第5話
明日は不安すぎる練習試合だ。
金曜日の夜、俺はベットに寝っ転がって右手でつかんでいるラケットを見つめていた。そして俺は叫んだ。
「わあああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!絶対に行きたくねえ!不安だって、あの部活メンバーでやる練習試合なんて!あああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
「うるせえぞ!寝るなら静かに寝ろ!」
リビングから父親の怒号が飛んできた。
俺は秘密で日帰り温泉に行きやがった最悪な父親に謝って、ラケットを見つめ直した。
「はぁ……。明日、俺、風邪引かねえかなぁ」
俺はこの1週間の練習を思い出していた。
月曜日の放課後。
「めちゃくちゃうれしいな!先輩がいない部活は絶対、楽だろ!最高すぎ!!!」
俺ははしゃぎながら体育着姿で体育館へと向かった。そして、体育館の入り口の扉を開くと……、
「…………ナニコレ?」
これは夢なのだろうか?東村はスッキリした顔でブリッジして、小白さんは大の字でうつ伏せになって倒れていて、大陸に至っては頭を謎のツボに入れながら逆立ちしていた。ちなみに、竹土先生はどうやって持ってきたかわからないマッサージチェアに座ってゲームしていた。
「よお弐星。早速だけど練習しろよな」
「小白さんと大陸はどうしてこうなった?」
「ああ、これ?俺の考えた練習メニューと称して嫌がらせしたらこうなった…………じゃなくて、新種のヨガみたいなのさせたんだよ。お前もやる?」
「絶対嫌だわ!」
東村に嫌がらせで大の字になってうつ伏せになってるのはまだわかるが、どうして謎のツボをかぶって逆立ちするのだろうか?………どんな嫌がらせされたのか怖すぎるから聞かないでおこう。
せめて、素振りでもして、タイミングを見計らって帰ろうかな。
素振りを始めようとしたとき、
「なあ弐星。岩破先輩はこの中で唯一経験者である俺に練習メニューを考えてくれって頼んだんだ。つまり、1週間は俺がこの部活で竹土先生を除いて一番偉い!俺の言うことを聞くように!」
「お前がバドミントンを始めた理由でお前の命令を聞くかどうか判断するよ」
理由がまともだったら、もしかしたらバドミントンで俺たちが強くなる方法を本気で模索しているのかもしれない。そういうやつの命令は性格が曲がってても聞いてやってもいいよな。
「バドミントンを始めた理由だって……?そりゃあ、サッカーとかはさ、レッドカードとかいうもののせいで嫌がらせができないけどな、バドミントンは相手を前後左右にコントロールして疲れさせた後に、弱くなった相手に全力のスマッシュを思い切りぶつけるとか、嫌がらせができるんだぞ!バドミントンはデッドボール的なものもないし。だから始めたかな」
「絶対にお前の命令は聞かないわ!」
「なんで!ちゃんと正直に言ったじゃん!正直に言ったからポイント高いはずだろ!」
「ポイントってなんだよ。……思った通りだったけど、人として終わってるからだよ!」
「俺の言うことを聞かないなら、こっちにも考えがある。先輩は『部活をサボってるやつがいたら、あたしに知らして。そいつにあたしが考えた特別メニューをさせてあげるから』って言ってたぞ。だから、俺が先輩に弐星がサボってましたって言うことだってできるもんね!」
「シャレにならないことを言うな!……もう、わかったよ。聞くからお手柔らかに頼むわ」
「わかった。弐星には先輩の考えた特別メニューをさせてやろう!」
逃げても特別メニュー。東村の命令を聞いても特別メニュー。コレハオワッタ。
火曜日の放課後。
俺は部活がしたくないから、タイミングを見計らって早退しようと思っていたのだが、大事なテストがたくさんありすぎてできなかった。
トボトボ歩きながら校庭の端っこへと向かった。そして、目的の場所にたどり着いたら……、
「……………………ナニコレ?」
小白さんがバットを構えていて、東村と大陸が1塁と2塁のところに突っ立っていて今にも走りだそうとしていて……って、これは……野球だ!よく見たら(よく見なくてもすぐわかるが)、野球部の部員たちと試合をしているではないか!…………何してんの?
小白さんに向かってピッチャーが弱弱しい球を投げた。……球が弱弱しいのはたぶん、小白に球をぶつけたくないのと後ろで大陸がものすごく威圧してるからだろうな。……ピッチャーどんまい。
しかし、小白さんはバットを振ったが弱っちい球を打てていなかった。あれ小白さん、打席から悲しそうにしながら離れたぞ?もしかして三振か?
大陸が『小白さんを泣かせやがったな!』とか言いながら、ピッチャーを思いきりぶん殴って野球部の連中と乱闘しだしたタイミングで、俺は東村に声をかけた。
「何してんの?」
「野球」
「見りゃあわかるわ、そんなもん!俺が言いたいのはなぜバドミントン部が野球部と一緒に野球をしてるのかってことだ!」
「ああそれはね、俺たちの活動場所は校庭の端っこじゃん。正直しょぼいから、スペースがめっちゃ広い野球部から半分くらいもらってもいいでしょ、ってなかんじで言ったらこうなった」
「ちょっと俺、野球部の人たちに謝ってくるわ!」
俺は野球部の連中が集まっている場所に向かった。……あれ、大陸ともう乱闘していないぞ?仲直りでもしたのだろうか?大陸が野球部の部員たちに配っているプリントが気になった。
「大陸、野球部の人たちに何を配ってんだ?」
「『小白ファンクラブ』の入会申込書」
「野球部の皆さん!今すぐそれを破り捨ててください!」
これ以上、変態どもを増やすわけにはいかない!
「弐星、何てこと言い出すんだ!まあ、破り捨てたとこでもう入会の手続きは終わってるし、もう破り捨てても意味ないんだけどね」
…………これ以上変態集団の勧誘をしないでくれ。
水曜日の放課後。
俺は東村に頭が痛いから休むと訴えたら(嘘)、『あえて痛いところ思い切り叩いたら治るらしいぞ』と言われ、東村が空手部の知り合いを呼ぼうとしたタイミングで謝った。
今日もトボトボ歩きながら体育館へと向かった。扉から体育館の中を覗いている男子数名を見つけた。
「そこ、どいてくれます?」
「ああ、すみませ……。アアアアァァァァァァァ!お前は異端者の弐星だ!お前なんかに命令される筋合いはねえぞ!」
俺を異端者とか言ってきた野郎とその周りで『そうだそうだ!』『異端者は帰れ!』『コロスコロスコロスゼッタイコロス……』とか言ってきた男どもは素直に道を開けてくれた。
なぜ、俺は異端者呼ばわりされなきゃならないのだろう?……こいつら、どこかで見覚えが……あっ!こいつら、『小白ファンクラブ』の野郎どもじゃないか!この組織にかかわると大変な目にしか合ってないから、正直かかわりたくないのだが……。
変態どもを無視して体育館に入ると、
「…………………………ナニコレ?」
東村、小白さん、大陸は横に並んで腕立て伏せをしていた。もっと詳しく説明すると、東村は片手だけで腕立て伏せをしていて、余った片手でスマホをいじっている……って、俺が小学生のときにおねしょしたときの写真を見てニヤニヤしているではないか!……東村とは中学のときに出会ったし、周りにはおねしょしたことはバレていないはずだし、あのとき写真撮ったやつもいなかったのに、なぜその写真を持っているのだ!……後で周りにバレないように、なぜその写真を持っているのか聞くことにしよう。小白さんはただ腕立て伏せをしているだけなのになぜだかすごくエロい!俺の相棒が性欲に負けそうだ!ここはまずい!耐えろ!……大陸は予想通り耐えられなかったようだ。なんなら腕立て伏せをしてるふりしながらこっそり小白さんを盗撮しているし。なるほど、小白さんの腕立て伏せを見に変態集団の一部が来たのか。ちなみに、竹土先生はVRゴーグルを頭に装着させてバーチャル空間を楽しんでいるようだ。
「東村、なんで腕立て伏せしてるんだ?」
「ああ、月曜の練習メニューと同じのをしようって言ったらさ、この2人がそれより腕を鍛えたいから腕立て伏せしたいって言いだしたからやってるんだよ。嫌がらせしたいのにできないから、しかたなく弐星のおねしょ写真のコラ画像を作るしかないよな……」
「お前、おねしょしてた本人の目の前でよく堂々とそんなこと言えたな」
「えっ。弐星くんっておねしょしたことあるんだ……!意外……!」
小白さんにおねしょしたことがバレてしまった!超絶悲しい……。
(東村くん。その写真、後で売ってくれない?)
(大喜びで売るよ!)
小白さんと東村の野郎が何かをしゃべっていたようだが、全然聞き取れない。嫌な予感がする。
「それより弐星、お前も腕立て伏せをしようぜ」
あの特別メニューじゃなくて助かった。腕立て伏せくらいなら別にいいかな?俺が腕立て伏せを始めると、東村は俺の前に立ち、片足だけ体育館シューズを脱ぎ……、
「あっぶな!」
「ちっ!」
俺は東村が足を俺の頭の上に乗っけようとしてきたのを避けることに成功した。
「なあ、避けないでくれよ!お前、ドMだからこのくらいのご褒美をやろうと思ったのだが」
「俺はドMじゃな……」
「弐星くんってドMだったんだ……。……まあ、…………いいと…………思う…………よ?」
「誤解だあああああああぁぁぁぁぁぁ!!!」
俺は部活の活動時間を丸々使って小白さんの誤解を解いた。すっげえ大変だった……。
ちなみに、大陸は俺のことは気にせずに、小白さんの盗撮に熱中していた。
木曜日の放課後。
今日はなんと部活が休みだ!この日を待っていたぞ!
帰りのホームルーム(竹土先生がめんどくさがりで『なんでもいいから早く終わろう。俺、定時に帰ってゲームしたいから』とか言い出してすぐ終わった。)の後、俺は荷物をまとめて帰ろうとしたとき、
「弐星、一緒に帰ろう!」
迅城が声をかけてきた。
「喜んで!」
「えっ。そんなにわたしと一緒に帰るのうれしいの?」
「日本人が日本語をしゃべれることと同じくらい当たり前のことだ」
「はわわわわわ……」
いつも帰りは、嫌がらせのことしか考えていない東村とか勘違いされて追いかけ回してくる変態集団とかと共にしているから迅城と帰れるからうれしいよな。
……なぜ、迅城の顔が赤くなっているのだろう?熱っぽいのか?まあ、たしかに今日はいつもと比べてちょっと寒かったからな。
「なあ、コンビニでなんか買ってかないか?」
熱っぽいならコンビニでなんか買ってやろうかな。今日の朝、ちょうどお小遣いもらったし。
(まさかの下校デートでコンビニに行くとかもしかして脈ありなの……!)
迅城がなんか言ってたような気がするがどうせ東村の悪口だろう。その程度なら気にしなくていいか。
少し歩いてコンビニに着いて中に入ると、
「いらっしゃいませ!……ちっ!異端者じゃねーか。……隣に見かけない女子が…………」
うわ、マジか!『小白ファンクラブ』の野郎じゃねーか!今日の運も悪いな。なんか変態信者Aがこっちに来てないか?俺に何かする気か!
俺が身構えた。が、俺を無視して迅城に向かってった。
(そこのあなた。あなたの隣のくそ野郎……じゃなくて素敵じゃないかもしれない男に気があるなら、俺たち、全力で応援しますからグイグイいっちゃってください!)
(べべべべべべ別に気があるわけじゃないし!)
この2人は何をしゃべっているのだろうか?どんどん迅城の顔が赤くなっていっているのだが。もしかして、この野郎が病原体なのか!
「おい、迅城!ここから脱出するぞ!」
「えっ。脱出?えっ、ちょっ…………!」
俺は迅城の手を掴んでコンビニから走り出た。
くそ!どんどん迅城の顔が赤くなっていく!もう手遅れか!
「なあ、迅城。おんぶとお姫様抱っこ、どっちがいい?」
「急に何言いだすの!………じゃあ、おひめ……さまだ……っこか………………な」
なるほど。寝っ転がっている状態に近いほうを選ぶとは!そんなに熱がひどいのか……。
俺は迅城をお姫様抱っこをすると猛スピードでこいつの家に向かった。
「ねえ弐星。なんでそんなに急いでるの?」
「なんでって。お前が心配だからだ!」
「心配?わたしの何を?」
「お前、熱じゃないの?」
「ちが……そうだよ。ごめんからかって」
なんとか迅城の家にたどり着いた。迅城を立たせると俺の腕が危険信号を鳴らしていた。絶対に本人には言えないことだが……結構重いんですね、迅城さん。
「それじゃ、お大事に」
俺は迅城を背に向けて歩き出した。
(なんで弐星は誤解するかなぁ……。まあ、お姫様抱っこしてくれてうれしかったからいいけど……)
俺は後ろを振り向き、
「なんか言った?」
「……別に。さっさと帰れ!」
なんか怒らせちゃったらしい。さっきつぶやいてたのが俺の悪口じゃなければいいな……。
金曜日の放課後。
俺は東村に迅城が心配だから今日はもう帰ると言い訳して帰ろうとしたら、あいつはもう帰ったぞと言われ、ズルズル引きずられながら体育館へと向かわされた。
体育館の中に入ると大陸はいたが小白さんがいなかった。大陸によると小白さんは休みの人の代わりに掃除当番をすることになり遅れるとか。……大陸は小白さんとは別のクラスなのに、なぜそのことを知っているのだろうか?怖いから聞かないでおこう。ちなみに、竹土先生は明日の練習試合に備えるから帰るとか言い出してもう帰ってしまった。
東村が口を開いた。
「明日は難多羅高校との練習試合だ。俺のサポートとあの作戦がなかったら、弐星は絶対に試合で負けるだろうな」
「俺以外でも負けるやつは2人いるだろ」
「小白は世間でいうところの絶世の美女だから、相手が男だろうが女だろうが失禁してそれどころではないだろうな」
「じゃあ、俺は?」
「お前は小白が応援してくれるから覚醒とかして何とかなるだろ」
「確かに」
…………もしかして、バドミントン部で俺だけが弱い感じですか?すごく悲しいのだが!
「でもな、どんなに強くても負けるときは負ける。だから今日は負けたとき、メンタルが破壊されるってことがないように、メンタルを鍛えようと思う」
具体的に何をするんだ?大陸も俺と同じように首をかしげている。
東村はニヤリとして口を開いた。
「というわけで、野球拳をしよう」
「「はっ?」」
「もちろん罰ゲームもあるぞ。一番最初に全裸になったやつは女子のスクール水着を着て校庭1周ね。ちなみに、この罰ゲームで教師に連行されても自己責任な」
「「そんなもん、やるわけねーだろ!」」
「まあまあ、やってみたら意外と楽しいと思うぞ」
というわけで、強制的に野球拳が始まった。
始めてから30分が経過しただろうか。そのとき、体育館の扉を小白さんが開けて入ってきた。
「すみません。掃除で部活、遅れま…………………」
「ひゃははははは!また俺の勝ちだ!弐星、最後の1枚のパンツも脱ぎやがれ!」
「脱ーげ!脱ーげ!脱ーげ!」
「脱げコールしなくても、俺は男らしく脱いでや…………」
俺たちは小白さんの存在に気が付いた。今、俺と大陸はパンツ一丁、東村はズボンをはいているが上裸だな。これはもしかしなくても変態にしか見えないよな。
俺は真面目な顔をしながらパンイチで小白さんに近づいて言った。
「校庭で走るからスクール水着貸してくれない?」
俺は人生で初めて女子のビンタをくらった。
今日までの5日間の振り返りを終了した。……左の頬がまだジンジンする。
マジでこの1週間大変だったな。
にしても、明日の練習試合で本当に『わんこそばの掛け声をやったった……作戦』がうまくいくのかすごく不安だな。
とりあえず寝るとするか。俺は目を閉じた。