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最低でもビートルズ  作者: 林広正
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 横浜に戻ってきたショウを待ち構えていたのは、これでもかといえる辛い現実だった。

 転送装置とスニークを乗り継いで形のある本で溢れる部屋に戻ると、そこにオーナーの姿があったんだ。たまに顔を覗かせることはあっても、そこに居座ることは珍しい。なにかを悟らざるを得なかった。

 娘が・・・・ その言葉だけで、ショウはその場に崩れ折れた。どうしてなんだ・・・・

 ショウはこの部屋にギターを置き、シンシアを連れて母親の家に向かうつもりでいた。母親の死さえまだ受けれ入れられていなかった。

 シンシアは今どこに?

 か細く震える声でオーナーにそう尋ねながら、同時にスティーブでシンシアを呼び出す。昨日までは確かに連絡ができていた。しかしこのとき、スティーブからの非常な通告が頭に響く。現在その方の情報は存在いたしません。

 スティーブは、死者の情報を削除する。

 今は私の家にいる。当然、会いに来てくれるよな。

 オーナーの言葉に、ショウは頷く。そしてゆっくりと立ち上がり、オーナーと共に家へと向かう。

 なにがあったんですかと、ショウは口にできずにいた。オーナー所有の箱型スニークの中で、ひたすら遠くを見つめるばかりだ。五人乗りのスニークは、前方に二人、後方に三人が乗ることができる。オーナーとショウは後方に乗っていた。前方には運転手がいるだけだ。チャコとジョージも部屋の中にいて、後から別のスニークで二人を追いかけていた。そこには当然のようにヨーコの姿もあったのだが、ヨーコとショウが言葉を交わすことはなかった。

 オーナーの家は、意外にも外見は普通だった。小さくはないが、大き過ぎでもない。箱型の、どこででも見かけることのできる家だった。そんな家の中に入ると、その様子はちょっと普通じゃなかった。建物の半分が吹き抜けになっていた。シンシアの遺体は、吹き抜けの中央に作られた代の上に寝かされていた。天井から差し込む光を浴び、今にも浮き出し、天国へ旅立つかのようだった。

 どうして死ぬんだ・・・・ やっと戻ってこれたのに・・・・

 そんな言葉を絞り出すのがやっとだった。後はひたすら涙と嗚咽を零し、シンシアの身体や顔を抱きしめていた。

 涙も嗚咽も出なくなった頃、日差しはすでに消えていて、外は暗くなっていた。

 もういいだろ。オーナーがそっと近づき声をかける。もういいのか? いったい、なにがいいんだ! 心の中でそう叫ぶ。

 死因を教えて下さい。心の中はぐちゃぐちゃになっていて、今にもオーナーに飛びかかりたい気分だったが、なんとか抑え込んで言葉にした。

 娘は、事件に巻き込まれて殺された。私がこの街にいながら、なんとも情けない。

 オーナーは涙が溢れそうになるのをぐっと堪えている。きっと、ずっとそうしていたのだろう。娘の死を知ってから、一度も泣いてないんだと思われる。目には涙がたまっているが、それが流れた後が一筋もなく、瞬きを堪えるように大きく瞳を開いては涙を目の奥に引き戻していた。

犯人はすでに捕まっているよ。聞き屋が探し出してくれた。今は刑務所の中だが、明日には地獄行きが決まっている。当然、そんなことで私の怒りは治らないが、どんなことをしても娘は帰ってこない。ショウ君の怒りも治らないだろうが、どうか勘弁してほしい。

 オーナーは全ての言葉を一語ずつゆっくりと発音し、最後の言葉の後で、深く頭を下げた。

 そんな・・・・ 言葉をなくすって、こういう感情なんだと、後にショウは言っていた。

 シンシアは、いつものようにこの街を歩いていた。横浜って街は、治安はそれほど悪くはないが、それなりに事件の多い街でもある。

 シンシアは、朝早くに連結型スニークに乗って家からやって来た。普段はオーナーである父親の箱型スニークに同乗させてもらうんだが、その日は早くショウに会いたいという気持ちと、ボブアンドディランでの興行を控えていていたため、早目に家を出た。

 そんなスニークの中で、シンシアはおかしな男を目にした。朝の連結型スニークは、立っているのも困難なほどに混雑することがある。起きたばかりで機嫌が悪いのか、人混みに揉まれて自分だけが嫌な気分になっていると勘違いをしているのか、あからさまに不機嫌な態度を取る輩が多い。そんな輩同士の揉め事は、日々絶えることなく繰り返されている。

 その日シンシアは、スニークの中で言い争いをしている二人の男を見かけた。どっちの言い分も自分勝手で、迷惑でしかない男達だった。しかも、その言い争いが周りにも飛び火をし始めていたそうだ。お前らなに見てるんだよとか、こっちに寄ってくるんじゃねぇよとか、汗臭いんだよとか、言いがかりにもほどがある。しかも、自分よりも若くて華奢な奴だけに向かって言葉を向ける。女性に対しても強気な態度を見せていた。面倒ごとには巻き込まれたくないが、流石に迷惑が過ぎると思い、シンシアはその二人を睨みつけていた。そんなシンシアの視線と感情が、男に伝わったようだ。それは最初に騒ぎを始めた方の一人だった。どこかで見かけた服装と髪型をしている、印象に乏しい見た目の男だ。その男がシンシアに向かって口を開こうとしていた。そのとき、シンシアの背後から、野太い男の声が聞こえてきた。こんな場所で騒いでるんじゃねぇよ! その一言に、男達が振り向いた。そこに見えた男は、シンシアの足よりも太い腕をしていた。分厚い胸板の筋肉が、上着の上からでもピクピク動くのが見えた。二人の男は、口をあんぐりとさせ、うつむいた。横浜駅に着くまで、静かな時間を取り戻した。

 聞き屋の前を通り過ぎ、軽い会釈をして歩いて行く。橋を渡ればすぐそこに店がある。普段通りの一日を過ごしながら久し振りに帰ってくるショウを待つ。そのはずだった。しかし、そうはならなかったから、こんな話をしなくちゃならないんだ。

 橋を渡っている途中、背後から走ってくる男に背中を刺された。チタン製の鋭い刃を持つナイフで、何度も何度も刺された。悲鳴をあげ、息が絶えても、その男は手を止めなかった。異常と言うのも憚れる。

 その場に倒れたシンシアをそのままに、男は走ってどこかに消えて行く。街の異変に気がついた通行人が政府に連絡を入れてくれた。その場で身元を確認し、父親であるオーナーに連絡を入れる。オーナーはすぐに聞き屋を頼った。政府の人間は頼りにならない。聞き屋はありったけの情報網を駆使し、あっという間にその男を捕まえだした。血だらけの服装は捨て、盗んだ服に着替えていた。印象に乏しい男は、自分がしでかしたことに反省なんてしていない。むしろ、悪いのは彼女だと感じている。政府に捕まっても、向こうが先に挑発してきたと、自らの行動を正当化していた。しかも、それを間違っているとは微塵にも感じていない。

 こういう奴を野放しにはできないと、オーナーだけでなく、聞き屋も感じていた。そればかりか、政府の人間も同じだった。

 翌日、その男は護送中に事故に遭い、死んだ。

 ショウはその後に予定されていたノーウェアマンの予定を、全てキャンセルさせた。

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