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揺れる乙女心とニート心  作者: はるのばんか
16/18

度が行き過ぎたシスコン、妹にもダメージを与える




 ジブリナはルークに手を繋がれ歩いていた。


 その足取りは重く、眼は眠そうに閉じ気味だが、もしかしたら首がカクカクと動く度に白目になっていた時もあったかもしれない。


 ルークは鼻歌を歌いながら、楽しそうにジブリナの手を引き、ぎこちない動きのジブリナを見ながら上機嫌である。


 学校まで道半ば、辿り着くより先に授業開始が先かもしれないという時間ギリギリなのだが、ルークに急ぐ様子は見られない。


「ジリィ?」


「………ん」


「眠いね?」


「ん」


「やっぱりウチに帰るか?」


「………んん」


「偉いなぁ、ジリィは、ちゃんと仕事に行くなんて」


「ん」


「でも眠い?」


「ん」


「帰りたい?」


「ん」


「帰ろうか」


「………んん」


「そっか〜」


 「ん」だけの返事でルークには分かるのか、それとも都合の良いように捉えているのか会話が成り立っているように見える。


 ルークは、家を出て十数分歩いても半分寝ているジブリナを微笑んで見ている。


 ジブリナは眠気が勝っていて千鳥足だが、ルークが手をしっかりと握っているので何とか前へと歩けていた。


 ルークがジブリナを一旦見るのを止め前を向くと、イリスが慌てたように走って来ているのが見えた。


「ルークさん!」


「おっ、イリス!迎えご苦労さん」


 イリスは少し息が上がっていて、ルークとジブリナの前で立ち止まると大きく深呼吸を繰り返した。


 ルークがジブリナを引き歩くのを止めたので、ジブリナは立ったままで船を漕ぎ出し、イリスはその様子を見て深く深くため息を吐き、物言いたげにルークを見た。


 ルークはニコッと笑うと、また歩き出す。


 ジブリナも再び引き歩きされて意識が浮上したようだが、まだ首がカクカクとしている。


 そんなジブリナとルークを交互に見遣りながら、イリスも後に続く。


「ルークさん…?」


「んー?」


「……ルークさんも学校に行くつもりですか…?」


「はっはっはっ」


「行くんですね…」


 イリスは、いい大人が出勤で兄同伴とはどうなのだろう、と、頭を悩ませた。


 ルークは上機嫌でジブリナは半分以上寝ている、もうすぐ授業が始まる―――この2人に急ぐ様子が見られないので、イリスは結果を考えるのを放棄した。


「久しぶりの学校だ。グリゴア先生は相変わらず脳筋なんだって?楽しみだなぁ」


 ルークは学校に着いても歩き続けるので、このまま授業参観までするのだろう、働いている妹の参観だが。


 イリスは少し首を傾げた。


「ジブリナも、最初にそんな事を言ってましたが……グリゴア先生は緻密な魔法を扱う先生だと言われてるんですが………」


「魔法は緻密でも戦う事が好きだし力技ばかりだろう?ジリィなんか1年生の時はグリゴア先生の授業を素直に聞いてたもんだから、基礎魔法でしょっちゅう爆発させてたよ、教室を」


「あぁ……見えましたよ……空が…」


「俺も見たことあるけど、あれは傑作だった。校長が怒り狂って面白かったよ。何回も爆発させて半壊させるから、ホーフマイスターが呼ばれたんだよね」


「ホーフマイスターってそんな理由で呼べるんですね…?」


 ルークがニコリと意味ありげに笑うので、イリスはそれ以上は聞かないでおいた。


 イチ学生にホーフマイスターを教師としてつける事はまずないだろう。


「ジリィの基礎魔法って、本当に基礎を大事にしてる感じあるよ。水文なら蒸発する段階、燃焼なら圧力を加えたり乱流火炎で威力を上げてるらしい」


「乱流……論文にしたら面白そうなんですが」


「あたり前の事だから、態々書く事ではないんだとさ」


「………なるほど。ランドマイスターが執着する理由の一端が見えた気がしますね」

 

「ランドマイスターか、懐かしいなぁ。ホーフマイスターがなかなか来られないから、その代役によく学校に来てたよ。あ!そうだった、前のホーフマイスターだ、ジリィが魔法を教えてもらってたの」


「え?今のホーフマイスターじゃないんですか」


「―――今のホーフマイスターはブリッ子」


 本日初めてジブリナがまともな言葉を発した。


 ルークとイリスがジブリナを見ると、まだ半目で視点が定まっていない様子ながら、やっと覚醒してきたらしい。


「ジリィ、おはよう」


 ルークが言うと、ジブリナもおはようと返した。


「ホーフマイスターはビショップと張るくらい五月蝿いしね」


 ルークの言葉に、イリスは澄ました微笑みをたたえる今のホーフマイスターを思い浮かべる。


「あの人……五月蝿いんですか……」


「猫被ってるから、だいぶ」


 ジブリナが大きく欠伸しながら言うと、辺りをキョロキョロと見渡し、不思議そうに首をひねる。


「学校に着いてる……?何故に……?」


「それはこの兄が手を繋いであげていたからだよ、ジリィ」


 ルークがジブリナと繋いでいた手をそのまま高く掲げると、ジブリナはニコォっと嬉しそうに笑った。


「さすがルー兄!」


「はっはっはっ!そうだろう!」


 楽しそうな兄妹を諦めの境地で眺めていたイリスだったが、すぐそこにある実技教室の扉の前にグリゴア教授が立っているのが見え、更に諦めを深めた。


「遅いぞ!」


 グリゴア教授が声を張り上げる。


「グリゴア先生!お久しぶりです!」


「………出たな三大シスコン野郎………」


 グリゴア教授が眉を寄せ、ルークに向かって嫌そうに言う。


 イリスもシスコン野郎という呼び名には思わず頷いた。


「ジリィもブラコンだから問題ありませんね!」


 ルークがにこやかに言うと、グリゴア教授が口を引き結び、もう何も言うまい、と決めたのが分かった。


 イリスにもその気持ちは分かる。


 ルークがエスコートするようにジリィの手を持ち替えて、実技教室へ入って行く。


「………パーティでもあるまいに……アレはずっとアアなのか………」


 グリゴア教授が少し疲れた様子でルークを眺め、2人に続いて教室へ入っていくのを、イリスも同じ面持ちで足を進めた。


 4人が教室へ入って行くと生徒達が騒いた。


 貴族半分平民半分の生徒達は、どちらもルークを見て驚いている。


「な、なぜジリィ商店のルーク様がここに……?!」


 伯爵令嬢が言えば、パン屋の跡取り娘が黄色い声を上げる。


「なんでジリィ雑貨店のルークさんがいるの?!」


 野太い男の声も聞こえる。


「ジリィ魔法具店のルークさん?!」


「ジリィホームのルーク様?!」


「ジリィ証券のルーク様だ!」


「ジリィ銀行の!」


「ジリィ保険の!」


「ジリィ病院の!」


「ジリィ薬店の!」


「ジリィ外科胃腸肛門科病院の!」


 次々と上がる声。


 ジブリナが眠気のなくなった筈の目を半目にして、隣のルークを見上げて睨む。


「なんで肛門科は別にしたのよ、総合病院でいいじゃない?なんで?」


「うちの肛門科はその道では超有名、王族から民衆まで国を跨いで患者が訪れる名医揃いだから、別にしたんだよ」


「知ってる!知ってるし今更だけど他人からあの名前を聞きたくないのよ!何で私の愛称を肛門科の病院名にするのよ!」


「うちの一族がやってる商売でジリィの名前がないなんてモグリだろう?ジリィが屋号じゃないなんてありえないよ!」


「新手の家庭内イジメかしら……?」


 ジブリナが騒ぐ生徒達を眺めながら遠い目をしたところで、グリゴア教授が一歩前に出た。


「―――静かにしろ、授業を始めるぞ」


 生徒達が口を閉ざし指示を待つように姿勢を正したのを見て、グリゴア教授は一つ頷く。


「よし。今日は呼んでもないのに来たルーク・マーサと模擬戦をやってもらおう」


「えっ?!俺ですか?!」


 さすがにルークも驚いたらしく、目を瞠っている。


 グリゴア教授はニヤリと笑う。


「ただの商人じゃないところを見せてくれ」


「俺の魔法は眩しいだけですよ?」


「基礎魔法も大体授業でやったし、そろそろ独創性のある魔法について考えていかんとな」


「ルー兄の魔法は確かに眩しい………あ、あれ!あれは?なんか光が雪みたいになって光るやつ」


「いいよ!ジリィはあれ好きだよね」


「綺麗だから好き―――あっ!でも―――」


「では、生徒達とやってくれ」


「はい―――では皆さん、よろしくお願いいたしますね」


 よろしくお願いいたします!と、黄色い声を含みながら良い返事が返る。


 何か言いかけたジブリナだったが、グリゴア教授とルークとで話がついてしまったので、それ以上言う事ができなかった。


 それまで空気になっていたワラーが、グリゴア教授に確認をとるように軽く手をあげた。


「先生。ルークさんの魔法について、もう少しヒントを与えた方がいいのでは?」


「大丈夫だろ」


「と言いますか、学校関係者以外の人が授業をしていいのですか?」


「何を言う、ラープ?これは侵入者撃退であって授業ではない」


「―――校長に怒られても知りませんからね」


「怒られるのは不当に侵入してきたルーク・マーサだな」


 少し離れた所に立っていたルークが振り返り、ニッコリと笑った。


「大丈夫だよ、ワラー君!俺は怒られても気にしない!」


「そういうトコですよ!あんたたちの腹立つトコ!!」


 ワラーが泣き顔で怒るという器用な事をしている中、ジブリナがイリスを側に呼ぶ。


「こっちきて」


「うん」


「ルー兄の魔法はイリスにはちょっと刺激が強いかもだから、しっかり守らないとね」


「そんなに眩しいの?」


「綺麗だよ。でもちゃんと守ってないとトラウマになることもあるから…いや、前世で既にトラウマになってたか……」


「………なんか嫌な予感しかしない………」


 イリスが顔を顰めている横で、ワラーが最大に警戒した様子でお尻を手で隠している。


 グリゴア教授が、サッと腕を上げて合図を送ると、ルークと生徒達がお互いを見た。


 腕が下がると同時に、視界一面が白く光り、すぐに収束すると、ジブリナが言っていたように、雪のように光の結晶が舞った。


 動こうとした生徒達は、微妙な顔で動かない。


 1人、2人……と、モゾモゾと動き出すが、少しお尻を突き出して、足を閉じないようにしている。


 ワラーが、気の毒そうに生徒達を見ているが、やはりお尻を手で隠したままである。


 イリスは、美しい光の結晶を眺めていたが、そういえば模擬戦の途中だった、とルーク達を見ると、余裕の無さそうな表情で屈み気味の姿勢の生徒達を、ドヤ顔で見ているルークがいる。


「ジリィ外科胃腸肛門科病院はいつでも皆様をお待ちしております!」


 阿鼻叫喚となった現場では、グリゴア教授が楽しそうに大笑いし、ジブリナが眉間に皺を寄せて睨むようにルークを見ている。


「はっはっはっ!みんな!皆その苦しみを味わいたまえ!そして君達は仲間入りだ!痔は恥ずかしくないぞ!どうせ皆なっているからな!」


 高笑いするルークを呆然として見て、イリスは不機嫌なジブリナを振り返る。


「ジブリナ………どういうこと……?」


「………ルー兄は学生の頃に痔瘻になって死ぬ程痛くて口惜しかったから………」


「から……?」


「キラキラエフェクトに紛れさせて誰もが同じ苦しみを味わうようにお尻をちょこっと……ね……」


 イリスもワラーと同じようにお尻を手で隠す。


 ジブリナが、イリスとワラーが同じようにお尻を隠しているのを見て、おかしそうに笑う。


「うふふふふ………お尻なんて隠しても、魔法を防がなきゃ意味ないよ?」


 イリスとワラーの顔色が悪くなる。


 一度経験していると、その痛みは忘れられない………イリスは前世でヤッたし、ワラーは昔ルークの魔法でヤられた上に1年前に実際にヤッた、ちなみにジリィ外科胃腸肛門科病院で治してもらっている。


 グリゴア教授が楽しそうに笑い、生徒達を鼓舞する。


「どうだ?尻に違和感あるだろう?この授業中にルーク・マーサの魔法を解除するなり中和するなりしてみろ」


 男子に、そして女子にも容赦なくかけられている痔の魔法〜キラキラエフェクト付き〜によって、顔つきの変わった生徒達が必死になるが、焦っている上に初めての尻への体験で保身結界も上手く発動せず、全身が微動する有様である。


 イリスとワラーは、保身結界で守られている筈なのに、手に汗握る魔法の攻防に憂鬱そうな表情になった。


「………アンドレーエ」


「……はい」


「お前……良かったな………マーサと仲良しで……」


「……はい」


 ジブリナの保身結界で守られているイリスとしては感謝を感じるが、そもそもジブリナが駄々を捏ねず授業に出ていればルークの魔法によって前世のトラウマを呼び覚ます事もなかったのでは、と思わずにいられない。


「今生ではなってなかったのに………」


 イリスは1人呟いた。


 生徒達にはトラウマと共に記憶に刻みつけられた筈のもの―――ジリィ外科胃腸肛門科病院―――イリスも心に傷を負いながら、しっかりとその名前を記憶した。



「………いや、だから記憶しないで欲しいのよ、肛門科病院の名前は………」


 ジブリナが嫌な気配を察知して文句を言うが、誰の耳にも届かなかった。




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