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聖夜  作者: かえる文学
6/14

聖夜6

 さてここまでにおいて、少年は量と質という、ある意味で両極端な価値観に振り切った願望をサンタにぶつけ、そしてその結果は非常に満足のいくものであった。


 またこの二回とも、サンタは指をパチンと鳴らすだけで、いとも簡単におもちゃ会社の社員を呼び、岩の庭園を出現させていた。


 少年の中で「果たしてサンタは、どれだけの願いを叶える力を持っているのだろうか?」という、好奇心が芽生えたことはある種、当然の結果だったかもしれない。


 少年は、悪いとは思いながらも、一見不可能と思われる奇想天外な願いをサンタに伝えることにした。


 もし不可能だった場合、無理を言ったことを謝罪すれば、きっと許してくれるだろう。


 少し力を込めて少年はサンタに言った。


「豊臣秀吉をください」


 この願いを聞いた直後、サンタは目をしばらくぱちくりさせていた。しかしその直後、両手を心臓の前で組んで目を閉じるサンタ。


 おそらくサンタは今、瞑想状態にあるのだろうが、頭脳だけはフルスロットルでぎゅるぎゅる回転しているのが、少年には分かった。


 3分ほどの瞑想の後、サンタは組んでいた手をゆっくり戻し、いつもの微笑に戻った。


「少し準備する時間をくだサイ」


 そういうとサンタは、少年が先程、メーカー社員を押し込めた父の部屋に入っていった。


「サンタクロースVS歴史」という関ヶ原合戦が、自分の家で行われているんだなあ、と他人事みたいに思いながら少年は椅子に腰をかけて待つ。


 おそらく5分ほど経った頃だろうか、いきなり父の部屋のドアがパッと開いた。


 見ると父の部屋のカーテンや窓が全て開かれ、風がびゅうびゅう入って来ている。室内で埃と落ち葉とがダンスを踊っており、それらが合わさったBGMの音量はかつてないほど激しい。


 そしてそんな部屋の中央で、渦中のサンタは座禅を組み、少し宙に浮いた状態で真っ直ぐこちらを見つめている。


 しばらく無言で見つめ合っていたのだが、唐突にサンタの瞳から眼の光が消える。


 そしてあんなにすごかった風の音も完全に止み、少年の周りは完全な静寂につつまれた。


 聞こえるのは、少年が物心ついた時には既にあった、アルミが剥がれかかった冷蔵庫から聞こえるブーンという音のみである。


 しかし仮初の静寂はそう長くは続かない。


 まるで電球のように再びサンタの目に光が戻ると共に、サンタが腕を上げ、獣のような咆哮を上げたのだ。


 その叫びは少年を驚かせはしたが不快にはしなかった、なぜならその叫びには、幾千年の時を駆け抜けてきた孤狼の様な品があったからである。


 少年が脳内で孤独な狼の映像を再生している、わずか数秒の間に、気付くとサンタはいつもの自然な微笑に戻って、部屋の中央に立っていた。


「お待たせしましタ」


 サンタの手招きに応じ、全開で開いてる窓から外を眺める。


 少年が窓の外を眺めているのを確認したサンタは、ゆっくりと空中に手をかざす。


 すると手をかざした先の夜の空間が、奇妙に歪み始め、ぐにゃぐにゃした中から、茶色いたわしみたいな物がうごめきはじめた。


 空間の歪みの隙間から覗く茶色の物体が、どんどん大きくなるにつれ、それはどうやらたわしではなく、何かの生き物だということが分かってきた。


 何体もいて、茶色い腕か絡まり、尾のようなものも見える。黒い石みたいなものは、どうやらその生き物の瞳のようだ。


 しばらくしてやっと、その生き物がニホンザルだということが分かった。


 空間は広がり、サルはどんどん増えていく、最初は小さく聞こえてきた鳴き声が、あっという間にキーキー、ギャーギャーという神経を破壊するレベルの大合唱に変わる。


 映像の方は、茶色い牙をむき出しにして、残忍な目の光をぎらつかせるサルたちが、くんつほぐれつの如く、糸玉のようにぐにゃぐにゃに丸め込まれ巨大していくという、とてつもない光景が淡々と展開している。


 しばらくすると、徐々に鳴き声は収まっていき、赤い尻、黒い目、茶色い毛がコーヒーのクリープのように混ざり合い、もはや何が何だか分からなくなってしまった。


 サンタがふと呟く。


「540、まだまだデスネ」


 サル達のコーヒー球はいまだ膨張を続けている。


「700、こんなもんではないはずデス」


 サンタの顔の微笑は一切崩れないまま、奇妙な渦巻きに手をかざし続けている。


「900、もう一押シ」


 もはや目の前の空間は、渦巻きの状態を終えて、球状の茶色い海のような静寂さに包まれている。


「1000デス」


 その瞬間、茶色の海が完全に停止する。

 サンタの発言から察するに、目の前に広がるのは1000匹のニホンザルの濃厚スープなのだろう。


 するとサンタは僕に手招きして、視線を左に誘導する。


 すると濃厚スープの左の空間から、今度は四角くて白いディスプレイやら、灰色の長方形の機械やらが、どんどん飛び出してくる。


 それはまるで、無慈悲なUFOキャッチャーのアームが、蔵から骨董品を根こそぎ放り出すが如くであり、白と灰色の物体が空中にどんどん積み重なっていく。


 粗大ゴミのジェンガの様に空中に集積されていくそれらは、徐々に球状に圧縮し丸められ、サルの濃厚スープと同じくらいの球になると、動きを止めた。


「これらはなんですか」


 思わず疑問を口にしてしまう。


「猿とスーパーコンピューターです」


 猿は分かっていたが、なるほどもう一つはスーパーコンピューターであった。


 サンタは質問に答えると、両手を空中にかざし、左右めいいっぱいに広げ、指にぐぐっと力を入れて、体全体を力ませつつ、左右の手をゆっくりと近づけ始めた。


 するとそれに呼応して、サル球とスパコン球がゆっくりとお互いに近づきはじめる。


 驚きなのはスープ状だったサル球が、動き出すにつれ、猿たちの形や表情を取り戻していくことであった。


 千匹もの猿の顔や手足が、球状の表面に隙間なく埋め込まれている有様は、まさに地獄絵図で、猿たちの弛緩したドロンとした表情が、ところどころから覗いており、それはあまりに悲惨な3Ⅾパズルと言わざるを得なかった。


 サンタの血管の浮いた両手ががっちり組み合わされると共に、空中の球たちも接触する。


 ぐにゅう、ぶにゅうという間抜けだが、巨大な音と共に、猿とコンピューターがお互いをめり込ませる。


 それは茶色とシルバーの絵具が徐々に混ざっていくようであり、接触したところだけ見ると、ドロドロに腐り果てた、茶色いおかゆみたいに見える。そしてそのおかゆ部分はどんどん増えていく。


 やがて、全ての融合を果たすと、おかゆの状態から徐々に粒が消え、水のように滑らかになっていき、色も明確になってくる。


 そして完全に一つになったサル球とスパコン球は、言うなれば巨大なキャラメルバニラアイスみたいな色の球になり、表面は明瞭で穏やかな清流のように澄んでいた。


 そう思った直後に、いきなり球体はどんどん縮小されていく、その分再び密度が濃くなり、バニラもキャラメルも味が特濃になっていくのが、ここからの距離でも分かる。


 ものの数秒で2メートルくらいにまで縮小したそれは、濃度が限界を超えたのかアメーバ状に空中を自在にうごめきまわっている。


 そしてうごめきまわりながらも、ゆっくりと人型に成型されていくアメーバ。


 しばらく経って、ようやくしっかりとした人の形になると、そこからはあっという間であった。


 少年は瞬きすら、した覚えは無かったが、気付くと人型アメーバは、初老の顔をしわくちゃにした、おじいさんに変わっていた。


「豊臣デス」


 サンタがハイトーンボイスで断言する。あの豊臣秀吉を、名字のみで完全に呼び捨てである。


 少年は目の前の唯一無二のイリュージョンにクラクラしてはいたものの、それと同時に冷静な理性も働いていた。


 このおじいさんは果たして、本当に天下を取り、大阪城を築城したあの秀吉だろうか。


「えっと、これは安土桃山時代の秀吉ですか」


 サンタがかぶりを振る。


「いいえ、安土桃山バージョンの秀吉を連れてきてしまうと、歴史が改変されてしまいマス。なのでその秀吉と寸分違わない脳と遺伝子を持つリマスター版の秀吉を作ったのデス」


 なるほどリマスター版であった。


 少年は窓の外から、宙に浮く秀吉をみた。教科書で見るほどサルに似てはいない。印象的には、好々爺タイプの下町のおじいちゃんという感じだ。


 わけもわからず首だけをきょろきょろ動かしている、どうやら首から下は、空中に静止した状態から全く動かないらしい。


「秀吉をどうなさいまスカ?」


 この質問によって少年は、天下人の生殺与奪の権利が、自らの手にあるのだということを理解した。


 すると、自分でも驚いたことに、男の子らしくワクワクする感情が、少年の奥底から溢れ出して来た。


 ふと考えてみるに、年端もいかない少年が、このような状況に置かれることは世界史的にみても稀なのではないだろうか。


 しばらく天下人の気分を味わった後、少年は秀吉の開放を決めた。


 数分間だけでも天下人の感覚が味わえただけで、充分少年は満足だったからである。


 正直、頭がスパコン級のおじいちゃんを自分の部下にしておくよりは、今の日本に解き放って自由にやってもらったほうがいいのは明白だ。もしかしたら初めて日本からGAFAみたいな企業が出てくるかもしれない。


「自由にしてあげてください」


 サンタは指をぱちんと鳴らした。すると秀吉を覆っていた、鈍い光みたいなものが徐々に消えていき、ゆっくりと秀吉は地面に着地した。


 秀吉はしばらく自分の手足や黄金の鎧を眺めたあと、岩の遺跡をゆっくり登ったり下りたりしながら、アパートを出て町の方角へと、てくてくと歩いて行った。

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