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聖夜  作者: かえる文学
9/14

聖夜9

 少年に言葉をかけた後に、おもむろに擦り切れたズボンのポケットを探るサンタ。


 そこからグレーのスマートフォンを取り出すと、指を滑らかに動かし、画面を操作しはじめた。


 5分ぐらいたった頃、サンタはスマホをいじってない方の手で指をパチッと鳴らした。


 音が完全に消えると、スッとスマホの画面を少年にみせてくれる。


 その画面にはインスタグラムの写真が写っている。


 いつもは下品に顔を歪めている隣の女二人が、まるで別人のようにアイスクリーム屋の前でにこやかな笑顔を浮かべていた。


 ただし、この写真の一番の見どころは別にあった。


 すなわち、女が手に握っているコーンの中から、黒々とした顔を出すミヤマオオクワガタであり、そしてもう一人の女が持つ、コーンの上のヘラクレスオオカブトがそれである。


 サンタが操作して見せてくれる、その他のどの写真や動画にも、その写真の最も重要なピンポイント部分に、ちょこんと世界各国の昆虫たちが顔を出していた。


 少年は手のひらサイズの異様な映像世界に目を奪われつつも、ふとこういうコンセプトの昆虫図鑑を発売したら以外と人気が出るのではないかということが心に浮かんだ。少なくとも僕は買う。


 このささやかな復讐に対し、少年は満足であったが、すぐに彼らがパーティーの真っ最中であることに思い当たる。


 自分のSNSが、自己顕示的な昆虫図鑑と化していることに気づくのは、大分時間がかかるかもなあと思う少年。


 しかし、さすがにインフルエンサーは違う。


 どんな場面でもすぐにスマホを開くのが彼らの習性らしい、しばらくすると隣の部屋から聞こえる喧噪の種類が変わったのが分かった。


「えー、なにこれ」

「えっ、やばい、気持ち悪い」

「どうしたの」

「すげー、おもしれーな、やるじゃん」

「ちがうよ、ねらったんじゃねーし」

「はっ、待って、やば俺のもなんだけど」

「まじかよ、うけんなー、てか俺もだ」

「ウイルスなのかなー」

「まじで気持ち悪い」

「嫌なんだけど」


 これはかなりのダメージを与えたらしい。


 おそらくスマホで過去の投稿全てをチェックしているのだろう、去年には1回も訪れなかった沈黙が隣の部屋を支配している。


 これでしばらく静かになるだろうと安心したのもつかの間、なんと数分の後、再び狂乱の宴の幕が切って落とされたのだ。


 しかも前に比べてテンションが跳ね上がっている。


 どうやら異常な事態から愉快さだけを抽出して、それに伴う困難や問題は先送りにし、無かったことにしたらしい。すなわちヤケクソである。


 もはや失うもの恐いものは無いという、瞬間的な脳内麻薬の効果は絶大で、かつてない激しい揺れがアパートを襲う。


 漏れ聞こえる声からは「逆に映える」「昆虫アゲ―」という、まさかのワードまで聞こえてきた。彼らは逆境を跳ね返したのだ。


 少年は再び憂鬱になってしまった。


 もしかしてこの手のタイプはどんなことがあろうと一生パーティを続けるのではないだろうか、そしてこのアパートに住んでいる限り、その騒音や実害から逃れることは出来ずに、常に恐怖に悩まされ続けることになるのではなかろうか。


 そんな人生には耐えられない、とノイローゼ気味になってしまった少年は、乱れた呼吸をひとまず正常にしなくてはと、最近始めた精神安定の儀式に取り掛かることにした。


 そもそも隣の騒音問題とは別に、最近は急に眠くなったり、頭が痛くなったり、動悸が激しくなったりするので、少年はスマホで調べた深呼吸法を、自分が落ち着くまで何度も繰り返すことがルーティーンの様になっていた。


 まずは息を全てしっかり吐きだし、完全に出し切った後に、限界まで深く吸う。そしてまた吐き出す。


 それを何回か繰り返している最中に、ふと隣を見ると、サンタも見様見真似で、僕と同じく深呼吸を繰り返している。


 サンタと並び、深呼吸を5セットほど繰り返した辺りで、ようやく少年の心は平静を取り戻した。


 少年は手を真っ直ぐに下ろし、深呼吸を終え、再びサンタの微笑を携えた顔に向き直った。

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