ワラー・ラープは魔法戦に夢中
実技教室に4人で入ると、すぐにグリゴア教授が教室に組み込まれている空間結界を作動させてジブリナ以外は少し離れているよう指示する。
「ジブリナ・マーサ!次は俺と戰うんだから、余力を残しておけよ!」
五月蝿いワラーを黙殺するジブリナは、実技教室に魔力を広げた。
すると、教室内が甘い焼き菓子のような匂いで満たされる。
「…久しぶりだな、このまとわりつく魔力」
グリゴア教授がしみじみと言う。
ジブリナは、魔力の行き届き方を確認するように、その場でクルリとゆっくりひと回りした。
「うぅぅん…?ちょっと雑だなぁ…」
「おい、マーサ。始まる前から準備するな。試合にならんだろ」
「でも先生、久しぶりなんでちょっと練習がいると思うんですよ」
「魔法は発動させるなよ」
「はぁい」
グリゴア教授に返事をしながら、ジブリナは腕を軽く持ち上げて指先で何かを動かすような仕草を繰り返す。
誰の目にも、ジブリナが何をしているのかは見えていない。
暫くして、ジブリナが腕を下ろして考えるように上を向く。
そしてもう一度腕を上げて指先で何かをすると、甘い匂いが消えた。
「グリゴア先生、手加減してくださいよ?久しぶり過ぎて勘が鈍ってるんで」
「自己申告してくる奴は信じない事にしている」
「なんとまぁ……相変わらずですねぇ。イリスって保身結界は強度どれくらい?」
いきなりジブリナに聞かれたイリスは目を丸くする。
「どれくらいも何も基礎しかできない」
ジブリナが首を傾げた。
「ちょっと張ってみて」
「……分かった」
イリスは嫌々ながらも基礎の保身結界を張る。
「これだと…かなり心配だ…私が張るか」
「いや、マーサは止めておけ。ラープ!お前が張れ」
「了解しました!」
グリゴア教授の言葉に、ワラーが即座に保身結界を張る。
その強度に、イリスはそっと自分の結界を解いた。
ジブリナが、ワラーの張った保身結界を観察して、1つ頷く。
「それで耐えられる位の強度までにしとこう」
グリゴア教授が好戦的に笑う。
「なんだ、もっと結界強度を上げてやろうか?」
ジブリナは引き気味に笑った。
「止めてください、教室自体が無くなりますよ」
「それはそれで良かろう、前はよくあった」
「嫌ですよ、学校と無関係になってるのに校長に怒られるのなんか…」
「無関係じゃなくなるぞ」
「………あっ、教室壊せば無関係でいられるのでは…?!」
「不当侵入の上、器物損壊で司法機関との関係ができるな。アンドレーエ、そこを動くなよ」
「はい」
イリスが頷いて返事をすると、グリゴア教授とジブリナは向かい合う。
「ラープ、合図を」
「はい!」
グリゴア教授からの指示に、ワラーがすぐにパッと真上に腕を上げ、その腕が振り下ろされる。
途端に、また甘い焼き菓子の匂いが漂う。
グリゴア教授からは雷魔法がパウル・クレーのような絵を描きながら四方からジブリナへ迸る。
それが掻き消えたかと思うとグリゴア教授の周りに蜂蜜が垂れたような膜が覆う。
その膜が破られると同時にグリゴア教授が上へ飛び離脱、その直後、足元にあった蜂蜜のようなものが爆発した。
グリゴア教授が飛ぶと今度は綿あめのようなものが教授の周りを囲い始めるが、それが焼き払われ、その炎がまた絵を描きながらジブリナへ向かって伸びるが、ジブリナへたどり着く前にまた掻き消えた。
グリゴア教授が軽やかに着地するのをジブリナは見送った。
この間、イリスの耳には柔らかで寂しげな管弦楽曲が聞こえている。
魔法戦は眩しくもあるのだが、浮き上がる絵と光、そして管弦楽曲によって、劇のように美しいものであった。
「マーサ……相変わらずのその粘ッこい魔法はどうにかならんのか」
「先生こそ複雑怪奇な魔法陣はお止めください、解くのも面倒くさいです」
「匂いで段々気持ち悪くなってくるのも最悪だ」
「先生、甘い物嫌いですもんね!もちろん知ってますよ!」
「採用。」
「えっ」
グリゴア教授が、ことさらニッコリと笑う。
「就職試験、合格だ。おめでとうマーサ、これでお前も魔法学校で助手だな!」
ジブリナが極限まで目を見開いた。
「い、いやだッ…働かない…!私は働かない!!」
「ニートに労働の拒否権はない」
「ありますよ!!だからニートしてるんです!」
「今この瞬間になくなった」
「イリス助けてっ…て、助けてくれない!!この場で1番当てにならない!」
「………当てにならない…?」
「アンドレーエ、明日も連れて来い」
「必ず連れて来ます」
ジブリナは、彼女の常ではあるが、言わなくても良い言葉を言って、イリスに根に持たれる事になった。
ジブリナは少し都合の悪そうな顔で、イリスの様子を伺っていたが、イリスは見なかった事にして、グリゴア教授と約束を交わしていた。