第8話
僕と模武はコートに立ち、ペアで作戦を伝え合っていた。ダブルスでは2人で協力して戦わなくてはならないため、サインとかある程度の動きとかの確認をしておかなくてはならない。僕たちはサーブするときは左手を背中で相手に隠しながら、親指でショートサーブ、人差し指でロングサーブを打つというサイン、基本的に僕が前、模武が後ろで打つということを確認しておいた。
「ラブオールプレイ」
主審の爾弧鋳が始まりの合図をして試合が始まった。
最初は東村がサーブ、僕がレシーブとなった。東村は爾弧鋳に渡されたシャトルを緊張していたのか床に落としてしまった。それを手で拾って、東村が声を張り上げた。
「はい、じゃーんじゃん!」
「はい、どーんどん!」
東村のあとに続いて弐星も叫んだ。……あいつら、何やってんだ?
と、そのとき、急にロングサーブをしてきた。くそ不意を突かれた。体制がすごく悪かったが、なんとかクリアをする。それでもどうしてもネット際に打ってしまったため前で待ち構えていた東村にプッシュをされてしまった。
「1、ラブ」
東村は落ちてたシャトルを手で拾ってまた、
「はい、じゃーんじゃん!」
「はい、どーんどん!」
だから、なんだよそれ。だが、こんなよくわからんことに気を取られてると負けてしまう。試合に集中しなければ!
東村はロングサーブをして後ろのラインギリギリを狙ってきやがった。模武はとりあえず、経験者の東村に打つと返されてしまうから後ろの変態野郎に打つらしい。全力のクリアを打った。初心者にとって後ろから打つというのは結構難しく、打てたとしてもネット際にあげてしまってプッシュされてしまう。つまり、模武はせこいことをしているのだ。だが、誰にも文句は言わせない。なぜなら、バドミントンは性格が悪いやつのほうが強いからだ。しかも、あの『大会荒らし』と戦っているのだからしかたがない。弐星はどうすればいいかわからなかったのかクリアで後ろのほうへ打った。僕は飛んできたシャトルをドロップで、東村がいる右側とは反対の左へ打った。僕のドロップはよくネットインするからさすがの東村でも取れないだろう。と思っていたのだが、東村はにやにやしながら、左から右へヘアピンををしてきやがった。しかも、ネットインで。……くそが!
「2、ラブ」
東村は落ちてたシャトルをラケットで拾って叫んだ。
「はい、どーんどん!」
「はい、じゃーんじゃん!」
今度の掛け声はさっきと逆だと……?何か法則があるのかもしれない。
東村はショートサーブをしてサービスラインギリギリを狙ってきやがった。……危なかった。一瞬見逃すところだった!なんとかロブで弐星に向かって打ってくれた。もうなりふり構っていられない。初心者であろう弐星を集中狙いする勝機はないだろう!弐星はスマッシュを打ったが、やはりバドミントンを始めたばっかだったのかあまり強くはない。また、弐星にロブをした。弐星はクリアをしてシャトルをあげようとしたが、シャトルがネット際に行ってしまったので、僕はプッシュを打った。東村はまさかのファインプレーでヘアピンで返してきた。さすがに取れなかった……。
「3、ラブ」
東村は落ちてたシャトルを手で拾ってまた叫んだ。
「はい、じゃーんじゃん!」
「はい、どーんどん!」
東村はロングサーブをして、後ろのほうへ打った。模武はコートの後ろの端のギリギリに打った。見逃してくれ!だが、それをなんとかドロップで返した。初心者にしてはなかなか上手かったな。だが、それを僕はロブで弐星のいる右側とは逆の左へ打って弐星の体制を崩そうとした。しかし、東村はそんなことを許さずジャンプしてプッシュをしてきた。さすがに無理がある。
「4、ラブ」
勝負はここからだ!あの掛け声の法則がわかったからな。僕は模武と小声で会話した。
(あの掛け声の意味がわかったぞ。模武)
(なんだ)
(掛け声の最初が『じゃーんじゃん』のときはロングサーブで、『どーんどん』のときはショートサーブだろう)
(でかした)
東村はラケットでシャトルを拾った。
「はい、じゃーんじゃん!」
「はい、どーんどん!」
この掛け声だとロングサーブが飛んでくるだろう。つまり、後ろへいつでも行ける準備をしておく必要があるな。
……東村はショートサーブをした。…………………………は?意外なことが起こって打つことができなかった。
「5、ラブ」
俺、弐星と東村の『わんこそばの掛け声をやったった……作戦』は相手を混乱させて点を稼ぐというものだ。ダブルスは基本背中で相手にサインがバレないようにしながら指で何のサーブを打つか伝えるものなのだが、俺たちはあえてそれはしない。俺たちのサインはシャトルをどうやって拾うかで伝えている。手で拾ったらロングサーブで、ラケットで拾ったらショートサーブだ。俺たちのしていたわんこそばの掛け声はダミーだということだ。そしてもう一つダミーを使った秘策がある。今はまだ通じないが。東村によれば、この作戦が通じるのは練習試合だからだそうだ。大会ではこんなふざけた掛け声は公式の場であるからダメらしい。この作戦を実行したのには理由がある。それは仮にこの試合で勝ったとして、また大会で俺たちがあの2人ともう一度戦うということがあったとしよう。そうしたら、あの2人は1度負けたということが頭に残っているから自信がなくてこちらが有利になるからだとか。東村がこの作戦を考えたのだが、俺は『わんこそばの掛け声以外でもいいのでは』と言ったのだが、質問の回答が『昨日、わんこそばを食べたから』だそうだ。
ということでまたこの作戦をする。
東村はシャトルをラケットで拾ってまた叫んだ。
「はい、じゃーんじゃん!」
「はい、どーんどん!」
俺も続いて叫んだ。
そして、東村はまたショートサーブをした。なぜか模武とかいうやつは棒立ちしている。どういうことだ?もちろん、相手はシャトルを取っていないからこちらに点が入る。
「6、ラブ」
相手の詫楼と模武はなにやらこそこそ話しているようだ。どうしたのだろうか?
東村はシャトルを手で拾って叫んだ。
「けけけ、のめのめ!」
ちなみにこれもわんこそばの掛け声らしい。さらに東村は大きく息を吸いまた叫んだ。
「はい、どーんどん!」
「はい、じゃーんじゃん!」
俺は続いて叫んだ。
東村がショートサーブをしたのだが、詫楼は後ろに下がってしまって取ることができなかった。
「7、ラブ」
「どういうことだよ!模武ううううううううううぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!!!!」
「落ち着いてくれ。だいたいわかったから」
例のダミーを使った秘策がこれだ。『けけけ、のめのめ!』はサーブの合図を変更する合図だ。最初の掛け声が『じゃーんじゃん』のときはロングサーブで、『どーんどん』のときはショートサーブということにしている。つまり、ダミーを逆にしたということだ。なぜこんなわかりやすい合図にしたか、その理由は相手を惑わすためだ。東村によれば、中途半端に考えてるやつは引っかかってくれるだろうからとかだった気がする。
そのとき、東村が俺に小声で話しかけてきた。
(俺たちの作戦がバレた)
(これも作戦のうちじゃないのか?)
(いや、単に俺があいつらをなめてた)
(じゃあ、どうするんだよ!)
(あいつらは初心者のお前を集中攻撃して勝とうとしている。だから、できる限りお前が太刀打ちできるようにする作戦を実行するしかないな)
(それはどんな作戦?)
例の作戦を聞いた後、東村は『わんこそばの掛け声をやったった……作戦』を諦めて普通にサーブのサインをした。人差し指だから、ロングサーブなのか。つまり、東村がサーブをしたら悪友の横にいなければならないという地獄を味わなければならない。そうこうしているうちに、東村はロングサーブをした。レシーブをする模武は一瞬俺に向けてスマッシュをした。そして俺と目が合った瞬間、顔を赤くしていた。さっきまでだったらかすることすらできなかったが、今の俺はシャトルにラケットを当ててヘアピンくらいできる。まあ、ネットで相手に点が入ったが……。この失敗は俺がまだ初心者ってことで許してほしい。
「オーバー1、7」
詫楼と模武は点を入れられた喜びもあるだろうが、それより俺に対する恥ずかしさが勝っているのだろう。俺は今…………………………………………………パンツ一丁である。……俺は決して変態じゃないからな!これが東村の言っていた作戦だからしょうがないだろ!あの悪友が『お前がパンイチになったらあいつらが恥ずかしがって打ちづらくなるし、野球拳のときと同じようにテンションが上がってもしかしたら覚醒するかもしれないからいいと思うのだが』とか言ってきたんだぞ!俺は別にパンイチになったからテンションが上がるのではなく、野球拳が楽しいからテンションが上がるんだ。そこのところを間違えないでほしかったな。
さて、試合に集中するとするか!
「オーバー14、15」
こちらが14点、相手の2人が15点。ヤバい、負けそうなのだが!『わんこそばの掛け声をやったった……作戦』が詫楼と模武にバレて以降、俺の失敗が積み重なりちょっとずつあの2人が追い上げてきて、逆にこちらが追いかけなければならない状況になってしまい、なんとかデュースに持ち込んだが大ピンチだ!
今回は俺がサーブをしなければならない。東村に人差し指を見せてロングサーブをした。レシーブをする詫楼は俺に向けてクリアをした。そんなことをしないでくれ。もしここでドライブの打ち合いとかになった場合、初心者である俺は耐え切れず負けてしまうだろう。どうにか東村に打ってもらっても次はもっと確実に俺を狙ってくる。つまり、ここで俺がきめなけらばならない!スマッシュを全力でするしかないようだ。東村が俺のやろうとしていることを理解したのか叫んだ。
「いけええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!きめろおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」
俺も叫んだ。
「スマアアアアアアアアァァァァァァァァァァッッッッッッッッッシュ!!!!!」
俺は全力のスマッシュをした。
…………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………しかし空振りした。
俺が空振りしたことに対して相手の2人や俺たちの試合を見ていた人たちは笑うのをどうにか抑えようとしている。だがもちろんだが、
「ぶはははははははははははは!!!やーい、空振りしてやんの!おもろすぎだろ!!!!!!」
「ゲ、ゲームです…………。ぷぷっ!………あ、すみません」
俺はトイレに向かって逃げ出した。
後日東村から聞いたことだが、あの試合の後、大陸が難多羅高校のバドミントン部の男子を『小白ファンクラブ』に誘い、見事変態野郎にさせたらしい。