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ショウは部屋の扉を開け、鍵を閉めて階段を登っていく。なんだか分からない胸騒ぎを覚える。感じる空気が、部屋の中と変らない。どういうことだ? 階段を登るにつれて感じていた現実へと引き戻される感覚がない。
そういえば・・・・ とミッキーが言っていた言葉を思い出す。部屋に入ったら必ず鍵をかける。僕は鍵をかけなかった。それとこの空気感になにか関係が? そんなことを考えながらも、背の低い扉までたどり着き、開いた。物凄い風を感じる。地下スニークが通り過ぎる瞬間だったようだ。すぐに扉を閉じ、スニークが通り過ぎるのを待った。再び扉を開け、ショウは驚いた。スニークの通路が、いつもと違っていたからだ。そこには四本の溝があり、一台のスニークは、二本の溝に丸く回る板を何枚も差し込んで前へと進んでいく。なんとも原始的な装置だった。
ショウは待ち合い場所に這い上り、外へと足を運んでいく。その空気感こそ違うが、道成はいつもと同じだった。周りに並ぶ店が変化していることはよくあることだ。普段から特に周りに目を向けていないショウにとっては、その違いを感じることができない。
地下から外に出て、ショウの驚きは高まる。もしかしてとの予感が止まらない。箱型の建物の裏には、聞き屋が座っている。しかし、その顔がいつもの危機やとは違っていた。そして冷静に、街中を見回す。空気感の違い以外に感じていた違和感の正体に、ようやく気がついた。
文字が違う・・・・ 本の中の文字が、ここには溢れている。
ショウは自分がタイムスリップしたことをすぐに飲み込んだ。ミッキーとの会話が以前にあったからだが、物事に躊躇をしないのがショウの性格の特徴でもある。
取り敢えずショウは、街を探索することにした。このタイムスリップには意味があることは知っていたが、その意味が分かっていなかったからだ。
文明以前の横浜は、ショウにとってだけではなく俺にしても魅力的だ。本を売っている店で、ショウは何冊もの本を読んだ。音楽が売っている店もあった。どうやって聞くのかはわからないが、様々な種類の四角い板状の箱型が売っていた。楽器屋にも足を運ばせる。見たことがない楽器も見つけた。ショウはその全てをいちいち欲しがったが、手に入れる方法が分からなかった。しかし、最後の一日に、そのチャンスが訪れた。それが犯罪行為だって知ったのは、行動に起こした後だった。ショウはこの世界の言葉が喋れない。今更戻って本を返しても、面倒な事態が待っているだけだ。悩んだショウは、地下の聞き屋の休憩室に、その本を隠した。ソファーの下に。
ショウが本を手に入れたのは、結果として最後の一日になったその日のことだ。見覚えのあるウーク三大ロックの文字が書かれている本を見つけ、手に持っていた。どうしても欲しいが、この世界のお金のシステムが分からない。分かったとしても、そのお金がない。苦しんでいたショウの隣で、若い男がとった行動に、ショウは驚き、その時点では悪気はなく、無邪気に真似をした。
隣の若者は、手に取った本を懐に隠した。それを見ていたショウに気がつき、笑顔を見せた。なるほど、そうやって自由に持っていっていいんだと、ショウは自分に都合のいい判断をした。そして真似をし、店を出ていく。
ショウは本を懐に隠したまま、横浜駅の地下を歩いていた。本を手に入れたのも駅の地下だ。なにか楽しいことが待っているなんて、楽観的な気持ちしかない。まさか、あんな出来事を目撃するとは思いもしていなかった。
なんだかよくは分からないが、袋に入った食べ物らしき物を中心に売っているお店だった。側にいたおばさんが、ついさっきの若者と同じように品物を懐に入れ、店の外へ出ていった。しかし、おばさんはすんなりと家路には帰れなかった。店員がすぐに後を追い、おばさんに声をかける。万引きはいけないよね。なんて言っていた。すぐには意味が分からなかったが、おばさんの行為が泥棒だってことに気がついた。
横浜の街を探索していたショウは、いつの間にか南下してした。そして駅を見つけ、乗り込んだ。お金が必要なことなんて知らず、なに食わぬ顔で歩いていたら、なんの支障もなく文明以前の世界ではホームと呼ばれていた待ち合い場所に出て、やってきた乗り物に乗った。連結型のスニークによく似ていたが、その動力が違うと気がついた。中に入ると、やっぱりスニークによく似てはいるが、至る所に描かれている文字が違うのは当然として、感じる振動とスニークが発する物音とは全く違っていた。
スニークに似た乗り物に揺られて、ショウは三ツ境という名の駅で足を動かした。どうしてその駅で降りたのかは本人も分かっていない。三ツ境以前にもいくつもの駅に止まっていたが、ショウの足は動かなかった。そこに待っている現実が、ショウには見えていたのだろう。




