第27話
文化祭は2日間で行われる予定で、今日が1日目。
俺と迅城は午前中は店の当番じゃないから一緒にまわることになった。ちなみに、東村もしばらく当番じゃなかったのであんまりしたくないけど誘ったら、忙しいからとどこかへ行ってしまった。
「それじゃあ行きやしょうか旦那」
俺はイケメンキャラを演じながら迅城に言った。
「弐星。それがイケメンのイメージなら死んだほうがいいよ」
「しょうがないじゃん。だってイケメンとかいう知的生命体と関わったことないんだから」
「じゃあ私に壁ドンして話しかけてみてよ。そしたらかっこいい感じの喋り方とかできるんじゃないかな」
俺は壁ドンして、迅城の顔に自分の顔を近づけた。
迅城の顔が赤くなった。
もしかしてこれはイケメンキャラになれてきているということなのか!
あとは何かしゃべればクールに決まるはず。
「俺、最初は隣のクラスのメイド喫茶に行きたいんだよね。メイドとのツーショット写真とか手に入るかな?」
迅城は俺の腹を思い切り殴った。
「壁ドンして他の女の話をする人初めて見たよ」
俺にゴミを見るような目で見てきた。
あれ、何かやっちゃいました?
『目の前にいる女子を褒めるとかしたら?』
珍しく優花ちゃんがまともなことを言ってきた。
「もう1回だけさせてくれ。今度はちゃんとするから」
「……わかった」
俺は迅城の耳元で囁いた。
「……好きだよ」
「ふぇっ!」
「お前の耳たぶ」
迅城は顔を真っ赤にして思い切り俺の股間を蹴ってきた。
「なんで耳たぶの話をするわけ!」
『まさか予想の斜め下をいくとは』
「しかたねえだろ! 壁ドンしてしゃべろって言われたって何しゃべればいいかわかるかっての! さすがにメイドの話するのはよくないって思って、じゃあお前の体の部位で好きなところでも言おうかなって考えたの!」
「嘘でもいいから『好きだよ』で止めてほしかったよ! というかなんで耳たぶを選んだわけ!」
「最近AV見てて耳たぶいいなって思ったから」
『最近、どんどん弐星の性癖が増えていってる気がする』
「あんた、今日1日他の女子とAVの話禁止ね」
「そんな……」
「当たり前でしょ。他の女子の話題はともかくAVの話題は女子の前でしないのが常識でしょ」
「わかったよ。さっきまでのことは冗談だと思って水に流してくれ。それじゃ行こうか。教室の外はもう混んできたから俺から離れるなよ」
俺は迅城の手を掴んで隣にある店へ向けて歩いた。
(……今のはかっこよかったかも)
「何か言った?」
「何にも」
キャーキャー言ってる幽霊を無視しながら目的の店にたどり着いた。
店の名前は『孤独の喫茶』。
孤独という言葉に違和感はあったが、東村の情報では、メイド喫茶はここで間違いないはず。そして何より……、
「おかえりなさいませご主人様……って弐星さんじゃないですか。じゃあ萌え萌えキュンキュンとかもしましょうか?」
メイド姿の照湊さんがいるのだ。
「ここってメイドとツーショットとかってできますか?」
ものすごく大事な質問をした。
「そういうサービスはしてませんよ。でも、弐星さんとならいつでも一緒に写真を撮ってもいいですよ」
照湊さんとツーショットの約束をしようとしたとき、迅城が俺の脇腹を引きちぎる勢いで掴んできた。
「あの照湊……さんでしたっけ? すみませんが今弐星とデート中なので、そういうのやめてもらえますか?」
「え……。弐星さん、付き合ってる人いたんですか?」
照湊さんの目がものすごく怖い。
「そういうわけじゃないんだけど、今日はそういう日みたいな感じ……かな?」
「そうなんですね! だったら後夜祭は私とデートしませんk……」
「早く私たちを案内してください!」
迅城は照湊さんの言葉を遮るように言った。
俺を何かに誘おうとしてなかったか?
照湊さんは迅城を一瞬睨んだ。
俺たちはメニューの一覧表を渡された。
そこに書かれたものは、パンケーキ(※味の保証はしません)、コーヒー(※砂糖の代わりに塩をいれました)、納豆、しょうゆ、みそ、わさび、ジャム、デスソース、ドリアン、なめこだった。
「もしかしてこの店って東村が関わってます?」
俺は照湊さんに大事な質問をした。
「よくわかりましたね。急に現れて人気になれるからってアドバイスをしてくれたんですよ」
俺たちはパンケーキのみを注文した。
すると迅城は照湊さんに、俺はメイド姿の屈強な男に個室に案内された。
「こちらがくそまず……とても深い味のパンケーキになります」
俺は皿を持たされ、個室に無理やり入れられドアが閉められた。
椅子と机が置かれていて、その前に張り紙が貼られていた。
『現在、日本では少子高齢化が進んでおり、1人で生きていく人々が多くなっています。このような事態に対して寂しいと感じる人は多いと思います。しかし、我々がこのようにしたのですから不満に思うのは違うと考えています。寂しいと感じないための訓練をする必要があります。メイド喫茶という甘い言葉に騙され入店してしまった孤独に嫌悪感を抱いるそこのあなた。当店では孤独に耐え抜く精神を作り上げることができます。これであなたも超絶にかっこいい一匹狼ですね! byスーパーアドバイザー東村』
なるほど、東村が忙しい理由って他の企画にも関わっていたからなのか。つまり、文化祭と称した東村の究極の遊び場というわけか。
『なんか東村、すごいことしてるね』
感心してる場合じゃないぞ。
最近おとなしくて怪しいとは思っていたが、まさかこんな手間のかかったことをしやがって!
とにかくここから脱出しなければ東村の思うつぼだ。
早くここから出たいが、さすがに自分が注文したものを食べずにここから出るのはマナー違反だろう。
皿にはクリームで「merry christmas」と書かれたパンケーキと、フォークが2つ用意されていた。
クリームの文字はクリスマス気分を味わせるためのものだろうか。ならばフォークが2つあるのはどういうことか。「1人でケーキを食べるつもりで買ったら、付き合っている人でもいるのかと店員に思われ、サービスでフォークを1つプラスしてくれた」という意味とか込められているのだろう。
ふっふっふ。甘いぞ、東村! 残念だったな!
残念ながら幽霊の優花ちゃんがいるから俺は孤独じゃないぞ!
『私、迅城ちゃんが気になるから行ってくるね』
救世主の幽霊は壁をすり抜けようとしていた。
「俺を置いていかないでくれ! 寂しくて死んじゃうから!」
優花ちゃんはこっちを向いてニヤリとした。
『じゃあ好きな人言ってよ。最近にぼっしーの周りにメスが多いから結局誰のことが好きなのかわからないんだよね』
メス言うな。
「オレハユウカチャンノコトガスキダヨ」
『私のことが好きとか言って誤魔化そうとしないで! あと気持ちがこもってなくてすごく傷つくんだけど!」
「別に俺は恋愛的な意味で誰かのことが好きとかないんだけど」
『じゃあ小白ちゃんや迅城ちゃん、照湊ちゃんとかは性欲処理をしてくれる人としか思ってないんだね』
「俺、そんなふうに思ってねえから! そうじゃなくて友達として好きなんだって!」
『なるほど。女性陣はちゃんと友達として見てる。だけど大陸や東村たちのことは性的に見てると言いたいんだね』
「なんでそうなるんだよ! 俺は同性愛主義者じゃなくて異性愛主義者だから!」
『でも、異性で好きな人がいないなら証明できないよね?』
「これから作るんだよ!」
『子作り?』
「違えよ! 好きな人を見つけるんだって! お前と喋ってると頭がイカれそうだよ!」
『体育館とかで野球拳してる時点でイカれてるけどね』
「おい。そろそろ混み始めてきたから、1人でわけわかんないこと言ってないで早く食え。店の邪魔だから」
ドアの向こう側で先ほど俺を無理やり個室に入れやがった野郎が、店の邪魔だとか言ってはならないことを口にした。
俺は机に皿を置き、席に座って食べ始めた。
パンケーキは甘い味、辛い味、苦い味、しょっぱい味、脂っこい味が一気にきて、口の中ではネットリとしていて食べた後も食感が口に残る。こんなパンケーキ初めて食べたよ。
『とてもまずそうだね』
俺は口を押さえて立ち上がりドアを開けた。
「すいませんギブしていいですか?」
「お前張り紙をよく見ろ」
男が個室に入ってきて張り紙のほうへと向かうと、張り紙をめくった。
『食べ残した場合料金は100倍となります』
「パンケーキの普通の料金はいくらですか?」
「500円だな」
となると、食べ残したら50000円か。
俺は席に戻ると、一気にパンケーキを口の中に押し込んだ。
『顔色が青を超えて緑になってる人初めて見た』
俺は財布から500円玉がちょうどあったからそれを男に出した。
「すみません! ちょっと急用ができました!」
猛スピードでこの店から脱出した。
「べ、別にあんたのことなんて待ってなんかいないんだからね」
「一緒にまわる人を待ってなかったら最低だぞ」
「ツンデレキャラを演じてるの! 実際にそんなことしないから! というか顔色悪いけど大丈夫?」
「お前こそ大丈夫なのか?」
「なんで?」
迅城の顔色は別に悪そうじゃなかった。
「お前、あのパンケーキ食って平気だったのか!」
「なんかパンケーキはイージーかハードか選べなんて、わけのわからないことを言われてイージーを選んだら、めちゃくちゃおいしそうなパンケーキが出てきたよ。実際おいしかった」
「何それ。俺そんなこと言われてねえんだけど」
「それで次どこに行くの?」
「トイレだ!」
「そんなに私といたくないんだね。そうなんだ私のこと好きじゃないんだ。へー」
迅城は包丁を手に持って俺に向けてきた。一体どこから持って来たんだ。
「なんで包丁!」
「安心して。これ本物だから」
「安心できる要素が見当たらねえ! ……お前ヤンデレっぽくなってるぞ! 迅城はツンデレキャラじゃなかったのかよ!」
「そうだった。忘れてた忘れてた」
迅城は先ほどまでいたメイド喫茶と称した詐欺の店に入って、少しすると戻ってきた。包丁を持っていなかった。
「さっきの包丁はどうしたんだ?」
「偶然照湊さんが包丁を持ってたから貸してもらったの」
警戒するのは照湊さんのほうなのかもしれない。
「結局次どこ行くんだっけ?」
「トイレ……だったけど、お前と話してたら吐き気がなくなったな。じゃあ次は『恐怖の館』はどうだ? 名前からしてお化け屋敷っぽいやつ」
迅城はちょっと青い顔をしていた。
「どうした?」
「お化けはちょっと怖くて……」
『確かに公共の場で野球拳をする、ある意味お化けが近くにいるのは怖いよね』
本物のお化けは黙っててくれ。
「大丈夫だって。俺がいるし」
「じゃじゃじゃじゃあ! さっきみたいに手をつないでくれたりとか……その……」
「え……? あぁ、別にいいけど。なんなら腕を組んだりしてもっと近くにいたら、怖くないんじゃないのか?」
「はわわわわわ!」
迅城の顔がものすごく赤くなっている。
人が多くて体調を崩したのか?
『にぼっしーは野球拳を除けばいい人だよね……』
なんだよ。残念なものを見る目は。
「ほら。さっさと行くぞ」
迅城の手を握ると、彼女は下を向いてしまった。
「おい。本当に大丈夫なのか?」
「ほほほ本当に大丈夫だから」
どうしたものかと思っていると、前から人影が現れた。
「はやちゃんと弐星くん。こんなところで何してるの?」
小白さんの声を聞いて迅城は顔を上げて彼女のほうを向いた。
「私と弐星の2人で文化祭をまわってたとこ」
「じゃあ私も一緒にまわってもいい?」
俺は「いいよ」と答えようとしたとき、小白さんの後ろに、闇のオーラみたいのをめちゃくちゃ放っている野郎どもがいることに気がついた。もし小白さんとしばらく一緒にいたら、明日から一生山か海のどちらかで涙を流しながら生きることになるだろうな。
「ごめん! 今日は迅城と2人きりでまわる予定だから!」
「えっ! それってどういうこと……」
迅城の顔がどんどん赤くなってきている。小白さんは「はわわわわ」とか言っている。2人は一体どうしたのだろうか。
「ほら行こう! 俺たちには『恐怖の館』が待ってるんだ!」
俺は『小白ファンクラブ』のほうを見ると、闇のオーラを放つのをやめていた。さすが俺だ。一休さんに匹敵するくらい頭が回ったんじゃないのか。
迅城を引っ張る形で目的地へと歩いた。
小白さんが後ろで「私と会う前からあの2人、手をつないでたじゃん。じゃあ、もしかして本当に……」とかなんとか呟いていたような気がする。
『好きな人がいないとか言ってたくせに本当はいたんだね!』
何の話だ。まあ、いつもの戯言だろうな。
「……さっきさ、腕を組むとかどうこう言ってたじゃん。あれって結局するの?」
「お前がしたいのなら」
「あ、あんたがどうしてもって言うのならやってあげなくもないんから!」
「どうしてもじゃないから別にいいや」
「そこはどうしてもって言え!」
「は、はい! どうしてもしたくありません!」
迅城は笑顔で俺の手から離れると、思い切りぶん殴られた。
「俺、別に悪いことしてなくないか! したくないっていう意思表示をしろってことだろ!」
「したいっていう意思表示だよ!」
『さすがの私も最低だと思ったよ』
優花ちゃんに真顔で言われると心に来るな。




