運命の赤い糸
チャイムが鳴り、あっという間に昼休みになる。席を立って学食に向かおうとした瞬間、誰かに思い切り腕を捕まれて阻止された。
「……上坂、さん?」
「ねえ、遠野くん。さっき言いそびれちゃって……お願いがあるのだけど」
嫌な予感がして、こめかみが引きつる。
「何すか」
「せっかく休み時間になったんだし、校内をちょっと案内してくれない?」
「……」
いや、そんなん別に俺じゃなくてもいいだろ!
現にほら、周りに上坂と話したくてそわそわしてるヤツ、男女問わず死ぬほどいるじゃねーか!
と、つっこみたい気持ちは山々だったが――。
「ええと、上は1年の教室で、あっちは……」
結局、断るのも面倒で(というか良い断り文句も浮かばず)案内人を引き受けてしまった……。
上坂は満足げに俺の隣を歩いているが、一緒に歩いているというだけで色んなヤツらの視線がビシバシ突き刺さるので、もうほんと、早いところ切り上げたい。
「とまあ、大体こんなところかな。ああ、左に行くと学食があるよ。お昼は持ってきた?」
「いいえ、持っていないの。だからついでに学食に行くことにするわ」
「ああ、そう、じゃあ気をつけて……」
「せっかくだから、一緒に食べましょう! 遠野くん!」
「えぇ……」
ようやく別行動できるチャンスだと思ったのに、上坂はキラキラした目でとんでもないことを言った。そして眉間に皺を寄せながらも、渋々頷いてしまう俺。こういうところが煮え切らなくてダメなのだとわかってはいるが、いやだって、こんな顔で誘われたら断れないだろ。
結局並んでA定食を頼んで、空いていた席に対面で座ることになってしまった。二人して、黙々と焼き魚を口に運んでいく。食べている時にぺちゃくちゃ喋るのもどうかとは思うが、それにしたってこの状況では、ああ、箸の持ち方綺麗だなとか、魚食べるのうまいなとか、そんなことを考える以外にやることがない。
そう、一言で言うと、気まずいのだ。
「あのさ……」
沈黙に耐えかね、俺は口を開いた。
「上坂……さんって、部活とか何入ろうかなとか考えてる?」
なんてことない、ただの雑談のつもりだった。当たり障りのない、誰が聞かれてもさして嫌な思いをしないであろう何気ない話題を、脳みそフル回転で探して、最初に出てきたのがこれだったのだ。
だから別に、本気で気になったというわけではないのだが、なぜだか目の前の彼女は、みるみるうちに表情を輝かせて。よくぞ聞いてくれましたと言わんばかりに、おもむろに立ち上がって、バン!と机を両手で叩いた。
「遠野くん! 私と一緒に新しい部活を作りましょう!」
いや、意味わかんねーから。
「……あのさ? どんな部活やりたいのか知らないけど、メジャーな部活ならウチはだいたい揃ってるし、同好会とかも色々……」
「私、身を焦がすような情熱的な恋がしたいの!!」
人の話を聞け。ていうか、脈絡なさすぎだろ!
「だからね、作りたい部活はもう決めてあるの。その名も……初恋部よ!」
「ダセエ!」
いや、ダメだ。あまりに色々とあり得なさすぎて、思わずつっこんでしまった。
待ってくれ。この子、もしかして結構痛い子だった? 自己紹介のときはそんなふうに見えなかったけど、最初だから猫をかぶっていたのかもしれない。絶対に深く関わらない方がいいと、俺のセンサーがそう告げている。
「あ、俺、用事を思い出したからこれで……」
「遠野くんって、マトモに女の子と付き合ったことないでしょ?」
「待て待てそれそんなデケエ声で言うことじゃねーからな?!」
嫌な予感が最高潮に達して、俺は無理矢理上坂の口を手で塞いだ。この声のボリュームだと変な注目を集めてしまいそうなので、そのままずるずると引きずって、廊下に出る。人通りを確認しながら、俺は盛大にため息をついた。
「あのね、仮に俺に恋愛経験がないとして、それとこれと何の関係が……」
「初恋部を作って、一緒に運命の赤い糸を手繰りましょうっ!!」
あ、ダメだ、こいつ話通じねーわ。