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まずはこの作品を全部頭に入れるんだ。歌うのは僕だけど、世界観を身体に染み込ませないといけないから、歌詞も全部覚えてね。
ショウは完成した作品をタブレットに綴じ込み、彼女に渡した。
えぇー、全部? ちょっと無理だよ。二時間近くあるんでしょ? 聞くだけで二時間もかかるんだよ。なんて当たり前なことを言いながらも、早速タブレットを口にし、歌詞を確認しながら口ずさむ。意外にやる気のある母親にビックリだよ。
俺の母親が作品の世界観を掴むのに、二週間を要した。歌詞を覚えるだけなら三日間だったが、それだけではショウは満足しなかった。演じるっていうのは、そんな簡単じゃないと思うよ。そう言われ、彼女は必死に曲を聴きながら歌を歌い、身体へと染み込ませていった。
その後ようやく、二人での練習が始まった。ショウはその場所に、横浜を選んだ。今まではなかったが、転送装置が形のある本で溢れる場所の三階に設置されたんだ。便利だし、自分のホームグラウンドだ。利用しない手はない。それに当時は、チャコもジョージも顔を出していなかった。おばちゃんが管理をしていて、たまにショウが本を読みに現れるだけの場所になっていたんだ。
まずはショウが全曲を通して歌った。自分なりに演じながら。それを観ていた彼女に、感想を求める。なんて言ったらいいのか分からないけど、物語が凄く心に入ってきたわ。きっと、私がそれを知ってるからじゃないと思うわよ。本当に楽しかった。けど・・・・ 私が一緒ならもっと楽しくなるんじゃないかな? 彼女はそう言いながら照れ笑いをした。
それじゃあ一緒にやってみよう。ショウはそう言い、彼女を手招きする。
いきなり? 彼女は戸惑いを隠さない。当然の反応だと思うよ。演劇どころか舞台に上がったことすらないんだ。例え二人きりの練習だとしてもなにをどうすればいいのかさえ分からないのが普通だよ。
とりあえず僕の側で好きにしてていいよ。ショウはそう言った。
うん! 分かった。やってみるよ。彼女がそう言う。
ショウは自然と歌い始め、彼女も側で自由に表現を始めた。初めはぎこちない動きだったが、徐々にその動きが滑らかになっていく。正直俺は、この初めての演奏が一番好きだ。初期的衝動は、そのとき一度きりの特権だからな。二度三度と練習を重ねると、確かに洗練されていく。作品としてのクオリティは上がっていったよ。
ショウが納得のいくできになるまで、五日間かかった。最低限の食事と睡眠以外に割いた時間は少ない。二人の集中力は凄かった。日数的には五日間だったが、その内容的には一ヶ月分はあったように感じられる。
ニューヨークに戻り、ショウはすぐに会場を探した。ライブハウスでもいいかと考えたが、せっかくなら劇場に立ちたいと考えた。劇場に連絡を入れると、三日後なら空いていると言う。本来は休館日だったが、ショウが利用するならと許可してくれた。
本当に私なんかがあの舞台に立てるのかな? 開演当日、楽屋で彼女がそう言った。ほんの少し、声も身体も震えていた。
大丈夫だよ。カオリは一生懸命やってきた。後は普段通りやればいいだけだ。そう言い終えると、カオリをギュッと抱き締める。
その興行は、成功とも失敗とも言える微妙な反応で終わってしまった。劇場に集まった客は、ノーウェアマンのファンばかりで、演劇は初めてという者が殆どだった。どう反応していいのか分からず戸惑っていたようだ。
興行を観ていたチャコとジョージには、そんな戸惑いはなかった。凄いじゃんか! チャコがそう言う。いい感じだな。あそこに俺達が加わったら、もっと良くなるよ。ジョージがそう言った。
僕もそう思うんだけど、反応がいまいちだったよ。もう少し様子を見た方がいいね。ショウはそう言った。そんな必要はない。ただ戸惑っているだけだ。慣れればすぐに受け入れられる。すぐにでもノーウェアマンとしての興行を始めよう。チャコとジョージはそう言ったが、ショウは首を振る。それじゃ僕は納得できない。慣れればなんて言葉は、逃げ口上だよ。
近いうちに必ずノーウェアマンとしての興行を復活させる。そのためにもう少し時間が欲しい。演劇と音楽の融合は、もうすぐなんだ。そう言い、二人を納得させた。
しかし、そこからが本当の迷走なんだ。ショウは彼女と共に、演劇と音楽の融合のため、何度も劇場で興行を重ねたんだが、評価はまるで上がらなかった。焦った二人は、音楽を排除してみたり、他の人間を雇って演劇の要素を強めたりしていった。その結果、興行に客は入らなくなり、二人は自信を失った。
ショウはそのまま表舞台から去る結果となってしまったが、後にチャコとジョージがカオリを交えてショウの意思を継いだ興行をし、評価を受けている。




