第33話
翌日の朝4時前頃。睡魔と格闘しながら無理やり手足を動かして学校で使ってるジャージに着替え、ラケットの入ったケースを持って槇湛原公園にやってきた。
優花ちゃんが何をとち狂ったのか、俺によく眠れそうなクラシック音楽を流してきて師匠との約束を破らせようとしてきた。クソ幽霊には後で塩をまくとしよう。
公園は昨日のこの世の終わりみたいな状態が嘘のようで、めちゃくちゃ綺麗な状態になっていた。滑り台やジャングルジムのはがれかけていたはずの塗装は補修されたのか、めちゃくちゃ綺麗に塗装されていた。なんならすべての遊具が新品に見える。東村は嫌がらせのことを抜いたらただの凄い奴なのかもしれない。出家とかして心を清らかにしてくれたら、世界は平和になるだろう。
公園を見渡すと、師匠はどこから持ってきたのかとても大きな岩を背負い、汗水たらしながらスクワットをしていた。
「おはようございます。その岩どうしたんですか?」
「おはよう。これはね、1時間くらい前に山登って取って来たんだよね」
師匠はスクワットをやめて、片手で岩を持って見せびらかしてきた。
「この辺りにそんなでかい岩が転がってるような山ってありましたっけ?」
「いや、近くに山なかったからありそうだと思って阿蘇山まで行って取ってきた」
「師匠、ここ関東地方ですよ! 九州までどうやって行ったんですか!」
「そりゃあ走って……いや、どうかな。最短距離で行きたかったから泳いだりもしたかな」
「その調子だったら、光の速さを超えてタイムスリップとかしそうですね」
「いや、したことあるけど」
「さすがです師匠!」
「さて、そろそろトレーニングを始めるか」
師匠は肩にかけていたタオルで汗を拭きながら言った。
この流れはもしかしなくても岩破先輩の特別メニューのようなものをするのではないだろうか。
「すみません師匠。今日はちょっとお腹の調子が悪いようなので帰ります」
師匠は俺の様子を見て考え込んでいるようだ。
もしかして今日のトレーニングはなくなるのでは!
「ちょっとラケットを貸してくれないかな?」
俺はケースからラケットを取り出して、言われるがままに師匠にラケットを手渡した。
「シャトルもある?」
「プラスチックのやつならケースの中にありますけど……」
「じゃあそれも」
シャトルも渡すと、師匠はオーラのようなものを放ちシャトルを上にあげた。
「あの……、何してるんですか?」
何か嫌な予感がして師匠におそるおそる聞いてみた。
「弐星くんの腹に思い切りスマッシュを打ち込んでやろうと思ってな。痛いところをあえて、さらに刺激を与えると別の痛みに神経がいくとかで腹痛が治ると思うんだよね」
シャトルが徐々に高くなっていく。
「あー、なんかおなかの調子が戻った気がするのでそんなことをしなくて大丈夫だと思います」
「そう? それはよかった」
師匠は残念そうにしながら、ラケットでバウンドさせずにシャトルを取った。
危ない危ない。あやうく塩が苦手になるところだった。
それにしても、腹にスマッシュを当てるという特殊な腹痛の治療法は岩破先輩がやってたものだ。先輩は確か部長が言ってたとかなんとか言っていたような。
文化祭のとき、先輩は師匠を必死に探してたようだし、ただの知り合いではないのでは?
例えば、先輩が言っていた前部長というのが師匠だとか?
師匠は大海高校の生徒じゃないし、それはありえないな。
前部長と師匠が友達か何かで、それで縁があったというのが妥当だろう。
でも、だったらなぜ先輩は師匠を必死になって探していたんだ?
じゃあ師匠と先輩は付き合ってるとか? そうだったら俺が許さないが、違う気がする。もしそうなら文化祭のとき先輩と師匠は話すなりいちゃつくなりするだろうから。2人のいちゃついてる想像をしたらイライラしてきた。
それじゃあ実は兄弟だったとか。でも、師匠が先輩のことを苗字で呼んでいたから違う気がする。義理でもそこまでぎこちない関係にはならないはずだ。
じゃあ師匠と先輩のどっちかがストーカーとか。仮に師匠が先輩のストーカーだったら霊長類最強のバドミントンプレイヤーにボコボコにされてい……、待てよ? 俺をぐるぐる巻きにしていた鎖を師匠が破壊したときや、さっきの特殊な治療のときに、先輩みたいにオーラが放っていた。先輩のマネができるほどストーキングをしてたなんてことはないだろうし、できたらできたで怖すぎる。
師匠が大海高校のバドミントン部のコーチだとか? だったら自分の学校のバド部で教えればいいだけだしな。
考えれば考えるほど混乱してきたとき、急に目の前から「パン」ととても大きな音が鳴った。
目の前で師匠が手をたたいたようだ。
「しばらく変な顔して固まってたから心配しちゃったよ。体調悪いのか?」
「すみません。ちょっとぼーっとしてただけです」
ここで体調が悪いなどと言ってしまったら、今度こそ大変な目に合うだろう。
「あまりに変な顔だったもんだから思わず写真撮っちゃったよ」
師匠はニヤリと笑いながらスマホの画面を見してきた。
「なるほど。俺の写真を壁紙にするんですね。それなら言ってくださいよ! 俺のヌードくらい、いくらでも差し上げますから」
「別にいらないよ!」
「ひ、ひどい! そんなに俺のことが嫌いだったんですね!」
「そそそんなつもりじゃないよ……。……えぇっと、あれだ! 弐星くんは写真で見るより生で見たほうがいい……的なそんな感じかな!」
「なるほど。今ここで脱げと言いたいんですね。わかりました!」
「脱ごうとするな! ここ外だから!」
「外だったら何かあるんですか?」
「脱いだら変質者になるだろ!」
「生き物本来の姿になったら変質者扱いするとか、師匠は本当に人間ですか! 失望しましたよ!」
「失望される要素がどこにもないが! もういい加減トレーニングするぞ!」
「へいへい」
ちくしょう。会話を続けてトレーニングをどうにか回避したかったのに。
師匠は地面に置かれていたラケットとシャトルを拾った。ラケットは俺に返してくれたが、シャトルは師匠の手に包まれたままだ。
「それにしてもどんなトレーニングをするんですか?」
「それはまだ決まってない。まず弐星くんがどれだけ上手なのか、何が得意で何が苦手なのかはっきりさせないと、良い練習ができない」
師匠は喋りながら、草の生えていない広場で、足で線を引いて簡易的なコートを作った。
「俺がシャトルを上げてくから弐星くんは打ち返してくれ」
「それはいいんですけど、師匠のラケットはないですよ。それじゃあどうやってシャトルを打つんですか?」
「確かに。まあ、その辺に枝とか落ちてるだろうから探してくるよ」
「枝でシャトル打てるんですか!」
「わかんないけど気合でなんとかなるでしょ」
「なりませんよ!」
師匠は木やら草むらやらがあるほうへと向かって歩いていって、20秒もしないうちに戻ってきた。シャトルを持ってないほうの右手にはラケットと小さな紙が握られていた。
「そのラケットどうしたんですか」
「なんか落ちてた。ラケットと一緒にメモがあったんだけどさ……。これ、どういうこと?」
俺は師匠の手から紙を抜き取った。
『弐星をBLに目覚めさせてくれてありがとうございます。弐星の師匠さん、お詫びにどうぞ。』
書かれていた内容が意味不明だった。誰がBLに目覚めたって。心当たりがない。確かに師匠を舐めまわしたいという欲望はあるが、それとBLは関係ないしな。
……しかしこの筆遣い、どこかで見たことある気がする。中学の頃の偽のラブレターの文字や高校の合宿での『今日の練習はサボタージュ☆ by弐星(ちなみに東村と大陸は自分1人だけだと寂しいから連行しちゃった!てへぺろ♡)』の文字に似てるような……。
……。
「そのラケットに爆弾が仕掛けられてるとか、ガットに自分の黒歴史の写真が貼られてるとか、振ったら光るとか嫌なものはありませんか?」
「そんなことないと思うけど……。あと3つ目の光るのは別に嫌なものではないと思うよ?」
「まあまあまあ! あるかもしれないので今日はやめときましょう。それじゃあ解散で! さよーなr……いたたたたたたたたたた!」
肩を思い切り掴まれた。すごく痛い!
「何かと理由をつけて帰ろうとしない! もう練習するよ!」
また帰ろうとしたら岩破先輩の特別メニュー並みにヤバいものが待ってる気がするから諦めるしかないか。
俺と師匠はそれぞれ自分のコートの真ん中あたりに立った。
「それじゃあいくよ!」
師匠はロングサーブをして、シャトルが俺の右後ろのほうに飛んできた。コートの角ギリギリだ。
俺は後ろのめりでバランスを崩しながらなんとかクリアをして、相手コートへシャトルを飛ばすことができた。しかし、ネット(本当はないけど)手前に高く上げてしまった。
プッシュが飛んできておしまいだ。負け試合確定だな。
「何諦めてんの。これは試合じゃなくてトレーニングだよ」
師匠は真ん中から3歩でシャトルが飛んでくる位置に行き、シャトルのコルクの部分にフレームを上手に当ててヘアピンをしてきた。シャトルが落ちる場所はコートの左前。しかもまた角ギリギリ。しかもおそらく高さはネットすれすれ。化け物かよ。
俺は今コートの右後ろ。俺は全力疾走でシャトルが落ちてくる場所へ向かった。地面につくまで1センチ。勢いのあるスライディングでどうにか相手コートに上げることができた。
「姿勢が悪いとダメだよ」
師匠はまた真ん中から3歩で前に飛んだシャトルを打ち、俺のコートの右後ろに飛ばしてきた。これもまた角。
俺は全力疾走したがさすがにどうしようもなく、シャトルが俺のコートに落ちてしまった。
「無理かぁ~……」
俺は地面に寝っ転がって仰向けになった。
師匠が手を伸ばしてくれたので、俺は彼の手を掴んで立った。
「思った以上にクソザコだったね」
笑顔でとんでもないことを言ってきた。
「頑張って打ち返したのにその感想って、ひどくないですか!」
俺は涙目で訴えた。
「ご、ごめん……。まぁ言い方がちょっと良くなかったね。ちゃんと言うとね、君は最初に打つときのフォームは文句ないんだけど、それからのフォームは控えめに言ってゴミだね」
「結局ひどいじゃないですか!」
「それはそうなんだけど、でもまぁ……、これはなんとかできるんだよね。というのも君はどうしても打ったらその場にとどまってしまう癖がついちゃってるみたいだから、真ん中に戻ると改善できるよ」
師匠のアドバイスを聞いて、言われてみれば、いつもの練習や詫楼たちとの練習試合であまり打ち返せなかったのは、真ん中に戻れてなかったからかもしれない。
「さて、コートに戻って戻って」
俺たちはまた真ん中に立った。
「今度はシャトルを高く上げてくれ」
師匠はそう言うとロングサーブをした。俺はちょっと後ろのほうに飛んできたシャトルを、師匠に言われた通りクリアで高く上げた。
「さて、これは打ち返せるかな?」
師匠はニヤリと笑った。
相手コートのちょっと後ろのほうへと飛んだシャトルを、師匠はジャンプして、半身になり弓を引くようにラケットを構えて思い切り振った。「バン」ときれいに音が響くと同時に、俺のほうへとスマッシュが飛んできた。
普通はとても速くて怖い球だと思うかもしれないが、俺は、打ち返そうとしたら400%優花ちゃんの仲間になっちまう弾を知っているから、あまりこの球に恐怖だと思えない。
俺はシャトルが飛んでくるだろう位置にラケットを構え、ラケットがシャトルに触れた瞬間に少しだけ手首を振り、相手コートの手前側へ飛ばした。
「それ、取れるの! ……じゃあもう1回上げて」
師匠は軽くロブをして、俺の近くへシャトルを飛ばした。それを俺はクリアでまたちょっと後ろのほうへと飛ばした。
「これならどうかな?」
師匠はまたジャンプしてきれいなフォームでスマッシュしてきた。先程のスマッシュよりも力強く打ったためか威力が増している。
俺の前に球が飛んできたため、また同じように構えた。今度は威力が結構あるので、別に振らなくてもラケットに当たっただけで、シャトルは勝手に相手コートに飛んだ。
「だから何で取れるんだよ! じゃあもう本気でやるからな! もう1回上げてくれるかな?」
あれれー? もしかして俺は意外とバドミントンが上手い感じですかぁ? さっき師匠は俺のことをボロクソ言ってたけど、前言撤回してもらおうかなー。
師匠がちょっと前のほうへと飛ばしたシャトルを俺はドヤ顔でロブをして、相手コートの後ろのほうへと飛ばした。
師匠の様子が何かおかしい。何か嫌な予感がしてきた。
師匠はスマッシュのフォームをすると思いきや、岩破先輩みたいにオーラのようなものを放った。オーラのようなものは岩破先輩のものよりも大きくトゲトゲしているように見えた。
俺の身体から変な汗がどんどん出てくる。
師匠はさっきみたいにジャンプして半身になって弓を引くようにラケットを構えて思い切り振った。大量のダイナマイトが爆発したような音とともに俺のほうへとシャトルが飛んできた。一目でそれは岩破先輩のスマッシュの数倍の威力だとわかったため、俺は思い切り避けた。
シャトルを目で追うと、着地した先で大量の土が舞い、俺7人分くらいがすっぽり入れるくらいの大きさのクレーターが出来上がっていた。
「さっきまでスマッシュ取れたのに、なんでこれは取れないわけ?」
「無理言わないでくださいよ! 取ろうとしたら死んじゃいますよ!」
俺は初めて師匠に恐怖した。
それにしても、岩破先輩と似たような雰囲気を何度も感じたな。しかも先輩よりも強いし。
「師匠。もしかして岌寳っていう名前は偽名で、本当は岩破だったりします?」
「違うよ。どこをどう見たら、あのか弱い岩破と同じ苗字になるの?」
いや師匠のほうが、どこをどう見たら先輩がか弱いだなんて思えるんだ?
「まあ、これで君のできるできないがわかったよ。君はね、フットワークと威力のあるスマッシュを打ち返すことの2つができないみたいだね」
「フットワークはともかく、スマッシュ云々は無理ですよ! あれを受け止めれるのは人間よりも身体能力が優れてる地球外生命体くらいですよ!」
「なんで君はそうやってすぐ無理だなんて言うかな。そんなこと言ってるから上手くなれないんだよ?」
「これに関しては無理あるでしょ!」
「はい、無理って言った―! これから君は無理って絶対言わないこと。わかったら返事はイエッサー」
「イエッサー」
「さてと。じゃあまずは、どんなに威力のあるスマッシュでも打ち返せるようになるために筋トレからやっていくか!」
「あのスマッシュは筋力だけの問題じゃない気がするんですけど!」
「返事はイエッサー」
「イエッサー!」
というわけで今日から師匠によるきつい特訓が始まったのだった。
ちなみに、優花ちゃんは俺に構ってもらえなかったからか、砂場で俺の股間に生えている汚物の模型を作って「ちっさ」とか悪口を言っていたらしい。
それを知った後日、俺が塩をまぶしまくった拳で、クソ幽霊を本気でぶん殴ろうと追い回したのは言うまでもない。




