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犬の散歩

作者: hisaragi

サイコパスの登場で、ただの犬の散歩が事件になった‥‥‥。


これは古い友人と久しぶりに呑みに行ったとき、彼から聞いた話です。


 友人とは幼馴染で、高校まで同じ学校でした。彼とは楽しい事も辛い事も同じように経験した数少ない同級生で、家族も彼の事は小さいころから知っているほど良い友人関係だったと思います。


 しかし、高校を卒業してからは、たまに連絡を取り合うくらいで、お互いの生活が忙しく中々会う事が出来なかったのですが、二年ぶりに友人のほうからたまには呑みに行こうと誘われ、地元の駅近くにある老舗のバーへ足を運びました。


「お、随分早いじゃん」

 私は約束の時間より十分程早く着いたのですが、友人はバーカウンターのスツールに腰を掛けて、煙草を燻らせながら輸入ビールを呑んでいました。


「よう‥‥‥お前も早かったな、約束の時間前だぞ」


 友人は昔と変わらない口調で言ったので、少し安心したのを覚えています。しかし、表情は少し硬く、笑っていても目の奥は澱みのようなものが見えた気がしました。


「まあね。ガッコが早く終わったから、早めに行って先に始めていようかと思っていたんだけど、お前も考えは同じだったか」


私がそう言うと、友人は眉根を少し上げて『まあね』と言うような仕草をして、ビールのボトルを口に運びました。


「久しぶりだな。犬の肛門みたいな顔をして、何か有ったのか?」


 私はわざと昔のバカ話みたいなノリで言うと、友人はその言葉に一瞬体が硬直した様な気がしましたが、その時はなんでそう反応したのか分かりませんでした。


「そう、見えるか?」


「冗談だよ、冗談。大体犬の肛門って、どんな顔だっての!」

 私は笑いながらそう言い終えると、バーテンダーにバーボンロックをダブルで注文しました。


 隣に座っている友人をチラリと見ると、顔は笑っていなかったのですが、昔から冷静で掴み処のない所が有ったので、さほど気に留めずグラスを傾けました。


 ふと、店内のBGMに「ビル・エバンス トリオ」が流れていたのに気が付きました。しかも、私が好きな『枯れ葉』のテイク2の録音です。メンバーも曲も同じなのに、テイク1とは全然違う解釈で神掛ったテクニックを持つ3人の素晴らしい演奏に、暫く聞き惚れていました。


「お前は相変わらずジャズが好きなんだな」


「まあね。特にビル・エバンスのピアノは最高だね」


「そうか‥‥‥前も同じこと言っていたな」


「そうだっけ? フゥ‥‥‥で、お前は何が有ったんだよ?」


 そこで、ビクッと硬直したのが分かりました。やはり、最近の彼に何かが起きたのだと分かりました。


「う、うん‥‥‥その、なんて言ったら良いか分からないんだけど‥‥‥」


「まぁ、良いから言ってみな。俺とお前しかいないんだし。黙って聞いてやるから」


「分かった‥‥‥。その、うちは犬飼っているだろ?その犬の散歩をした時なんだけど、丁度一週間前の夕暮れで陽が大分傾いていた。祖父から買い物も頼まれていたので、犬の散歩のついでに済ませようと思って家を出たんだ」


 そこで、一旦間を開けて、二本目のビールを注文してから、ポツリポツリと続きを話し始めました。私は最後まで口を挟まないように、黙って聞いているつもりで静かにグラスに口につけ、煙草を一本取り出しました。


「それから‥‥‥、家の近くにある川沿いの土手をトボトボと歩いていた。夕日が俺と犬の影を濃く長くアスファルトに写していたんだ。お前も知っていると思うけど、あの土手は車両は通れないけど普通車なら楽々通れるほどの幅があるだろ?それに舗装もされているし、ランニングする人や、俺と同じように犬の散歩する人も結構いる。清流まではいかないまでも、川自体は整備されて公園にもなっているから、犬の散歩には丁度いいんだよ」


 私は彼の話に静かに耳を傾けていました。


「そこで、犬は地面をクンクン嗅いだり、行きかう人や他の犬を気にしたりしながら歩いていたんだよ。犬としてはごく普通の行動じゃん?それに散歩に来ているんだし生き物だからウンコもするよな?案の定土手の脇でしゃがんだんだよ」


 私は黙って頷きました。


「そうしたら、急に背後で叫び声が聞こえたんだ‥‥‥


『ギャーーー!!』


声は野太い感じがしたけど、甲高く中年の女性の声に聞こえたんだ。


『あなた!!こんな所で何をやっているの!!』


そう言うと、背後にいたオバサンは俺の正面まで来て更に怒りを爆発させて、耳障りで甲高く野太い声でがなりはじめたんだよ。そこで、確実に俺に向けられた事だと理解した。他に人は周囲には居なかったし、いたとしてもかなり遠くに人影が見える程度だったから、いくらこのオバサンが喚いても聞こえるとは思えなかった。俺の頭の中は『え?え?は?』と何で怒鳴られているのかさっぱり分からなかった。この頃には殆ど、陽が落ちて丹沢山系の峰に僅かにオレンジ色の残り陽が見える程度だった。だから、そのオバサンの顔まではよく見えなかった。だけど、スカートに低めのヒールを履いて、薄手のブラウスにロングヘアだってことは見て分かった」


 友人は一息つくと、煙草を一本取り出して、口に咥えた。それから深く紫煙を吸い込むと、頭の中を整理しているみたいに少し斜め上を向いて煙をゆっくりと吐いた。紫煙はペンダントライトのフードに吸い込まれ、形を変えながら天井に消えて行った。


「今度は、そのオバサンがスマホを取り出して、撮影しようとしていたんだよだから俺も言い返した。『何するんですか!?』俺がそういうと、『あなたこそ何をしているんですか?こんな所で!通報しますから!』とか言うもんだから、『生き物が散歩してたらウンコくらいするでしょ!?それにきちんと片付けるんだし問題ない筈ですよ!!』そう言っても、オバサンはスマホで撮影しようとレンズをこちらに向けたんだ。さすがに散歩中とは言え、見ず知らずの人から写真を撮られるのは嫌だったし、犬もオバサンの異様なテンションにすっかり怯えていた。だから俺はスッとパンツを上げて立ち上がった!!」


ブッホ!!

「ちょっ、ちょっと待て!確認させてくれ!まさかお前がウンコしていたのか!?」


「そりゃ、急に催すこともあるでしょ?お前は無いの?」


「いやいや、だからって薄暮の時間帯の川沿いの土手でノグソして良い訳ないだろ!!」


「そこじゃないんだよ!まだ先が有るんだから、黙って聞いてくれ!」


 ここで、バーテンダーがドギマギして、お客さんのあまりにも斜め上の会話を聞いてしまい、微妙な表情をしていたのが印象的だった。


「まぁいいよ、で?続きってなんだよ」


「そうなんだよ‥‥‥スッと立ち上がったんだけど、そこでバランスを崩してしまったんだ」


「そりゃお前、パンツしか上げていないんだろ?」


「そうなんだよよ、ズボンはまだ膝下に有った事をすっかり忘れて立ち上がったから、よろめいたんだ。その瞬間、オバサンは明らかに怯えた顔しているし、犬もウンコし始めた。でも、俺は冷静に自分のウンコを踏まないように狭い歩幅で避けた!ギリッギリでウンコの半分だけ踏むに留まった!」


「踏んだのかよ!!」


「そりゃあな、でもあの状況では僥倖だろ?」


「知らねぇよ!!お前、人前でノグソしたら立派な犯罪だぞ!!」


「そうじゃないんだって!そこじゃないんだよ!まぁ黙って聞いてくれ!」


「まだ有るのかよ‥‥‥」


「それで、幸運にも片足は半分だけウンコを踏んだけど、そのはずみでオバサンの体と俺の体が交錯したんだ」


「幸運じゃあないけどな‥‥‥で?心が入れ替わったとか言うのかよ!」


「まぁ聞けよ‥‥‥。そしたら、偶然にも祖父に頼まれて買って来ていた柳葉包丁が、オバサンの右わき腹の後ろから捻じ込むように突き刺さったんだよ」


「おいおい、確実に肝臓狙っているじゃねえか!!明らかに殺し屋の手口だぞ!!それに、お前は片手に犬のリード、片手に柳葉包丁を握りしめてノグソしていたのかよ!!よく、土手まで辿り着いたな!」


「だから、そこじゃないんだって!まだ続きが有るんだから黙って聞けよ!」


「じゃあ、どこなんだよ!!他に何があるんだよ!!」


「いいか、驚くなよ。ちょっと怖いかもしれないけど、大丈夫か?」


「もう、これ以上の事は無いだろ!!いいから早く言ってみろ!」


「じゃあいくぞ‥‥‥血だまりで力なく倒れたオバサンの顔をよく見たんだよ‥‥‥」


ゴクリ


「そしたら、女装した親父だった‥‥‥」


「怖えーーーーー‥‥‥」


「だろ?怖いよな?そしてもう一つ気付いたんだ‥‥‥」


「な、何だよ‥‥‥」


「俺、裸足だった‥‥‥」


「マジか‥‥‥怖えーーーーーーってなるか!!」


「しかも、翌日から親父は普通に家で生活しているんだよ。何事も無かった様に‥‥‥」


「それは、マジで怖いな」


「それと他にもあるんだけど‥‥‥」


「もういいよ!マスターお会計!!」



 多分、彼とは二度と会う事は無いだろう。家族でヤバい奴だったとは。


 しかし、この変態殺人未遂事件以外に何が起きたというのだろうか――。

お読み頂きありがとうございます。貴重なお時間を無駄にしてしまったかもしれませんが、何かを感じて頂けたら幸いです――。

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