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ショウはシンシアと暮らすために購入した家に篭っていた。しばらくは食事さえしていなかったが、流石にそのまま死んでしまうことはできず、家にある食べ物を摘まんでしのいでいた。
家に篭り、ショウはなにもしない時間を過ごしていたが、そんな生活はいつまでも続くものではなかった。ショウの性格上、じっとなんてしていられなかった。
取り敢えずショウは、自然とギターに手を伸ばす。これしか僕にはないと感じ、曲作りに没頭する。言葉は溢れ出して止まらないが、主観的な感情の塊は、聴く者の耳に耐え難い。ショウは何度も頭の中で感情を整理していく。主観を削り出す作業は、ショウの心を癒していく。現実は、どんなに最悪であっても、受け入れずには生きていけない。曲作りをすることで、ショウは現実を受け止め、正気を取り戻していく。そして事件から一ヶ月半、ようやく家の外に出た。
ショウがまず向かった先は、実家だった。母親の遺影に、ようやく挨拶をする。その後にお墓を訪ね、会話をする。
オーナーの家には行かない。ボブアンドディランにギターを抱えたまま入っていく。そして、なにも言わずに舞台に上がる。そしてギターをかき鳴らし、歌った。
ショウの歌は、虚しく店内に広がっていった。数人の客と、従業員しかいなかったが、誰もショウの歌に耳を傾けていなかった。
ショウはチャコとジョージに戦場で作った曲も含め、全ての新曲を披露した。正直、俺でさえ不安を感じる内容だった。しかし、チャコとジョージの二人は、いいんじゃないかと受け入れた。そして三人で、バンドとしての曲へと仕上げていく。
この三人は、やっぱり揃ってこそなんだと感じる。ショウ一人では不安定になる曲も、三人で演奏をすると、まるで別物のように生き生きと感じられる。
出来上がった曲達を、ノーウェアマンとしては久し振りの作品として発表した。手応えは確かにあったようだが、当時はそれほど売れなかった。
その理由は明らかだが、曲は素晴らしく、評価は高かった。普段のノーウェアマンの曲に比べ、暗すぎたんだよ。後に再評価されている作品だが、当時はこの作品のために人気を落としていた。
とはいっても、復活をしたノーウェアマンの興行は大反響を呼んでいた。新曲も当然ライブでは披露をするが、生での演奏だと、やはり盛り上がる。世界中が、ノーウェアマンの復活を待っていたようだった。
ショウ達三人は、以前から感じていたことだが、タブレットでの作品発表に疑問があったんだ。タブレットは、一見形があるようで、実体が後に残らない。そこが寂しいと感じていた。
ショウは、形のある本の中から、レコードと呼ばれる記録媒体の存在を知った。だいぶ前からその存在自体は知っていたが、詳しく説明する本に出会えず、再現をすることができないでいた。
文明以前の記録媒体には他にもいくつかが存在していたようだ。様々な形をしていて、それぞれに特徴があったようだ。ショウがレコードに興味を抱いたのは、その大きさや形もそうだが、その再生方法にだった。
レコードは、基本真っ黒で、お腹ほどの大きさがある円盤型で薄い板状の記録媒体だ。裏表に音楽を記録することができる。専用の装置に乗せ、中心に空いた穴を支点に円盤を回転させる。そこに針を当てる。レコードに刻まれている溝を針が振動で読み取り、音を出す。
ショウはそれを、写真と絵を見ただけで再現をした。と言っても実際は、そのアイディアを伝え、別の誰かに頼んでいた。
ライクアローリングストーンのミカンが、その誰かだ。ミカンはライクアローリングストーンのドラマーであり、楽器制作のスペシャリストだ。ライクアローリングストーンの楽器は、その全てがミカンの手作りだ。
ミカンに連絡を入れると、快く引き受けてくれた。そして、数週間で完璧な形を仕上げてくれた。
ミカンはまず、レコードを再生する装置から作り出した。その後にレコードを作る装置に取り掛かった。ショウはミカンに口頭での説明と、自身で書いた絵を見せただけだったが、ミカンはそれだけで構造と仕組みを理解したようだった。
仕上がったレコードに、ショウは大満足だった。その音は予想以上に素晴らしく、スティーブで聴く数倍もの暖かさを感じた。生の音よりも繊細さを感じられるほどだった。
ショウは形のある本で見かけたレコードのパッケージも真似をした。レコードがちょうど入る正方形に、曲にあったイラストを添える。裏表に書けるっていうのも魅力の一つだ。
レコードの最大の特徴は、裏表に記録された曲を、自分で設置し、自分でひっくり返して聴くってところにある。記録できる時間は決まっている。その中に収まるように考え、レコードをひっくり返す動作も一つの曲だと捉えると、作品の幅が広がるんだと、ショウは言っていた。
レコードの評判は良かった。再生装置も含め、予想以上に売り上げた。他のバンドも真似をしている。しかし、生産性がとても悪く、爆発的には売れていない。そして、ショウもミカンもそれで満足をしている。




