カフェは親の金で
カフェでお互いに名乗りあい、今生での名前で呼び合う事が決まった。
「ふーちゃんはイリスか。神様の名前じゃないっけ」
「さあ?やすみはジブリナか…。え、ジブリ、ナ?」
「駄目よ!そこで区切っては駄目!」
「怒られないの、それ」
「大丈夫よ、私はジブリナ、ジブリナだから!……大丈夫よね…?」
「さぁ〜?」
「うっ…意地の悪い奴め…本名ですからね!」
ジブリナは頬を膨らませて横を向いた。
子供っぽい仕草だが、ニートであるし、ジブリナの生活環境もそれを助長させている。
年齢の割に落ち着きのない様子だが、イリスは、そんなジブリナを見ても平静であった。
前世と変わらないからだ。
イリスがジブリナの後ろ姿でやすみだと分かったのも、前世と変わらない歩き方だったからだ。
片足ずつに体重を乗せてテッコテッコとバランス悪く歩くのだが、肩があまり揺れないので、少し特徴的な歩き方をする。
まさかイリスも今生でそれを見ることになるとは思わなかったが。
「よしよーし」
イリスは、拗ねたジブリナの頭を撫でた。
ジブリナは、何か言おうと口元をウニョウニョと動かしているが、結局何も言わずに照れていた。
イリスは、ジブリナの頭から手を離しながら、首を傾げた。
「ニートって言っても、この世界、このご時世に難しいだろう?戦犯モノじゃないか?」
「いや、むしろ、なんか軽く軟禁状態なんだよねぇ」
「……はっ?!すでにやらかした後だったか」
「違う!……と思う。直接的な理由は、兄2人とその友達がシスコン過ぎて働きに出れないというものなのさ」
「えっえぇぇぇ………」
「実力のあるシスコンは凄い。外堀も埋めるけど、私も甘やかされて悪い気はしないという怠惰心に付け込んで来るからさぁ」
あっはっはっはっ!と、軽快に笑うジブリナに、イリスは言葉を選びあぐねた。
「普通に就職も難しいんだよね、兄達が手を回してるから。あと兄の友達も厄介」
「……厄介、とは?」
「私が働くとなったら……まぁ、学校か騎士団で働く事になると思ってるんだけどね?」
と、ジブリナが少し上を見るようにするので、釣られてイリスも上を見た。
すると、ジブリナとイリスの頭の少し上あたりに、拳小の太陽のようなモノが浮かぶ。
イリスが驚愕して、それを見つめる。
「えっ……待って……」
見ているものが信じられず、イリスはまたも言葉に詰まる。
「これ、太陽の小さいの」
「ハァッ?!それって核融合?!阿呆ォ!!こんなとこでするな!!」
イリスは少しパニックになったが、ジブリナは少し拗ねた。
「ちょっとォ?魔法でここまで出来る事を褒めて欲しいんですけど?」
「怖いわ!先に恐怖しか覚えんわ!!消しなさい!すぐに消しなさい!!」
「ちぇ」
ジブリナは、すぐに魔法を消す。
イリスが、半分浮いたお尻を椅子に何とか戻す。
心臓の音が落ち着いて来た頃、イリスは大きく息を吐き出した。
「魔法で核融合か………核分裂でもなく……核の抑止力?………こんなファンタジーな世界にパクスアメリカーナが誕生するわ………世界観壊れる………」
「ちなみに、この魔法が使えるのは私が知ってる範囲では2人いる」
「こんな物騒な魔法を?!」
「でも保身結界でちっさい太陽の周りを覆っているから、滅多な事では外に影響無いよ」
「……………いや、ちょっと待って?」
「うん」
「てことは、太陽よりも強い結界を持ってるって事?」
「うん」
「俺、魔法実技は赤点スレスレで突破して今は授業取ってないレベルの魔法使いだけどね?」
「相変わらず運動神経は微妙なんだね」
「うん、それは今はいいから」
「はい」
「あなた、騎士団に強制入団させられるレベルの魔法使いじゃないか?!」
「うん、そうだと思うけど……太陽より面倒な魔法もあるよ」
「そうなの?!太陽も驚いたけど……授業じゃ保身結界と水文魔法と燃焼魔法しか習わなかったぞ?!」
イリスが言った魔法は全て学校の1年生から習うものである。ジブリナがイリスを気の毒そうに見たが、気の毒なのはジブリナである。いい年してニートしている(させられている?)のに暢気なものだ。
「―――で、話の続きなんだけど。騎士団は言わずもがな、学校に所属しても魔法士として自動的に騎士団に登録されて有事の際は戦場に行くじゃない?」
「そう、だな」
「それが許せないらしく阻止される」
「………つまり?」
「私的な就職は兄達に潰され、公的な就職は厄介さんに潰されるという事さ!」
「厄介さん……?」
「厄介も厄介さん!あはは!」
イリスは、何とも言えない顔をしたが、当のジブリナが笑い飛ばしたので、つられてクスリと笑ってしまう。
「―――いや!笑い事じゃない!」
イリスは正気に戻った。
「あはは、ねえ?結界でこれだけの強度があれば、どんな壊滅的な魔法戦でも私だけは生き残れると思うんだけど」
「うん」
「ぼんやりして油断しそうだからダメなんだって」
あぁ…分かる……と、イリスは頷いた。
「………まぁ、なんだ、多分だけど……学校に就職なら俺の家からの推薦状があれば大体の圧力は跳ね返せれると思うけど」
「えっマジで」
「うん。今の司教は父親だからな」
「そうなんだ?! 名字が一緒だとは思ったわ。やっぱり末っ子?」
「なんだ、やっぱりって。末っ子で悪いか」
「あ〜やっぱり〜」
うんうんと納得しているジブリナだったが、ハタと顔を上げてイリスをマジマジと見た。
「前は長女と末っ子でうまくいったけど、今回は末っ子同士で仲良くできるかしら?」
イリスは、フッと吹き出した。
「大丈夫。ジブリナは前世から何も変わってない」
どういう意味だ、と、ジブリナがイリスに詰め寄るが、それを軽く流して話を進めた。
「とりあえず、学校だったら誰に話をしに行けばいいと思う?」
「センセェかな?」
イリスがとても気の毒そうな顔になってジブリナを見た。
「ジブリナ……皆、先生だよ」
「あっ!今のはあだ名だった。えーっと……ライノアだ、ライノアセンセェがいいよ」
「ん?古代史じゃなかったか?ライノア先生は」
話の流れだと、魔法実技の先生に話をしに行くものだとイリスは考えていた。
「センセェが1番仲が良い」
「………どういう意味?」
「??センセェの研究室に在席してて、何個か論文も書いたよ」
「あぁ、なるほど」
イリスは、自分の穿った見方を少し反省し、ホッと息を吐き出した。
ふんふんとご機嫌に鼻歌を歌っていたジブリナが、唐突に愕然とした顔になったので、イリスはビクッと体を揺らした。
「ど、どうしたの、ジブリナ?」
「いや、イリス……わたし…………はたらくの……?」
今度はイリスが愕然とした。
「いまさらっ?!!!」