まで彼女と過ごすことができたし、淡く抱いた気持ちも何か分かったかもしれない。けれどいくら後悔したところで何も変わることはない。現実は冷静でいて当然の結果が続いていく。


そして数日後、僕は死んだ。


 


ある街には最近はやり始めた怪談話がある。街中でよく目にする光景、交差点の隅に供えられた花と缶ジュースやお菓子。そのいくつかがいつの間にか消えて、空になってまた現れるという怪談である。 

町の真ん中には大きな川が流れ、その周りを囲むように町は広がっている。そのちょうど真ん中に一つ緑に囲まれた公園があった。公園は月明かりによって青白く照らされて秋の虫たちの大合唱が静寂の中に響いていた。公園の真ん中には川が流れていてその真ん中にある東屋には一人の少女。ベンチに腰掛けながら月を眺めていた。

 「先に行っちゃったか。」

少女は一人つぶやいた。もうそこにはいない誰かに語りかけるように。

 「順番が違うよ。ほんとは私が先に行くはずだったのにさ。いろいろあって一人残っちゃった。」

それはちょうど一か月ほど前のことだ。この近くの交差点でトラックと女子高生が衝突するという事故が起こった。運転手は少女が自ら飛び出してきたと証言したが目撃者がいなかったため真実は闇の中へと消えてしまった。それを知るのはただ一人しかいない。

「心残りっていうのかな。こういうの。何もかも捨てたくなったはずなのに心だけここに残っちゃった。そして君が見つけてくれた。」

 「短い間だったけどさ、楽しかった。ありがとね。まあ先に行ったこと許したわけじゃないからね。」

彼女はここにはいない誰かに向けて言葉を続ける。あたりは水の流れる音と秋の虫の大合唱以外の音は全く聞こえない。

その声は誰かにだけ伝わればいい、誰かのためだけのメッセージ。

 「あんたがそっちにいるならさ、私もそっちに行ってもいいかもしれないな。」


 

その日を境に怪談話は消えていった。その代わりに街では読書の邪魔をするいたずらな風が吹くとか吹かないとか。

ご感想お待ちしております。

最後までお読みいただいてありがとうございました。

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