曰く付きの桜
「――この桜、曰く付きらしいよ」
女友達が、突然そんなことを言い出した。
「曰く付きって?」
「それがね、これは呪われた桜で、地面の下に何かがいるんだって。何かすごく恐ろしいものが、さ」
満開の桜の下、彼女の語った噂を聞いて、私は「ふーん」と答えるにとどめた。
そんな話嘘に決まっている。私は彼女と違ってオカルト信者ではないのだ。
「毎年行方不明になる人が出てるらしいよ。……その何かっていうのがバケモノで、食われちゃってるんじゃないかな? なんてことも言われててね」
少しゾッとしたけど、私は笑った。
「せっかくの花見なんだから、そんな話題やめて楽しい話しましょう」
杯を交わし、満開の桜を見上げる。
桜色、というより薄紅色の花びらがひらひらと舞い散る姿はなんとも美しい。
「……でもさ、気にならない?」
首を傾げる私に、友人はニヤリと笑った。
「何がいるのか、だよ。もしかしてお宝かもしれないじゃん? ねっ、掘ってみない?」
私は呆気に取られた。周りに人はいないものの、掘り返したりすれば何の罪に問われるかわからない。
「大丈夫だよ。誰もいないんだしさ」
「もし万が一、噂が本当だったらどうするつもり?」
「そりゃニュースになるよ! ほらほら、早く掘ろう!」
反論する間もなく彼女に手を引かれ、私は桜の木の根元へ。
いつの間に持ってきていたのか友人はスコップを取り出し掘り始めた。もう一つスコップが用意されていたので、渋々ながら私も手伝う。
……この下にもし何かがいたとしたら。
恐怖で手がブルブル震えた。
そもそも私と彼女は、遠方から隠れたスポットと知られるここへ花見に来ただけのはず。なのになぜこんなことになっているのか。
――警察に咎められたら全部彼女のせいだと言おう。
そんなことを考えていると、何か妙な感触を覚え私は手を止めた。
「何かしら……?」
「なになに? なんか見つけた?」と女友達が駆け寄ってきて、興味津々に顔を近づけてくる。
ゆっくり手を突っ込み、引きずり出してみた。
そして私は、私たちは――見てしまった。
ボロボロに腐敗した人間の腕、脚、生首。
そこには激しい悪臭を放つ、たくさんの人間の死体があった。
「ぎゃあああああああああああ」
「いやぁぁぁぁぁぁぁっ」
二つの高い高い悲鳴が上がる。
何が起こっているのかわからない。逃げようと思ったが腰が抜けて動けなかった。
すると突然、背後から声が、した。
「ああ、見てしまったんだな。……物好きな女どもだ、せっかく薄気味悪い噂まで流して遠ざけておいたのに。これ以上人を手にかけたいわけじゃないんだが、仕方ないな」
その瞬間頭部に硬い衝撃があり、私の意識は暗黒に落ちた。
満開の桜の下、一人の男が根元に土をかけていた。
「これで十人目か。ああ、なかなか大変なものだな」
はるか昔、ちょっとした喧嘩で殺してしまった母親。その死体を桜の木の下に埋めたことから、全ては始まった。
最初に掘り返したのは花見客の酔っ払い。それを手にかけた。
それから何人も何人も、死体を見られる度に男はその人物を殺め、葬り続ける。
バケモノが眠っているという噂を流してみたものの、余計に逆効果だったようだ。
「さあて。今年の分は殺った。来年もきっと殺らなきゃならないんだろうな」
そんな独り言を漏らして、男は立ち去っていく。
満開の桜はそんなことなど知らないかのように、美しく花をつけたままであった。
ご読了、ありがとうございました。
ブックマーク・評価・ご感想を心よりお待ちしております。