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ニックはそのあまりにも非現実的な出来事に、異常な興奮に襲われていた。ホテルでいくら血を洗い流しても、その興奮は消えてくれない。ただ、その場にじっとしていることが苦痛で、一人でホテルを飛び出した。知らない街で当てなんてなく、ただなんとなく歩いているうちに飲み屋に辿り着いた。その店で、その本を手に入れた。
明日一緒にその店を探そう。途中までの情報ならあるんだろ? それをもとに探せば、きっとなんとかなるよ。この本は、僕達に出会いたくて仕方がなかった。そんな表情をしているだろ?
ショウの言葉に、ニックは苦笑いだった。
次に日、二人は約束通りその居酒屋に向かった。道に迷いながらも、無事に到着はしたが、道中二人は揉めていた。あっちじゃないのか? ここはさっきも通ったろ? 本当に覚えていないのか? そんなショウの言葉に、ニックは、さぁな、知らねぇよ、仕方ないだろ。なんて答えていた。
結局その居酒屋を見つけたのはショウだった。もしもニック一人きりだったら、永遠に辿り着けなかっただろうと思う。ここには見覚えがあると言った場所は、地下へと降りて行き、角を曲がってまた別の階段で降りて行った先の通路を歩いて何度か角を曲がった先にあるお店の玄関扉を見たときだったんだ。本当はもう少し前から気がついていたんだとニックは言うが、それはないだろうな。実際のところ、店の中に入って店主の顔を見ても、いまいち不安げな表情が抜けていなかった。
これって一体なんの本? 僕にはまるで理解ができない。多くの写真があるけど、僕にはいまいち統一感が見えないんだ。なんかの寄せ集め? まるで古びた物語だよ。昔話が氾濫しているみたいだ。こんなに素敵な本は初めてだよ!
興奮するショウに対し、店主は冷静に、詳しいことは分からないと言った。この店に古くからあるものなんですよ。もしよかったら、先先代に会ってみますか?その言葉にショウの興奮は増していく。
この本がどういったものかも知らずにニックに譲ったのか? 代々受け継いできた大事な本じゃないのか?
とても大切な物ですから、譲ったんですよ。この本に相応しい方が現れたとき、譲るように指示されておりますから。その判断は任されています。ニックさんに譲ったことに不満でもありますか?
店主の言葉にショウは首を振る。ニックはこの本に相応しいよ。そう呟いたショウの言葉に、嫉妬なんてなかったと思う。ただ、その店主が当たり前のようにとんでもない行動をとることに驚いていた。
その後ニックと店主がほんの少しの会話をし、先先代に会うために店を出て、さらに地下へと降りていく。そこには、転送装置がある。こういった裏の世界のお店の近くにはよくあることだ。スティーブが干渉できないような場所に転送装置を設置しておくんだ。いざというとき、すぐに逃げ出せるように。ショウ達のように文明以前の世界に関心を持つことは禁止ではないが、スティーブはあまりよくは感じていないようだ。ときにそんな存在をみつけては排除している。無闇に全てを否定しているとは思えない。その人や流れを読み、判断しているんじゃないかって思う。その理由は、いくらスティーブへの対策をしているとはいえ、あのスティーブが、裏の世界のことに全く気がついていないはずはないからだ。ショウ達のようにスティーブによって生かされている者も多いんじゃないかって思うんだよ。
先先代は牧場の経営者だった。居酒屋は趣味で始めたそうだ。あの本は、元々は牧場で受け継いできた物だった。それを先先代が、誰か本当に必要な人に渡すため、居酒屋の店主に託していたそうだ。
先先代の話で、それがエイガと呼ばれる文化を紹介している本だと分かった。エイガとは二時間程度の映像物語で、写真の連続で映し出すのが特徴だと言う。その為の特別な機械も所有していて、ニックはその全てを引き取った。しかし、機械の動かし方や、肝心の作品が存在していない。写真の連続というヒントしかなく、どうやって作品を作り、その映像を保存し、映し出すのか、分からないことだらけだった。それらを解決したのは、ライクアローリングストーンのドラマーで、なんでも作ってしまいミカンだった。




