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第1話 玉の屋牛すき弁当

シリーズ『青葉書店開店します。』の第3弾!

青葉書店で交差する人々を綴ったヒューマンドラマです。

第1話 玉の屋牛すき弁当

おはようございます。

青井万理望(まりも)です。


今日も青葉書店開店します。


今年の夏は日照時間が少なく、お盆を過ぎると秋めき早く、学生の夏休みが終わる9月には何となく涼しい風が吹いていた。


雨上がりということもあり、今朝は特に風がさわやかだ。

老朽化で壊れてしまった書店の棚、今日は、その修理に業者が入る。

わたしは、いつもよりも早く出勤し、棚上の本を移動していた。


踏台に上りながら作業をしていると、店の外に急ぎ足で通学する高校生がちらほらと見える。

そんな高校生を見ていると「もう自分は違うんだな」と実感してしまう。


本の移動作業はひと通り終わったが、他の棚に詰めて配置したために、ジャンル別案内表示とズレてしまった。

『どうしたものか.. 』と考えていたら後ろからいろはおばあちゃんの声がした。


「万理望ちゃん、おつかれさま」


いろはおばあちゃんが私の好きな『午前の紅茶』を持ってきてくれた。


「表示とズレちゃったけど大丈夫かな? 」

「あら、本当ねぇ.. でも、今日一日だけだから平気よ」


といつものマイペース。


「それよりも、服が少し汚れちゃったね」

「大丈夫だよ。これくらい。それに段々と暑くなってきたから上着脱ぐし」


本の移動作業で棚の誇りが袖口を汚してしまったのだろう。


『これから洗濯するから』とおばあちゃんは私の上着とJAZZジャーナルを持つと室内へ戻った。


いつもよりも30分早く入口を開け、空気の入れ替えをする。

まだ吊るしてある風鈴がチリンと音を鳴らした。


「あの..入っていいですか? 」


サラリーマンが週刊ダイヤモンドとボールペンとスティックのりを買うと足早に駅へ走っていく。


お客さんが居ないのを確認しながら花屋の義男さんが藍色のリンドウを花瓶に挿しに来てくれた。


今日は新刊も少なく、仕事は少ない。

この合間に少しだけ童話のプロットを考えておこうとメモ用紙に思いついたことを箇条書きにしてみる。


「いらっしゃいませ」


前を通り過ぎて奥の棚に向かったのは制服を着た中学生の少年だった。


学校が終わるにはまだまだ早い。

『早退でもしたのかな? 』と思いながらも、中学生を目で追う。


申し訳ないが、やっぱり中学生から高校生には少しだけ意識を傾ける必要がある。

この前も人気漫画『スリーピース』の10巻~16巻まで抜き取られてしまっていたばかりだ。

もちろん、おばあちゃんの店番時の出来事だ。


雑誌を整理するフリをしながら、少年の動向をチェックする。


少年は棚をキョロキョロしている。

明らかに何かを探し回っている様子だ。


そうだった。

朝、棚の本を移動したためジャンルがわかりづらくなっていたのだ。


「あの....何かお探しですか? 」

「え? ..うん....別に....」


わかる。

探している時に声かけられるのが嫌な年齢だもんね。


「あのね、ほら、あそこの棚壊れちゃって、本を移動しちゃったの」


壊れた棚を見ると納得したのだろう。


「あっ.... あの、生物....」

「生物? 」


「魚の本ありますか? 」

「ああ、なら、こっちのほうに」


生物関係の本はあまり動きがないジャンルなので雑誌下のMOOK本棚に一緒に入れていた。


「あった! 」


そういうと少年は迷わずその本を手にするとレジまで持ってきた。


意外だった。

てっきり釣り本とかの類かと思ったが、それは本格的な少し重量のある「日本の海水魚」という図鑑だった。


「これ、前に見かけたので..探していたんです」

「そうなの。よかったね」


「はい」

少年はうれしそうに言うと、お金を払って店を出る。


「ありがとうございました」


探すほどの本なのかなと思い検索をかけてみた。

それは長い間、重版を繰り返してきたが、ついに絶版になってしまった図鑑だった。

今や、ネットで簡単に調べることができる時代に、図鑑の絶版は珍しくないのだ。

もしくはメディア付の図鑑としてリニューアルしてしまう。


だが一部にはどこでもその場でめくりながら探すことができる昔ながらの図鑑を愛用する人もいる。

そういう人ほど本格派だったりする。


少年はどうやらそっちの部類のようだった。


・・・・・・

・・


お昼になるとおばあちゃんが『玉の屋の牛すき弁当』をご馳走してくれるということで、自転車にまたがって買いに行く。


玉川上水緑道にて自転車を押し歩いていると、ベンチにさっきの少年が図鑑を開いていた。


(なるほど....サボりね)


声をかけずに素通りしてそこから500m先にある『玉の屋』に入る。


「あら、万理望ちゃん、こんにちは」

「こんにちは。あの....」


「牛すき弁当でしょ? 」

「へへ。そうです」


「いろはさんも好きだよねぇ。うちに来るときは必ず『牛すき』だから」

「そうですよね。でも注文を覚えられるのもなんか恥ずかしいような」


「何言ってるの。商売人としてこれだけありがたいことはないよ。万理望ちゃんもわかるでしょ」

「はい、そうですね」


「じゃ、ちょっと待っててね。アツアツの出すから」


『玉の屋』の(すみれ)さんは10年ほど前、ご主人を亡くしたあとも一人でお弁当屋さんを切り盛りしている。


もともと『牛すき弁当』は修一おじいちゃんの大好物だったらしい。

北海道出身のいろはおばあちゃんは、牛肉よりも豚の方が好きだったのだが、ある時、おじいちゃんに騙されてお弁当を口にした。


それが大ハマリの始まり。


それからはおじいちゃんよりも大好物になったというのだ。


「はい、どうぞ。肉、少し多めにしといたから」

「ありがとうございます! 」


お弁当をカゴに入れ、玉川上水緑道を戻ると、さっきの少年のところに3人ほど集まっている。

制服を着ているから友達なのだろうか??


いや、わたしは知っている。

あの独特の陰湿な空気を。

あれは嫌なことを言われているのを我慢する顔だ。


「おまちどうさん!! お弁当買ってきたよ」


そう少年に声をかけると他の3人はこちらを見る。


「私たちここでお弁当食べるんだけど、君たちは?? 」


3人はチラチラとこちらを見ながら歩き去った。


地面にはさっき買ったばかりの図鑑の表紙がくしゃくしゃに折れ曲がりながら転がっていた。


「まったく....本は大切にしてほしいよね」


「ごめんなさい」



「あ、違うよ....あの子たちのこと」


少年はだまっていた。



「..ねっ、このお弁当、とってもおいしいんだよ。よかったら一緒に食べよ? 」


「え、でもこれ誰かのお弁当でしょ? 」


「....お姉ちゃんが2つ食べようと思ってたお弁当だから大丈夫よ」


ベンチ下で男の子とお弁当か。

私もやるもんだ。


一方、そのころ、店番をしながら大好きなお弁当を待ちわびているいろはおばあちゃんは、なかなか帰ってこない私にイライラしていたと、向かいの鈴木商店の鉄平さんが後で教えてくれた。

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