密かな恋心(小鳩side)
生徒会長の稀里さんのフォローのおかげで、あたしたちは初恋部として活動できるようになった。美琴ちゃんのあの怒りっぷりを見た時はどうなることかと思ったけれど、無事部室も与えられて、もう混雑する学食で身を寄せ合って話す必要もない。いよいよこれから、って感じ。
「でも実際のところ、あたしって初恋部がどういう活動する部活なのか、よく知らないんだよねえ」
「ああ、絢星の説明ってかなり抽象的っていうか……あれじゃわからないのも無理ないよな。俺だってよくわかってないし」
「あはは、でも楽しそうだとは思ったよ。上坂さんって思ったよりキャラ濃いよねえ」
「だよな。第一印象と違いすぎてビックリした」
用意された部室は、元々はずいぶん前に廃部になった文化部が使っていたものらしかった。長らく使われていなかったため、入った瞬間に埃臭さが気になってしまうレベルだ。あたしたちはまず、手分けして掃除をすることに決め、なんてことない雑談をしながら、掃き掃除を進めていた。
「でも、そんなこと言って、千滝も本当は真実の愛を探していたりして……?」
からかうように言ってみせたけれど、この胸は途端に大きな音で高鳴りだす。
あたしにとって、初恋部の具体的な活動内容なんてもの、特に重要ではなかった。話を聞くだけでは不明瞭な要素しかなかった初恋部に入ると決めたのも、幼なじみである千滝が、あたしを頼ってくれたことが嬉しかったからだ。
そして、クラスの違う千滝と少しでも接点や話す機会を増やしたいという、邪な思いもあった。
「まさか。俺には好きな人なんていないし、必死になって探すつもりもないよ」
そのつまらない答えを聞いて、心の底から安堵している自分がいる。
あたしは、千滝が好きだ。物心つく前からずっとずっと。たとえ彼女になれなくとも、少しずつ大きくなる彼の背中を、一番近くで見てきたのは他でもない自分だという自負がある。このポジションだけは、絶対に他の女の子には取られたくない。
「そこの二人! 早速真実の愛について語らっているのね?!」
「ああ、面倒臭いことになった」
向こうで備品をウェットティッシュで拭いていた上坂さんが、何かを嗅ぎつけてこちらへ寄ってきた。やれやれと呆れたようすの千滝もまた、あたしの目にはすごくかっこよく映ってしまう。惚れた弱みとはこのことなのだろう。
「いいわ! 私も混ぜてくれないかしら?!」
「いや、別にそんな大した話じゃあ、」
「小鳩、貴方はどういう男性が好きなの?!」
興奮気味の上坂さんにそうたずねられ、心臓がきゅっとなる。ジェットコースターで真っ逆さまに落ちるときのような、あの感覚だ。
「え、と……あたしは、」
千滝が好き。
なんてことは口が裂けても言えないので、適当にごまかしておくことにする。
「や、優しくて……ちょっと優柔不断なところもあって、だけど頼りがいはあるっていうか、やる時はやるっていうか……それでいて変に威張ったりしなくて、あと、トマトが嫌いで……」
って、あたしのバカ!
つらつらと口をついて出た自分の台詞に、自分でツッコミを入れる。ごまかそうとしたのに、こんな限定的すぎる条件を出したら、特定の誰かのことを言っていると丸わかりだ。しかも、トマトが嫌いでって何! あああ、この間学食行った時に変に対抗意識燃やして仲良しアピールしちゃったから、上坂さんだって千滝がトマトが嫌いだってことは覚えているはず。こんなの、千滝が好きだと言っているようなものじゃない!!
「へえ。小鳩の好みって知らなかったけど、結構変わってるんだな」
「そうね。優柔不断な男は一般的にはモテないと思うわ」
と、思ったけれど、千滝と上坂さんはなぜだかまったくピンと来ていないようすだった。初恋部なんて部活を立ち上げるわりには、その手の話題にはどちらかというと疎いらしい。助かった、とあたしは隠れてそっと息をつく。
「それに、好き嫌いが多いのもマイナスポイントだよな」
「そうね。何でも食べてくれるに越したことはないわ」
千滝は何も知らずに、ケラケラと笑う。それに同意した上坂さんも、やはりあたしの密かな恋心には気がついていないようだ。
「あはは、変わってるのかな~?」
あたしも精一杯の作り笑いでおどけてみせた。
(いいの、いいんだよ、これで)
あたしの恋が報われることは、きっとない。
それでもいい。千滝の、ちーくんの一番近くにいられたら、それだけで十分だ。