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揺れる乙女心とニート心  作者: はるのばんか
15/18

課題名『無色透明の脳脊髄液がみえた日』




「―――何故………吹き飛ばすのか………」


 トリータン校長は不機嫌な顔と声を強調するように殊更にゆっくりと言葉を発する。


 実技教室は室内であるという当たり前の事を、生徒達は思い出していた。


 いつもは気にもしない教室の空間。


 いつもは気にもしない教室を守る結界。


 その結界が校長によって張られた対魔法戦の結界だとも気にしていなかった。


 そして、一棟建ての実技教室である事とも気にしていなかった。


 どんなに強力だと言われているファイガやワリーの魔法がぶつかろうが、混戦状態の魔法だろうがウンともスンとも反応しない結界であったので、結界がある事さえ最近の生徒達は忘れていた。


 イリスも生徒達同様に天井であった場所を見上げ、気持ちの良い青空を呆然と見ている。


 ワラーは青い顔をして校長の前に座らされている。


 グリゴア教授はワラーの横に立って校長から目を逸して素知らぬ振りをしている。


 ジブリナは更にその横に並んで立ち、空をボンヤリと見上げている。


「………ワラー・ラープ。君はマーサと模擬戦をしていたようだが………」


 ビクリとワラーの体が揺れる。


「何故、何故、何故!基礎魔法縛りなんぞにしたのだ!!馬鹿か君は!!!」


 強い叱責の言葉にワラーは首を竦める。


「おっしゃるとおりで………」


 ワラーが小声で言うのを校長は拾った。


「それはそうだろう!君だって何度も何度も何度も!この状況になったのは記憶にあるだろう?!マーサに基礎魔法を使わせないようにするのに一体どれだけ苦労したと思っているのだ!それこそホーフマイスターを召喚して事に当たったというのに!これでは無意味ではないか!!誰がまた国と騎士団に報告し建て直させ結界を張り直すと思っているのだ!!」


「校長です………」


「止めろ!!君にやらせるぞ!!」


「エッ?!何故です?!」


「僕だって面倒くさいんだ!君がやればいい!!」


「そ、そんなぁ…!無理です、俺なんてペーぺーのぺーの木っ端助手ですょぉ―――」


「じゃあ誰がやるんだ!!僕か!!僕だな?!」


 ヒエェ………と、座りながら及び腰という器用な事をワラーがしている。


「まぁ………校長がやらないとな、それが仕事だろう」


「グリゴア!貴方がそうだから下の者が皆!揃いも揃って僕の仕事を増やすんですよ!ワラーだって最近は大人しかったのに!ジブリナ・マーサ!君は自分が教室を壊した当事者という認識はあるか?!さっきから空ばっかり見てるが―――…ん…?」


 校長も、空を見上げて止まる。


 グリゴア教授が面白そうに空を眺めた後、校長に視線を下ろす。


「あの魔法はランドマイスターでは?」


「………そのようですね。偵察に来た…いえ、ずっと見ていたのでしょうか」


「結界に阻まれて入れなかったみたいだが」


 グリゴア教授が少し首を傾げ、周りの生徒達を見回す。


 校長もそれに倣う。


「ワラー・ラープだと思いますがね」


 ジブリナが、いつの間にか空にあった視線をワラーに向けて言った。


 校長、グリゴア教授、ジブリナの3人は、ワラーの後頭部を透かすように見る。


 ワラーがビクリと体を揺すって、自身の後頭部を恐る恐る撫でる。


 校長が溜め息を吐き、グリゴア教授がニヤリと笑い、ジブリナが嫌そうに後ずさる。


 後ずさったジブリナの背中側には、何時の間にか近寄っていたイリスがおり、イリスの顎先にジブリナの後頭部が当たる。


「ア痛っ」


「あっあれっイリス?」


「うん。どういう事になってるの、これ?」


「んんん?………ワラー・ラープに発信機が付けられてて隙あらば…みたいな?」


「隙あらば、何?」


「うぅぅ……」


「どうした?」


「言いたくないわぁ、もぅ、本当の事になったら嫌過ぎるし………」


「何が?」


「うぅぅん……」


「ランドマイスターがマーサに発信機を付けに来そうなんだよ、アンドレーエ」


 サラッと校長が言う事に、イリスは納得したが、ジブリナは益々嫌そうに眉を顰めた。


 魔法に長けた3人が空を見上げていたが、イリスには何も感じられなかった。


 他の生徒達も、何とかランドマイスターの魔法を感知しようと頑張っているようだ。


 ワラーも地面に座ったまま空を注視していたが、唐突に感電したかのようになり呆っとしたかと思うと、ガックリと首を垂れた。


「ランドマイスターは来ないそうですよ………」


 と、どうやら付けられた発信機から通信でも入ったらしく伝えた。


 ジブリナが、フゥゥと息を吐き出し―――


「―――センセェェエエエ!!!」

 

 吸い込むのも待たずに叫んだ。


「あっ、また呼びおった」


 グリゴア教授が呆れたように言う、そのすぐ後、ジブリナの側にライノア教授が立っていた。


 呆れているような仕方なさそうな表情をジブリナに向けているが、ジブリナは周りの反応など気にしていられないとばかりにライノア教授の背中にしがみつく。


「ヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバい!ちょっと油断した!ぎぇぇ、センセェ、わたし、コレ大丈夫?!大丈夫?!」


 喚くジブリナを複雑な表情でイリスが見ている。


 イリスは魔法戦に関して役に立つ事はないが、それでも気持ちは複雑そうである。


 グリゴア教授がライノア教授に肩を竦めてみせる。


「ライノア。提案なんだがな。生徒達にお前の目を貸してやってくれんか?誰も見えておらんようだ」


「まぁ、授業の一環としてそうするのもいいか」


「センセェ!脳脊髄液が!あの変態の!融合しようと!」


「ライノア。それはいいのですが、あまりにハッキリと貴方の目を借りてしまうと昏倒する者が多くなりますので、ちゃんと加減はしてくださいよ」


「そこは校長が保身結界で調整してくれ」


「面倒くさいですが、グリゴアに任せるよりは確実ですかね」


「俺だってできるぞ」


「貴方は面白がって手を抜くので危険です」


「センセェ!脳脊髄液が!!」


「マーサ、ちょっと落ち着け―――」


 ライノア教授がやっとジブリナを見下ろそうとして、何か思いついたようにハタと動きを止めた。


「あ、マーサ、お前の髄液に―――」


「ィギァアアアア!!」


 ―――次の瞬間、その場の全ての存在が曖昧になった。


 誰もが自分と世界の境目が分からなくなり茫漠となる。


 そして、そこに無色透明な液体のようなものが流れている事に気付く。


 その液体のようなものに、校長、グリゴア教授、ライノア教授、ジブリナ、イリスは保身結界があるので触れていない。


 しかしワラーや生徒達は水の中にいるように、歪んで存在している。


 グリゴア教授が溜め息を吐いてライノア教授を軽く睨む。


「ライノア」


「悪い。てっとり早く生徒達に経験させようと思ったんだが」


「ライノア、もっとよく考えてから行動してください、これでは経験も何もないではないですか。と、言いますか、これではランドマイスターの魔法があって良かったという非常に微妙な結果ですよ」


「悪かった」


 校長にも叱られたライノア教授は、軽く肩を竦めると、自身の背中にいるジブリナを見るように首だけ振り返る。


「―――ジリィ。君はそこに存在しているか?」


 ジブリナが表情なく顔を上げて、ライノア教授を見上げる。


 何も映していないように見えるその目で、次にイリスを目に入れる。


 そして暫くすると視線を外して周りを見始めた。


 そして、それ程の時間を置かずに、曖昧だったものが全て世界として戻ってきた。


 ジブリナの目に世界が在るように映るのをライノア教授は確認し、一つ頷いた。


 ジブリナがライノア教授から少しだけ距離を取って―――軽く腕を伸ばせば届く距離だが―――拗ねたような気まずそうな顔でグリゴア教授を盗み見るようにする。


「グリゴア先生……あの、生徒達は無事ですかね…?」


 何が起こったのか分からずにいる生徒達をチラチラと見ているジブリナに、グリゴア教授はフッと軽く笑いかける。


「大丈夫だ。非常に微妙な事に、ランドマイスターの魔法があったおかげで、お前の魔法がある程度遮られたからな」


「なるほど……」


 ホッと息を吐き出したジブリナは、目尻を釣り上げながら校長の側にジリジリと移動し、ライノア教授を見る。


「センセェ!なんて事するんですか!グリゴア先生みたいな事して!センセェはそんなハードボイルドな見た目でやってはいけません!」


「マーサ、僕の後ろに隠れながら訳の分からない事を言うな。まるで僕までその意見に賛成しているようではないか。あと、グリゴアとライノアは意外と似ている」


「宥める方にいかないでください、ちゃんと叱ってください、校長のアイデンティティは叱る事ですよ!」


「そんなアイデンティティは持った覚えがない。―――ハァ……もういいから、今日の授業はこれで仕舞にして下さい、グリゴア」


「悪かった。―――おい、お前たち、今日の授業は終わりだ!レポートを明日中に出せよ」


 生徒達は何が起こったのか口々に意見を言い合い、ワラーを質問攻めにしており、グリゴア教授はそちらへ歩いて行く。


 校長が文句を言い言い去った。


 ライノア教授がジブリナをお菓子で釣り機嫌を取る中、イリスもその相伴に与ろうとジブリナの側に立っていた。


 イリスは、ふと、壊れた屋根から覗く空に目をやる。


 一瞬だけ、ピリッと空が揺れたような、そんな魔法の気配を感じたような気がしたが、気の所為かと考えた。


 校長は、自分の執務室に戻りながら、空を見上げて溜め息を吐いた。


「―――ホーフマイスターまで出て来ないでくださいよ、仕事が増えるんで困ります」


 誰にとも言う事なく呟かれたようだが、しっかりと聞き耳を立てていたどこかの誰かには聞こえていたようで、返事を返す様に、空気がピリリと揺れた。




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