ニート包囲網
「人権とは……」
「ニートに人権はありません」
ジブリナの、後ろに体重が乗ったような重い足取りを無視しながら、イリスは彼女の腕を掴み、引っ張るようにして足を進めて行く。
「あるよ!」
「義務を果たしてから言って」
「税金納めてる」
「親がね」
「消費税払ってる」
「親の金ですよね?」
「買い物をするという私の労力があってこその納税ですよ?」
イリスからの呆れた横目を見返しながら、ジブリナは口を尖らせる。
「かえりたぁい、かえりたぁい」
「だめです」
「あったかいお家が待ってるんだよぅ」
「今帰ったら極寒の雰囲気になるよ」
「ならないもん」
「あんなに嬉しそうに送り出されたのに?」
「……………自由でいたいんだぁああああ…………」
「働け。自分が働いた金で自由になれ」
「働いた時点で自由ではない」
「親を自由にしてやれ」
「好きで働いてるのに?」
「ジブリナはほんと心の底からニートだな」
イリスからの本気の呆れの視線を物ともせず、ジブリナは嬉しそうに頷いた。
嬉しそうにするところではないが、イリスはもう何も言わずに歩を進める。
ついに学園の研究棟の入口まで来ると、いよいよジブリナの足が重くなった。
「ジブリナ・マーサ?!」
棟入口に入った所で、いきなり名前を叫ばれた。
ジブリナとイリスが声のした方を向くと、体格の良い青年が驚いた表情で棒立ちになっている。
「……うひぇ…ワラーだ……」
げんなりとした顔でジブリナが呟いた。
イリスが何か言う前に、ワラーが2人に近づき、ジブリナを凝視する。
「本物だな…?!本物ならば実技教室へ行くぞ!」
「なんでよ」
「当たり前だろう?戦うんだ」
「そんな当たり前知らない、何かここに用事あるらしいから余計知らない」
ジブリナはそう言うと、イリスの背中にサッと隠れた。
ワラーは訝しげな顔でイリスを見た。
イリスはジブリナが背中に回って身を隠したのが面白く、表情が緩む。
ワラーが益々訝しげな顔をする。
「お前は学生だな…顔は見たような見てないような…」
「魔法実技を取っていないので」
「そうか。それで、用事とは何だ?」
「グリゴア先生の所へ行くんです」
そう聞いた途端、ワラーは極限まで目を開いた。
「まさか!来年採用する助手ってジブリナ・マーサなのか?!」
イリスは頷いたが、ジブリナは一瞬キョトンとした顔でいたが、見る見る内に大きく目が開いていく。
「はああああああああ?!!!」
ジブリナはイリスの腕をガクガクと揺らしながら問い詰める。
「待って待って!採用決まってるの?!話し合って上手いこと逃げ切ろうとしてたのにぃ!!」
「いや、まあ、一応まだじゃないかな?」
「うわぁあああ人でなしぃ!」
ジブリナは採用という言葉に動揺しすぎているが、イリスは冷静に返した。
「ジブリナはニートだから人で無し、だな」
「ニートも人間ですぅ!」
イリスは、ジブリナの両肩をそっと掴んだ。
ジブリナの勢いが削がれる。
「ジブリナ、いいか?人間とは働くものだ。ニートは違う」
「ニートに人権を!誰に訴えたら認めてもらえますか!司法?!司法なの?!」
「司法は働いて税金納めてる人間の味方に決まってるだろう」
「冷たい!おうちに帰らせていただきます!」
「帰す訳ないだろ、行くぞ」
喚くジブリナをイリスは連れて歩く。
その後からワラーも付いて来る。
そうしてグリゴア教授の研究室に到着すると、老教授は眼光鋭く入口を見ながらテーブルに腰掛けていた。
3人の姿を見た途端、スッと立ち上がり、近付く。
「実技教室に行くぞ」
ジブリナに有無を言わせず強い視線で告げると、さっさと出て行ってしまった。
ワラーが慌てて追いかけて行く。
イリスは困惑してジブリナを見た。
ジブリナは諦めた様に溜め息をつくと、踵を返した。
「脳筋は変わってなかったのかぁ」
「え?グリゴア先生は緻密な魔法と戦術をする魔法士じゃないの?」
「緻密…?………ああ、魔法だけはね」
「魔法だけ?」
「基本的に力押しじゃないの」
「そうなの…?ちなみにジブリナは?」
「私ぃ?まあ、適当に、負けないようにしてるだけよ」
イリスは、グリゴア教授とワラーの態度から、ジブリナは「負けないような」消極的な戦い方はしないだろうと考えた。
そこで、イリスは少し不安になった。
ジブリナが怪我をしないか心配になってきたのだ。
「ジブリナ、今更なんだけど」
「どうしたの?」
「…いや、戦うのかな、て」
「そうじゃないの?」
「そうだよな」
「?………あっ!心配してるんでしょ?!」
イリスは図星で押黙る。
ジブリナは、ニッコリと笑った。
「ありがとね。これで勝ったら何でも1個言う事聞いてくれる?」
「いいよ、ニート継続以外なら」
ジブリナは地団駄を踏んで悔しがったが、イリスは微笑んで受け流したのだった。