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聖夜  作者: かえる文学
7/14

聖夜7

 さて残すところ願いはあと4つである。


 そうなると次の願いはちょうど折り返し地点に当たることになる。


 そう思い改めて振り返ってみると、少年は今まで自分のための願いしかしてこなかったことに気付いた。


 これではいけない。7つも願いが叶うのに、全て自分の為に費やしたとあっては、神様も笑顔を見せて下さらないに違いない。


 幸せは与える人にこそ与えられるのだ。次の願いは、自分じゃなく、社会や世界に向けた、何か有意義なことを願おう。


 さて、とはいっても具体的に何をすればいいのかは、さっぱり思い当たらない。


 仕方ないので今回も背伸びはせずに、誰もが分かる普遍的で抽象的なお願いをすることにした。


「世界中の人を笑顔にしてください」


 サンタは微笑し頷いたものの、その後何かにきづいたようにさっと顔を曇らせた。


「期間はずっとでスカ」


 そうか、期間のことをすっかり忘れていた。

 えーと、笑顔はいいものだから、ずっとの方がいいかしら?


 しかし少年は安易な結論に流れそうになる自分を即座に戒めた。こういう大きいことを決める時はよく考えた方が良い。大事なのは想像力、実際の場面をしっかり具体的に考えることだ。


 ずっと笑顔の世界を目を閉じ想像してみる。


 なるほど、皆が下を向いて歩いている状態よりは、確かに素晴らしい光景な気がする。


 ただ満面の笑みしか存在しない世界は、原色だけで描かれた絵画のような、不自然なわざとらしさがあり、何だか落ち着かない。


 考えてみるにマッサージもたまにやるから気持ちいいのであって、もしずっとマッサージされていたら、それはもはや、ゆるやかな暴力であろう。


 さらに考えるに、ずっと笑顔の世界では、嬉しいこと事があったときには、それ以上を要求されるはずで、その時は、笑顔を超えた笑顔、限界を超えた喜びの表情を作り上げなくてはならないだろう。


 すると唐突に想像上の世界の男女の全ての顔が、ぐんにゃりと極端にひんまがり、眉毛はでろりと垂れ下がり、口はしまらないまま涎を垂れ流すといった、狂気の日常が顕現してしまった。


 やはり笑顔でも何でも無制限であることは、百害あって一利なしではなかろうか、やはり有限を選ぼう。


「それじゃあ、3分間でお願いします」


 なぜ3分間を選んだかというと、その時間が少年にとって、最も親しみのある時間であるからだ。


 家に作り置きの料理が無い場合、ほとんどの食事を少年はカップラーメンで過ごす。


 そして母が料理を作り置くことは、本当に稀であることを鑑みるに、少年の食事とは、ほぼイコールでカップラーメンの事を意味していた。


 そして少年の家の財政事情では、5分の待ち時間を必要とするような高いカップラーメンを買うことは叶わず、特売の、3分間の待ち時間で麺がほぐれるカップラーメンこそが、少年がありつける食物だった。


 つまり3分とは、少年にとって、食事という喜びへ通じる道路を意味する幸せの数字だったのだ。


「わかりました。3分ですね」


 指をパチンと鳴らすサンタ。


 しばらくすると、ぐぐっと自分の口角が自然に持ち上がるのを感じ、少年はその感覚に素直に身を任せた。


 目の前のサンタも無精髭とえくぼが自然に持ち上がり、健康的な笑顔を浮かべている。


 少年とサンタは3分間、満面の笑顔で向き合っていた。


 少年は想像してみる、世界中のいろんな人たちの笑顔を。


 ヨーロッパの人、アジアの人、子供、出勤してるサラリーマン、パンを焼いている中年の女性、豊臣秀吉、世界中の人の笑顔がまぶたの裏に浮かぶようだ。


 3分後、ゆっくりと口角を元に戻した少年は、晴れやかな気持ちで部屋の中に立っていた。

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