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最低でもビートルズ  作者: 林広正
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 第六章 1

   第六章


 バンドを結成したショウ達三人だったが、ライブへの出演はまだだった。相変わらず、ショウが一人で興行していた。

 チャコとジョージは、まだ大学の研究室へと通っていた。学校が休みの日は一日中、そうでなくとも夕方からはずっと形のある本で溢れている部屋に集まり、練習をしていた。チャコとジョージの成長はとても早く、興行ができるレベルにはすぐに至ったが、ショウがそれに待ったをかけていた。ショウ達三人がなにやら新しいことを始めたことは、ボブアンドディランの彼女の耳に届き、実際にその様子も見て気に入っていた。いつでもいいのよと言われていたが、ショウは、ボブアンドディランでのデビューを嫌っていた。深い理由はない。大勢の前で披露したかっただけだ。ボブアンドディランの客層は結構高い。お金に余裕のある人間が多く集まる。それが悪いわけではないが、ショウはもっと若い連中にも、お金に余裕のない連中にも披露したかったんだ。

 悩んだショウは、聞き屋に会いに行った。

 今日はさ、単純に話をしたくて来たんだ。話を聞くのは得意だろ?

 目の前にしゃがみ込むなりいきなりの言葉にも関わらず、ミッキーはゆっくり頷く。珍しく、余計な口を開かない。これが本来の聞き屋の姿なんだろうと感じた。

 僕たちは今、バンドを組んでいるんだ。音楽を世界に響かせたい。本気でそう思っているんだけどさ、ボブアンドディラン以外で演奏したいんだ。どうすればいい? まさかさ、ここでやればなんて言って欲しくはないね。

 ショウの言葉に、聞き屋は笑う。

 それでいいんじゃないかって思うけれどね。

 そんなミッキーの言葉に、今度はショウが笑った。

 それができるなら、それでもいいんだけどさ、色々と政府がうるさいんだよね。まぁ、すぐに止められるだろうね。

 そう思うか? 常識で考えたら確かにそうだが、俺は聞き屋だぜ。根拠もなしにこんなこと言うと思うか?

 それは俺でも思わないが、さすがに場所が悪かった。横浜駅周辺は、スティーブからは守られているが、政府の人間が側にいるんだよ。他の街に比べれば融通は効くかもしれないが、駅前でのライブなんて考えられない。少なくとも、俺やショウはそう考えたんだ。

 しかしミッキーは違かった。あいつ等はいい奴なんだよと言う。俺にませろとまで言ったんだ。

 この国では、政府の人間があちこちで俺達を見張っている。派出所と呼ばれる箱で生活をし、常に目を光らせている。なにかがあればすぐに飛んでくるんだが、聞き屋が関わるような事件には顔を出さない。所詮は政府側の人間で、政府の利益にならない事件には関わらないってことだ。ニュースにもならない事件を解決するのは、いつだって聞き屋の仕事なんだ。だから聞き屋はこの街で愛されている。政府の奴らも、本音では聞き屋を愛しているってことだ。だからこそ、見て見ぬを振りをしたんだろう。

 結果が先になるが、駅前での興行は大成功だった。政府からの妨害もなく、若者が暴れ出すなんていう事態にもならなかった。

 興行の日程だけは、ミッキーが提案した。きっと、政府の連中に伝えたんだと思う。さすがに、なんの説明もなしに突然騒ぎが起きれば、黙って見過ごすなんてことはしないはずだ。

 ショウはその日にデビューをすることを、誰にも言わなかった。チャコとジョージにも言わず、突然今から楽器を持って外に行こうと言い出した。

 ベースのジョージには簡単なことだが、ドラムを全て運ぶのは大変だ。ショウは手分けをして全てを運ぶと言ったが、チャコがこの三つだけでいいと、選んだ物だけを運ぶことになった。普段は椅子に座って演奏していたチャコだが、その椅子さえいらないと言った。

 興行は、ドラムを置くところから始まった。いきなりに運ばれてくる大荷物に、その辺を歩いていた連中の視線が釘付けになる。しかもそれは、聞き屋がいる場所に置かれる。なにかが始まる予感を感じない輩は少ない。

 運ばれて来たドラムを、チャコは一人でセッティングをする。その様子がすでに音楽だった。チャコが選んだのは、スネア、バスドラ、ハイハットと呼ばれるパーツだった。ドラムは数種類のパーツを一セットとして成り立っている、ちょっと特殊な楽器だ。

 スネアは軽めの音が、バスドラは重めの音が鳴る。二つともに布地を叩くんだが、

スネアは木の棒を使って手で叩く。バスドラは足で、繊維の塊をテコの原理を利用したちょっとした道具を使って叩く。ハイハットは、金属音だ。しかも二枚重ねになっていて、足の操作によってその二枚をくっつけたり離したりすることができる。スネアと同じに、木の棒で叩くんだ。

 チャコが叩くスネアの音に足を止める輩が多かった。バスドラを鳴らすと、遠くから近づいてくる輩が増える。ハイハットの音に、頭が揺れる。

 次いでベースを抱えたジョージが登場する。ドラムの音に、音を重ねながらリズムを生み出す。ジョージのベースに誰もが自然と腰を動かし、ステップを踏む。

 ドラムの音はそのままでも街に響いていくが、ベースやギターの音は、そうはいかない。様々な種類があるが、ドラムの音に敵うものは少ない。ショウとジョージの楽器には、音を拡張する光装置が取り付けられている。

 最後に登場するのがショウだ。ショウは遠目からすでにギターをかき鳴らしていた。ショウの姿より先に、ギターの音が聞こえてくる。なかなかな演出だよ。ギターの音が大きく鳴るのと同時に、近づいてくる人影。しかもショウは、口笛を吹きながら登場した。

 口笛っていうのは、大昔からあるが、それを楽器として捉える輩は一人もいなかった。犬や羊を呼び出す手段でしかなかった。しかしショウは、口笛でメロディーを鳴らし、一瞬で楽器へと昇華させた。

 チャコとジョージの前に到着すると、ショウは歌い出す。その声に、耳に届いた全ての者が息を止めた。チャコとジョージでさえ、一瞬息を止めていたんだ。

 そのままの空気感で、一曲目が終了した。一瞬の間を開け、二曲目が始まる。ショウが生み出す曲は、三分前後がほとんどだ。それより短い曲も長い曲もあるが、興奮状態を保てるのが三分前後だと、ショウはよく言っていた。

 あれって、ボブアンドディランでやっているショウか? そんな声もちらほらとは聞こえたが、多くの者はショウ達三人のことを全く知らない連中だった。にも関わらず、一度足を止めた連中は、決してその場を立ち去らない。時間が進むほどに、観客が増えていく。

 ショウ達三人は、途中でなにか言葉を落とすことなく、八曲を演奏した。そして演奏後にもなにも語らなかった。無言で楽器を片づけ、立ち去っていく。

 その場から三人が姿を消しても、観客は一人も動かなかった。あまりの衝撃に動けなかったというのが真実だろう。音楽なんていう概念がない輩が初めて出会った音楽だった。その衝撃は計り知れない。なんの知識もなく宇宙人と初めての会話を交わすのと同じことだよ。

 ショウ達三人が立ち去り、しばらくの余韻が過ぎた頃、ミッキーがいつもの場所に腰を下ろした。ショウ達三人のライブ中は、ちょっと離れて見守っていたんだ。聞き屋が背後に座っていては、邪魔でしかない。ミッキーは、そこにいるだけで目立ってしまう。

 ミッキーがただそこに座っただけで、そこにいた全ての輩が動き出した。まるで止まっていた時間が再生されたかのように、それぞれがそれぞれの方向に歩いていく。不思議なことに、誰も口を開かない。連れがいても、無言で足を動かすだけだった。

 しかし、それは表面上だけであり、そこにいたほとんどの者が、スティーブを利用して呟いていたんだ。当時はスティーブを使っての独り言が流行っていた。

 それは呟きと呼ばれている。スティーブ上で自由に呟いた言葉や切り取った映像を保存し、それを誰もが自由に見ることができるシステムだ。呟きには順位がある。単純に何人が見たかを数えている閲覧順位と、どんな言葉が多く呟かれているかの単語順位だ。それらの順位は、呟きを利用する度に表示されるため、影響力が強い。

 この日は、ライブ、横浜、聞き屋という単語が上位を独占した。ショウ達三人のライブの模様も、その映像が呟き上に流されていた。

 あっという間に、ショウ達三人は人気者になった。呟き上には、次のライブはいつやるのかとか、絶対に見逃せないとか、あの三人の名前はなんなんだとか、そんな話題で持ちきりになっていた。

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